軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

斜陽の……

――――帝国北西部のある城塞で 若い重騎士

帝国の北西部、細く長く伸びた木々が等間隔で並ぶ森林地帯を見下ろすような巨大な城塞の歩廊を、黒く重く分厚い全身鎧を身に纏った若者が従者と共に歩いている。

鎧と同じく黒い兜から漏れ出た茜色の長い髪をなびかせて、切れ長の目で周囲を見回し……誰もが振り返るような優美な色男である褐色肌の若者は……城塞の一部、汚れもなく傷もなく、まるでそこだけを新しく作り直したかのように浮いてしまっている一画を見てよく通る高めの声を上げる。

「ようやくアースドラゴン共に壊された一画の修復も終わって、落ち着いた所だと言うのに、あの馬鹿共は全く!」

すると側に控えていた……若者よりも粗末な造りで色も塗られていない鉄鎧姿の中年従者が言葉を返す。

「突然会議を抜け出して何事かと思いましたが……お気持ちは分かります。

未だにディアス憎しで復讐をなどと……一体全体何をのたまっているのやら、そもそもこの城塞の戦力は、北西からやってくるモンスターに備えてのものでありましょうに」

「暗殺、毒殺、謀殺……手を尽くしても全てに失敗したというのに、どうして今なら成功すると思うのやらなぁ!

敗戦のショックで寝込んでしまわれた陛下のお心を癒やしてさしあげたいという気持ちは分かるがなぁ……無理だ無理だ、アレはどうやっても倒せる相手ではない!」

「……若と共にあった戦場であの男を見かけた時は、人型のドラゴンなのかと思った程でしたな。

周囲を囲まれ孤立無援、だというのに構うことなく武器を振るい続け、周囲全ての兵をなぎ倒し続け……そんな光景を見せつけられた兵達の心が折れて怯んだ所で駆け出して、そんなディアスから逃げ出そうと兵達が混乱状態に陥り、潰走。

ディアスと戦うよりマシだからと、抗戦せよと声を上げる上官に襲いかかる者、何もせずに降伏する者、降伏の手土産にと物資を持ち去る者までが出始めて……全く何の冗談かと思った程です」

「あそこまで行くと美しいとさえ思えてしまう、暴力も極めたなら魅力となる訳だな! そんな魅力に満ちた男が出世して今や公爵だ!

仮に再びサンセリフェ王国と戦争となったら、かの公爵様は十分な装備を整え自前の軍を率いて、誰に憚ることもなく好き勝手に暴れてくれるという訳だ!

以前の戦いでは王国貴族共の嫉妬があった、妨害があった、それによって重用とは言えない状況にあった訳だが、公爵となればそれもない……そうなれば前以上の苦戦は必至、帝都陥落すらありえる話だ。

……知っているか? 王国の実権を握りつつあるリチャード王子は、外交文章に必ずこういった一文を添えるんだそうだ『メーアバダル公の忠誠心は健在だ』『今月もメーアバダル公からドラゴンの魔石が届いた』『メーアバダル公が新領地を獲得した』とな!

全くこちらに対し何の報告だと思ってしまうが……つまりこれは脅迫だな。

敗戦した国のくせにガタガタと面倒くさいことを言うのなら、忠誠心篤いディアスに先陣を切ってもらっての再戦だと、そう脅している訳だ。

……全くなんと効果的で恐ろしい脅しか! 帝国はディアスが老いて弱るか死ぬか……それまでの10か20年、手足を縛られたと同義よ!」

「諜報が仕入れた情報が本当ならば、ディアスは遥か遠方にある西国とも友誼を結んだとか……。

まさか国名も届かぬ程の遠方から援軍を寄越しはしないでしょうが、物資の融通くらいはするのでしょうし……リチャードの改革の成果と合わせて、厄介なことになるでしょうな。

……それでもディアスをどうにかしたいのなら……王国で内乱でも起こさせますか?」

「王国内に内乱の種はある……が、悪手だろう!

そこまでの大乱にはなってくれないだろうし、内乱を制したディアスが余計な力をつけた上で報復にやってくるだけだ。

王国に一泡吹かせたいというのなら……そんな手よりも海だろうな!

王国はまだ海軍に力を入れていない……どうにかして長期航海が可能な軍船を作り出し、海から東西に振り回してやれば、陸を進むしか無いディアスを避けての戦闘が可能だ!

……更にはそれだけの船があればその西国とやらの交渉、交易も可能になるだろうしな!

ディアスもまさか海を魚のように泳げはしまい! 海の中で斧を振るえはしまい! かなりの妙手だとは思わないか?」

そう言って若者が快活に笑うと、従者もまた釣られて笑い……二人でひとしきりに笑ったなら、若者が真顔となって……小さく声を上げる。

「皇帝陛下の夢……統一王のように大陸を統一し、モンスター共を駆逐し歴史に名を残すというのはもはや叶わぬ夢だろう。

今この瞬間にディアスが急死し、王国が瓦解したとしても時が足りん!

……そもそもそんな夢、一代でどうにか出来るものとは思えないが……周辺諸国を呑み込み、順調に拡大し続け……このままの流れならいけると思えてしまう状況が出来上がっていたのだろうなぁ。

流れのままに王国に宣戦……そのまま勝てると思いきやこの有様、陛下でなくとも寝込みたくなるというものだ。

今すべきことは復讐などではなく国内を立て直し、海軍を整備し……次代に巻き返す、その支度をすることだ!

……もしそれをせずに復讐にこだわり続けるのなら……あるいは王国の方が先に海軍を整備したのなら、その時は身の振り方を考える必要があるかもしれん」

そんな言葉を受けて従者は数歩、若者へと近付き……周囲の様子を伺ってから小声で言葉を返す。

「身の振り方、とは?」

「言うまでもないだろう、王国に……いや、ディアスにつく。

俺は帝国に生まれ育ち、騎士となって皇帝陛下に忠誠を誓った身であるが、お祖父様はそんな陛下と戦い、最後まで抗い続けた一族の長であり……俺の中にはその血と誇りが眠っている。

それらに突き動かされて動いたとしても責められる謂われはない。

……ディアスにつき、ディアスの下で活躍し、どこか領地でも任されたならニャーヂェン族の復興も夢ではないからなぁ……元々いた土地からはかなり離れての復興となるが、お祖父様はきっと喜んでくださることだろう」

そう言って若者が兜を脱ぐと……茜色の髪の合間から二つの耳がちょこんと立つ。

それは猫の耳によく似ていて……続いて従者が兜を脱ぐと従者の頭にもよく似た耳が立っている。

更には従者の鉄鎧の隙間からは猫によく似たしなやかで長い尻尾が生え出ていて……その尻尾が従者の喜びを表現するかのように緩やかにくねる。

「その時は……わたくしはもちろんのこと一族の者達も若についていくことでしょう。

……ディアスにわたくし達を受け入れる度量があるかは……今更疑う必要もありませんな。

帝国民はもちろん捕虜にも寛大で、帝国兵を仲間にし重用していた……との話は有名ですからな。

……一族の集落に戻りましたら、それとなく支度を進めておきましょうか」

「いやいや、待て待て、まずは海軍! 海軍だ! それがダメだったらという話だっただろう!」

従者の突然の言葉に若者がそう返すと……従者は尻尾を立てながら力を込めた声を上げる。

「わたくしの勘なのですが……今のうち、支度を進めておいた方が良い気がするのです。

それこそディアスが海を泳ぎ、海で斧を振るうようなそんな事態が起きているような気がしまして……。

若の狙いが露呈しても面倒ですから、無駄になっても構わない程度の備えをしておくとしましょう」

その言葉を受けて若者は素直に頷く。

幼い頃からこの従者の勘はよく当たり……当たりすぎるくらいに当たるものだった。

ディアスが海すらも制するなどまず有り得ないことなのだが……それでも若者は従者の言葉を否定出来ず、王国で一体何が起きているのやらと西へと視線を向けて……しばしの間、戦場で見たディアスの魅力ある暴れっぷりを思い返し……その下での生活はどんなものになるのかと思いを馳せるのだった。