作品タイトル不明
216話「イダァル平原の戦い(裏)_02」
それにしても貴族というやつは、どうしてこうも見目麗しいやつらが多いのだろうか――と、セイメンはかなりどうでもいいようなことを考えた。
二階に上がって来たクラリスを見る室内の者たちは反応の大小こそあれ、誰もが驚愕を顔面に貼りつけており、その反応に対して最初こそわざとらしい薄笑いを浮かべていたクラリスは、少し待っても誰もなにも言わないのを察してか、大仰に肩を竦めて溜息を吐いた。
くだらないことに時間を使ったな、という。
それなりに期待をかけていた者への失望――が、近いだろうか。
あるいはそのように見せているだけ、か。
「い、一体……なにをしに来たのだね?」
驚愕を顔からまだ消せず、それでも誰より先に言葉を吐き出したのは、レガリア公爵家の三男、ウォルトン・レガリア。
本来であればロイス王国の辺境も辺境、ティアント領の宿にさしたる護衛もなく座しているような人物ではない。はずだ。
しかし思い出してみれば、セイメンとイリアスが『グロリアス人員の殺害』を依頼されたときも、彼らはランサム子爵家の邸内とはいえ、ろくな護衛もない状態でセイメンたちと面会していたのだ。
自信なのか、油断なのか。
まあ確かにセイメンとイリアスでは貴族殺しなど、とてもではないが叶わないだろう。ロイス王国の貴族とは、つまり強力な魔法使いだ。この場で驚愕から抜けきれていない貴族たちは、攻撃能力という点では間違いなくセイメンとイリアスを凌駕しているはずだ。
もっとも――ユーノス・グロリアスを凌駕しているかは、判らない。
ロイス貴族の歴史を考えるのなら、攻撃能力という一点のみは超えていてもおかしくないが、宿の二階、談話室という状況で存分に振るえる魔法などあるのか。あったとして、発動させる前にユーノスに殺されるのではないか。
クラリスの背後で憮然と腕組みして突っ立っているユーノスは、そこにいるだけである種の畏怖を感じさせる――感じないわけにはいかない。よく斬れる刃物を見て指先や肌を切ってしまうのを連想してしまうような、そういう存在感がある。
貴族たち六人のうち、おそらく護衛であろう二名が驚愕から覚めた後に怯え竦んでいるのは、間違いなくユーノス・グロリアスのせいだ。
「なにをしに? まったく、おかしなことを訊くじゃないか。仮におまえらを殺しに来たのだとすれば、こんなふうに対面して挨拶をする必要なんかないはずだろ。外から ぶ(・) ち(・) か(・) ま(・) せ(・) ば(・) いいんだからな」
「……話をしに来た、と?」
「それ以外にあるものか。私たちには喋るための口と、考えるための頭がついている。悪態を吐いたり頭突きをするのも、まあ好きにすりゃいいが、尊敬すべき選択とは言い難いと個人的には思うぞ」
「なんの話をしに来たのだ、クラリス」
ごくごく真面目な調子で言ったのは、アルベルト・グローリア。しかしその『真面目な調子』そのものが調子外れだ、とセイメンは思った。兄が妹を叱るときの感情が出ていて、この場の状況にまるで合致していない。
「おいおい、言った傍から頭を使わないで喋るなよ、アルベルト兄様。 諧謔(かいぎゃく) の具現化を趣味になさるのは、私、どうかと思いますわよ?」
にんまりと笑んで言う。この少女が貴族子女らしい言葉遣いをするときは、大抵が人を煽るときだ。ロイス貴族としての立ち居振る舞いに価値を感じていないのだろう。たぶんだが、心底くだらないと思っている。
そのくだらないモノを使って、くだらない者に言葉を届けている。
「……交渉をしに来た、ということか?」
親指の先で下唇を触りながら、ウォルトンが言った。一瞬だけアルベルトへ目配せをしたのは、余計なことを口走るな、という合図だろう。
ぐっ、と歯噛みする金髪の美青年は、クラリスに似ているようで似ていない。
クラリスの方はそんな兄を一瞥すらせず、後ろに控えていたキリナへ目配せをして、そのあたりから椅子を持って来させていた。椅子の位置まで動くのではなく、立っている場所に椅子を用意させるのは、態度が堂に入っている。
自ら築き上げた集団――『グロリアス』の首魁。
クラリス・グローリア。
「では――クラリス嬢、こちらに訊きたいことはあるかね?」
こつり、とその場から一歩動き、アルベルトの胸を軽く叩いて下がらせながら言うウォルトン。その様子を見て、他の貴族二人も同様に室内の奥側へ移動し、護衛の二人が半歩分だけ前へ出た。
「そうだな。ウォルトン・レガリア、アルベルト・グローリア……それから、そっちの二人はどちら様だ? そっち側は護衛っぽいが」
「ヴィヴィ子爵家の次男、クゥエル・ヴィヴィ。そしてブラウン男爵家の長男、ラウン・ブラウンだ」
返答したのはウォルトンで、呼ばれた二人は小さく会釈をするのみ。
「ヴィヴィは――ああ、ティアントとランサムの間にある領か。このくだらん戦のために抱き込んだわけか。ブラウン男爵家は……領地持ちじゃないな。都貴族か。レガリア公爵家の派閥かな?」
「クラリス・グローリア。きみはこの状況で、我々にどのような交渉をしに来たのか、教えてくれるつもりはあるかね?」
「そっちこそ、考えて見当をつけるつもりはあるのか? 言っておくが、ちょっと呆れてきてるぞ、私は。そもそもこんなところで高みの見物を決めようって時点でだいぶ評価は低いがな。たとえばヴィクター・イルリウスあたりなら、とっくに私の思惑に気づいて立ち回りを考えている頃合いだな」
「……あのカマキリ野郎が……!」
呟いたのはラウン・ブラウン。都貴族というのは王都を中心に爵位だけを与えられた貴族たちのことだが、当然ながら王都に近い領地を持つ大貴族との関わりが深いはずだ。イルリウス侯爵家も、王都に近い位置にある。
そういえばあの男は貴族だが見目麗しくはなかったな――と、セイメンはどうでもいいことを思った。
はぁ、とウォルトンが嘆息する。それからまたこつりと足音を立て、怒りに拳を振るわせるラウン・ブラウンの肩を叩いてから、クラリスに向き直る。
「確かに。確かに……考えてみれば簡単な話だ。クラリス・グローリア。きみは、我々を抱き込みに来た。違うかね?」
「まっ、及第点くらいはくれてやるか。最低に近いが、ひとまずはな」
椅子にふんぞり返って脚を組むクラリス。
余裕があってそうしているのか、そうして見せた方が効果的だからそうしているのか……あるいは、単におちょくっているだけなのか。
セイメンには、判らなかった。
◇◇◇
「状況を整理しよう。きみも察しているだろうが、今回の戦はランサム子爵家の勇み足を利用した、いうなれば威力偵察が主眼だ。もちろんランサム家に負ける程度であれば、そのまま踏み潰すつもりだったが」
「実際に蹂躙されたのはランサムの方だものな」
茶化すのも面倒、とばかりにクラリスは言いのける。アルベルトがこれに眉を寄せたが、誰もそれには反応しなかった。
「言い方はさておき、実際その通りだ。そしてそこに関してはこちらの思惑通りでもある。では、この後の展開はどうなるか。当然ながら喧嘩を売られた側であるティアント男爵がランサム子爵家に抗議をするだろう。今回の戦に勝ったことでランサム側の馬や兵を捕らえただろうから、人質交渉などで少なくない金が出入りするだろう。当初の予定では、ランサム子爵家が割譲されることになり、そのうちいくつかを我々で管理することになるはずだった」
「コラード・ランサムを傀儡に据えて、か?」
「勇み足の間抜けには相応しい境遇ではないかね?」
「尻を叩いたやつらの科白じゃなけりゃ、ある程度は同意するさ」
話の高度が上がり、セイメンには上手く把握できなくなってきた。つまりウォルトン・レガリアにとってコラード・ランサム子爵は最初から捨石だったということだが……しかし、結局そこにどういう意味があるのかが判らない。
ランサム家は負けたのだ。
少なくない兵を失い、これから金も失い、立場も失うだろう。
そこに他の貴族が群がり、食い漁る。
弱った者を狙うのは当然だ。
しかし判らない。
結局のところ、ロイス王国側の総量は減るではないか。少なくない量の金と物がグロリアスへ流れてしまう。範囲を変えて見たとしても、ウォルトン一派の獲得よりもティアント領の獲得量の方が多くなるのではないか。
「 問(・) 題(・) は(・) ――」
椅子の上でふんぞり返ったまま、脚を組み直してクラリスは言う。
もう笑ってもいない。つまらなそうな口調と態度。
「―― 誰(・) が(・) そ(・) れ(・) を(・) よ(・) し(・) と(・) し(・) た(・) の(・) か(・) 、だ」
ランサム子爵家の勇み足に端を発するロイス王国の情勢変化。
まさか本当に勇み足で、勝手に挙兵したとは思えない。そこまで愚かであるなら、とっくにランサム子爵家なんぞ消え失せている。誰かがそれをよしとして、コラード・ランサムの背中を押した。実際に押したのはウォルトンだろうが、押せと命じられたのか、押すべきという雰囲気だったのか……。
誰が。
これに関してはグロリアスの『金庫番』アーロゥ・グラーデが見当をつけている。おそらくはロイス王家。ちょいとばかり損をしたとしても、グロリアスを観察する意義がある。まして馬の一門という存在意義がグロリアス製品によって損なわれているランサム家であれば、走狗としては都合がいい。まして こ(・) の(・) 狗(・) は(・) 走(・) り(・) た(・) が(・) っ(・) て(・) い(・) る(・) 。わざわざ焚きつける必要がないのだから。
クラリスは続きを口にせず、じっとりとウォルトンに視線を注いでいる。
それこそ観察の眼差しだ。
彼らがグロリアスを測っていたように。
あちらがそうするのなら、こちらもそうするというように。
ウォルトンはまた下唇を親指の先でなぞり、ふぅ、と小さく息を吐いた。表情こそ笑みを維持しているが、僅かに口の端が歪んでいる。
「結局のところ、狗の鎖を解き放ったのも、別の狗ってわけだ。おこぼれを頂戴する代わりに、コラード・ランサムの背中を押してやったわけだ」
「……だとして、それがなんだというのかね? 貴族社会においてはよくあることだ。腹を探り合い、胸の内を読み合い、自分たちを有利に置き、不利に回った誰かを食い漁る。楽しい出来事ではないが、この程度が出来なくて貴族を名乗れるものか。クラリス・グローリア。きみは……貴様は、我々とは違うようだが」
「あっ、そういうのはいい。 囀(さえず) らなくてもいいぞ」
心底うんざり、とばかりに手を振り、クラリスは同じ態度と口調のまま、ウォルトンへ問いを投げた。
「そこまで判っている……というか、私たちがそこまで把握していることを理解したなら、こっちからの提案も察することはできるだろ」
「……我々に、当初の予定よりも利をくれてやる……ということか?」
「まあそうだ。それが交渉材料だな。そのくらいの交渉なら、してやっても構わない。落第ぎりぎりではあるが、及第点だ」
「聞かせてもらおう。どのような企みがある?」
一瞬、ぎらりとウォルトンの眼が光った。利益と不利益を天秤にかけ、揺れた片方に乗ってもいい、乗るべきかを考慮したが故の眼差しだ。
これまでだったら、わけの判らない小娘の言を聞くことなどありえなかった。しかしクラリスは一端とはいえ示してしまった。
考慮に値する――おそらくウォルトは、そう判断した。
そして公爵家三男のそういう胸中を、クラリスはまるで慮ることなく、つまらなそうな顔をしたまま、続けて言った。
「予定より多く喰わせてやる。ランサム子爵家はそのまま残し、当初の予定と誰かさんの思惑からちょっと外れて、おまえたちだけ儲けるってのはどうだ?」
「…………それで、貴様になんの利があるのかね」
ほとんど絞り出すようにウォルトンが問い返す。言葉は問いなのに語尾が上がらなかったのは、呑まれてしまったからだろう。
きらきら光る金髪の、美しい少女のカタチをしたナニカに。
栄光(グロリアス) の 少女(バケモノ) は、鼻で笑って言う。
「決まってるだろ。おまえら程度なら御しやすい。ちゃぁんと利を選ぶからな。利を選びたいから、私のこういう態度に怒ったりしないんだ。そこは及第点以上をくれてやるぞ。無礼だなんだ言い出す愚図だったら、どうでもいいような作り話をしてオサラバするつもりだったが、よかったな、利に敏い有能で」
褒め言葉なのに、見下しと嘲りに塗れている。
けれども――言葉の中身だけは、確かだ。
クラリス・グローリアは、ゆっくりと椅子から立ち上がり、身長の関係で見上げることになるはずの公爵家三男を見下しながら、言った。
「力をつけさせてやる。いっぱい喰って肉にしろ。私たちはおまえらを盾にする。せいぜい強くなって可憐なだけの美少女を守るんだな」