軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

その14 今日はダービー

昭和◯◯年◯月◯日

父方の叔父が借金の申し込みに来た。

父方の叔父は3人いて、2番目の叔父だ。

彼は職人で、いわゆる一人親方をやっている。

そんなわけで、借金で首が回らないのだろう。

借金の申し込みに来たわけだが、ウチだって貧乏でそんな金があるはずがない。

オカンが丁重にお断りしていた。

その前に、親父が叔父の仕事をした分の金も未払いなのだ。

給料の未払いもあるのに、金なんて貸せるはずがない。

まぁ、その前にマジで金がないから、どうしようもないのだが。

そんな叔父貴なのだが、ある日、満面の笑みでやって来た。

なにがあったかと聞けば、「競馬で大穴取ったんだよ!」と、きた。

彼の話だと、200万円ぐらい払い戻しがあったらしい。

俺の家にやって来て、床に万札を広げると、借金の金の勘定をして、親父に未払いだった分を払った。

そのときに、1万余ったということで、俺も万札をもらう。

嬉しかったな~(笑)。

叔父貴は、その金で借金を綺麗さっぱり全部片付けて、職人を廃業した。

まぁ、一人親方を止めたってだけで、スポットで仕事は受けていたようだが。

晩年は、ウチの近所に住み、福祉を受けながら暮らしていたのだが、宝くじをよく買っていた。

金があれば、福祉を受ける必要もなくなるし、そう考えていたのだろう。

実際に、スクラッチで100万円当たった。

親父も実際に当たり券を見たという話だったが、それをなくしてしまったらしい。

家の中を上から下まで全部ひっくり返したが、見つからず――諦めていた。

相当がっかりしていたね。

まぁ、100万でなにか変わるかといえば、変わらんと思うのだが。

お金があると、福祉を切られるし。

当時、田舎のボロ家にも空き巣が入るようになっていたので、盗まれたのかもしれないな~。

叔父の他にも叔母もよく競馬をやっていた。

もちろん昭和の時代にネット投票などあるはずもなく、街まで馬券を買いに行く。

平成になると、電話投票の枠も拡大されていたのだが、俺も何回も応募したのにまったく当たらず。

電話投票に当選したのは、Windows95が広まってネット回線が使えるようになってからだった。

毎回モデムでピーヒョロロ~ガガ~! と、アクセスしてたわけよ。

ウチの親父は競馬はやっていなかったが、ある日、街の競輪場に連れていかれた。

他にも人がいた記憶があるので、競輪をやっていた人に誘われたのだろう。

まぁ、まったく当たっていなかった。

俺は地面に散らばっている車券を拾って、当たり券を探して遊んでいた。

これは拾い屋って言って、違法行為。

昔は競馬場にも沢山いたが、今は馬券が捨てられても、すぐに清掃員がやってきて、片っ端から片付けてしまう。

あれじゃ、拾い屋もできないだろう。

当時は、ゴミ箱を丸ごとデカい袋に詰めて、家で当たり馬券を探したりする拾い屋もいたらしい。

まぁ、馬券は買わないから金は損をしないし、当たり券が出たら100%の儲け。

そんなわけで、拾い屋が結構いたんだよな~。

そんなに当たり券があるのかといえば、あるみたいだな。

勘違いで買っていて捨ててしまったが、実は当たってたとか、買った番号を忘れていたとか。

俺も、枠連で買ったつもりが、馬連で当たったとかあったし(笑)。