軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十三話 神殺しのバケモノと最強のバケモノ1

冷たい空気と温泉との気温差で濃い湯気が視界を覆い、天然のカーテンとなる。魔術の明かりを反射して白く染まると、完全に周囲から私達を隠してしまった。

視界一面が白。しかし、吹く風の冷たさを肌で感じると鳥肌が立つほどに冷たく、すぐにローブから腕を抜く。

ワンピースのような形状である私のローブは脱ぎやすく、すぐに素肌が露わになる。

まあ、あれだ。人並みよりも薄い私の胸には支える為の下着はまだ必要無い。そんな、乏しい自分の胸元を一瞬だけ見下ろして、そんな自分が情けなくなって小さく息を吐く。溜息ではない。

そのまま、ローブの下には居ていたショートパンツを脱ごうとして、一応湯煙の向こうへ意識を集中する。

視線も、気配も感じない。一応温泉の端と端。覗かないようにフェイロナさんが見はってくれているので安心だが、だからといって外で肌を晒す事に不安を感じないわけではない。

以前一度、色々と問題があっただけに警戒してしまうが、流石にフランシェスカ先輩やムルルが居る所では覗きはしないようだ。

それに、あの時は落ち込んだ宗一を元気付ける為にノゾキを行ったそうだし、そう気にする必要も無いだろう。……女としては、色々と納得がいかないというか、ムッとしてしまうけど。

「どうかなさいましたか?」

私と同じように、湯煙で身体を覆いながら服を脱いだフランシェスカ先輩が、その豊かな胸をタオルで隠して聞いてくる。やはり外で肌を晒すのは恥ずかしいのか顔どころか首筋まで赤くして、不安げに周囲を見渡しながらだが。

同じ女だというのに、なんというか私の方まで目が奪われてしまう……そう称する事が出来る、見事な肢体だ。出る所は出ているし、引っ込むところは引っ込んでいる。というか、僅かな所作でタオルで隠すために手で押さえられた胸が柔らかく揺れている。まるで、水毬のようだ、と思った。

『アヤ、早く温泉に入らないと体調を崩すぞ』

「ぅ、わ、分かってるわよっ」

蓮司さんから預かったエルからも心配され、すぐに服を脱いで綺麗に畳んでいく。同じ女性でも裸を見られるのは恥ずかしいので、ちゃんとタオルを巻いてだ。

けど、と。一緒に旅をしていて気付いていたけれど、やっぱりフランシェスカ先輩は綺麗だ。私だって自分の容姿には自信があるけど、そんな私でもフランシェスカ先輩は素直に綺麗だと思える……それくらい綺麗だ。

胸は大きくと腰は細いと、分かり易い。けれど、いつもは黒のストッキングに覆われている足には細いのにしっかりと肉が付いている……なんというか、人の目を惹く綺麗な足だ。同年代でも、こんなに綺麗な足の持ち主はあまり居ない。真咲さんくらい綺麗ではないだろうか?

こういう足が、しなやか、と言うのだろうなあと、素直にそう思えた。

左腕とタオルでは隠しきれていない胸など、一体なんだと言うのか。何を食べたらそんなに大きく育つのか聞いてみたい衝動に駆られてしまう。

「あ、いえ……なんでもないです」

蓮司さんが覗いていないか警戒していましたと正直に言うのもどうかと思い、適当に言葉を濁しておく。

すると、同じく服を脱ぎ終えたムルルが私とフランシェスカ先輩の脇を抜けて温泉へと向かっていった。

ちゃんと身体は大きなタオルで隠しているが、そのお尻から伸びる私達には無い器官……尻尾が大きく揺れている。

犬……というか、狼か。狼は、楽しかったり嬉しかったりすると尻尾を大きく振ると言うけれど、温泉が楽しみなのだろうか。表情も、いつも通りの眠たげな顔ではなく、食事を前にした好奇の色を強くにじませているように見えた。

そんなムルルの後を追って、私とフランシェスカ先輩も温泉へ入る事にする。

まずは足から、ゆっくりと温めて今度は身体をお湯へ浸ける。身体の芯までお湯が沁み込んでくるかのような心地良さ。直前まで冷たい風に当たっていたから余計にその温かさに心地良さを覚え、はあ、と自然な吐息が口から漏れる。

フランシェスカ先輩も同じように感じたのか、長い金髪を巻き上げながらゆっくりと息を吐いている。

湯船から覗く肩と、髪を巻き上げた事で露わになった首筋が艶めかしい。これはたしかに、魔術学院の男子たちが夢中になるのもよく分かる。同性である私だって、嫉妬よりも先に羨望を覚える美しさだ。

そもそも、その所作の一つ一つが綺麗なのだ。無駄が無い。

やっぱり貴族のお嬢様なんだなあ、と。他人事のように考えながら、フランシェスカ先輩を、ぼう、っと見る。

その後ろでは、暖かいお湯に全身を浸しながら、浮くようにして夜空を眺めているムルルの姿。豊かな銀髪が湯船に広がり、まるで柔らかな絨毯のようにも見える。

「ムルル、頭まで温泉に浸けているとのぼせちゃうわよ?」

「ん」

しかし、ムルルは特に動かない。よっぽど温泉が気持ち良いようだ。

そんなムルルを眺めていると、最後に服を脱ぎ終えたソルネアさんが湯船へ静かに足を付けた。

フランシェスカ先輩にも劣らない、細くて綺麗な美脚。旅慣れていないはずなのにその足には傷や浮腫みのようなモノは無く、透き通る雪のように白い。

けど、お湯に浸かるとすぐに薄い桜色へと染まってしまった。白い肌に色が付く瞬間というのは、どうしてこんなにも綺麗なのだろう。

「暖かい、ですね」

静かな声。

勘定の乏しい表情だけど、なんだか気持ち良さそうに見えるのは気のせいではないだろう。

そんなソルネアさんが湯船に浸かり易いように移動して、場所を開ける。私とフランシェスカ先輩とソルネアさんが向かい合い、ムルルは少し離れた場所で肩まで浸かって空を見上げている。

一時の平和だった。魔物の気配は無いし、ドラゴンの咆哮も聞こえない。

聞こえるのは、私達女性陣の吐息だけ。

『これで、星が見えると最高なのだろうな』

エルが、しみじみと呟く。

なんだかその物言いは蓮司さんに似ていて苦笑すると、けどそうなると蓮司さんとエルが私が思っている以上に仲が良いような気持ちになって複雑だ。

苦笑した口元を尖らせ溜息を吐き、そんな私を見たフランシェスカ先輩が口元を綻ばせる。

……子供っぽいとか、思われているんだろうなあ。

「はあ」

「どうかしたのですか、アヤ?」

そんな私の溜息に反応したのはソルネアさんだ。

私よりも長い黒髪をそのまま湯船に浮かせながら、無表情のまま首を傾げている。

水を吸った黒髪は艶を増し、魔術の明かりを反射している。白い肌に黒髪はよく映え、背中だけではなく胸元にも貼り付いていた。

フランシェスカ先輩ほどではないけれど、しかし十分大きな膨らみだ。多分、私の手では少し余るくらい。フランシェスカ先輩のは、私の手では完全に掴めない。というか、握れるくらい大きい。

「……いえ、なんでも」

そんな二人から視線を逸らして、溜息。気付かれないように、自分の胸元へと視線を向ける。

ソルネアさんはともかく、フランシェスカ先輩とは一歳しか歳が違わないのにこの差は何なのだろう。異世界だと、胸に栄養が行く食べ物があるというのか。そんな馬鹿な事を考えてしまう。

イムネジア大陸に戻ったら、藤堂さんにそれとなく聞いてみようか。そんな事すら頭に浮かんでしまうのは温泉の熱でのぼせてしまったからだろう……まだ入ったばかりだけれど。

「アヤ」

「あ、はい。何ですか、ソルネアさん?」

そうやって自棄になりつつあると、名前を呼ばれる。

静かな声だ。感情の起伏があまり感じられない声。昔のエルみたいな声。

「貴女は、レンジと長く旅をしているのですよね?」

「え? は、はあ」

突然何を言いだすのだろう、と。

その瞳を見返してしまう。黒い……吸い込まれてしまいそうなほどに、暗くて深い瞳。けれど、その奥には確かな石の光がある。

魅入ってしまいそうなほど美しい瞳を一瞬見つめ、つい、と視線を逸らした。

なんだか、同性の瞳を見つめた事が無性に恥ずかしくなったのだ。

「そうですね……魔神ネイフェルを討伐した後の一年間は分かりませんけど、その前の二年間は一緒でした」

思い出す。

この、殺し殺される……残酷な異世界に召喚されてからの日々を。

辛い事は沢山あったけれど、楽しい事も、嬉しい事も確かにあった。元の世界には無かった心から信頼できる仲間、信用できる絆、大切な家族と言える繋がり。それを得る事が出来た二年間。

私がこの世界に残った理由。

――宗一や弥生が残るといった事もあるけれど……元の世界より、血の繋がった母親より、幼馴染や仲間が大切だと思ってしまったから。

酷い選択だと自分でも思うけれど、それでも私は蓮司さんや優子さん、兄や姉、父や母。血の繋がらない 仲間(かぞく) と一緒に居られる世界が良かった。

ずっと一緒に居られなくても、繋がっていると分かるから。信頼できるから。

あの二年間は、私にとって、私達にとって、繋がりを確かなものにした二年間でもあった。

『アヤ、熱いお湯で暖まっている時に口元まで浸かると、身体によくない』

「…………」

そんな考えが気恥ずかしくて、口元まで温泉に浸かる。ニヤけた口元を隠したかった。

けど、そんな私に冷静なツッコミをしてくれるエル。こういう所は、なんだか昔っぽい。

『それで、レンジとアヤの事がどうしたというのだ、ソルネア』

でも、こういう男の人っぽい話し方は、なんだか私の知っているエルとは全然違う。

蓮司さんに聞こうとしてもはぐらかされるし、武闘大会の時に会った真咲さんは蓮司さんが何か隠し事をしていると言っていた。

それと、この旅が終わったら話したい事もある、と。

きっと、エルの事なんだろうなあ、とは思う。何となく、予想はついているのだ。

それが何の話かは分からないけど、きっと……蓮司さんが話したくない事だと。けど、それでも話してくれるのだと。

……温泉の中で溜息を吐くと、ブクブクと気泡が弾けた。

「いえ。昔のレンジはどうだったのか、と」

「昔の、ですか?」

「はい……魔神ネイフェルを斬ったレンジ。旅をしていたレンジ。英雄と呼ばれていたレンジ」

それを聞けたら、と。ソルネアさんは、やっぱり静かな、よく通る声で言ってくる。

それを聞いてどうするのか、とは聞き返せなかった。

静かな、吸い込まれるように暗い瞳。けれど、しっかりと見据えられると、目を逸らせなくなる。

ああ、真剣に聞いているんだなと、分かってしまったから。

同じく興味があったのか、フランシェスカ先輩も私を見ている。いつの間にか岩に腰掛けていたムルルも。こっちは、温泉に浸かっていた肢体どころか、顔まで真っ赤だ。多分、のぼせそうになったのだろう。

「昔の蓮司さん……」

改めて聞かれると、どう説明したものか。

とりあえず聞かれていないか、蓮司さんとフェイロナさんが居るであろう方向へ視線を向ける。湯気で分からないが、気配はしない。

その事に安心して、空を見上げた。エルではないが、星が見えたら最高なんだろうなあ、と思う。

「凄く、頑張っていました」

まず最初に出る言葉は、それだった。

頑張っていた。魔力が無く、魔術が使えず、肉体は普通の人間と変わらない。身体強化の魔術が使えないから、この世界に居る一般人よりも劣る肉体で――必死に戦っていた。

最初の頃は酷かった。

ゴブリン一匹にも勝てず、一回りも年下の私よりも弱い事に傷付いていた。

自分に魔力が無い事に気付くと、次は勉強を頑張っていた。戦えないなら、頭脳労働。そうやって、優子さんと一緒にこの世界の地理や歴史、魔物の情報や文字の読み書きを頑張っていた。

この世界に召喚された当初は、話す事は出来ても文字の読み書きなんかできなくて、剣や魔術にばかり傾倒していた私達は勉強を 疎(おろそ) かにしていたから、その辺りで役に立とうと思っていたのだろう。

けど、あの日……私達が召喚されて一週間くらい経った日。

魔神ネイフェルが、分身体で王城を襲ってきた。女神アストラエラが召喚した私達の力量を計る為に……。

「けど、その分身体は強過ぎた……私や宗一だけじゃない。戦闘系の異能を貰った皆で戦っても、勝てないほどに」

それ以外にも大型の魔物や魔獣が居たので、そちらに気を取られていたという事もある。

けれど、最初に宗一がやられて、私達を庇って兵士や騎士の人達が死んでいって……そこからはもう、戦いではなかった。

人の死なんて初めて見た私達は戦えなくなって、逃げた。

そこでようやく、この世界がどんな場所なのか。死がすぐ隣に合って、ついさっきまで話していた人が当たり前のように死んでしまう世界なのだと、気付いた。気付いてしまった。

「でも。そんな残酷な状況でも蓮司さんは戦って……エルと一緒に、魔神ネイフェルの分身体を追い払ってくれた」

それからだった。

蓮司さんが『英雄』と呼ばれるようになったのは。

あの人は、行動で示した。

魔力の無い、無力な人間でも戦えると。魔神を追い払えると。証明してみせた。

「あとは、吟遊詩人の人達がよく歌っている通り……かな?」

少しというか、凄く脚色されているけれど、大まかな流れは吟遊詩人が謳う通り。

『英雄』は私達の戦闘を往き、私達はその背を必死に追いかけた。

山田蓮司(神殺しの英雄) と、 エルメンヒルデ(神殺しの武器) を。

「そうですか」

私が話し終えると、ソルネアさんはそうポツリと呟いた。

静かだけれど……なんだろう。少し寂しそうな声にも思える。

「どうしたんですか、急に」

「いいえ――レンジの事を知りたかったのです。彼は、聞いても話しをはぐらかすので」

「ああ、確かに」

そんなソルネアさんに同意したのは、フランシェスカ先輩だった。

……普段、この二人にどんな話をしているんだろう、あの人は。

『知りたかった?』

今まで黙っていたエルが、口を開いた。

その質問に、ソルネアさんが小さく頷く。

「もうすぐ、旅が終わると言っていました」

誰が、とは聞かない。ソルネアさんが言うのなら、蓮司さんだろう。

旅が終わる。

それは――ソルネアさんが、魔神の座に就く事。魔神と成る事。

人類の敵。世界を滅ぼそうとした敵。そして―― 蓮司さん(神殺し) の敵。

「きっと。レンジとはもう会えないでしょう」

初めて、その声が寂しそうだと思った。悲しそうで……もしかしたら、泣きそう、なのかもしれない。

「だから知りたかった」

どうしてだろう。

嫉妬より先に、悲しいという気持ちが胸に湧くのは。

私は蓮司さんが好きで、きっとソルネアさんも……口にはしていないけれど、悪くは思っていない。

そんなソルネアさんが蓮司さんの事を知りたいと口にしても、嫉妬の気持ちは湧かない。

「レンジだけが、私の声を聞いてくれたから」

だから、蓮司さんを知りたいのだと、ソルネアさんは言った。