作品タイトル不明
070話「獣の戦_05」
「なんなんだ……どうしてこうなった……!?」
机に両掌を叩きつけた指揮官が怨嗟の声を洩らすさまを、追撃部隊の補佐官として抜擢されてしまったレガロは内心の苛立ちを抑えながら眺めていた。
どうしてこうなった?
そんなもの、目の前の無能のせいに決まっている。
「やつらの村落はこうして手中にあるのだぞ! 拠点を取られた住民が、なんだって森に潜伏して自分の村を襲撃してくるのだ! これだから獣は!」
ダンッ、ダンッ、ダンッ! と両掌で机を叩き続ける指揮官だったが、もちろんそんなことをしたって事態は好転しない。
どうしてこうなった――というのなら、『爆圧』の魔術師レガロは胃の中の苛立ちを薄めるように溜息を吐きながら、考える。
最初は、たぶんスペイド城の死体出現。
誰だか判らない貴族ふうの男の死体が城の中庭にいきなり出てきた。
かと思えば、死体の見分も終わらないうちに獣人たちが城に押しかけて談判をしてきた。曰く、「自分たちの子供が人族に拐われた」だ。
スペイド領としての対応は、簡単。
突っぱねて追い返せ。
騎士団が出動し、押し掛けてきた獣人たちは蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。それから騎士団や魔術師団をかき集めて事態の把握へ動き出した。
つまり――一体何処のどいつが獣人の子供を拐ったのか。
さすがにスペイド城内でも「これは獣人の言いがかりだ」などと言い出す者はいなかった。何処かの誰かが獣人の子供を誘拐したに違いない、というのが暗黙の了解であり、議論の前提だった。
簡単なのは、犯人ないし犯行集団を見つけ出して獣人に引き渡すこと。残念ながら拐われた子供はとっくに『買い手』に渡っているだろうから、諦めてもらうより他ない。
無論、その簡単な手段は取れなかった。
犯人が判らなかったからだ。
スペイド領は獣人の領域との境にある。
それは今になって始まったことではない。
だから、いわゆる『奴隷商会』のような連中には常に目を光らせている。領外からやってきて獣人の領域にちょっかいを出すような連中は、何処の誰であろうが害悪でしかないのだ。結局のところ獣人に対処するのはスペイド領なのだから。
なのに『犯人』の見当がつかなかった。
そうこうしている間に、逃げ散ったはずの獣人たちが領端の村を襲った。行われたのは略奪や虐殺というより、腹いせの破壊行動のようだったが、これでスペイド領としては引くに引けなくなった。
そういうわけで追撃部隊が編成され、よりによってレガロが部隊の指揮官補佐として抜擢され、森を越えて獣人の領域へ攻め入ることになったわけだが――この出撃に関して、レガロは最初から疑問だった。
引くに引けなくなったのはいい。体面の問題もあり、領民に対しての義務もある。やられっぱなしでなく、舐めた真似をした獣人たちに一発食らわせなければならない。それは理解できる。
だが――自分たちは一体なにをどこまですればいいのだ?
◇◇◇
レガロたちが襲撃したのは、スペイド領と獣人の領域を区切るための森を真西へ突き進んだ先、最も近い村だった。
追撃部隊が出発したころには、襲われていたスペイド領の村々からはとっくに獣人たちは逃げ出しており、村人たちの証言から森へ移動したのが判った。
となれば、追撃しないわけにもいかず、結局はそのままの流れで獣人たちの村を襲うことになった。
幸先は、よかった――ように見えた。
レガロ自身も、それはそう思う。
まずは戦力を持って獣人の村落を襲撃し、村の獣人の何人かを殺した時点で他の大半が逃げ出し、実にあっさりと村は追撃部隊の手中に落ちた。
逃げ遅れた獣人たちは捕虜として捕らえ、部隊長は村で一番大きな二階建ての家屋を占拠して作戦本部とした。
そうして捕虜から事情を聞き、スペイド領の村落を襲った獣人の居所を吐かせれば、そいつらを見つけ出して叩き潰し、作戦終了である――はずだった。
そうはならなかったのだ。
何故なら、捕虜にした犬獣人たちはスペイド領での出来事など知らなかった。
ならどうする?
捕虜の中に情報を持つものがいないのであれば、逃げ出した者の中にいるかも知れない……と、部隊長は考えた。
部隊の何名かを選抜し、逃げ出した犬獣人を追わせたのが、間違いの始まりだったかも知れない。いや、あるいはレガロが認識しているよりも、もっとずっと前から、なにかを間違っていたのかも知れない。
ともあれ、捜索隊は死体となって返還された。
同時に、犬獣人たちはあろうことか自分たちの村を襲い始めた。
追撃部隊は半ば仕方なく犬獣人たちの襲撃から村を守るという、奇妙な状態に陥った。今になって考えればこれも失敗だ。最初の攻勢が始まった頃に、さっさと領へ戻るべきだった。
それを、この無能の部隊長が……。
「まったく忌々しい連中だ! これだからケダモノは嫌なのだ! レガロ補佐官、次の襲撃が来たときが勝機だ! もはや手加減など不要、やつらの死体を村中に吊るしてやれ! スペイド領軍の名を恐怖と共に、この地に刻みつけるのだ!」
そろそろ掌が痛くなってきたのか、さすがに机を叩くのはやめた部隊長が、わけの判らないことを言った。
「死体を村に吊るしてどうするんです? それに連中は我々の公用語など知らんでしょうし、わざわざ我々が虐殺を行ったなどと触れ回ってどうしますか」
獣人の領域には、人族のように明確な国家はない。
が、それでも『獅子王ランドール』の名は響いている。レガロだって魔術師団に入ってすぐに知ったほどの名だ。
聞くところによれば、獣人たちは獅子王ランドールの影響下にあり、その影響力の強弱こそあれ、彼らの認識としては『ランドールが王』であるらしい。
人族のように王を立て、貴族を立て、民人を従えるのではなく――王の下に、無数の獣人たちがそれぞれに暮らしている。王の直下でなければ、ほとんど管理などされていないのだ。
「ええい! なにを弱気なことを言っている! 我々の任務を忘れたのか!? 我らがスペイド領の村落が襲撃されたのだぞ! なにがなんでも連中に落とし前を付けさせねばならん! 貴様の仕事は、私の命令に従って犬ケダモノを爆殺することだ! 成り上がりの中隊長が! この私の命令に従えるのだぞ! 光栄に思え!」
この私って、あんたは誰だっけ……とレガロは思った。
実際、名前は聞いているし、立場も知っている。単純に、頭の中に留めて置きたくないだけだ。無能の部隊長。それ以上でもそれ以下でもない。
「爆殺しては死体を吊るせませんが、構いませんかねぇ」
へらへらと笑って肩を竦めておく。部隊長はあからさまに顔を真赤にしてレガロへ詰め寄ろうとした。
が、それより早く、階下から部下が駆け込んで来た。
誰かが駆け込んで、なにかを報告する――ここ最近では、嫌なことばかり起こる光景だ。レガロは無意識にローブの内側に手をやった。
「ほ――報告であります! 犬獣人とは違う、別の獣人の部隊が! この村へ、その、突撃して来るようです! 猶予が全くありません!」
伝令の兵士が部屋へ飛び込み、叫んだ。
衣服の内側を虚しくまさぐるレガロは、心底から思った。
どうして俺は酒を持って来なかったんだ……。