軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

兄妹喧嘩

「やっぱり兄弟子は甘くなったよ。こんなんで、師匠の一閃流を繋いでいけると本気で思っているのかな?」

エドを叱りつけた現場に現われたのは、俺に失望した凜鳳だった。

ここに来るまでに誰かと戦ったのだろう。

返り血だけでなく、頬にはかすり傷がある。

鞘を捨てた凜鳳が、その大きな刀を肩に担いでいた。

瞳からは光が消えており、痛々しい姿をしている。

同時に、禍々しい雰囲気をまとっていた。

「随分と嫌な気配をまとうようになったな。――ファラバルの真似事のつもりなら止めておけ」

人外の化け物と似た気配を危惧していると、凜鳳はクツクツと笑い出す。

左手で顔を押さえると、指の隙間から俺を見ていた。

桜色の瞳が怪しい光を放っている。

「僕が強くなるためには、この道しかなかった。誰にも否定なんてさせない。だって――強くなければ一閃流を名乗れないよね?」

強さを求めて、ファラバルと同じ場所に堕ちるつもりか?

そう思って冷や汗を流していると、通信が入ったので左の人差し指と中指を耳に当てた。

聞こえてくるのは天城の声だ。

『旦那様、緊急の報告がございます。安士邸が襲撃されました。幸いにして死亡者は出ませんでしたが、獅子神様が重傷です』

天城に答えず、俺は凜鳳を睨み付ける。

「風華をやったのか?」

凜鳳は通信の内容を察したのか、右手に持った刀を指先で遊ばせて振り回していた。

「調子に乗っていたから懲らしめただけだよ。本当は殺してやろうと思ったのに、運の良い奴だよね」

「安士師匠の許可も得ずに勝負したのか?」

同じ師を持つ同門同士の勝負は、師匠の許可が必要だ。

凜鳳が忘れているはずがない。

「ただの姉妹喧嘩だよ。兄弟子ってば融通が利かないよね。――それなのに、息子が無礼を働いても殺さないとかさ」

凜鳳の険しい視線がエドに向けられた。

エドと、そしてエドを抱き支えているナタも、凜鳳の視線に恐怖を感じたのか動けずにいた。

二人の前に、素早くエレンが庇うように前に出た。

刀の柄に手を伸ばしており、居合いの構えを取っている。

冷や汗を流していることから、今の凜鳳が尋常ではないと理解しているらしい。

その姿に、凜鳳は苛立ちを募らせていた。

「兄弟子に牙をむいた馬鹿弟子を始末するのは、お前の役目だよね、エレン?」

エレンは気丈に振る舞う。

「私の師匠を軽んじる発言を繰り返すお前に言われたくない。剣士として堕ちて、一閃流の看板に泥を塗る前に――お前はここで殺す」

「やってみろよ、雑魚が!」

二人が殺気を飛ばし合う間、俺は命令を出していた。

「陸戦隊は周辺住民を避難させて退避だ」

武装した陸戦隊の兵士たちが、銃火器を凜鳳に向けているが無意味だ。

既にこの辺り一帯は凜鳳の間合いの中だ。

さっさと退避させる方がいい。

陸戦隊の兵士が、エドを連れて行こうとする。

「エドワード様もこちらに」

「あ、あぁ」

エドは下がろうとするが、一閃流の剣士としてそれは認められない。

「エド――お前は一閃流の剣士だ。この場に残って戦いを見ていろ」

すると、エドが目を丸くしていた。

「ち、父上、僕にはこの場に残る実力が――」

「一閃を放てる時点でお前には資格がある。それに、同門同士の貴重な戦いを見逃すな。いずれ、お前も通る道だぞ」

陸戦隊がエドの扱いに右往左往していたので、俺がさっさと下がれとジェスチャーをしたら渋々引き下がった。

そんな中、ナタちゃんがエドを支える。

「エドワード様、私はお側に残ります」

麗しい忠誠心だが、これは一閃流の問題だ。

俺が指を鳴らすと、影からクナイが飛び出してナタを抱えて去って行く。

エドが手を伸ばしていた。

「ナタ!」

寂しそうにするんじゃない。

「お前も一閃流の剣士なら、二人の戦いを見守っていろ」

身動き一つしないエレンと凜鳳だったが、既に二人の間では勝負が始まっていた。

その時、娯楽施設の瓦礫が地面に落ちて崩れると、エレンの方から先に仕掛けた。

エレンが一閃を次々にはなっていくと、凜鳳は左手を地面についた。

三本足の体勢になって身を屈め、舌舐めずりをしながらエレンの一閃を撃ち落としていく。

俺は震えているエドの横に立って、その肩に手を置く。

逃げ出さないように押さえつけるためでもあるが、一番は二人の余波に巻き込まれて死んでしまわないよう守るためだ。

俺たちの周囲にも二人の放った一閃の余波で、斬撃の跡が地面に刻まれていく。

エドが俺の脚にしがみついてきた。

「な、何が起きているのですか、父上?」

「エレンが一閃を放って、それを凜鳳が撃ち落としている」

「それじゃあ、師匠が勝っているんですよね? ね!?」

そうあってほしいと期待するエドに、俺は残念な事実を教えなければならない。

「いや――エレンが劣勢だ。今の凜鳳はエレンよりも数段格上だな」

現実を知り、エドは絶望していた。

「そんな!?」

俺たちが話している間に、エレンの右頬に傷が入った。

ジリジリとエレンが下がっていくのだが、凜鳳は前に出ていく。

「ほら、どうしたのさ? さっきの威勢がなくなっているよ!」

凜鳳が地面を蹴ると、そのままエレンに斬りかかる。

エレンが刀を抜いて受け止めると、一閃は放たれなくなった。

凜鳳が舌舐めずりをする。

「遊んでやるよ」

エレンが眉根を寄せた。

「邪鬼が!」

そのまま二人が刀で斬り合いを始めると、エドが震えていた。

エレンが本気で戦う姿を見てこなかったのだろう。

そんなエドに一閃流の事実を伝えておく。

「よく見ておけ。一閃流は人外の化け物たちから人々を守る剣術だ」

「人外の化け物って本当にいるのですか?」

「あぁ、いるな。安士師匠ですら勝てなかった化け物だって存在する。――お前はそんな化け物たちと戦う宿命を背負っているのを忘れるな」

次第に凜鳳のまとう空気が濃くなっていく。

紫色のオーラが全身を覆いだしたかと思えば、炎のように揺らめいていた。

凜鳳が放つ斬撃にまとわりつき、エレンの肌を焼いていた。

「化け物が!」

エレンが飛び退くと、凜鳳が刀を腰だめにして抜刀する構えを取る。

「いいね。化け物を屠る化け物――最高じゃないか!!」

エレンに化け物だと言われた凜鳳だが、受け入れると渾身の一閃を放つ。

その一撃は黒と紫色に染まり、周囲を吹き飛ばすような強力な一撃だった。

いくらエレンだろうと、防ぎきれず塵となってしまう程の威力だった。

周囲が瓦礫の山となり、巻き上げられた砂やら埃が落ち着き出すと凜鳳が忌々しそうに俺を睨み付ける。

「また庇ったな!」

俺の腕の中には、意識を失いながらも刀だけは離さないエレンが抱きかかえられていた。

「可愛い弟子を守るのは師匠の役目だろう?」

凜鳳にそう言うと、歯を食いしばった後に言い放つ。

「真剣勝負だ! そうやってボクに殺されるのが嫌で庇ったんだろ。それでも一閃流の剣士かよ!」

子供のように喚く凜鳳を見ていると、心がズキズキと痛む。

あの時――凜鳳が俺を頼ってきた時に、もっと気の利いた台詞を言ってやれればよかった。

不器用な自分が嫌になる。

だから――。

「キャンキャン吠えるな。講釈を垂れたいなら、せめて俺より強くなってからにしろ」

――お前の全てを受け止めてやる。

エレンを優しく地面に置いてやった。

そして、弟子の刀を借りる。

「お前の刀を借りるぞ。――エド、お前は少し離れていろ」

「は、はい!」

刀をだらりと下げた俺は、左手を凜鳳に向けてかかってこいとジェスチャーをした。

「堕ちた妹弟子の躾も兄弟子の役目だ。来い――相手になってやる」

凜鳳は身を屈めて口を開く。

より獣らしい雰囲気をまといだしていた。

更に深く闇に沈んで力を引き出すその姿が、見ていて切なかった。

「僕が最強だ。僕が師匠の一番になるんだ」

「今の姿を師匠に見せれば悲しむと思うけどな」

「黙れよ!」

激高する凜鳳が、感情にまかせて周囲に一閃を乱雑に放っていく。

周囲が傷だらけにされる姿を見ながら、俺は小さくため息を吐いた。

「経済面の重要地区に大ダメージだ。これはしばらく復興作業で忙しくなりそうだな」

またしても仕事が増えてしまった、と振る舞った。

そうすることで、凜鳳には「一閃流を軽んじている」ように見えるから。

案の定、凜鳳が俺に飛びかかってくる。

紫色のオーラをまとった凜鳳は、外見ばかりか膂力も増して人外の領域に踏み込んでいた。

凜鳳の一撃を受け止めると、俺の両足が地面に突き刺さる。

あまりの力に、地面の方が崩れてしまった。

凜鳳はそこで終わらず、何度も斬り付けてきた。

「お前の戦い振りを見ていると、俺が殺した剣聖を思い出す。安易に最強の道を求めて自滅した馬鹿野郎だったな」

かつて殺した剣聖の話をすると、俺が何を言いたいのか凜鳳も察したらしい。

まだ思考力は残っているようで安心した。

「僕がそいつと同じだとでも?」

「違うと言いたいなら、俺を倒して証明してみせろ!」

凜鳳の腹部を蹴り飛ばして距離を作った俺は、そのまま一閃を放つ。

瓦礫の山を横薙ぎに斬り裂いた一撃を、凜鳳は仰け反るように避けた。

そのまま上半身を起こした反動を利用して、一気に距離を詰めてくる。

「お前を倒して僕が師匠の一番だ!」

安士師匠に認めてもらいたいというのは本心なのだろう。

だが、凜鳳は俺たちにまだ何か隠していた。

それだけは理解できた。

「もっと兄弟子を敬え、馬鹿妹弟子が」

向かってくる凜鳳に拳骨をぶちかまし、地面に叩き付けてやった。

凜鳳はすぐに跳び上がって距離を作るのだが、その際に何千という一閃を放ってきた。

どれも紫色のオーラをまとっている。

黒く染まった一閃――何と無様なことか。

「お前は今の姿を師匠に誇れるのか?」

エレンの刀を振るって全てを迎撃すると、周囲で花火が爆発したかのように火花が散った。

降り注ぐ火花の中、凛凰が地面に着地をすると――泣いているように見えた。

「一番大事なのは強さだろ。強くない僕なんて価値はない」

凜鳳の言葉に苛立ちを覚えた。

「俺は無価値な存在に情をかけるほど優しくはない。師匠だって、お前の姿を見れば悲しむだろうに」

凜鳳は静かに刀を構えた。

「そうだろうね。こんな無様な姿を見られたら斬られちゃうかな? でもさ――これしか道がなかったんだよ! 兄弟子たちだけどんどん先に進んで、僕だけが置いて行かれる。それを見ているだけなんて嫌だ。だったら――」

凜鳳が渾身の一閃を放とうとしているのを察して、俺も迎え撃つ準備をする。

刀の刃に小さな黄金の光の粒が幾つも集まってくる。

お気に入りの刀とは違うが、それでも今の凜鳳を相手にするには十分だろう。

「――お前を止められなかった俺を許せ」

俺の謝罪に凜鳳は僅かに微笑んだように見えた。

そのまま凜鳳が呟く。

「一閃」