作品タイトル不明
その13 百科事典
昭和◯◯年◯月◯日
自宅に百科辞典が送られてきた。
親が買ってくれたものだと思って、俺は喜んで包みを開けてしまったのだが――。
コレは、今で言う、「送りつけ商法」ってやつ。
それほど詐欺っぽい商品でもなかったのだが、俺が「欲しい!」と言ってしまったので、
「まぁ、子どもの勉強のためになるか……」と、親が金を出してくれた。
学習百科大事典 アカデミアってやつで、50音順ではなく、ジャンルごとに分かれているタイプだった。
学習百科大事典 っていうぐらいなので、あらゆるジャンルを網羅していたのだが、俺のお気に入りは――。
まず、動物、植物などの図鑑系。
科学系、化学系、人体などの生物系と、これらばっかり擦り切れるぐらいに読んでいた。
それでも、徐々に飽きてくるので、他のジャンルも読み始める。
地理系は、学校の宿題で活躍した。
決まった宿題とかはなかったんだが、毎日こういう勉強をしました~ってノートを教師に提出しなきゃならんかったんよ。
そんなときに活躍してくれたのが、地理の事典。
日本地図を描いて「この作物は、この地方が多い」みたいなことを事典から丸写ししてた。
宿題も地理ばかりだと味気ないので、科学系の事典からも引っ張ってた。
化学反応の図とか、そのまま丸写ししたり。
「北斗七星の恒星固有運動――5万年後には、北斗七星はバラバラになってしまいます」
みたいなことを宿題ノートに書いたら、
「先生には、難しくて解りませんでした」
って返された思ひで(笑)。
歴史系では、平清盛が高熱を出して、水風呂に入っても熱湯になって死んだ――みたいなエピソードが書かれていた。
それだけ覚えている。
算数系はまったく覚えておらず、国語系は、学校の作文の参考などにさせてもらったりしてた。
これも宿題にたまたま使ってたな~。
社会系は、沖縄の基地問題や、ベトナム戦争で使われた弾薬はWW2を上回ったってことを覚えているな~。
昔の尋常小学校の教科書も載っており、
「サイタサイタ、サクラガサイタ」とか
「木口小平は、敵の弾に当たりましたが、死んでもラッパを口から離しませんでした」
この話を今でも覚えている。
木口小平ってのは、戦争のときに突撃ラッパを吹く人やね。
たしか、日清か日露のときの人だと思う。
戦前の教科書ってのは、そういう軍人系のエピソードがよく書かれていた。
勇敢なる水兵とかね。
あとは、技術、芸術系か。
これは、工作の参考でそれなりに読んでたかな~。
事典の図を参考にして、手巻きのモーターを作ったり、ベルを作ってみたり。
とにかく、田舎で情報が少ないのよ。
TVは流れているけど、データの保存はできないしさ。
学校の図書館は、ボロボロの昭和初期の本しかないし。
街に本を買いに行けるのは、盆と正月の2回だけ。
親や爺さんに、「◯◯の本を買ってきて!」って頼んでも、全然違うの買ってくるし。
リアル、「違う~! これじゃない~!」ですよ。
俺のガキの頃の情報は、この百科事典がすべてだったと言える。
親にしてみれば、高い買い物だったと思うが、俺は元を十分取ったぐらいに使い込んだ。
中学生ぐらいまでの学習事典だったので、高校では役立たずになってしまったが。
事典はそのまま弟に渡したのだが、彼はまったく興味を示さず、それを重しに使ってた(笑)。
どっとはらい。