軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

小石

就寝中に起こされた宰相は、クレオ暗殺の件を聞いて溜息を吐いた。

「ライナス殿下は急ぎすぎたか」

カルヴァンという強敵と戦う前に、クレオという小物を片付ける。

その程度のつもりだったのだろう。

だが、結果はお粗末な内容だ。

暗殺を仕掛けて失敗し、返り討ちに遭っている。

ライナスは有能であったし、派閥をよくまとめ上げていた。

愚鈍(ぐどん) ではなかったが、今回の一件でライナスの今後の評価は決まったようなものだ。

巻き返しなど出来ないし、皇太子になる可能性も消えてしまった。

それよりも、宰相には気になることがある。

「――いったい誰が剣聖を動かしたというのか」

帝国が認めた剣聖は現在四人。

その内の一人をクレオ暗殺に向かわせた者がいる。

もちろん、宰相ではない。

剣聖が栄達を目指してクレオ暗殺に協力したとも考えられるが、強さを求めるような剣士が権力をそこまで求めるというのも怪しい話である。

報告書には剣聖が自分の判断で暗殺を実行したとあるが、誰かが命令した可能性が高い。

宰相は報告書を前に口角が上がる。

「それにしても、まさかこれほどまでの強さだとは思わなかった」

帝国が認めた剣聖の一人をリアムが倒してしまった。

本人はクレオの最大の支援者だ。

クレオを守るために剣を抜いて戦った、とある。

宰相は着替えを行う。

腕時計に触れると、寝間着が一瞬で仕事着へと替わった。

「さて、これから忙しくなるな」

宮殿内は大騒ぎだろう。

クレオの暗殺騒ぎが、ではない。

第二皇子――ライナスの失脚で、だ。

事件から一夜明け――昼が過ぎても、俺は宮殿内から動けずにいた。

昨日の夜からずっと取り調べを受けている。

場所は会議室のような場所だが、俺は次期公爵――現伯爵なので、豪奢な会議室が用意されている。

ふかふかの椅子に座り、侍女がいれてくれた紅茶を飲みながらの取り調べだ。

周囲には高位の役人たちだけではなく、宮殿に勤めている騎士や軍人たちにまで囲まれているのだ。

これでは気が休まらない。

「――おい、昼飯はまだか? せっかく宮殿に来たんだから、フルコースくらい出せよ」

それにしても、侍女一人とは気が利かない。

俺の相手をさせるなら、美女をもっとダース単位で連れて来い。

こっちは伯爵様だぞ!

高位の役人――高官が、俺の態度に苛立っていた。

「バンフィールド伯爵、昨晩何が起きたのか分かっているのですか?」

宮殿内で皇族が暗殺されそうになった――それだけ聞けば一大事だが、こちらの世界では本当に血で血を洗う争いが宮殿内では日常的に起きている。

そもそも、宮殿と呼んでいるが――大陸丸ごとだ。

毎日のように事件が起きていても不思議ではない。

「この程度で何を騒ぐ? いつものことだろうが」

「今回の一件がどれだけの大事件か分からないのですか!?」

少しは理解しろよと言ってくる高官を前に、俺は優雅に紅茶を飲んでいた。

それにしても、俺を取り調べるために集まった高官やら軍人たちだが――身分低くない? もっと偉い奴を連れて来いよ。

軽んじられている気がして、やる気がまったく出てこない。

「はぁ――それより今日は午後から講義があるんだ。早く終わらせてくれ」

俺の態度に高官が頭を抱えていた。

「第二王子殿下の進退がかかっているのです。もっと緊張感を持っていただきたい」

「それは大変だ。俺も心配していたところだよ」

「――よく言えますね」

「本心だからな」

いや、俺もライナス殿下のことは心配していたのだ。

勘違いをして喧嘩を売る相手を間違えた憐れな男、としてね。

あいつが怒りやすい性格でよかったよ。

正攻法で来られた方が面倒だった。

時間もかかるし、ダラダラと継承権争いを続けるつもりだったが――ライナスのおかげでライバルが一人消えた。

ライナス本人によって、ね。

こいつらにとっては一大事かもしれないが、俺からすれば終わった話だ。

第二皇子ライナス――もう終わった人間である。

俺の相手ではなかった。

そもそも、負ける気がしなかった。

道ばたの邪魔な小石を足で蹴飛ばし、転がしたようなものだ。

本来なら取り調べだって受けるつもりはなかった。

まぁ、どう転んでも俺の勝ちは揺るがないので、これも一種の舐めプである。

宮殿の連中に付き合ってやっているだけだ。

「ところで」

「何か?」

俺が高官に質問をする。

「剣聖になるための申請は、誰に出せばいい?」

ライナスの件よりも、今は剣聖の称号の方が大事だ。

「伯爵! 冗談は止めてください!」

「冗談だと!? 俺は本気だ。いいか、俺は一閃流を世に広めなくてはいけないんだ。最強の流派として世に広めるのは、安士師匠への恩返しだ! だから、剣聖の称号をくれ」

「あんた何言ってんだ?」

俺は悪人だが、受けた恩くらいは返すつもりだ。

師匠には世話になった。

だが、世間はどうしても一閃流をマイナー剣術と考えている。

ならば、俺が世に広めるしかない。

最強の流派が一閃流であると、知らしめなければならないのだ。

「分かった。なら、残り三人の剣聖を連れてこい。三人とも倒せば、帝国も剣聖として認めてくれるだろ?」

高官が俺の前で頭を抱えていた。

昼過ぎ。

ライナスは貴族たちが帰った広い部屋で項垂れていた。

先程まで自派閥の貴族たちが集まり、対策会議を行っていたのだ。

だが、ライナスは力なく笑う。

「何がまだ諦めないでください、だ。――もう、私は終わりだ」

貴族たちの白々しさに気が付いていたが、今は怒る気力もなかった。

ライナスも無能ではない。

ここから巻き返しが出来るなどとは考えていなかった。

「クレオを見誤った。いや、あの小僧――リアムを侮った。私の敗北は、間違いなくあの男が原因だ」

辺境で粋がっている子供と侮ったが、それがいけなかったのだ。

最初から全力で潰すか、それとも何をしてでも抱き込む必要があった。

もしも――この結果が分かっていたら、ライナスは自らが頭を下げてでもリアムを派閥に引き入れただろう。

そんな仮定の話は無意味だが、ライナスは考えずにはいられない。

どこで間違ったのか?

それは間違いなく、リアムに声をかけたところだろう。

「――宰相の読みは当たっていたな。あの男も長年帝国を裏で操っていただけはある」

そう呟くと、床から一人の男がゆっくりと姿を現す。

膝をついた格好ではなく、その手には酒瓶を持っていた。

仮面を付けた男――よく知る男だった。

ライナスは笑う。

「私を殺すのはお前か」

ライナスが手を組んだ組織の人間だった。

「ライナス殿下、貴方に利用価値はなくなった。我々の新しい主人は、今回の一件に心を痛めておいでです。――すぐに解決するように、とお言葉を承りました」

ライナスはソファーの背もたれに体を預ける。

そして、仮面の男が持つ酒を見た。

「私の好きな酒だな。気が利くじゃないか」

普段よりも落ち着いた態度を見せるライナスに、仮面の男は残念がる。

「泣きわめかないのですか?」

「これだけ醜態をさらしたのだ。私は今後、宮殿内の歴史では愚か者の一人に数えられるだろう。ならば、最期くらいは格好を付けたいからな。グラスを用意するから、少し待て」

部屋の壁に手を触れると、ギミックが動き出して壁から棚が出現する。

食器だけではなく、酒類も揃っていた。

つまみも用意されている。

「この酒には、こいつがよく合うんだ」

落ち着いた様子で酒を飲む準備をするライナスのために、仮面の男が酒瓶を開けた。

ライナスが残念がっている。

「最期の酒の相手がお前か。こうなる可能性は何度か考えたな」

グラスに酒を注がせたライナスは、それを一気に飲み干してからまたそそぐようにグラスを差し出した。

つまみを食べながら、仮面の男に問うのだ。

「冥土の土産に二つ教えろ。お前から見て、皇帝に相応しい男は誰だ? 兄上か? クレオか?」

仮面の男がクツクツと笑う。

「今の殿下なら、皇帝陛下に相応しかったかもしれません」

それを聞いたライナスは、気分よく酒を飲む。

「ここは素直に煽られておこう。さて――今回の一件、裏で動いたのは誰だ?」

二つ目の問いに、仮面の男は答える。

「依頼主の素性を話さないのも仕事の内です」

「そう――だったな」

ライナスが笑みを浮かべると、目を閉じて眠るようにそのまま息を引き取った。

仮面の男は言う。

「本当に、もっと早くその姿を見せていただければ、こうならなかったでしょうね」

一人の愚鈍な皇子が起こした暗殺騒ぎは、本人が全ての罪を告白した後に自裁した――として片付けられた。

暗殺事件から一週間が過ぎた頃。

まだ落ち着きを取り戻していない宮殿で、俺はクレオ殿下と面会していた。

「殿下、元気がありませんね」

「そうか? ま、そうだろうな」

塞ぎ込んでいるわけではないが、気が沈んでいるようだった。

この程度で大丈夫なのだろうか?

まったく、善人は殺しにかかってきた相手が死んだからと落ち込んで駄目だな。

敵を倒したで終わり、とは考えられないらしい。

クレオ殿下は俺を前に喋り始める。

「ライナス兄上との間に思い出は少ない。だが――兄上からスパイとして送り込まれた使用人から話を聞いた」

「何か言っていましたか?」

「見下してもいたが、俺に同情していたらしい。何もしなければ、兄上が私を暗殺するために動くこともなかった、と考えてしまう」

お優しいことだ。

だが、優しさなど無意味だ。

俺も前世で酷い裏切りを経験したが、その時は俺も悪かったのだと納得しようとした。

理不尽な仕打ちにも耐えた。

そして結果は、悪人共が俺を笑い話のネタにして終わりだ。

「先に殺しにかかってきたのはライナス殿下です。気に病む必要はありません。それに、負ければ次は殿下の番です。嫌なら戦うしかない」

クレオ殿下が俺を見る。

「伯爵は強いな。強すぎて――きっと弱者の気持ちが分からないのだろう」

何とも棘のある言葉だ。

だが、言わせて欲しい。

俺は弱者の気持ちがよく分かる。

何しろ、前世は弱者だったのだ。

悪人共にいいように利用される弱者だった。

そんな自分に反吐が出る。

「弱者の気持ちなど、これ以上ないほどに理解していますよ。弱者だろうと、奪う側に回れるなら回るものです。殿下は弱者を神聖視しておられますね。――弱いというのは、それだけで罪ですよ」

クレオ殿下が俺を見て目を細めた。

「生まれながらの強者に理解できると思えないが?」

「少なくともお前より理解している」

お前呼ばわりしたところで、ティアが給仕のためにやって来た。

そして俺に報告してくる。

「お茶を取り替えましょう。それから、領地にいるブライアン殿が、リアム様とお話がしたいと言っていましたね」

一度休憩を入れろ、ということだろう。

俺は席を立つ。

「俺を気安く呼び出しやがって。ブライアンじゃなかったら処刑ものだぞ」

そして俺は部屋を出るのだった。

話を中断されたクレオは、ティアを見るのだった。

「伯爵に失礼な態度を取ったな。後で謝罪しよう」

ティアはリアムを尊敬しており、きっと怒るのだろうと思っていた。

だが、ティアはクスクスと笑っているだけだ。

「何か?」

ティアはリアムが出ていった部屋のドアを見る。

「クレオ殿下は、バンフィールド家についてどこまで知っておられますか?」

「経営状況の悪い領地を、リアム殿が子供の頃から改善したと聞いている。レアメタルを大量に保有した資源衛星を確保したおかげだったか?」

世間から見たリアムの評価などそんなものだろう。

皆、今のリアムの力や軍事力ばかりを評価する。

領地経営はレアメタルのおかげで持ち直した、とも。

「私も資料で見たのですが、リアム様が伯爵の地位を継いだのは五歳の頃です」

「――貴族の中には、領地を子供に押しつける者たちがいると聞いている。だが、本当にいたのだな」

世間知らずのクレオは、噂話が事実だったのかと驚いていた。

そもそも、貴族との交流は最近始まったばかりだ。

派閥を構成する主だった貴族たちは、強面が多いが真面目な部類の領主たちだ。

子供に領地を押しつける、などという話は出てこない。

「当時は酷い状況だったようです。民から税を搾り取り、苦役を強いて使い潰す。それでは贅沢が出来ないからと借金までしていましたね。資料を見て唖然としましたよ。人はここまで出来るのか、とね」

「酷い話だな。だが、ここにいればよく聞く話でもある。俺は話でしか聞いたことがないが、本当なのだろうか?」

「本当ですよ。リアム様の領地では今は考えられませんが、帝国内の多くの惑星で民が苦しんでいます」

ティアは、そんな領地を見たリアムの気持ちを妄想して心を痛める。

「高潔なリアム様がそんな領地を見てどう思ったでしょうか? 自分の生活が苦しくとも、節制にいそしみ何十年と暮らしてきたのです。幼いリアム様はきっと可憐な美少年だったはず! 今よりも可愛くて、健気で尊くて――そんなリアム様が、苦しい貧乏生活に耐えて領内を発展させてきたのです! 強くあろうと、己も鍛えて剣聖すら倒す実力を得たのも――ヤだ、涎が止まらない!」

幼い頃のリアムを想像し「その時に私がお側にいれば!」と、悔しがっていた。

クレオはティアから視線を外す。

見ないのが優しさだと思ったからだ。

(伯爵のところの騎士は変わり者が多いな)

有能ではあるのだが、ティアは残念な騎士だ。

妄想が終わったのか、ティアが「失礼しました」と謝罪してきたのでクレオは再び視線を戻した。

「まぁ、何が言いたかったかと言いますと、リアム様はクレオ様の言われる弱者でした。いえ、クレオ様が思うよりも弱いお立場でしたね」

クレオが俯く。

「――そうか。伯爵には悪いことを言ったな」

(俺が思うよりも、過酷な人生を歩んできたということか。俺の安易な発言が許せなかったのだろうな)

クレオは反省し、戻ってきたリアムに謝罪をしたのだった。