作品タイトル不明
荒野の今後
伯父さんによる小川騒動があって……翌日になってもイルク村は騒がしさに包まれていた。
ヒューバートは海までの荒野全域を領地にすべきとはりきっているし、犬人族の各氏族達はなんだか分からないが凄いことが起きたと喜んでいるし、パトリック達は目を輝かせながら神殿の飾り付けに励んでいるし、エルダン達はなんだか妙に足繁く神殿に通っているし……そしてゴブリン達は故郷に帰るための準備をしようとあれこれと動いている。
まずは泳ぎの練習、ゴブリン達によると水中での呼吸の仕方と地上での呼吸の仕方は全くの別物らしく、ゴブリン達はその二つの呼吸の仕方を意識的に切り替えているんだそうだ。
だけども最近は地上で生活するばかりで水中での生活を全くしておらず……水中での呼吸を忘れつつあるので、練習をすることでそれを思い出そうとしているらしい。
水中でうっかり地上の呼吸をしてしまうと、ひどくむせたりして大変なことになるとかで……しばらくは練習が必要になるそうだ。
そんなゴブリン達のためにと洞人族達は装備の完成を急いでいて……同時にゴブリン達のための船造りも開始となった。
その船で食料などを運んでも良いし、泳ぎ疲れたらその上で寝ても良いし、今後イルク村との行き来が盛んになったら人を乗せても良いかもしれない。
そんな船があれば交易も交流も盛んになるに違いないと作業が進んでいて……今はゴブリン達が使いやすいようにあれこれと細かい細工が行われている所だ。
たとえば船底にくぼみのようなものをつけて、ゴブリン族の手で掴みやすいようにしてみたり、くぼみの中に牽引用のロープを縛り付けるための取っ手をつけてみたり。
日光を避けるために馬車の幌のような屋根も作り、水中から乗り込みやすいように側面にハシゴのようなものや、足場も作ったりして……かなり手の込んだ造りになるようだ。
ゴブリン達はそんな立派な物をもらうなんて出来ないと恐縮していたが、洞人族達は水中に住まう亜人のための船という、全く新しい道具を作れることが楽しくて仕方ないらしく、良いから好きにさせろと言わんばかりに作業に励んでいる。
そして……ダレル夫人やエイマ、カマロッツや領地拡大のことで忙しいヒューバートまでが興味を示しているのは荒野に畑を作れるかもしれないということだった。
暑く乾いていて、小麦を育てるのには向いてないらしいのだが……一部の芋や瓜なんかを作るのにはその方が向いているんだそうで、特に良いブドウが作れるのではないかと、ダレル夫人達は注目しているらしい。
乾燥地で水はけが良くて雨が少ない。
すると美味しいブドウが作れるんだそうで……それをワインにしたなら良い名産品になるのではないかと考えているようだ。
更には隣領の名産品となっている砂糖葦も作れるかもしれないとかで……砂糖そのままでも加工品にしても良い名産品となることだろう。
何もない荒野に畑を作ることも、他の地域の作物を荒野で育てることも、どちらもそう簡単にいく話ではない……のだが、そこは森人であるセナイとアイハンと、セナイ達の両親の力でなんとかしていくらしい。
すでに村の畑や森で活躍してくれているセナイ達にばかり負担をかけてしまうのは望ましいことではないが……誰よりも本人達がやる気になっているので、無理のない範囲で頑張ってもらうとしよう。
「……と、言ってもまずは道の整備からですね。
行き来を楽にしてから畑に最適な……出来るだけ南寄りで岩塩鉱床から離れていて、それでいて新しい川に近い場所を選定して、畑を耕すとかはそれからの話になりますね」
昼過ぎ頃、荒野の状況を確認するためにベイヤースに跨って荒野に向かい……一緒にやってきたセナイとアイハンが新しく出来上がった水源の側で遊んでいる様子を見守っていると、アイーシアの頭のの鞍に上にちょこんと乗ったエイマがそんな声をかけてくる。
「ふーむ……水源側のこの辺りでは駄目なのか?」
私がそう返すとエイマは、首を左右に振ってから言葉を返してくる。
「せっかくの水源を汚してしまうのも良くないですし……草原から程近いこの辺りは、天候があんまり安定していないようなんですよ。
ですので、できるだけ南の……温暖だろう一帯でやるのが良いと思います。
あんまり南過ぎると行き来が大変になるという問題もありますが……いっそ行き来はせずに畑を耕す時期は荒野で寝泊まりしてしまった方が良いかもしれませんね。
ユルトとか鬼人族の家や家具はそういった生活に向いている訳ですし、どんどん活用していきましょう。
ああ、それとこの辺りは多分この先……観光地と言うか神々が奇跡を起こした聖なる場所、として売り出していくことになるでしょうから、そういう理由でもこの辺りに畑を作るのは避けた方が良いかもですね」
「あー……伯父さんならそれくらいはやるだろうなぁ。
……しかし、このなんにも無い荒野で畑を、か……エイマ達から話を聞いて理屈としては可能性があると理解しているんだが、こうして目の当たりにすると、なんとも信じられない気持ちも湧いてきてしまうな」
「砂漠出身のボクからすると、全然良い土地って言うか十分過ぎる程に可能性を感じる土地なんですけどねー。
……そしてまぁ、可能性を感じる土地だからこそ、葉肥石とかが置いてあったのかもしれませんね。
……あの石、自然発生したもの……かもしれないですけど、誰かが意図して置いた可能性もあるんですよね。
この荒野を畑にしたかった、あるいはして欲しかった誰か……。
……以前出会ったあのトカゲさん、ベンさん達が言うところの神は、セナイちゃん達にここを森にしてくれって言っていたんですよね。
そうすると……葉肥石とかもそのために用意したのかなーとか」
「……こんな風に水を湧き出させることが出来るなら自分でやったらどうだと思ってしまうがなぁ……。
なんだってそのトカゲは葉肥石を用意したりセナイ達に頼んだり、変な遠回りをしているんだろうな?」
「うぅん、どうなんでしょうね? トカゲさんが本当に神様なら神様の考えていることなんてボク達には分かるはずもない訳ですけど……。
あ、そう言えばその時にあのトカゲさん、この土地を只人に返すとか、そんなことも言っていたんですよね、まるで返すその時まで守っていたような言い草で……。
只人って人間族のことですよね? ここは元々人間族の土地で、人間族の誰かがトカゲさんに何か頼み事をして……それでトカゲさんがここを守っていたとか?
……そうするとディアスさんの言う通り、なんだって森人のセナイちゃん達に頼み事をするのかって話に繋がってきますねぇ……人間族の土地なら人間族に頼むのが筋でしょうに」
「畑作りに詳しいと言うか、得意な森人に頼むというのは当たり前のことのように思えるが……自分達の土地なんだから自分達で耕せというのもその通りだしなぁ。
ふぅむ……? 只人に返せ、か……そうするとここは元々只人のもので、只人が住んでいた、のか?
……こんな何も無いところに? それとも大昔はここに何かがあったのか……?」
エイマとの会話の中で私がそんなことを言うと、エイマはピンと耳を立てて周囲をキョロキョロと見回す。
……が、人工物らしいものはどこにもなく、それらしい痕跡も全く見当たらず……そうしてこのままあれこれ考えていても、結論を出すのは難しそうだと、そんなことをエイマと同時に呟いていると、護衛ということで着いてきてセナイ達と一緒に遊んでいたシェップ氏族の若者が何かを摘んでこちらに駆けてくる。
「ディアス様ー! 虫です、虫! 固い虫がいました!
前は全然いなかったけど結構たくさんいました! 水があるから寄ってくるんですかねー!」
どうやら今までの荒野で虫を見かけることはなかったようで、生き物を見つけることが出来たことが嬉しいのか、若者の尻尾はぶんぶんと振られている。
そんな若者の報告を受けて私が、
「もっともっと色々な生き物がやってくるような土地になると良いな」
と、返しているとほぼ同時にエイマが、
「おや、美味しそうな虫ですねー」
なんてとんでもない声を上げる。
……そう言えばエイマは故郷の砂漠で虫を捕まえて食べていたんだったか。
草原では十分な食料があるからわざわざ食べはしないようだが……それでも美味しそうなんて言葉が出てくるものなんだなぁ。
と、私が目を丸くして驚いていると、虫を摘んでいた若者はこれが美味しいの? と、言わんばかりの態度で首を傾げて……そのまま口に運ぼうとし始めてしまい、ギョッとした私とエイマは大慌てで声を上げ、若者を制止するのだった。