軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

083話「獣王の戦_08」

例えば大型のダンプカーがカタパルトで射出され、そのまま時速一三〇キロで突っ走ったとしたら、たぶんこんな感じだろうか。

とんでもない声量の咆哮を上げた獅子王ランドールが走り出したのを見て、私はそんなことを思った。スペイド城強襲のときより、もっとずっと苛烈で爆発的。

それこそ暴走ダンプが砂塵を巻き上げるみたいに、疾駆するランドールの後方には砂埃が舞っているのだ。

「よし、追いかけて見物するぞ! カタリナとキリナはここで待機だ。マイアは二人を守ってろ。セレナは好きに……」

そう言ってる最中にユーノスが当然のように私を抱き上げるが、マイアもセレナもカタリナもキリナも、そして獣王についてきた獣人たちも、ほとんどの者が呆然自失といったふうに顔色を失っている。

獣王のシャウトとダッシュに驚愕した、のだろう。

私はユーノスの腕の中、大げさに溜息を吐きだした。

「……はぁ、やれやれ。好きにしろって言おうとしたんだが、そうやって呆けてるのが『好きなこと』なら、私は別に止めはしないぞ」

「お主は本当に……」

妖狐セレナが六本もある尻尾を揺らしながら、なにかを言いかけて止めた。それから苦笑を漏らしてユーノスの隣に並び、何故か私の頭をぽんぽんと撫でた。

きっとキリナにもそうしてきたのだろう、そう思わせる、やわらかな手付き。

「我も征く。それに、獣王の配下たちもそのようだな」

言われてユーノスが振り返ったおかげで、抱えられている私にも獣人連中が見えた。クラリス・スピーチ・グローリアが彼らの魂を揮わせてしまったようだ。

まったく、容姿だけではなく言動まで輝いているのだから困りものだ。

なんて言っておけばそれっぽいが、そもそもセレナも獣人たちも、胸のうちに抱えているものがちゃんとあるだけの話だ。

それをちょいと刺激したにすぎない。

しかも別に計算じゃなくて、結果的にそうなっただけである。

「さあ、それじゃあ突っ走った獣の王を追いかけるぞ」

興味本位の戦場観覧だ。

向かう先は、舞い上がった土煙の向こう側。

◇◇◇

モーセが海を割ったように、ランドールは草原をまっすぐに駆けることで配下の獣人たちを弾き飛ばし、結果的に一本道を形成していた。

なんというか、本当に暴走したダンプカーが人を撥ね飛ばしながら進むみたいに、配下の獣人たちをぶっ飛ばしながらランドールは直進していたのだ。

その証拠に交通事故の被害者たちが多数、草原に転がっている。おかげで私たちは戦場の只中を一直線に走ることができたわけだ。

いや、もちろん私は走ってないけれども。

獣王のダッシュはガチのマジで全力疾走だったらしく、こっちがかなりの速度で走っているのに追いつけない。獣王の方は獣人を跳ね飛ばしながら前進していて、こっちはそのせいでガラ空きになった直線を走っているというのにだ。

――そういえば、レクス・アスカへ嫌味を言うのを忘れていた。

ふと思った。

どうしても言いたかったわけじゃないが、言いたい気持ちは皆無じゃない。しかし考えてみれば急いでいたし、わざわざあの場で言うようなことでもないか。

言いたかったけど。

あれもこれも計算通りなのか――と。

例えばそう、ほとんど最前線で戦っていたらしい象獣人、名前は確かネレストとかいったか。そいつが獣王の造った『道』の脇であんぐりと口を開けていたのも、レクスの狙い通りなのか、なんてことを考えても仕方がない。

敵味方関係なく、みんなして同じ顔をしている。

それほど獣王の暴走が凄まじいということだ。

まったく、戦争中だっていうのに呆れたものである。

私は私を抱きかかえているユーノスの胸元を叩いて走行を止めさせ、ぼんやり顔で私たちを見ているネレストに笑いかける。

「おいおい、あっちもこっちも呆けてる場合じゃないだろ。なにやってるんだ。戦ってるんだろ? 遠慮なく続けりゃいい。まあ、せっかく道が空いてるから、私たちは遠慮なく見学に行かせてもらうがな」

そんでもって、またユーノスの胸をポンと叩く。

こうして抱っこされた状態でユーノスみたいな超人の体捌きを体感すると、改めてデタラメだと思う。地を踏みしめて一歩を踏み出す、その一歩目でたぶん十メートル以上は進んでいる。二歩目だって同様だ。百メートル進むのに五秒と掛からないのではないか。

改めて魔力というものの異様さに感心していると、ようやく追いついた。

獣王ランドール・クルーガVS『反獅子連』。

十数人以上の狼獣人に囲まれながら、獅子王が大暴れしていた。

◇◇◇

最前線の、さらに奥。

なんて表現は言葉遊びに過ぎないが、おそらく象獣人のネレストが戦っていた地点が、獣王軍の最前線だったはずだ。

そしてランドールが暴れているここ、例の『爪』を振るいまくって狼族の死体を量産しているこの場所――ここが、ガーランド・クルーガの死んだ場所だ。

獣王が『爪』を振るう。

空間上に魔力が形作る『爪撃』が発生し、それに触れた敵の獣人が、なんかちょっと地味で水っぽい音と一緒にぶっ散らされていく。

獣王の背中側には、死体がふたつと、数名の獣人。

敵側が狼族――厳密にそうなのかは私には判別できないが、ぱっと見た感じ、いつかのザンバ・ブロードやギャラン……ギャラン・ナントカみたいな、割と人間の特徴を残した狼獣人ばかりで構成されているのに対し、ランドールの背中側にいる獣人たちは息子のプラドを筆頭に、獅子やら猪やら、バラエティに富んでおり、しかし犬っぽいのは一人もいない。

死体は、ガーランド・クルーガ。

もうひとつは、蛇人の……なんだっけ、ランドールの側近みたいな位置にいた、オーレン? たぶん、そんな感じのやつ。

どちらも胸に穴が空いていて、大量の血液が地面にこぼれている。

誰がどう見ても死んでいる……死体だ。

「やあやあ、ひどい有様じゃないか。見物に来たぞ、プラド・クルーガ」

気楽に声をかけてみれば、獅子王の奮迅に心奪われていたプラドたちが、授業中によそ見を教師に指摘された生徒みたいに驚いてこちらへ視線を向ける。

「クラリス――!? そうか、親父がここに来たのなら、おまえも来られるのか」

「思ってたより早かっただろう?」

にっこり笑ってウインクをひとつ。

もちろんプラドは取り合わなかった。

「スペイドに向かったはずだろう。いくらなんでも早すぎる……いや、これもアスカの狙い通りか……?」

「どうしておまえがそれを知らないんだ」

はぁ、と溜息を吐き、ユーノスの腕から降ろしてもらう。

そんなことをやっている間にもランドールは暴れまくっており、とりあえず目につく距離の狼族は軒並み破片と化して地面にぶち撒けられていた。

五体満足な死体など、ひとつもない。

胸に穴がひとつ空いてるだけのガーランドとオーレンを除けば。

「いろいろ知っていると不自然になると言われた。同感だったし、なにより俺はアスカを信じている。スペイドの件はどうなった?」

「その話をすると三日三晩掛かりそうだが聞きたいか? 出発から事細かに語ってやるが、聞きたいなら聞かせてやってもいいぞ」

暗に喋るつもりがないと告げれば、プラドはなんだか微妙な顔をしてから、獣王の背中に視線を戻した。

ランドールが臨戦態勢を解いていない。

「後で聞くことにしよう。とっておきのお客さんだ」

肉片がばら撒かれた平原の向こう。

かなり遠くには『反獅子連』の本陣というか本隊というか、ずらりと並んだ戦列が見えている。まだ数を投入する段階ではなかったのだろう。

それよりもずっと近く、ランドールからだいたい一〇〇メートルほどの距離。十人ほどの集団がゆっくりと近づいてくるのが見えた。

「対獅子王用の人員、といったところか」

ぽつりと呟くユーノス。

その隣に立つセレナも頷いている。

「カイラインはあそこに混ざっておらぬが……まとっている雰囲気がそこいらの有象無象とは別物じゃな。オークの村を襲った狼族よりも、間違いなく強力なのが……ざっと十人」

「ふぅん」

誰がどのくらい強いかなんて、全然判らん。

しかしまあ、なんか雰囲気的に自信ありそうなやつらがゆっくり近づいて来るのは、見た目の印象としては、悪くない。

「そもそも、なんでガーランドが死んでるんだ?」

まだちょっと猶予がありそうだったのでプラドに水を向ける。

イケメン獅子獣人は思いっきり眉を上げて私をガン見してきたが、だったら可愛らしく首を傾げるだけの話だ。クラリス・どうして教えてくれないの・グローリアである。

すげー嫌そうな顔をするプラドだったが、何秒か首を傾げたままでいれば、諦めて答えてくれた。

「ガーランドが前に出すぎた。俺は最初から、ある程度の拮抗状態をつくるべきだと言ってたんだがな。『反獅子連』の戦力も不明だったし、アスカの策も知らされていない。時間さえ稼げば、親父も戻って来るだろうしな」

実際、その時間は紙一重だった。

あとちょっと生き延びていれば、ランドールが戦場に殴り込んでことなきを得た可能性はある。それも、そこそこ高確率で。

とりあえず……ここでは『偶然』を考えないものとする。その上で思考を重ねれば、別にそれほど不思議なことはない。

なるほど、とでも頷いておこう。

「で、どうする?」

ユーノスが端的な問いを浮かべ、魔剣の柄に手を添える。セレナも何処かから取り出した扇子を開いている。そんなもん持ってたのか。

いや、そんなことはどうでもいい。

「どうもするな」

と、私は言った。ユーノスが普通に頷き、セレナはやや不満顔。

そうこうしているうちに、速度の問題でちょっと遅れた獣王の配下たちがぞろぞろ集まってくる。

数の上では、もはやこちらが断然有利だが。

獣王の一言で、それはなくなってしまう。

「手ぇ出すな、おまえら。プラドもだ」

怒鳴り声ではない。

大声ですらない。

なんなら、ぼそりと呟いたような感じだった。

なのに――はっきり聞こえた。

「俺の客だ。俺の敵だ。俺の玩具だ。俺の、 戦(いくさ) だ」