軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

160話「ティアント領との後始末_03」

ゴルト武装商会の下っ端だったロメオにとって、グロリアスという集団は、ひどく奇妙で、異様に居心地のいい場所だった。

獣人やら魔族やら、稀に人族が混じった集団。その中ではロメオがこれまで生きてきたゴルト武装商会の中での序列意識みたいなものが全くなかったし、通じなかった。誰が偉い、というのが明確に定まっておらず、強いて言えばグロリアスの首魁であるクラリス・グローリアが最も偉い。

そして――それだけだ。

最も偉いクラリスは、必要なときに必要な指示を出す以外、偉そうなことをしない。態度はもの凄く偉そうなのに、権力を行使しない、とでもいうべきか。

ロメオを拾った獅子姫ラプス・クルーガもまた偉そうではあったが、実際に偉いかどうかという点においては、どうやらラプス当人でさえ、どうでもよさそうだった。彼女を「お嬢」と呼ぶ猪獣人ゾンダ・パウガも、ラプスに対して敬意は払っているが謙っているわけでもないようだ。

ここでは、他人に敬意を払っていれば、誰も怒らない。

ゴルト武装商会に拾われた孤児であるロメオにとって、上の立場のやつは下の立場にやつ理不尽を強いて当然だった。なにか不愉快な出来事があれば関係のないロメオを殴っていい、というのがロメオの知っている『上下』だ。

まあ、グロリアスでは殴られないかというと、全くそんなことはないのだが。

この日もロメオは殴られていた。

ただし、そこに理不尽はなかった――と、思う。

それが普通の感性なのかどうかは、ロメオには自信が持てないのだけれど。

◇◇◇

砦の広場で毎日のように繰り返される戦闘訓練。

ロメオの拾い主である獅子姫ラプス・クルーガは「面倒を見る」という宣言の通り、彼女なりにロメオを鍛えようとした。彼女にとって人の面倒を見るということは、強くなってもらうという意味合いらしかった。

ラプスの旧知であるらしいロッパ・ガラッハという老人などはロメオにちょっと同情的な様子を見せていたが、大抵の獣人たちは「まあいいんじゃない?」という雰囲気だった。数少ない人族のおっさん、レガロという魔術師は苦笑していたが、危険な訓練などやめろなんて言わなかった。

そんなわけで連日、ロメオは模擬戦形式でラプスにボコられていた。

「あーもうっ! 違う! そこはバッとそっちに動いて、シパッと殴るんだ!」

殴りかかってくるラプスの拳をどうにか避けると同時に叱責が飛んできて、避けたはずなのに連撃を喰らって吹っ飛ばされている。

最初のうちは一発もらった時点で失神しかけていたのが、今はどうにか防御というか、致命傷を免れる感覚を覚えてきて、吹っ飛ばされてごろごろ地面を転がり、痛みに呻きながら立ち上がることができるようになった。

「おっ、今のは悪い中でもちょっといい感じだったぞ。ロメオ、おまえは眼がいいみたいだから、とにかく目を閉じるな」

「……うっす!」

なにがいい感じだったのかは判らないが、上機嫌にロメオに殴りかかるラプスは彼女なりに手加減してくれているのが判る。

ゴルト武装商会での訓練は「この号令に合わせてこの動きをしろ」というものがほとんどで、個人の強さを引き上げるようなことはしてくれなかった。吐くほど走らされたり、腕が上がらないのに盾を構えさせられたり、そういう訓練もあったが、正直言えばちっとも面白くなかった。

獅子姫と殴り合っている――殴られ続けている、と表現すべきか――方が、ロメオにとっては楽しい時間だった。

ラプス・クルーガはロメオよりちょっと年上くらいに見えるのに、冗談みたいに強い。そんな相手が手加減しつつ攻撃してくれる。ロメオにとっては発見の連続だ。喜んで叫びたいほどに。

今までは、使われるために訓練されてきた。

今は 強(・) く(・) な(・) る(・) た(・) め(・) に(・) 訓練している。してもらっている。

なんて贅沢なんだろう。

「じゃあ、次だ。来い、ロメオ!」

楽しそうに笑って――ロメオなど相手をしていてもつまらないような雑魚なのに――胸を叩くラプスに、軽く頷いて突っ込んでいく。

思いっきり振りかぶった右手で殴りかかろうとすれば、拳の行き先に獅子姫はもういない。体捌きでロメオの右手よりもさらに右へ動いている。なので殴る動作を途中で止め、進めていた一歩を軸足に左手側を使うが、それもあっさり読まれて反撃の右拳がロメオに吸い込まれる。

そこまでは予測できたし見えてもいたので、ぐるりと身を捻ってラプスとすれ違うように身体を躍らせ、後頭部を狙った肘――を、さっとしゃがんで避けられてしまう。ここはもう読めていなかった。

「はっはー!」

やたら嬉しそうにしゃがんでいた体勢から立ち上がる勢いを利用し、ロメオの腹に頭突きをかますラプス。

今度は真上に吹っ飛ばされて、滞空時間があったので、ロメオは空中でどうにか姿勢を制御し、両手両足を使って受け身を取った。

「ふははは! おまえはどんどんいい感じになるからいい感じだな!」

頭突きで他人を宙に舞わせたとは思えないほど爽やかに笑う獅子姫の、そういうところがロメオは割と好きだ。

正直な印象として、かなり子供っぽいとは思うのだが――しかし「子供である」のと「子供っぽい」の違いくらいはロメオにも判る。

「うっす。あざっす」

とロメオは言って、次の組み手に臨もうと構えを取った。

が、ラプスは獣耳をぴくぴくと動かし、腰に当てていた両手を解いて腕組みし、広場の向こう側へ視線をやっている。

ここで殴りかかってみてもいいが、どうせ反撃されるだろう。それより、訓練の途中で他に気を取られているのはかなり珍しい現象だ。誰が見学に来ても無視してロメオを殴るのが常だったのだ。

ならばラプスにとってかなり気になることがあるのだろう。

「どうしたんすか、ラプ姉」

そう呼べと言われた呼称で呼べば、ラプスは「ううむ」と砦の入口側を眺めて首を傾げ、眉を寄せ、それから「むうん」とよく判らない呻き声を洩らした。

こういうときにラプスは他人に判るような説明をしてくれない。おそらく自分の内面を上手に説明する言葉を持っていないのだ。そんなものはロメオも持っていないので、言語化されたところできちんと理解できるかは判らないけれど。

「おおい、お嬢と坊主。狐が人族を抱えて戻って来たぞ」

と、猪獣人のゾンダ・パウガがやって来て、端的に物事を説明してくれた。

端的すぎてよく判らなかったが。

◇◇◇

ゾンダに促される形でラプスと共に『人族を抱えた狐の帰還』を確認しに行ってみれば、狐というのは九尾の妖狐カイラインという男で、彼が抱えていたのは、なんとゴルト武装商会の支店長、アーロゥ・グラーデだった。

「いやはや、こんなにも厚い出迎えがあるとは思いもしませんでしたので、嬉しさを隠せませんねぇ」

などと胡散臭い科白を吐きながら、カイラインは抱えていたアーロゥをどうでもいい手荷物みたいに放り投げた。

ゴルト武装商会の支店長ともなれば、普通の武装商会員よりもよほど腕が立つ。にも拘らず、ぽいっと放り投げられたアーロゥは、普通にどさりと地面に転がってしまった。さっと空中で身を捻って着地くらいはできなければおかしいのだが、

見れば、どうやら両足が使い物にならなくなっているようだった。

地面に転がされたアーロゥの表情は全くの無で、下っ端だったロメオはまともに会話したこともないが、大抵はなにか企んでそうな笑みを浮かべていたはずの男がこんなふうになるのは、かなり意外だった。

死ぬ直前であってもへらへら笑っているような印象だったのだが。

「おっと、ちょうどいいところにちょうどいい人物がいましたねぇ」

にたり、と口角を吊り上げて九尾の妖狐がロメオを見る。

底のない泥沼みたいな眼だ――と思ったが、同時にそれは演技だな、とも思った。根拠はない。ラプスが考えなさすぎるやつなのだとすれば、妖狐カイラインは考えすぎるやつなのではないか。

性格の悪いやつではあるのだろう。

しかし――性格が腐っているやつでは、なさそうだ。

「えっと……オレが、なんすか?」

だからというべきか、ロメオはラプスの背後に隠れるでもなく、ちょっとした気まずさを感じながらも一歩前へ出て手を挙げた。何故か当然のようにラプスも一歩前に出てきたが、これは本当に何故か判らなかった。

それは妖狐も判らなかったようで、黒い九本の尻尾を微妙に動かしながら、カイラインはひとまず獅子姫を無視して口を開いた。

「そこに転がっている人族は、ゴルト武装商会の者です。おそらくはそれなりに地位のある人物でしょう。獅子姫ラプス・クルーガの拾い物であるロメオくん――貴方もまたゴルト武装商会の会員だった」

「あー、はい。すげー下っ端でしたけど」

「戦場の最前線で盾を持たされていた以上、それはそうでしょうね。この、転がっている人物に心当たりは?」

「支店長ですね。何処の店とかは知らないっす。結構偉そうなやつが集まってるところで、そいつが支店長って呼ばれてたのを知ってる、って感じすね」

ゴルト武装商会に対する義理や忠誠のないロメオは、普通に聞かれたことを答えた。アーロゥにはもの凄い形相で睨まれたが、特に危険はないと判断した。

この状況で、アーロゥになにができるとも思えない。

というよりは、この状況でカイラインがロメオになにをさせようとしているのか、の方がむしろ問題だ。

「なるほど、なるほど……それではロメオくん、貴方にこの支店長の世話を任せましょう。見ての通り、両足が使えませんので、立って歩くこともできないのですが、ひとまずクラリス様が戻るまでは生かしておく必要があります」

「はぁ」

人質……では、なさそうだ。こういう状況になれば、たぶんゴルト武装商会はアーロゥを切り捨てるだろう。人質を取られたからといちいち身代金を――この身代金は比喩的な意味だが――払っているようでは武装商会の名折れだ。

そういった暴力に対して自力で対抗するからこその武装商会であり、であるならアーロゥを人質に取られたゴルト武装商会が取るべき選択肢は、奪還するか諦めて放置するかの二択だ。

たぶん、見捨てられるだろう。

ロメオ自身も見捨てられてはいるのだが、ロメオを奪還しようとするわけがないと最初から判っているので、そこに不満など一切ない。

アーロゥの方は、どうだろうか?

支店長に上り詰めたような人物がロメオのようになんの感慨もない、なんてわけがない。呪い殺せるなら呪い殺してやるとばかりにロメオを睨んでいるアーロゥの内心を、ちょっとだけ考えようとした瞬間にラプスがアーロゥを蹴っ飛ばした。

「無様に負けた分際で自分より弱そうなやつを見つけて凄むな! 浅ましいぞ、おまえ。負けて生かされて、自分で死のうとしないなら、誇りのひとつくらいは抱えておけ! おまえみたいなやつがウチはすごく嫌いだぞ!」

ガルル! と唸る獅子姫は、本当に判りやすい。

もっとも、頭を蹴られたアーロゥはあっさり気絶してしまったので、どんなに判りやすい言葉であっても届かなかっただろうけど。