軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

082話「獣王の戦_07」

象獣人ネレスト・ティリスは、細かい物事を考えるのが苦手だ。

獣王ランドールの配下となったのは、随分と前の話だ。気まぐれに象獣人の集落をランドールが襲い、ネレストと他数人が抵抗した。何人かは殺されたが、この抵抗が獣王には好感触だったらしい。

獣王は「思ったより面白かった」などと言い出し、その後、女豹レクス・アスカの交渉によって、ネレストが獣王の配下になると決まった。

あのときは、なんて簡単な話だと思った。

だって、象獣人の戦える者を何人集めても獅子王には勝てそうになかった。それにネレストたちは別にランドールに勝ちたかったわけでもない。殺されたくなかった、生き延びたかった、しかし打倒は無理となれば、従うだけだ。

簡単じゃなかったのは、その後である。

ランドール・クルーガという人物は王にしておくと面倒くさいやつだったのだ。自由で、奔放で、群の長だというのに無頼で、突出して強い。

獅子王の気分次第でネレストはいろんなことをやらされたし、いろんな場所に行くことになった。どんなに面倒であっても拒否できないのが嫌だった。

元来、ティリス集落の象獣人たちはのんびりと生きていく種族なのだ。

集落から離れた水場に仲間たちと向かって、そこで草を食みながら水を飲み、思い思いに昼寝をする。生活に必要なことは最小限で、ゆったりと日々を生きていく――それがネレストたちの習わしだった。

だから、プラド・クルーガに従うことにした。

ランドールと違って、自分たちを尊重してくれそうだった。

ネレストは細かい物事を考えるのは苦手だ。

なので、王殺しの詳細などネレストは一切知らなかった。

ランドールに従うことにしたときと、同じだ。

獣王の息子を信じることにした。

信じられると思ったから。

それ以外のことを、ネレストはあれこれ考えない。

◇◇◇

「手強いぞ、このデカブツ! 囲め囲め囲め!」

ネレストの正面で狼獣人が吠える。

戦列から突出している象獣人を、『反獅子連』の獣人たちが取り囲むように陣取る。その動きは迅速で、狼の狩りそのものだ。

が、ネレストは気にしない。

そもそも『反獅子連』が獅子王を殺そうとしてるなら自分たちの目的も同じなのではないか――というようなことも考えない。

戦場に出て、敵を倒せと言われている。

だからそうする。

巨体を生かして地を踏み鳴らし、前進して腕を振り回す。丸太をぶん回しているのに等しいその攻撃は、あっさりと狼獣人に避けられた。

しかし腕のついでに振り回した象の鼻が、正面の狼獣人の頭部を強かに打ち抜いた。打撃の感触が響き、敵が宙を舞う。

次の瞬間には、側面と後方に回っていた敵の爪がネレストの背中や脇に突き刺さる――いや、刺さらない。

硬質の皮膚に阻まれ、鋭利なはずの爪撃が肉まで届かなかった。

「なっ……!?」

「バカな!」

間抜けにも驚愕を表して動作を止めた敵へ、ネレストはぶぅんと腕を振って弾き飛ばす。宙を舞い、地面へ激突する狼獣人たちが、しかし昏倒まではしない。

彼らが鎧を身に着けていたからだ。

正確に言うなら、敵の何人かに一人くらいが、身を守るための鎧を身に纏っていた。革製のそれではなく、明らかに金属製のものだ。

振り回して当たったネレストの腕が、普段と違う打撃の感触を覚える。

「クソッタレがぁ」

悪態をつきながら起き上がろうとした狼の獣人へ、どすどすと近づいて襟首を掴まえ、膂力に任せて振り回し、放り投げた。敵が群れている方向へ。

鎧を身に着けているせいで投擲物と化したそいつは、悲鳴も上げられずに敵陣へ吸い込まれ、何人かを巻き添えにして損害を与える。

しかし、

「……これは、手間が掛かる」

むぅ、とネレストは唸った。

ティリスの集落で最も強かったネレストは、獣王の親衛隊としても屈強さでは猪獣人にも負けていない。デカくて重くて頑丈だから、それだけの理由だ。速度も技術も、まして戦術眼なども持ち合わせていない。

重厚な巨躯。

腕を振り回し、象獣人特有の長い鼻も利用し、時には踏みつける。それだけで、大抵の敵はネレストに敵わない。

今も、それほどの脅威は感じていなかった。

ただ――鎧付きの敵が混じっているせいで、思ったように数を減らせず、鎧なしの敵がその分だけ慎重に立ち回るため、いつもみたいにいかないのだ。

ぶん投げるのではなく、踏み潰すべきだったか。

荒い鼻息を吐き出してネレストはまた敵へ向き直る。部下たちはまだ戦線に上がってこない。ネレストが暴れると仲間にまで被害が及ぶからだ。周囲に気を配りながら手足を振り回すのは、向いていない。

そもそも戦い自体が向いていないとネレストは思う。

思いはするが、思考にまでは至らない。ただの判断として、その大きな足を前へ動かすことにする。

戦えと言われた。

だから戦う。

死にそうだなと感じたらきっと逃げるだろう。

そんな思考未満の欠片を頭の中に散りばめたまま、警戒している敵陣の狼獣人たちへ、前進しようとして――

―― ぞ(・) く(・) り(・) 、と。

背筋が凍りついた。

なにが起きたのかを理性が理解する前に、その事象がなにを意味するのかを本能が先に理解した。生物であれば、どのような何者であろうが即座に理解できる。

獣王の咆哮が響いたのだ。

音、それ自体はネレストのいる地点まではっきり届いたわけではない。音、それ自体には明確な距離感があった。

自陣の、おそらくはレクス・アスカが控えている場所あたりから。咆哮の残響音からして、まず間違いない。

もちろんネレストは戦場の近くにランドール・クルーガが到着しているなんて知らなかったが、本能が確信を抱かせる。

だって、あんな咆哮を、他の誰が上げられる?

恐怖。

敵味方を問わず、その場の全員にそれが叩きつけられて、戦場のど真ん中だというのに誰もが動作を止めてしまう。

ここにいると死ぬだろう。

たぶん、誰もがそう思った。

前に進めようとしていたネレストの足は完全に止まってしまった。だからといって敵がネレストに殺到するようなこともない。あっちはあっちで停止している。

進むことも退くことも、あまりに怖くて選べない。

「ぐ……ぅぐぐぐぐ……!」

誰かが歯噛みしている。ネレストから近いのは後方の味方よりも前方の敵だ。狼獣人の、鎧付きの誰かが恐怖に抗おうと歯を食いしばっているのだ。

誰かが号令でも上げれば、きっとそれをきっかけに動き出せるだろう。それはネレストにも判る。しかし、獅子王の咆哮がもたらした恐怖の均衡を打ち破ることの、なんと難しいことか。

ただの一声、一動作、わずかな反射。

そのどれでもいい、別のなにかでもいい。

なのに、そういうナニカがいつまで経っても訪れない。

停止はどのくらいの時間だったか。

そう長くないことは確かだが、一瞬や一呼吸ほどの短さではなかった。

均衡を破ったのは、悲鳴だった。

後方、味方からの。

◇◇◇

恐怖による停止は、予感がもたらしたものだ。

死んでしまいそうな感じがした。

獅子王ランドールの咆哮には、そう感じさせるだけの力があった。

ネレストの後方に陣取っていた味方側から恐慌にも等しい悲鳴が上がったのは、それもやはり恐怖が理由だ。

死んでしまうものが来たからだ。

獣王の疾駆――いや、それはもはや暴走と評した方が正確かも知れない。二本の脚で立って歩く獣人だというのに、両手両足を使って地を駆けているのだ。

列を成している配下の獣人を跳ね飛ばしながら、真っ直ぐに、目を疑うような速度で、こちらへ突っ込んで来る。

土煙を巻き上げ、強烈な風圧さえも発生させながら、そのまま――敵をも弾き飛ばして、向こうへ疾走していった。

ついでとばかりに狼獣人を爪で引き裂いていったのは、おそらく本当についでだったのだろう。胴体が輪切りになっている者もいたし、肩口から斜めに両断されている者もいたが、獣王は見向きもしていなかった。

「あ……あぁ……」

舞い上げられる土煙が、向こう側へ。

敵も味方もそれを眺めて見てしまったが、ふと気づく。

獣王の暴走によって一直線に戦列が割れており、その割れて空いた場所を、何人かが駆けてくる。

その中に、魔族がいた。

狐の獣人もいた。

レクスの側近である猫獣人のニーヴァも。

そして――男の魔族に抱えられている金髪の人族も。

クラリスといったか。

彼女は魔族の腕の中でにんまりと笑いながら言った。

「おいおい、あっちもこっちも呆けてる場合じゃないだろ。なにやってるんだ。戦ってるんだろ? 遠慮なく続けりゃいい。まあ、せっかく道が空いてるから、私たちは遠慮なく見学に行かせてもらうがな」

さすがにネレストも考えた。

こ(・) い(・) つ(・) は(・) 一(・) 体(・) な(・) ん(・) な(・) の(・) だ(・) ――と。

判るわけもなかったが。