軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

069話「獣の戦_04」

行軍について、私は特に詳しくない。

クラリス・グローリアは無才が判明するまでは蝶よ花よと育てられた伯爵家の令嬢だったし、そんな私の内側に存在する前世の『私』は、現代日本のアラフォーのおっさんでしかなかった。従軍経験もないし、ミリタリーにも明るくない。

しかしそんな私でも、獣王の軍勢が人族のそれと比べてかなり奇妙だということは理解できた。

なんというか――あんまり軍事行動らしくないのだ。

総大将のランドールからして普段着のままずんずん歩いているし、他の連中も同様だ。剣やら手斧やらを装備してる者もいれば、革鎧を着込んでいる者だっているけれど……隊列を組むでもなく、みんな普通に歩いている。

なんだろう、いろんな動物が水を求めて川へ向かってる最中、みたいな感じなのだ。移動には違いないが、厳しさのようなものがないのだ。

「種族差というやつだろうなぁ」

日が落ちて野営となっても、獣王軍は陣など敷かない。ランドールなんかは草原に腰を下ろして配下の者が調達した肉を焼いて食って酒を呑んでいるし、たぶん眠くなったらそのままごろんと横になるだろう。

他の連中も似たり寄ったりだ。

思い思いの場所でテキトーに飯を食ったり食わなかったり、火を熾してるやつのところへ集まって何処かから狩ってきた肉を焼いたり。好き放題なはずなのに、何処かに規律のようなものを感じる。

例えば――星空に照らされた地平線に軍の影が見えたなら、獣王軍は即座に臨戦態勢を取れるだろう。ライオンの近くでのんびりと草を食むシマウマみたいな、動物的本能が彼らの規律をつくっている。

「うん? なんか言った?」

麦粥を不味そうに完食してから首を傾げたのは、槍使いのマイアだ。食事の前までは魔境の迷宮についてあれこれ話していたのだが、彼女にとって麦粥という食べ物は覚悟を決めるべき相手らしく、かなり真剣に腹へ落としていたので話しかけるのは遠慮してやったのだ。

ちなみに私はちょっとしか食べなかった。不味いからだ。

どうせ食べなくたって死なないのだが、なにも食べないとカタリナやキリナがあれこれ言ってくるので、ポーズとして食事はしておいたのである。

「いいや、別になんでもない。それよりラフト少年の話を聞かせてくれ。魔鉄だかなんだかの加工ができるようになったんだろ? 私は門外漢だから判らんが、ちょっと練習してできるようなことでもないんじゃないのか?」

「当たり前でしょ。あんなもん、一流の鍛冶師に弟子入りして十年って技術よ。まあドゥビルはドワーフだから、魔人種からしても一流の上にいるとは思うけど、それにしたって異常な才能よ」

「はぁん。カタリナやキリナも随分な才能だって気はするが、それよりもか?」

「カタリナも、まあ、かなりのもんね。キリナは……狐人の子供の普通があたしには判んないけど、魔人種と並べて遜色ないってことは、大したもんよ」

でも――と、マイアは苦笑を洩らす。

その笑みにどういう意味合いがあるのかは、私には判らなかった。なのでキュートに首を傾げて見せる。マイアはそんな私に呆れたふうに肩を竦めて続けた。

「あたしはあんたよりもずっと背が小さかった頃から、槍を持って訓練してたのよ。今のカタリナより早かったかもね。ユーノスのやつと一緒にさ、氏族では期待されてたもんよ。実際、何年か前にはそこいらの大人よりずっと強くなってたわ」

「そいつは重畳」

無才のクラリスからしてみれば、羨ましい話である。

いや……まあ、今の『私』からすれば、特にどうということのない他人事だが。

なにせ、ほら、私って死なないし。

クラリス・ノスフェラトゥ・グローリアなので。

「だったらよかったけどね、今のユーノス相手だったら、百回やって百回負けるわよ。五年後のカタリナ相手にしても危ないかもね。妖狐のセレナだって、真正面からやり合えばどうにかなると思うけど……」

「自信喪失、みたいな感じか」

「そういうことね。だからさ、クラリス」

こちらを見つめるマイアの瞳は鋭く、吊り上げた唇は三日月の形。

私はできるだけ同じような笑みを返して頷いてみせた。

「判ってるさ。お散歩するために呼び付けたわけじゃない。改めて確認してみればいい。おまえたちがどのくらいバケモノなのかをな」

「はっ、本物のバケモノがよく囀るわよ」

と、マイアは嬉しそうに言った。

なかなか口の悪い女だと思ったが、嫌な気はしなかった。

◇◇◇

夜が明け、規律があるんだかないんだか判りにくい獣王軍が「そろそろ出発するか」みたいな雰囲気になった頃、空から情報が降りて来た。

いや、言い直そう。

偵察の大鷲人ブルノアが戻って来た。

鳥獣人のくせに夜も飛行していたそうだが――たぶん鳥目じゃないのだろう――持ち込んだ情報は、割と意外なものだった。

まず、ガエリコ村の犬獣人たちは全滅していない。

最初にブルノアが目撃したときは村が人族の軍に襲われている真っ最中だったが、ガエリコの住民たちはどうやら早い段階で村を捨てたらしい。

で、現在は人族がガエリコ村を占拠し、犬獣人たちは森へ逃げ込んでから散発的に村を襲っているそうだ。戦力的には人族が優勢だが、村を占拠してしまったのが逆に仇となっている様子だ。

もちろん人族は村の住民をきちんと人質に取っている。

しかしそもそも交渉が成立していないようで、住民たちにとって人質が人質として機能していないらしい。これもまた種族的な差異だろうか。

「ガエリコの犬獣人たちは群の意識が強いですから」

ふと隣に立っていた兎獣人のルーチェが、そっと教えてくれた。

でもちょっと説明不足だ。

「群の意識が強いと人質を取られても無視するのか?」

「人質を無視した方が群の生存に有利だと群単位で判断すれば、そういうことになると思います」

「ふぅん……」

あんまり理解できない性質だが、頑張って理解するつもりも特にない。理解は出来ないが、尊重はしよう。

んで。

そんなわけで、現在ガエリコ村は人族の軍、おそらくスペイド領軍が占拠しており、村内には犬獣人の人質が捕らえられている。

村襲撃の際に逃げ出した犬獣人たちは森へ逃げ込んだ。この森は、獣人の領域と人族の領域を区切る森だ。私たちが開拓している魔境から南へ細く伸びる、森の端とでもいうような場所だ。

その森に逃げ込んだ犬獣人たちは、散発的に村を襲撃しているらしい。

「たぶん、敵対しちゃったから、絶対に負けるのが判るか、倒し切るまでは攻撃を続けると思いますよ……あの種族、怒らせると怖いんですよ」

大抵は手遅れになるまでやり続けますから、とルーチェ。

「敗北が確定したら退くんじゃないのか……?」

「いえ、その……負けるのが確実になった頃って、もう手遅れじゃないですか」

「そりゃそうだ」

ってことは、抵抗勢力は元気に頑張っているが、それほど呑気な状況でもないようだ。放っておくとガエリコ村民が全滅しかねない。

となると――。

「脚の早いやつらで先行しろ。村を占拠してる人族は皆殺しにしていい。本番は、領主のところだろうからな。まずは手慣らしってわけだ。いいな、てめぇら!」

獣王ランドールがざっくりした命令を口に出す。

当然ながら異論があるはずもない。

獣王軍の命令系統は実にシンプルかつ絶対だ。実は反獣王派であるルーチェですら、獅子王の声には逆らう気が起きないといった様子だ。

会議らしい会議もなく、あと三分くらいで先発隊が自動的に組まれ、出発するのではないか。

「捕虜が欲しいんだったわよね?」

ルーチェの後ろから、ひょいと顔を出したマイアが言う。

「一人で大丈夫なのか?」

「んー……そうね、キリナを借りて行こうかしら。カタリナより頭良さそうだし。ユーノスはあんたの傍から離さないでおきなさい。前哨戦でしょ?」

「えっと……私も行きますね」

やや迷うようにしてルーチェが呟き、兎獣人と槍使いの魔人種は二秒くらい顔を見合わせた。交わした視線の中にどんななにが合ったのかは、私には見当もつかなかったが、すぐに二人は同時に首肯した。

たぶん、なんか通じ合ったのだろう。

知らんけど。

「じゃあ、話の通じそうな捕虜を最低一人頼む」

「任せときなさい。マイア・グロリアスの槍捌き、見せてやるわよ」

綺麗に笑って駆け出す――ひとまずはキリナを拾いに逆方向へだが――マイアに、いや私は先発しないんだから見えるわけないじゃん、などとツッコむ暇はなかった。どうしてもツッコミを入れたかったわけでもないが。

ともあれ、結果がどうなるか、だ。

それは間違いなく見られるはずだから。