軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

その11 おはよう

昭和◯◯年◯月◯日

朝起きる。

小学生の朝は早い。

小学6年生まで、夜の8時に寝るように言われてたので、日の出とともに目が覚める。

TVをつけるが――当然なにもやってない。

砂の嵐だ。

時計を見ると、6時まであと数分。

画面に巨大なパラボラアンテナが映し出されて、時報が鳴る――6時ジャスト。

NHKで朝のニュースが始まる。

民放はほとんどが7時からだが、小学が終わるころには、民放も6時から放送することが増えた。

北海道にはテレビ東京系のチャンネルがなかったので、テレビ東京系のアニメなどを無理やり朝の6時から放送してたりした。

昭和の終わり頃だと、日曜に朝からやってたタミヤRCグランプリや、おはよう!ゲートボールを観てたな~。

ウチの地元でも、ゲートボールが大流行してて、祖母もスティックやボールを持っていたのだが、トラブルが多くて爺婆の喧嘩が多発。

すぐに廃れた。

NHKのニュースが終わると、明るい農村が始まる。

ガキの俺には、面白くもなんともなかったのだが、これしか番組がやってないから仕方ない。

7時近くになると、再びニュースをやって、やっと民放が始まる。

この頃、ほとんどのガキが観ていたのが、「おはようこどもショー」だと思う。

様々なトレンドが、この番組から発信された。

のちの大ヒットとなる、ピンク・レディーを初めて観たのもこの番組。

ちょっと叡智な格好をしているお姉さんが、ペッパー警部を歌っていて、それにガキンチョがみんな食いついた。

子どもにわかりやすいシチュだったと思う。

あっという間に、それは津津浦浦まで広がり、日本全部がピンク・レディーになった。

日本人でピンク・レディーを知らない人はいないんじゃね?

――と、思われるのだが、なぜかその世代のはずなのに、ピンク・レディーやキャンディーズの名前も知らないやつらがいる。

そんなことある?

でも、マジでいるんよ。

TVを観てないやつらでも、学校で話題になりまくりだったし、そんな状況でピンク・レディーやキャンディーズの名前さえ知らないとかあり得る?

日本にいれば、そんなことないと思うんだがな~(棒)。

まったく、不思議なやつらもいるもんだな~(棒)。

同様に、その頃に日本で大ヒットしたものがある。

スーパーカーだ。

きっかけはなんだったんだろう。

通説では、ジャンプで連載していた、「サーキットの狼」からブームになったと言われている。

ウチらは田舎で、ジャンプを読んでいるガキは少なかったから、漫画が火付けとは考えにくい。

コカ・コーラの王冠にスーパーカーの絵が印刷されて、それを集めるようになってから、オラが村でもガキンチョが夢中になった感じだったな~。

王冠のスーパーカーでの、俺のお気に入りは、マセラティブーメラン。

市販はされなかったようだが、王冠のバリエーションを増やすために、試作車や、「それってスーパーカーじゃねぇだろ?」

みたいな車まで印刷されるようになった。

おはようこどもショーで、対決!スーパーカークイズが放映されて、ガキンチョの間でも、「フェラーリ512BBと、ランボルギーニカウンタック」どちらが最強か!

なんて、バトルが繰り広げられていた。

カウンタック、クンタッチ、クンタッシュ 言語によって色々と呼び名があるようだが、日本人ならやっぱりカウンタックやろ。

ノーマルのLP400は滑らかで、非常に美しいが、空力的によろしくなく、のちにエアロがついたLP500はゴテゴテで格好悪くなってしまった。

子ども的には、ゴテゴテのLP500のほうがウケていたと思われる。

そんなフェラーリVSランボルギーニの最強バトルだが、今でも見かけるし話題になるのは、カウンタック。

なにせ、スーパーカー=カウンタックという図式を作った張本車(人)でもあるしな~。

あのスーパーエッジなフォルムはそれにぐらいに、ガキンチョのハートに楔を打ち込んだのだ。

え~、いわゆるひとつの、ハートをバットでヒットする――ですか。

そういえば、日テレだったので、巨人軍を露骨に応援してたな~。

ぼくらは巨人ファン――みたいな歌も堂々と流してたし。

歌の内容も、学校サボる、巨人ファン以外はイジメ、キリストやアッ◯ーをダシにする。

今なら完全にアウツ(笑)。