軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

その16 牛乳瓶

昭和◯◯年◯月◯日

学校で給食を食べる。

今日はカレー、家から白米を持ってきてもいい日。

米飯給食といって、ちょうど俺たちの世代から始まった。

その前は、カレーなどが出てもパンで食べていたから、ご飯は嬉しかったな。

事前に1か月分の献立をもらっていて、好きな給食にはチェックを入れてたりしてた。

カレーやシチュー、牛乳に入れるミルメークなどが人気だったが、よく昭和の給食ネタで出てくる、クジラを食べたことはない。

クジラの竜田揚げなども食べたことがない。

自宅ではクジラの刺身やベーコンが出ていたが、個人的にはあまり好きではなかった。

クジラは、どうしても刺身が食いたい親父と、金がないオカンとの妥協点だったと思われる。

給食は、給食センターで作られて、体育館に増設されたプラットフォームにやってくる。

そこから給食当番が各教室まで運ぶ。

以前に、温食をひっくり返した話を書いたが、もうひとつ難敵がある。

牛乳瓶だ。

当時は、テトラパックもなく、牛乳は瓶に入ってやってくる。

1クラス40人以上の牛乳瓶が入っていて、箱は木箱。

かなり重い。

ググると、牛乳が入った瓶の重さは約400g――それが40本入ってるから約16kg。

木箱の重さを入れると、少なくとも20kgはある。

給食当番は二人一組だったが、それでもキツイ。

落っことして牛乳瓶を割ってしまい、牛乳がないときもしばしば。

給食がテトラパックになったのは、中学に入ってから。

今は小さな牛乳パックになっているのかな?

そして、こぼした牛乳を拭いた雑巾のクセーのなんの(笑)。

拭いたらすぐに洗えばいいんだけどね~。

小学生がそんなことをするはずもなく、掃除用具入れは、いつも異臭を放っていた。

そんな給食を作っている、給食センターにも、社会見学で行ったことがある。

校外学習ついでだったので、センター近所の高台で、給食も食べたのだが――。

そこは羽虫だらけで、温食に虫が入ってしまい、リタイヤするガキンチョが続出して阿鼻叫喚になってしまった。

俺は除けならが食っていたが、先生は「タンパク質だから大丈夫」とか言っていた。

まぁ、今なら問題になったと思われる。

さすが昭和。

給食が終わると、余ったパンや牛乳は持って帰ってもよかった。

レーズンパンが嫌いな子が多かったので、レーズンパンを沢山持ち帰える。

パンに切れ込みを入れてバターを挟んで、レンジでチン。

俺の定番のおやつだった。

当時、電子レンジは珍しかったのだが、なぜかウチにあった。

調子に乗った親父がどこからか買ってきたのだ。

親父はたまたまそういうことがあった。

近所の電気屋で、いきなりVHDを買ってきたり。

せめてレーザーディスクだったら、多少は楽しめたのに、VHDなんてソフトも売ってねぇよ。

結局、再生したのは、おまけでもらった数枚のカラオケのディスクだけ。

電子レンジも、冷食が発達してなかった時代では宝の持ち腐れ。

こういう無駄遣いをしているから、ウチは貧乏だったんと違うか。

まぁ、俺も「面白そう」で買ってみたはいいが、あまり使わない機械やガジェットが山積みになってるから、あまり悪くは言えないが(笑)。