軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

新帝国誕生までの道は長く険しく

宮殿の地下深くにある貴賓室のような地下牢は、貴族の中でも特に高位の者たちを一時的に捕えておくための場所だった。

普段はあまり使用されていないのだが、今回は宰相が部屋に置かれたソファーに腰を下ろしている。

皇帝バグラーダの親衛隊に捕えられ、ここに収監されていた。

そんな宰相に面会人が現われる。

セリーナだった。

「宰相閣下、お迎えに上がりました」

バンフィールド家の兵士たちに監視されながら、面会に来たセリーナを見て宰相は全てを悟った。

完璧なカーテシーをするセリーナの姿が、宰相には彼女と出会った当時を思い出させる。

お互いに若く、そして一度は何もかも捨て去ろうとしていた時期だった。

結局、二人とも年老いるまで帝国に縛り付けられてしまったのだが、宰相はそれを悪いとは思っていなかった。

「まさか君が刑場までの案内役になるとは思わなかった。バンフィールド公爵は随分と意地の悪いことをする」

二人の関係を知りながら、この采配をしたのなら悪趣味としか言いようがない。

しかし、セリーナは頭を振った。

「いえ、私もあなたも刑場には送られません。公爵――新帝は次の治世のために、しっかり引き継ぎを行えと仰せです」

宰相は深いため息を吐いた。

「私が仕えていた国を奪っておいて、何たる無礼なことか。これならば、さっさと処刑されてしまった方が救われたな」

帝国を打倒しても、その後の治世が悪ければいずれバンフィールド家が叩かれてしまう。

巨大な星間国家を引き継ぎ、そして新たな治世を始めるにしても引き継ぎが行えるかどうかは非常に大きな問題だった。

宰相が俯きながら問う。

「カトレア……他の子たちはどうなった?」

宰相にとっても孫やひ孫の可愛いメイドたちの安否を確認すると、セリーナが言う。

「現在はバンフィールド家の艦隊にて保護されています。宰相閣下……」

思い詰めた顔をするセリーナが何かを言う前に、宰相は察してソファーから立ち上がった。

孫やひ孫たちが捕えられているのだから、宰相にとっては人質に捕えられているのと同じだ。

帝国が存続していたのならば、見捨てる決断もしただろう。

しかし、亡国となってしまった今、宰相は孫やひ孫……子孫たちのためにその身を捧げる決意だった。

「いいだろう。クリスティアナを呼べ。あの者ならば問題なく引き継ぎできるだろう」

旧帝国の謁見の間……という名の広場には、何故かバンフィールド家の文武官が整列して揃っていた。

皇帝が座っていた玉座に腰を下ろした俺は、パーティーや事後処理が終わって帰還するだけだった。

それなのに、クラウスを始め臣下一同からの嘆願という形で、この場に呼び出されたのだ。

謁見の間が外にあるのは、首都星が天候を完全に制御できるからだ。

謁見の間が使用される時だけは、どんな季節だろうと心地良い日差しと気温、そして風が用意される。

現在も同じで、非常事態が解除されて青空が広がっていた。

不満そうにしている俺の前で、文武官を代表してクラウスが俺の前で膝をついて頭を垂れている。

「リアム様、アルグランド帝国アルバレイト朝を打ち倒したこと、心より御礼申し上げます」

「……第一功のお前も頑張っていたけどな」

「いえ、我ら臣下の働きは全てリアム様の手柄であり、この偉業はリアム様のもの。誰が、この事実に文句を付けましょうか?」

「文句を言う奴くらいどこにでもいるだろ。そもそも、俺の本星では常にデモ騒ぎだぞ。今回の件も絶対に騒ぐはずだ」

「バンフィールド家の本星では、リアム様が戻られた際に戦勝記念が行われる予定です。デモではなく、行われるのは祭りです」

何とか俺が話を逸らそうとするが、クラウスはそれを許してくれない。

クラウスが顔を上げて直訴してくる。

「巨大な帝国が倒れ、誰かが君主として国家を導かねばなりません。……リアム様、どうかご決断を!」

クラウスのご決断を、という言葉を文武官たちが繰り返す。

ご決断を! という言葉が広間に響き渡り、俺は両手で耳を押さえた。

こいつら俺を新皇帝に祭り上げようとしているのだ。

「俺は好き勝手にするためにここまで頑張って来たんだよ! 誰が好き好んで皇帝になるものか」

巨大帝国のトップになれば好き勝手に出来る?

そんなことはない。

古来より王とは……象徴であると同時に、ある種の生け贄だった。

治世が上手くいっていれば許されるが、その逆であれば何をしていなくても責任を取らされる。

王自身に力がなければ、力ある臣下たちの傀儡になるしかない。

俺を傀儡にするような奴がいれば容赦はしないが、問題は巨大国家の権威の象徴ともなれば自由に振る舞えないことだ。

クラウスが立ち上がって言う。

「ですが、それでは他の星間国家に蹂躙されてしまいます! 誰かが上に立たねばならず、それはリアム様を置いて他にはいません」

だが、俺はこれに対する答えを持っていた。

「いるんだな、これが!」

俺は自分の左腕に装着したブレスレット型の端末を操作すると、事前に繋げておいたウォーレスが謁見の間の空に映し出された。

ざわつく文武官たちは、とても嫌な予感がしているのか青ざめていた。

『待機しろって言われたから待っていたが、リアム、私に何か用かな?』

ウォーレス・ノーア・アルバレイト……皇族から離脱したウォーレスの面倒を俺はずっと見てきた。

イベント関係以外のスキルは全く役に立たない男だが、今回は俺の代わりに皇帝陛下になってもらうとしよう。

「喜べ、ウォーレス! お前が新皇帝だ!」

『……リアム、私は昔も今も君の一臣下だ。それが揺るぐことは絶対にあり得ないよ』

不真面目なウォーレスが真顔でそう言うと、文武官たちが胸を撫で下ろしていた。

俺が震える指を空に向けて叫ぶ。

「俺の命令が聞けないのかよ!」

『こんな状況で君以外が新皇帝とか罰ゲームだろ! 覇王国なんか、既に勝利報告を聞いて君が次のトップだと思い込んでいるみたいだし、面倒は困るんだよ! ……あっ、ごめん。エドワード君に呼ばれているからまた今度ね。ほら、私って今は彼の相談役だし』

ブツリ、と音を立てて映像が消えてしまった。

「ウォーレス、てめぇこの野郎! こうなれば皇族なら誰でも言い……そうだ、セドリック! あいつなら次の皇帝に相応しいだろ!」

セドリックは皇族でありながら独立志向が強く、軍人の道を志した男だ。

今回も俺たちを助けてくれたし、逆らう奴はいないだろうと思って呼び出した。

空にセドリックの顔が映し出される。

「セドリック、おめで――」

『リアム新皇帝陛下万歳! このセドリック、あなたに今後更なる忠誠を誓います! おっと、失礼。事後処理で回線の維持が難しいようです』

セドリックはそれだけ言うと、映像を切った。

俺が無言で立ち尽くしていると、クラウスが言う。

「……リアム様、もう諦めた方がよろしいかと」

まだだ。まだ終わっていない!

俺は震える指である男を呼び出す。

そいつはカルヴァン……カルヴァン・ノーア・アルバレイト! クレオの前に皇太子をしていた男であり、もっとも皇帝に近かった奴だ。

「俺は諦めないぞ。まだ切り札が残っているんだ。こういう時のために飼い殺しにしていた男がいるんだからな」

空に映し出される威厳ある元皇太子……の姿は、どこにもなかった。

皇太子の地位を失ったカルヴァンは、今ではどこにでもいるような腹の出たおっさんになっていた。

それなのに仕事の影響なのか腕は太い。

Tシャツにハーフパンツ姿で、手にはポップコーンと大容量のジュースを握りしめている。

『誰だこんな大事な時に? ……おや、リアム様ではありませんか。お久しぶりです』

「……カ、カルヴァン?」

『あぁ、随分と見た目は変わってしまいましたが、カルヴァンですよ。いや~、それにしても自由っていいですね~。今日も家族とドッズボールの観戦ですよ』

カルヴァンがいるのはスポーツ観戦が行われている球場らしく、周囲からはチームを応援するファンたちの声がする。

というか、ドッズボールって何?

カルヴァンの両隣には、美しい妻と子供たちの姿があった。

大きくなった子供たちが試合を指差す。

『パパ、こっちが攻めに回ったよ!』

『何だって! そこだ、行けぇぇぇ!』

空に映し出されるドッズボール……ドッチボールじゃなくて? 空中に浮いた球状の物体の内側を地面にして、プロテクターを装着した選手たちがボールを奪い合うように走り回っている。

重力を感じさせない走りやジャンプ、時にはボールを投げている。

宇宙版のアメフトだろうか?

呆然としていると、カルヴァンが応援しているチームが点を取ったらしい。

カルヴァンがポップコーンを振り乱している。

『ッシャァァァ! リアム様、我々ピューティアーズは最強です! 次のバンフィールド統一盃に向けて最高の仕上がりを迎えており、優勝は確実と思われるので私も応援のため一時的に惑星から移動の許可を――』

俺は自分で通信を切った。

謁見の間に何とも言えない雰囲気が漂っている。

「……あの野郎、自分の国が滅んだのにスポーツ観戦に夢中になりやがって」

すると、これまで生還していたマリーが口を挟んでくる。

「リアム様、ご安心下さい」

「何か名案でもあるのか、マリー!」

期待した視線をマリーに向けると、胸を張って答えてくれる。

「ドッズボールならば、バンフィールド家の本星に拠点を構えるハイドラーズが最有力候補でございます。バンフィールド杯で勝利をするのは、ハイドラーズで間違いないかと」

「ドッズボールとかいうドッジボールの偽物みたいな球技に興味なんかねーよ!」

興味ないと叫んだ瞬間、ちょっと文武官たちが騒いでいた。

「何と、リアム様は興味がないらしいぞ」

「今年は四年に一度のバンフィールド杯が開催される大事な時期なのに」

「ハイドラーズなんて金満球団が最有力? 寝ぼけてんのか」

……駄目だ。

うちの連中は、ドッズボールとかいう球技に汚染されているらしい。

俺が力なく玉座に腰を下ろすと、クラウスが畳みかけてくる。

「これでご理解できたのではありませんか? リアム様以外に候補はいないのです」

「まだだ! ブライアン! ブライアンを呼び出す!」

こうなったら使える手段は何でも使ってやる勢いで、俺はブライアンを呼び出した。

遠く離れた惑星でも端末一つで呼び出せるのは、首都星の通信施設と繋いであるからだ。

ブライアンが映し出されると、丁度盆栽の手入れをしていたところらしい。

『何でございましょうか、リアム様? 戦勝のお祝いは先程伝えたばかりですぞ』

「ブライアン、俺は皇帝になりたくない。何か方法はないか?」

最後まで抵抗する俺に対して、

『私にそれを聞かれましても答えようがありませんぞ。というか、次の皇帝を目指しているものとばかり思っておりましたからな』

「……そうか、もういいよ」

通信を終わろうとすると、ブライアンが最後に言いかける。

『それはそうと、首都星に――』

何を言おうとしたのか気になるが、それよりも今は皇帝になるのを回避するのが先決だ。

この場で文武官が揃って俺に嘆願してくるあたり、こいつらも本気である。

これを回避するために何か手がないかと考えていると……謁見の間にメイド服姿の集団が入場してきた。

文武官たちが整列している間を通って歩いてくるのは、天城たちメイドロボだった。

「旦那様が帝国との戦いに勝利したと聞き、馳せ参じました。旦那様のこれまでの努力が実った結果であると、我ら一同敬意を表します」

俺の前々出来てカーテシーをするメイドロボたち……全員が揃っており、俺は目を丸くした。

皆が来てくれるのは嬉しい。嬉しいのだが、この展開はまずい気がしてならない。

どうにも追い詰められた気がするのは、気のせいではなかったらしい。

天城が顔を上げて、高い位置にある玉座を見上げて言う。

「旦那様が統治する新たな星間国家の誕生に、我ら一同は期待を寄せています。どうか、これまで同様に旧帝国の民も統治下さいますよう、お願い申し上げます」

天城が頭を下げると同時に、量産型メイドロボたちも頭を下げる。

「お願いし申し上げます」

一斉に揃った声……メイドロボたちに頭を下げられた俺は、震える口で言う。

「そ、その件に関しては少しだけ時間をくれ」

天城が上目遣いをしてくる。

「駄目、でしょうか?」

「駄目じゃない! 駄目じゃないが、もう少し心の準備というか、そういうのがあればもっと名案も浮かぶというか……」

天城は少しだけ残念そうにしていた。

「そうですか。それでは、旦那様が答えを出されるまで待ちましょう」

「う、うん」

俺が下した決断は保留、だった。

遠くで文武官たちの声が聞こえてくる。

「天城殿でも駄目だったか」

「だが、このまま押せばいけるんじゃないか?」

「今回は流石に駄目だったが、次回は折れそうだな」

……お前ら、俺が天城に弱いからと何でも思い通りになると思うなよ!

星間国家、アルグランド帝国敗れる。

この報せは、瞬く間に他の星間国家へも知れ渡った。

グレアムに吹き飛ばされた案内人は、フラフラと宇宙を漂っていた。

その際に掴まったのは、他の星間国家へと向かう貿易船だ。

商家が保有する大型輸送船で、働いているクルーたちが噂をしている。

「あの帝国が一貴族に滅ぼされるとは驚きだな」

「これはしばらく騒がしくなるんじゃないか? 国境を接している国は、それこそこの機会に領土を広げようと躍起になるぜ」

「ここ最近は新しい星間国家の誕生と、時代が動いている感じがあるよな」

「あぁ~、そういえば少し前に勢いのある星間国家が誕生したばかりだったな。あそこは確か……何て名前だったか?」

この話を盗み聞きしていた案内人だが、帽子だけの姿でありながら何やら思い付いたらしい。

「帝国では失敗しましたが、他の星間国家を絡めれば火種は幾らでも生み出せる。それに、負の感情は人間がいる限り尽きることはない! リアム……今は一時の安らぎを得ているがいい。だが、今度私と相対する時こそが、お前の終わりとなるのです! 私はもう、二度と失敗などしませんよ。今度は入念に準備をし、必ずお前を不幸のどん底に突き落としてやりましょう」

そうして貿易船はある星間国家へと辿り着く。

そこは誕生して百年も経っていない星間国家で、この世界では始まったばかりの若い国と思われて認知度も高くなかった。

長距離ゲートの中継地点の一つに過ぎない、と貿易船のクルーたちは思っていた。

「そろそろこの国の臨検が行われる。全員、変な行動をして相手を怒らせるんじゃないぞ」

案内人は人間には見えないため、帽子姿のままコンテナの上に座っていた。

「さて、まずは負の感情を集めて力を取り戻さなければ……」

すると、貿易船の貨物室に騎士が兵士を引き連れて現われる。

白と青を基調とした騎士服と軍服は、彼らの国家のカラーを示しているらしい。

「我らはエウリユス聖騎士国家から派遣された。これより臨検を開始する!」

生真面目な美青年の言葉に兵士たちが動き出し、怪しい荷物がないかチェックし始めた。

案内人はその様子に違和感を持つ。

(おや? 奴らの放っている気配は何やらおかしいような……この鼻を刺すような臭さ、どこかで覚えがあるような……)

美青年の騎士を眺めていると、相手が視線を向けてくる。

見えていないはずだったのに……目が合った。

そして、腰に差していた剣を抜いて投げつけてきた。

案内人は避けようとしたが、間に合わず剣に貫かれて壁に縫い付けられた。

「ぐがっ!? こ、これは、僅かながら加護を受けた剣!?」

細いレイピアだったため、案内人は何とか死なずに済んだ。

騎士が剣を投げつけたのを見て騒然とする周囲。

騎士は微笑むと、案内人がいる場所までジャンプしてやって来る。

周囲に向けて安心させるように言いながら、案内人を掴んだ。

「これは失礼した。何やら妖しい気配を感じたと思っていたが、どうやら勘違いだったらしい。皆も仕事を続けてくれ」

周囲が安堵した表情をして仕事に戻る中、案内人は騎士から逃げようともがいていた。

しかし、体を貫かれたばかりで力が出ない。

そんな案内人に向かって騎士は言う。

「……見つけ出したぞ、世界の敵」

(こ、こいつ私の存在に気付いている!? な、何者なんだ!?)

せっかく入念な準備をしてリアムを討とうと誓ったばかりの案内人だったが、その計画は最初から躓いてしまうのだった。