軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

痛恨のミス

アルグランド帝国の首都星。

大陸全土を宮殿と称した場所は、数百年ぶりの騒ぎとなっていた。

首都星の住人たちが大通りに出て会話をしている。

「覇王国ばかりか、一斉に他国まで襲いかかって来たそうじゃないか」

「示し合わせたに決まっている」

「征伐軍が大敗したばかりだぞ」

皇太子クレオ率いるバンフィールド家征伐軍が、惨めな敗北を喫してまだ一年も経っていなかった。

帝国は征伐軍に力を注いでおり、余力が少ない状態だった。

その隙に他国が攻め込んできたわけだ。

首都星の住人たちは、久しぶりの恐怖を味わっていた。

ただ――それはどこか自分たちには関係の薄い話だ、という程度の認識だろう。

「これでは帝国領が大きく削られてしまうな」

「巨大星間国家として、周辺国を圧倒していた時代も終わりか」

「帝国は敵を作りすぎたのさ」

「まぁ、百年もすれば元通りになるだろう」

どれだけ他国が攻め込んできても、首都星までは攻め込まれないという余裕があった。

首都星にいれば安全――それがこの惑星に住む人々の認識だ。

「しばらくは贅沢も出来ないな」

「今回は運が悪かったのさ」

「バンフィールド公爵が余計なことをしなければ、私たちの暮らしにも影響しなかっただろうに」

「本当に余計なことをしてくれたものだね」

首都星の住人たちは、まるでお化け屋敷で恐怖体験を楽しむような――そんな感覚で今回の戦争を見守っていた。

自分たちは巻き込まれることはない、と信じ切っていた。

宮殿内は大騒ぎとなっていた。

皇太子であるクレオのために用意された新たな邸宅には、国境の情報が届けられる。

情報を持ってきたのは、姉であるリシテアではなく新たに採用した男性騎士だ。

「国境の情報を精査して参りました、皇太子殿下」

騎士礼をする自分の騎士に、クレオは焦りながら報告を行わせる。

皇太子だと示すために用意させたのは、まるで玉座のような椅子だ。

そこに座るクレオだが、焦りから貧乏揺すりをしていた。

「どうなっている?」

「以前から敵国が戦力を集結させていたのは確認していたそうで、迎え撃つ準備は進めていたそうです。おかげで防いではいますが、どこも戦力不足という状況です」

「以前から気付いていただと? ――どうしてそれを報せなかった!」

席を立って激昂するクレオに、騎士は視線をさまよわせていた。

言葉を選びながらクレオに理由を述べる。

「――以前より宮殿側に報告していたそうですが、示威行為であると判断され、少数の増援を送る程度に留めたそうです」

クレオは宮殿側の判断に文句を言う。

「宮殿の奴らがもっとまともなら、ここまで領土が削られることもなかった!」

侵攻する他国の艦隊は、帝国領を削りに削っていた。

幾つもの恒星系を奪われ、重要な惑星も数多く失った。

そして、ここで問題になるのが――この失敗の原因は誰にあるのか? だ。

クレオがここまで宮殿側の判断に対して文句を言うのは、今回の責任を押し付けられそうになっていたからだ。

騎士が苦々しい表情をしていた。

「皇太子殿下に責任を問う声が大きくなっております。一時的にでも、バンフィールド家と停戦して対外戦に集中すべきであると」

バンフィールド家と停戦するとなれば、帝国も相応の覚悟を見せなければならない。

その中にはクレオの廃嫡も含まれるだろう。

クレオは声を張り上げ、身振りまで加える。

「ふざけるな! ここまで攻め込まれたのは、不甲斐ない宮殿側の責任だろうに! 国境の守りを薄くしたのは奴らだぞ!」

不満を言うクレオに、騎士は申し訳なさそうに言う。

「官僚たちは、征伐軍のために戦力を抽出したのが原因であると主張しております。また、クレオ殿下が義勇軍の受け入れをお認めにならなければ、国境に回せる戦力はもっと増えたと言っておりまして――」

征伐軍を率いたクレオに、義勇軍を名乗る艦隊が味方をした。

リアムが憎くて集まった貴族の私設艦隊に始まり、軍では厄介者の貴族たちのたまり場であるパトロール艦隊などだ。

質という面では劣っていたが、それでも数は数。

彼らをバンフィールド家との戦いで喪失しなければ、今頃はもっと国境に増援を送れていた、というのが官僚たちの主張だ。

全てはクレオが悪い、と。

クレオが玉座に座って項垂れる。

「俺の地位は皇帝陛下が認められたものだぞ。官僚共が好き勝手に騒いで引きずり下ろせると思うなよ」

そうであってほしい、という願望が言葉に含まれていた。

アルグランド帝国の皇帝であるバグラーダは、上機嫌で宰相と向かい会っていた。

「他国が一斉に帝国に攻め込んでくるとは思わなかったよ。いや、これはバンフィールド公爵が裏で糸を引いたのだろうね。実に見事な手際だと思わないかな?」

問われた宰相は、眉根を寄せていた。

「皇帝陛下、笑っている場合ではございません。今、この時、帝国の兵士たちが祖国を守るべく戦っているのです。この瞬間にも万単位の兵士や民の命が奪われているのですよ」

そんな戦争が何年も、何十年も、下手をしたら何百年も続いてしまう。

宰相からすれば、とても許容できる問題ではなかった。

しかし、その数字にバグラーダは瞳を爛々と輝かせていた。

「理解しているよ。私も犠牲者たちの数に心を痛めているさ」

むしろ大歓迎という態度に、宰相は諦めて小さなため息を吐く。

「クレオ殿下は皇太子の地位に相応しくない、と上級官僚たちまでもが騒いでおります。事実、私も今回の一件でその資質に疑問を持ちました」

嘘である。

宰相は以前からクレオの資質を疑っていた。

バグラーダが寵愛しなければ、クレオを闇に葬った可能性すらある。

「帝国に尽くすお前の発言は重く受け止めるが――私はクレオを皇太子の地位から外すことはしないよ」

自分の意見を聞き入れないバグラーダに、宰相は小さく頷くと強引に説得せず引き下がることにしたようだ。

「それよりも、バンフィールド家の扱いですが」

宰相の言葉に、バグラーダは笑みを浮かべた。

「停戦などするものか。彼には精々踊ってもらうとしよう」

(私の悲願も彼のおかげでもうすぐ達成できるだろう。本当に――愚かなクレオと有能なリアム君には感謝するしかない。帝国全土から集まる負の感情は、この首都星という器を満たすだろう)

バグラーダにとって、この状況は計画通りだった。

アルグランド帝国の首都星。

金属の殻に覆われた惑星の内側に立つのは、案内人だった。

上空で逆さになって浮いているように見えるが、殻の内側に空が投影されているだけだ。

まるでコウモリのように逆さになった案内人は、両手を広げた後に背伸びをする。

「ここにいると本当に心が癒やされますね。それに、現在は帝国中が戦争に巻き込まれ負の感情が渦巻いている。――実に私好みの状況ですよ」

案内人はリアムとの縁が強すぎて、無関係な負の感情を吸い込んでもたいして栄養にならない体質にされてしまった。

だが、首都星に集まる負の感情は並ではない。

いくら効率が悪かろうとも、吸い続ければ案内人の力は増していく。

「そろそろ全盛期の力を取り戻せそうです。そうなればリアムをこの手で――」

この手で殺してやる! と思い浮かべたところで、案内人は冷や汗をかく。

「――いや、足りない。これまで何度も焦って先走って失敗してきたじゃないですか。ここは力を取り戻し、そして慎重に事を運ぶのです。幸いにして帝国はリアムとの戦いを諦めた様子がありませんからね。――もっとも、停戦などさせませんが」

案内人からすれば、停戦など絶対にあり得ない。

帝国にはこのまま頑張ってもらい、リアムを倒してほしかった。

「むしろ、リアムを倒した後は滅んでもいいですね。のんきな首都星の住人たちが、攻め込まれて右往左往する姿が見てみたい。さぞや滑稽で面白いことでしょう」

クツクツと笑う案内人は、ハッとして両手で口を塞ぐ。

「いけませんね。まだ、リアムに勝っていない段階で将来のことを考えている暇などありませんよ。とにかく、リアムを倒す方法を考えねば」

ただ、征伐軍が敗れたことで、帝国の戦力は大きく低下している。

国境に増援も派遣しているため、戦力は更に分散されていた。

この状況でバンフィールド家に再び征伐軍など派遣できない。

「そうなると、頼りになるのは――」

案内人が惑星を包む殻を通り抜け、宇宙に飛び出した。

そこに見えるのは、首都星を守る帝国最精鋭の艦隊だった。

「――首都星の戦力をぶつけてやりましょうか」

帝国軍が抱える工廠により開発された宇宙戦艦と機動騎士は、兵器工場が取り扱う技術の全てを集約して建造されている。

その数も艦艇だけで百万隻。

集められた騎士や軍人たちもエリート揃い。

クレオが率いた征伐軍よりも質という面で大きく勝っていた。

そんな首都星防衛を目的とした精鋭艦隊だが、帝国軍が戦力不足で慌てている最中でも戦力を減らされることはない。

皇帝陛下と首都星を守るためだけに存在していた。

「力を取り戻した私が手を貸すのです。バンフィールド家にだって負けないでしょうね。多分、きっと――いや、絶対に」

帝国の精鋭艦隊を頼り、自分を奮い立たせる案内人だった。

一方その頃。

バンフィールド家の本星であるハイドラには、任務を終えて帰還したマリーがエドワードのもとを訪れていた。

「エドワード様ぁ~。マリーが戻って参りましたよ~」

笑顔で両手を広げるマリーに、エドワードは不機嫌そうな顔をしていた。

「戻ってきたのはお前の艦隊かよ」

マリーのマントには「6」という数字が刺繍されており、それがナイトナンバーであることを示していた。

征伐軍を退けた際に、その功績を認められてナンバーズ入りを果たした。

マリーは酷くショックを受けた顔をする。

「あれ!? マリーが戻ったのが嬉しくないのですか!?」

「代わりに師匠が出撃したからな」

「エレン以下!? ずっとお側にいたマリーが、エレン以下の扱いでございますか!? このマリー、エドワード様を見守ってきたのにあんまりなお言葉――反抗期というやつでございますでしょうか?」

似非お嬢様言葉を扱うマリーに、エドワードは深いため息を吐いた。

(悪い奴じゃないけど、師匠と比べると違うんだよな)

ロゼッタの第一子であるエドワードを、マリーは大層可愛がっていた。

エドワード本人もそれを理解しているが、それはリアムとロゼッタの子供だから、という前提があるからだと理解していた。

「五月蠅いな。今はお前の相手をしている暇はないんだよ」

マリーはエドワードが眺めている電子データを確認する。

「――ふむ、何やら遊戯施設の設計図のようですね」

一目見て理解され、エドワードは少し気まずくなった。

「見るなよ」

「隠さなくてもよろしいではありませんか」

ニコニコしていたマリーだが、その施設の詳細を確認していくと血の気が引いていく。

「あ、あの、エドワード様? これはさすがにどうかと思うのですが?」

マリーが計画の中止をやんわりと進言するも、エドワードは聞き流した。

「関係ないね。僕は僕の好きなようにやるだけさ」