軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

028話「栄光の_02」

「クラリス殿。行商人が来たらしい」

朝っぱらからオークの家で小麦を挽いて小麦粉をつくっていると、ジェイドがやって来てそんなことを言った。

「行商人?」

ハンドル付きの石臼をぐるぐる回していた手を止め、思いっきり首を傾げる。挽いた小麦粉を集めて壺に入れていたカタリナとキリナも、私と同じようにした。

「猫の獣人だべか?」

家主であるオークのおっさんも首を傾げたが、さすがに可愛くはなかった。

「そうだ。まだ俺たちの姿は見られていない。小麦畑の方でモンテゴが対応しているが、どうする?」

「んー……それじゃ、魔人種の姿は見せないでおこう。私だけ行く。カタリナとキリナは、このまま小麦粉をつくってろ」

「はい」

「判りました、クラリス様」

神妙に頷いてから石臼をぐるぐる回す少女二人を尻目に、オークのおっさんを従えて小麦畑へ。

村を歩いている限り、狼族の襲撃前後で村の様子はさほど変わっていないはずだ。村長の家は全焼して私の家になっているが、宮殿が建っているわけでもなく、他のオークの家と似たようなものだから、それほど違和感もないだろう。

変わったのは――変えたのは、というべきか――丘のこちら側ではなく、あちら側だ。用水路を引き、畑の区画を決め、オークたちが土を掘り起こしている。しかし、あちら側をわざわざ見に行く余所者はいない。

何故なら、あちらには魔境しかないから。

例外を上げるとすれば、妖狐セレナに会いたい者だろうか。

というようなことを考えながら小麦畑に辿り着けば、そこには二頭立ての馬車の御者台に乗った猫獣人がいた。

狐人や狼族と同じような、人に近いタイプの獣人だ。

行商人らしく旅慣れた雰囲気で、しっかりした縫製の衣類を身に纏っている。やや暗い赤毛と、茶色の獣耳、同じ色の尻尾。顔立ちは整っており、ぱっと見た感じでは線の細いイケメンといったふうだが、よく見れば胸の辺りに膨らみがあった。なんというか、女子校で後輩にモテそうな雰囲気。

「にゃ!? 人族が、なんでオークの村にいるにゃ!? しかも女の子にゃ!」

えっちらおっちら歩いて来る麗しの少女に気付いたようで、行商人は頭部の猫耳をピンと立てて言った。

「やあやあ、私はクラリス・グローリア。猫の行商人は、なんて名だ?」

「うぇ!? ああ、これはどうもにゃ。あーしはリーフ・リーザといいますにゃ。見ての通りの行商人……え? あれ? もしかして、オークの村の、お客さんかなにかですかにゃ? なんでオークの村にいるにゃ?」

「今は私が村長代理なのだ」

えっへん、と胸を張ってみるも、リーフは顔中に疑問符を貼り付けたまま、さっきまで対応していたらしいモンテゴへ視線を向けた。

「んだ。おでらのことは、クラリス様に任せたんだぁよ」

「なんでまた、そんなことになったにゃ?」

「おっと、世間話をするなら私も混ぜろ、行商人のリーフちゃん。獣人の領域で行商人っていうのは、どういう商売なんだ? そもそも通貨が存在するのか?」

そのままだとモンテゴがあれこれ話してしまいそうな気がしたので、わざとらしく遮っておく。実際、気になる問いではあったのだ。

「通貨? お金のことかにゃ? ないない。あるわけないにゃ。誰もお金なんかつくらないし、つくっても、お金のことなんて知らないやつらばっかりにゃ」

にゃはは、と笑いながら手を振るリーフ。

なんとなく知能に欠けた話し方をしているが、この会話だけでリーフが莫迦でないのは理解できた。

彼女は通貨の概念を知っているし、その本質を知っている。百円玉に百円の価値があるのは、みんなが百円玉に百円の価値があると思っているからなのだ。

「では、物々交換か?」

「そうなるにゃ。スーティン村には、布とか釘とかを持ってきたにゃ、小麦と交換にゃ! そんで、その小麦を他の村に持って行って、いろんなものと交換にゃ」

「なるほど」

わらしべ長者方式で儲けている……いや、厳密に言うなら通貨がないので『儲け』という言葉はそぐわないのだろうが、とにかく、物々交換で利益を出しているわけだ。おそらくだが、それでリーフが『儲け』を出しても、ほとんど誰も気付かないし怒らない。行商人は必要だからだ。

「えーっと……それで、クラリスちゃん、だったかにゃ? あーしはオークたちと取引して、小麦と交換したいんにゃけど……」

「あ、すまんが小麦は駄目だ」

兵糧は死守である。

現状、我々とコボルトが増えた分を考慮しても十分な余裕はあるが、もしかすると他の獣人も助けを求めてくるかも知れない。

向こうから勝手に弱味を見せて、こちらの数になってくれる――。

「ええっ! それは困るにゃ! クラリスちゃんは知らないだろうけど、獣人の領域は今、かなり大変なことになってるにゃ!」

「獣人連合による武力蜂起だろ」

「ブリョクホーキ?」

「暴力を使って現状を変えようとする連中が現れたんだろ?」

「それにゃ! だから――」

あっ、とリーフは言葉を途中で切った。それを眺めていたモンテゴが不思議そうに首を傾げるが、クラリス・それなりに察しは良い方・グローリアには、言葉を切った理由が理解できる。

「だから小麦はやれない。判るだろ、リーフ」

獣人の領域はかなり大変なことになっているから――オークの村の食糧を、他所にくれてやるわけにはいかない。

私たちが『大変なことになっている』のを知っているなら、当然そう考える。そのことにリーフは気付いたわけだ。これに関しては議論の余地などない、と。

やはり頭が良い。

「うふふ。なるほど、なるほど。私はリーフのことが気に入ってきたぞ。確かに小麦はやれないが、他のモノとなら交換してもいい。しかも格安で」

「あう……でも、小麦はくれないんにゃ?」

「やらない」

「じゃあ、なにをくれるにゃ?」

「情報」

と、私は言った。

◇ ◇ ◇

そんなわけで、布や釘、その他の小物をゲット。

バターやチーズまで用意してきたのには驚かされたが、どうやら以前からスーティン村には乳製品を持ってきていたそうだ。穀物庫に保存されていたチーズも、リーフが持ってきた物だという。

せっかくだからとピザを食わせてやり、保存食として試作した乾パンを持たせてやった。それともちろん、とびっきりのクラリスマイルも。

「また来るにゃ! ピッツァ美味かったにゃ! 絶対来るにゃ!」

などと上機嫌で村を辞した猫獣人のリーフだったが、しかしどうだろう。

私はリーフを気に入ったが、彼女からの信用を得たと考えるほど私は楽観主義でも間抜けでもない。むしろ警戒されているな、とすら思う。

何故なら、リーフは私のことをほとんど訊かなかったからだ。

どうしてスーティン村の村長代理なのか、どうして人族がこんな場所にいるのか。まあ、最初は混乱して口走っていたのだろうが、冷静になった後はこちらの事情を突っ込んでこなかった。踏み込むのを避けたのだろう。

ともあれ、渡した情報をどう使うかはリーフ・リーザ次第である。

私としては、彼女が善意に従って行動することを祈るのみだが、仮にリーフが獣人連合の手先だったとしても、実はさほど困らない。魔人種という手札は晒していないからだ。まともな武装勢力であれば、全軍をこんな辺境に向かわせるということはない。それに『獣人の領域は今、大変なことになっている』のだから、獣人連合はまとまって行動していないのが判る。

せっかく集まったのに、戦力を分散して各地の村を襲っているのだろう。

これを愚かと見るか、あるいはなにかの戦略と考えるべきかは、情報が少なすぎるので判らない。ザンバ・ブロードを目の当たりにした後では、どちらかといえば前者のような気もするし、もしかすると軍師的なポジションの有能がいて、ザンバあたりがいいように使われているのかも知れない。

というようなことを、オークのおっさんの家に戻って石臼を回す少女二人に語って聞かせていると、またジェイドがやって来て言った。

「クラリス殿。今度は代官が来たぞ。狸の獣人だ。馬車を二十台ぐらい引き連れて来ている。オークによると『まだ納税の時期じゃない』らしい」

「なるほど。おまえたち魔人種の姿は、まだ見られていないな?」

「ああ。とりあえずはモンテゴが対応している」

「じゃあ、私が行こう。おまえたちは配置についておけ。合図があったら――判っているな?」

「無論だ」

静かに頷く曲剣使いのジェイドに私もまた首肯を返し、立ち上がった。