軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

178話「公爵令嬢_01」

ソフィアーネ・カリストは、カリスト公爵家の四女である。

公爵家令嬢ではあれど、四女ともなればかなり自由の利く立ち位置にあり、兄姉たちには少しの申し訳なさを感じながら、貴族的な社交よりも実利優先の社交を重ね、王都の学園に在学しているときから商売に手をつけていた。

フィリア商会、という貴族向けの小物や化粧品を扱う商いだ。

公爵令嬢という立場で得た人脈を利用して、あちらこちらから様々なものを掻き集め、学園で知り合った錬金術師に商品をつくらせて、ソフィアーネ――ソフィーが社交という名の営業をかければ、あとは貴族子女や婦人たちがありもしない流行に乗ろうとして、原価の安い化粧品などを莫迦みたいな高値で買っていく。

そもそもが虚飾に塗れた貴族社会の中に、虚飾をいくつか混ぜ込んで金銭を得たところでソフィーの良心は全く痛まなかった。客の大半を愚かだなと思うこともあるが、その愚かさがソフィーの懐を暖めているのも確かだ。

公爵家に生まれた正真正銘の貴族令嬢であるというのに、ソフィアーネ・カリストはロイス王国の貴族というものに、あまり尊さを感じていない。

もちろん、公爵家令嬢としてきちんとした教育を受け、受けた教育以上の教養を持ち、礼節も完璧にこなすことができる。事実、学園においても卒業後の商売上においても、あるいは子供の頃から馴染んでいる社交界であっても、ソフィーの立ち居振る舞いに文句を言う者はいなかった。

完璧な貴族令嬢としてソフィー自身は振る舞っていたし、そのように思われている自覚もあった。思わせるのに失敗していないということだ。

けれど、同時に、こうも思う。

こんなものはただの虚飾だ――と。

そしてその虚飾が実になってもいるのだ。何故ならば虚飾が人を動かし、人を富ませ、人を殺すから。ならばその虚しさを、せいぜい上手く利用してやればいい。いつからか、そう思うようになった。

いや、そもそもソフィーがどう思っていようが関係なく、この虚飾をきちんと利用し、制御する必要があったのだ。物心ついた頃には。

であるならば、貴族の『貴さ』を、いつからか『虚しさ』と感じるようになっていた……ということなのかも知れない。

誰にも言ったことはないし、これからも言う気はないけれど。

◇◇◇

王都での営業を兼ねた社交を済ませたソフィアーネ・カリストは、カリスト公爵家が保有する別宅に戻ってすぐ、家令の老人から「公爵領へ戻るように」という、端的で素っ気ない指示を受けた。

父であるマクシミリアン・カリストからの指示だった。

具体的にどのような用件だとか、そういう情報が一切なく、これが他の誰か――兄弟姉妹からの伝言であれば、何度か無視してしまってもよかったが、ソフィーに自由を与えてくれた父からの指示であれば、話は別だ。

執事であり商会の秘書であり幼馴染みでもあるエリオット・グレイに公爵領までの旅程を立てさせ、即日で出発した。幸いというべきか、カリスト公爵領は王都からかなり近い距離にある。ロイス王国におけるもうひとつの公爵家――レガリア家とカリスト家は、王都を挟んだ東西に領地を構えている。

カリスト家は西にあり、馬車で余裕を持って二日で辿り着ける距離だ。

道中でソフィーは執事エリオットと共に「父は一体どのような用件で自分を呼び出したのか」と考えてみたが、マクシミリアン当人から聞くまで判るわけがない、という結論になった。

何故なら、なにかをやらかして怒られる、というような心当たりがなかったからだ。逆に、公爵直々にソフィーを褒めるような心当たりもない。

「ご当主様のお考えは、俺ごときには想像もつきません」

グレイ家は代々カリスト家の執事を輩出する、いうなればカリストの一部とでもいうような家であり、エリオットも多分に洩れず幼い頃から執事教育を受けており、カリスト家の者に対しては本能的な畏敬を抱くようになっている。

「もちろん、私にも判りませんわ。これまでフィリア商会に関してなにかを言われることもありませんでしたし、であれば、今回もそうでしょう。なにか別の話であるとは思いますが……絞りきれませんわね。最近の時流で、特別なこと、私が関係しそうなことはありましたか?」

「時流、ですか。東の果ての竜渓谷での戦線が、ロイス側に大きく有利になったという話は流れてきております。ミュラー家の次男と、第二王子殿下が活躍されておられるだとか。英雄と呼ばれている剣士が竜を殺したとか……」

「例の『癒やしの聖女』の戦場ですわね。そちらは兄様が目を光らせている範疇でしょうから、私に話が回ってくるとも思えませんわ」

「では――『グロリアス』でしょうか?」

ぱっと思いつくのはそれくらいだ、とエリオットは目を細める。

実際、ソフィーにしても同感だった。時流と言われてすぐに思いつくのは、東の竜渓谷の戦線状況と、二年前からロイス王国に輸入されるようになった『グロリアス』の製品の数々。安価な植物紙、馬車に取りつける緩衝器、他にも様々な器具や物品が、少量ずつだが確実に、ロイス王国へ流れ込んでいる。

「かも知れませんわね。父上が『グロリアス』に関連するどのような話を私に持ち込むつもりなのかは、想像もつきませんけれど」

東の果てではミュラー家、西の果てではグロリアス。

皮肉なことに、三年前に一瞬だけ社交界を賑わせた伯爵家同士の醜聞が、時を経た現在になって、ロイス王国の貴族たちを賑わせているのだ。

かつて貴族の偽物として火刑に処されたお嬢様が、どういうわけか生き延びて獣人の領域で自分の勢力をつくり上げ、ロイス王国と商売をしている、だなんて。

かつて貴族の偽物を火刑に処したせいで当主を返り討ちにされた伯爵家の次男が、今は『癒やしの聖女』と『英雄剣士』を擁して、ロイスの東の果てで竜を殺している、だなんて。

あの頃に、そうなると考えた者など――きっと、一人だっていないだろう。

おそらくは当人たちでさえも。

◇◇◇

「ソフィアーネ。フィリア商会としてティアント領で『グロリアス』と商売上の関係を構築できるかね」

呼び出された実家に着くや否や、カリスト家当主マクシミリアン・カリストは時候の挨拶もなく娘のソフィーにそんなことを言い出した。

実父ながら非常に端正な顔立ちで、しかし表情がぴくりとも動かないせいでひどく冷たい印象がある。同じ血が流れているソフィーも他者からそのように思われることが多いようだが、父は別格だ、とも思う。

ソフィーと同じ 白(しら) 藍(あい) 色の髪、すっと通った鼻筋に、切れ長の瞳。物心ついた頃から母が自慢していたマクシミリアンの容姿の輝きは、四十を超えた現在も陰る素振りすらない。わずかに頬に刻まれたほうれい線ですら色気を感じさせるのだ。

「……『グロリアス』と関係を構築、ですの?」

予想内とも予想外とも言えない要求に、思わず復唱してしまう。

マクシミリアンはそんなソフィーに、表情を変えないまま頷いて見せた。

「ああ。現在、ロイス中に広まりつつある『グロリアス』の製品については、改めて説明の必要はないだろう。馬車の緩衝器などは革新的だ。私の馬車にも組み込ませた。あれはほとんどの領地で研究と解析を行っているようだが、グロリアス製の器具を超えられていない。少数生産であることは判っているから、よほど優れた鍛冶士がいるのだろうとは言われているがね」

「ええ、存じておりますわ」

「そのグロリアスの代表がクラリス・グローリアであるということは、存じているかね? ソフィアーネの、学園時代の同級生だ」

「噂では。確たる情報は得ていませんが……」

「事実だ」

端的な言い方だったが、ソフィーはさほど驚かなかった。

やはりか、と思っただけだ。

「私が、その『グロリアス』と商売上の関係を構築するというのは……いえ、その利は理解できます。しかし何故、この時期に、わざわざ私に?」

その気になればソフィーを利用せずとも、マクシミリアンが使える手駒など選り取り見取りもいいところのはずだ。

「みっつ、理由がある。ひとつはクラリス・グローリアとソフィアーネは学園の同級生だった。仲がよかったわけではないのは判るが、とっかかりになる。次に、ティアント領において調整の意味合いで逗留しているイルリウス家の者がいる」

「イルリウス侯爵家の……?」

「レオポルド卿の甥である、ヴィクター・イルリウスだ。ティアント男爵家では手に負えない範疇の物事や交渉を請け負い、イルリウス領へ利をもたらしている。実際、二年前からロイスの王都へ流れてくる『グロリアス製品』は、イルリウスの仲介が入った代物だ。おそらくどの家にどの製品が流れたかまで把握されている」

「それは――」

すごいというか、徒労というか。

ソフィーはフィリア商会がどの家になにを売ったのかくらいは当然だが把握している。しかしそれは人脈や伝手を利用した販売形態だからだ。たとえばグロリアスが売っているような植物紙を商品にしたとして、これの売り先をいちいち把握するのはあまりにも労力が多すぎる。だって、紙なんて誰だって使いたいのだから。

いや――値段、か。

グロリアスの植物紙は『紙』としてはかなり安価に売られている。しかしマクシミリアンが言った緩衝器具は、貴族でも下位の都貴族であれば軽々に手を出しにくいくらいの値段設定になっているのだ。

金持ち面しているのに、グロリアス製品を買っていない貴族がいたとすれば。

「気づいたかね。現在、イルリウスはロイスの貴族の中にいる ハ(・) リ(・) ボ(・) テ(・) を把握している、ということになる。時機が来れば一気呵成だ。そしてレオポルド卿は時期を見誤る男ではない。事実、この二年でいくつかの貴族家がイルリウスに取り込まれている。存在自体がどうしようもない木っ端を取り込んでいるようだったから、さほど気にはされていなかったが、その手法はあまりにも鮮やかだった」

「……それが、第二の理由になる、と……?」

よく判らないので、よく判らない、という顔をして首を傾げた。ソフィーがそうできる相手は限られていて、無知でも兄弟姉妹相手ならば絶対にやらない。

せいぜい執事のエリオットか、両親、そして祖父くらいか。

判らないものに判らないと言える相手が、それくらいしかいないのだ。

そうでない相手には――隙を見せてはいけない。

「ソフィアーネ。四女であるきみには、学園を卒業した後の自由を与えてきた。そしてその自由は、条件つきではあるが継続させるつもりだ」

「条件、とは?」

「ヴィクター・イルリウスに婚約の打診をした。この婚約を成立させたのであれば、私からレオポルド・イルリウスに対して口添えもしよう。ヴィクター君にも言い含めておく。私の娘のお転婆を、どうか寛容に、と」

「…………なるほど」

表情を変えないでいられた自分を、ソフィーは自画自賛した。

学園に通っていた頃、様々な上級貴族がソフィアーネに対して縁談をちらつかせてきたが、その全てを断って――というか、断るところまでいかせず、遮断してきた。単に異性への興味がなかったのもあるし、他家へ輿入れして自由を奪われるのが本位でなかったのもある。

貴族子女として政略結婚は義務だ、という風潮はあるだろう。

しかし、ことカリスト公爵家の四女ともなれば、話は違ってくる。

普通の貴族家であれば他家との関係を良好にするため、あるいは自分の家を有利にするため、金か権力か家柄を持っている相手と婚姻することになる。

が、カリスト公爵家はすでに貴族として最上であり、王家との繋がりは長男アルノルトが第一王女を妻に迎える形で婚約が成立している。

つまり、カリスト家は貴族として金も権力も家柄も必要としていないのだ。

ならばヴィクター・イルリウスとソフィアーネの婚約によって得られる、カリスト家の利は……いや、逆か? 損を抑えるために……?

これについては判らないと首を傾げたところで父は教えてくれないだろう、とソフィーは割り切った。婚約をすればソフィーの自由を提言する、というのがマクシミリアンの言であり、そこにソフィーへの問いは含まれていない。

胸の中でそっと息を吐き、わずかに考える。

それから、ソフィーは言った。

「理由のみっつめを、教えていただけますか?」

「 そ(・) れ(・) だ。 そ(・) れ(・) が理由だ」

言って、マクシミリアンは非常に珍しいことに、ほんのわずかだけ唇の端を持ち上げた。飼っている猫を抱き上げたって動かない口角が笑みを形作るところなんて、ソフィーは記憶にある限り、数回しか見たことがない。

おまけに――マクシミリアンの言う そ(・) れ(・) がなにか、判らなかった。

わずかな動揺が洩れたのか、笑みは見間違いであったかのように消え失せ、その代わりに、父は答えをくれた。

「有能だからだ。ソフィアーネ・カリストであれば、ティアント領で上手に立ち回ることができると私は判断した。故に、きみを『グロリアス』の近くに送り込もうと考えた。必要な人や物があれば言いたまえ」