軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

局地的結界ハザード。

本当に小さな穴だった。

エマが見付けることが出来たのは偶然水が流れ始める所を目にしたから。

チョロチョロと流れたその水は、地面に染み込むことなく滴にかかる表面張力が如く、ぷるんと丸みを帯びていく。

一見してちょっと美味しそうな、大きなゼリー状の塊が出来てゆく。

「あれはなんだ?」

王子が不思議そうに指差し、三兄弟の緊迫した表情を見て驚く。

一瞬で三兄弟だけが臨戦態勢をとっている。

「あれは……スライムと言う魔物です」

ウィリアムの声が震えている。ゲオルグの表情が曇る。

「ま、魔物!?」

この場において、魔物選定ではウィリアムが一番知識がある。

彼がそう言うなら、信じたくないがスライムで間違い無いだろう。ゲオルグがゆっくり動き全員を庇う位置に着くと、首に提げている笛を取り出す。

「ローズ様達は逃げて下さい!!ウィリアムは安全圏まで案内したあと、人払いと何か使えるもの探してくれ!」

三兄弟の緊迫した様子に王子も遅れて気付いた様だ。

「あれが、あの穴が局地的結界ハザードなのか?」

タイミング良すぎるだろう……。王子が呟く。

「そうです!早く逃げて下さい!」

そう言ってゲオルグは思いっきり笛を吹く。

ピィィィィィィィィィィ!!

狩人を呼ぶための特別な笛で、領内に常駐している狩人の猟犬がこの音を聞き分け局地的結界ハザードの出現を知らせてくれるはずだ。

笛さえ吹けば、この辺一帯の避難は狩人が仕切ってくれる。局地的結界ハザードの出現ポイントの特定は猟犬の能力次第で大きく左右される。

「エマちゃんも逃げましょうっ」

ローズ様がエマに向かって手を伸ばす……が、

「いえ、私はここに残ります。兄のサポートをしなくては」

逃げられるものなら逃げたいが、局地的結界ハザードを前にして兄だけを残すことは出来ない。無理やりに笑顔を作りローズの誘いを断る。

皆で逃げよう!とローズも王子もエマだけでなくゲオルグも連れて行こうとする。

押し問答している時間なんて全くない。

ウィリアムが今にも泣き出しそうなヤドヴィガを抱き上げ、普段の彼からは想像できない様な切羽詰まった口調で、急かす。

「エマ姉様もゲオルグ兄様も置いて行きます!早く、早く避難しましょう!ここは我々に従って下さい!早く!」

何よりも危険なのは魔物の知識の無いものが狩り場にいること、王族以前にこの場にローズ達が居ることで全員の命を脅かすことになる。

「私は大丈夫!ここは辺境育ちの私達に任せて!早く!なるべく遠くに!早く!」

そんな!とか、でも!と言いながらそれでも無理やりウィリアムに連れて行かせる。

狩人が来るまでは、局地的結界ハザードとそこから出て来る魔物を把握しなければならない。高速で長距離移動可能な魔物が出れば被害が拡大する。

声が聞こえなくなるまでローズ達が遠ざかったところでゲオルグに声をかける。

「これ、早くも人生最大のピンチね」

ゲオルグの額に汗が浮かんでいる。愛用の剣も、狩人の装備も何もない。

この世界と前の世界で、スライムの認識は全く違う。この世界でのスライムは、未だに倒し方すら確立されていない危険度もレア度もMAXの魔物だった。

「剣で切れば分裂して増える、火を使えば水蒸気爆発、打撃は効かない上に直接触れれば、強アルカリの体液で爛れてしまう……悪い、エマ、お前を逃がしてやれなくて」

三兄弟の生存優先順位は魔物知識のあるウィリアムが一番上になる。これは昔からの辺境伯に生まれたものの掟の様なもので知識が最優先される。

よりによってスライムかよ……ゲオルグはエマを守る様に立ち位置を変える。攻撃がエマに向かないよう少しずつ自らスライムに近づく。

「兄様、ちゃんと勉強の成果出てますね」

パレスで出現したスライムは、無理やり結界外へガラス製の盾で何重にも防護服を着た数人の狩人が押し出すことで対処していたが、ここはバレリー領で結界まで遠すぎる。スライムも黙って押し出されてくれる訳ではなく毎度大掛かりな狩りとなり、負傷者も少なくない。

スライム用に特別に作られたガラス製の盾すらないこの状況で、身を守る術すら今は見つからない。

「ボク わるいスライムじゃないよとか言わないかな?」

ゲオルグが汗を袖で拭いながら精一杯の軽口を叩く。

「流石に無理よね」

エマもふふふっと思わず笑ってしまう。

「エマ、連れてきてるんだろ?」

ゲオルグもふっと笑ってエマに言う。

「あら、バレてた?特別に兄様にかしてあげるわね」

そう言ってエマはふんわり膨らんだスカートを捲し上げる。

エマの細い太ももに大きな透き通った紫色の蜘蛛ががっしりとくっついている。

「うわぁお前……そんなとこに……」

ゲオルグの目がどん引きしている。

「ヴァイオレット、ゲオルグ兄様に力をかしてくれる?」

蜘蛛を取り上げ、目を合わす。本当に綺麗な蜘蛛だ。可愛い。

ヴァイオレットはエマの意図を察するように糸を吐いて、一瞬でゲオルグの頭に着地する。

局地的結界ハザードからスライムが流れ終わると同時に、一番近くにいるゲオルグへ水鉄砲のような攻撃が来る。

「おっとっ!」

ヴァイオレットの効果で難なくゲオルグは避けたが、避けた場所はじゅわじゅわと芝生が溶けている。

スライムは頭(頭どこ?)の良い魔物ではない。対象を定めると捕食するまで別の獲物を攻撃することはない。とにかくゲオルグが囮になり時間を稼ぐ。エマの為に。

ゲオルグを捕食対象と定めたスライムは、水鉄砲や体当たりを高速で繰り出して来るが、ヴァイオレットを頭に乗せたゲオルグは上手く凌いでいる。

その間にエマはじっくりとスライムを観察する。

兄の為に魔物かるたを作っている時、気になったことがあった。

エマも兄弟ほど深くはないが、一通りの魔物教育は受けていた、しかし改めて見直してみると全ての魔物に関する情報は蓄積された経験則のみで、何故そうなのかの検証が成されていない。

魔物の個々の特性を細かく検証出来れば、もっと効率的に狩りが出来るのではないかと思ったのだ。

気になると突き詰めるのがエマである。

これまでの狩人は覚えること倒すことで手一杯だった、そこへかるた作りを通してエマが魔物を知ることで別の視点、別の発想が加わる。

ほんの1ヶ月、しかも虫の世話とローズのドレス作りの合間の少しの時間をやりくりして、三兄弟は魔物の検証に取り組んでいた。

三兄弟だけの遊びのつもりだったが、ウィリアムの考察と説明を聞いたエマが仮説を立て、ゲオルグが狩りの場でそれを試した。

ある程度確証が取れてから、父や叔父に効果のあった検証結果を報告したところ、父と叔父からやる前に一言相談しなさいと怒られはしたが、協力してくれるようになった。

三兄弟の検証はパレスの狩人に拡散され新たな武器と成りつつある。

スライムについても、かるたを作る際ウィリアムと話していた。

エマが思い付いた対処法はpH調整してはどうか?だった。

スライムの体液が強アルカリ性なら酸性のものをスライムに入れて中和してしまえば中身の性質が大きく変わったスライムがスライムとしての形を保てないのではないかと考えた。

これは、仮説を立てただけで実証は出来ていない。そうそう頻繁にスライムなんてレア魔物は出現しない。出現しない分情報も少ない。

それでも、ウィリアムがあの時の仮説を覚えていれば、酸性の物を持って帰って来てくれるはず。

呼んだは良いが、バレリー領の狩人ではゲオルグほど上手くスライムを相手に出来ないだろう。

一度も試したことのない仮説だけを頼るには心許ない。

実物をじっくり観察する。何か、弱点のようなものはないか。せめてパレスにいる父や叔父が間に合う位の時間を稼ぐことは出来ないものか。

何か、何かあるはずだ。ひたすらスライムを観察する。

そこへ、局地的結界ハザードから二匹目のスライムが流れ出してきた。

二匹目の標的になるのはエマしかいない。

「エマ!!!逃げろ!!」

ゲオルグが叫ぶが、そのスライムは一匹目よりもずっと小さくすぐに流れ終わり、水鉄砲がエマに向かって放たれる。

ひたすらスライムを観察していたエマの反応が遅れる。

「エマっ!!!」

「!!!!!」