軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

159話「ティアント領との後始末_02」

カリム・カラベルはイルリウス侯爵領の主戦力たる黒甲騎士団に所属していた斥候であり、現在はレオポルド・イルリウス侯爵直属の手駒である。

所属を示す名称は、ない。

というのもレオポルドの命があれば、なんでもやらされているからだ。強いて言うならレオポルドの手下、とでもいうような立ち位置にあるが、所属もなければ立場もない以上、対外的に名乗れる身分を持っていない。

これは誇りや名誉を重んじる騎士の扱いとしては、かなり拙い運用だ。

が、元々は市井の出自であるカリムにとって、名誉だの誇りだのは給金のおまけでしかない。おまけが増えれば金も増える、程度の認識で……だからこそ、レオポルドはカリムに『おまけ』は与えなかった。

かつて黒甲騎士団で斥候部隊に所属していた頃から比べて、給金は三倍以上。休日は半分ほどに減ったが、文句は言う気にならない金額だ。

仕事の内容は――まあ、多少の愚痴は出したくなるが。

頭がどうかしている双子の魔法使いの世話をしてみたり、殺されても死なない少女がそこに放り込まれてみたり。かと思えば『癒やしの聖女』に依頼してくる貴族の周辺を調べ回ってみたり、その仕事の途中で辺境のティアント領へ、レオポルド侯爵の部下として連れて行かれたり。

……不死の少女の、馬車の御者などやらされたり。

朝早くからレオポルドの甥であるヴィクター・イルリウスの指示で馬車と馬の用意をして、いつでも出発できるようにと待ち構えていたところ、近くも遠くもない場所から衝撃音が響いた。

一度は強く、後の二度はかなり弱く――しかし厩舎まで確実に届くくらいには、明確な衝撃音だった。

その後には、ひどく空々しい無音がしばらく続き……それからほどなくして、クラリス・グローリア一行が現れた。

「やあやあ、待たせたな。こんな美少女にまた会えて、さらには御者をする幸運に感謝してもいいぞ。しなくてもいいが」

ひどく機嫌のいいクラリスが、ぽてぽて歩きながらそんなことを言う。

彼女の周囲には魔族の男、獣人の少女が二人――いや、片方は獣王の名代とか言っていたか――その名代の護衛らしき獣人の女。

来たときより三名も減っているが、そのうち一名は『癒やしの聖女』ミゼッタで、残りはクラリスに寝返ったという元ティアント領騎士団副団長と、それから牛獣人の男だ。元副団長を残した理由は察しがつくが、牛獣人の男については、カリムにはどういう意図があってのことか、見当もつかなかった。

が、そこを推察したり想像したりするのはカリムの仕事ではない。

「光栄であります。ところで、衝撃音がしましたが……」

「ああ、例の女アールヴに狙撃されたんだ」

朝食のパンが美味かった、くらいの調子でクラリスは言った。

思わずカリムはぎょっと目を開いてしまうが、一見して誰も怪我をしていない。もちろん怪我人がクラリスだった場合はとっくに治っているだけの話なのだろうが、クラリス一行の誰も、大した反応をしないということは――。

「その狙撃は失敗、ということですか」

「まあそうだな。私には強い友がいるし、その友は私を大事にしてるからな」

にんまりと意地悪そうな笑みを浮かべて、クラリスは魔族の男へ振り返る。魔族の男は視線を正面から受け止め、しかしさして表情を変えず、普通に頷くだけ。

両者の間にある、確かなナニカ――それがカリムにも感じられた。

それはなんだと問われても困るが。

「無事であるならなによりですが、狙撃されたことについては……?」

「文句を言う相手がいないからな。こういう場合は領主に責任を追及してやってもいいんだが、それをしても建設的じゃない」

「……でしょうねぇ」

あまり知りたくもないクラリス側、ティアント領側、レオポルド側、そして第二王子ブリッツ側の話を、ヴィクターに聞かされてしまったカリムである。

たぶん、ヴィクターなりの嫌がらせなのだろう。

もしくは愚痴を聞かされただけ、か。

胸の中でひとしきり嘆息を漏らし、カリムはクラリス一行へ顔を向け、普通の真面目な表情を取り繕う。

「ともあれ、自分の仕事は貴女たちを『砦』まで移送することです。馬車に乗っていただいて、途中で一泊夜営を挟みますが、それ以外はせいぜいくつろいでください。酒と食べ物は用意してありますので」

「至れり尽くせりじゃないか。ヒトデナシの悪徳令嬢に、 お(・) も(・) て(・) な(・) し(・) をしなきゃいけない気分はどうだ、カリム殿?」

ニヤニヤ笑って訊いてくる金髪の少女。

やっぱり気にしてやがったか――と思う反面、なんだか機嫌よさそうにも見えるので、自分の言動が彼女を怒らせた確信が持てない。

単に嫌味でニヤついている気もする。

そのままの笑顔でクラリスはカリムへ近づいて来て、ひどく気安い調子でカリムの腰のあたりをぽんと叩いた。

あまりにも非力な叩き方で、むしろ驚いてしまう。

「訊いておいてなんだが、答える必要はないぞ。おまえのことを憎んでるわけじゃない。ギレット姉弟の屋敷では世話にもなったしな。今回も、世話になる」

よろしく頼むぞ、と笑ったまま言って、クラリスは魔族の男にエスコートされて馬車に乗ってくれた。残りの獣人たちもそれぞれ箱に入ってくれて、ようやくカリムは胸の中だけでなく、実際に嘆息を吐くことができた。

まあ、これも仕事だ。

正直言ってろくな仕事ではないが――仕事なんて、そんなものだろう。

◇◇◇

移動中、クラリス・グローリアは意外にも大人しく馬車の中に収まっていてくれた。いや、考えてみれば『双子のギレット』と共にクラリスをエスカード領まで連れて行ったときも、彼女は大人しかったのだ。

ヒトデナシ。

いつだかヴィクター・イルリウスと個人的に情報を交わした際にクラリスのことを訊かれ、そのように答えたわけだが、その評は久々に再会した後も、変わっていない。むしろ確信を持ってしまう。

ヒトの世の理から、外れてしまったモノ。

だから――ヒトデナシ。

しかしクラリスを外側へ弾き飛ばしたのはその『人の世』であるし、普通のヒトであれば弾かれた時点で死んでしまうのが常だ。

だが、死ななかった。

それどころか『人の世』の外側で、自分の勢力を構築さえしてみせた。

これが単純に敵であったり害であったりするなら話は簡単だ。

無力化すればいい。戦力的にはかなり難しいだろうが、可能かといえば可能だろう。エスカードの魔族戦では人族が勝ち続けている。きちんと戦力を用意し、きちんと戦力を練りさえすれば、押し潰せる。

が、現在のクラリス陣営――『グロリアス』は、ティアント領の交易相手だ。いうなれば友好国、か。ヒトの世から弾かれたヒトデナシが、堂々とヒトデナシのまま人の世に関わろうとしている。

「カリムさん、カリムさん。人族の軍って、どういう感じなんですか?」

と、カリムの思索を途切れさせたのは、獣人の少女だった。

馬車の中ではクラリスと獣王の名代――豹獣人の女がなにやら話をしているようで、おそらくは話の難解さについていけなくなったのだろう。

他意もなさそうに単純な疑問符を浮かべて、御者台の方へ慣れたふうに飛び移ってくる獣人の少女は、カリムにとって未知の存在だ。

ひとつ確かなのは、あのクラリスが連れている少女である、ということ。無碍に扱うわけにはいかない。

「そうですね、大抵の集団がそうであるように、偉い人がいます。いろんな人に指示を出したり、全体の方針を決めたりする人ですね。その人の指示を聞いて実行する人がいます。これをどんどん大きくしていくのが基本です」

「ヴォルトさんは副団長だったらしいですけど、どのくらい偉かったんですか?」

少女は親しげに元ティアント領騎士団副団長の名を口にする。

かつてカリムが所属していた黒甲騎士団の現副団長クーゼル・ギディの名を、そんなふうに呼ぶ少女など、そうはいないだろう。

「そうですねぇ、集団をまとめる人がいて、その集団がいくつもあって、いくつもある集団をまとめる人がいて、その集団の集団がいくつかあって、集団の集団の集団をまとめる人の、補佐って感じですね」

「一番小さな集団の人数はどのくらいですか?」

意外なほどの理解力を示し、獣人の少女はカリムの話に問いを返してきた。

確かに――最小規模の人数が判れば、カリムが口にした『副団長』がまとめている人数を推察できるわけだが、せいぜい十一歳かそこらに見える少女が、話の中で流れるようにそんな問いを口にできるものなのか。

「三から十二くらいですね。軍――騎士団や魔術師団では、最小規模を小隊と言いますが、小隊の人数は小隊の目的によって異なります」

気づけば普通に答えてしまう。

獣人の少女は頭の上の獣耳をぴくりと動かし、頷いた。

「じゃあ、目的の違ういろんな小隊をまとめる人がいて……それが、中隊になるのかな? いくつかある中隊をまとめる人がいる。大隊、みたいな感じですか」

「ティアント領くらいの規模だと、その大隊が即ち騎士団の全貌になりますね。レオポルド侯爵閣下が持っている軍はもっと規模が大きくなります」

「その、侯爵っていうのは、人族の貴族の……位? みたいなものですよね。あのおじさん、凄い偉いってことですよね?」

「そうなります。ロイス王国の貴族は、偉い順で言うと公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵になります。それとは別に王族がいますね。一番偉い貴族である公爵は、王家の血を引いている者が当主、もしくは当主の伴侶になります。そうでない公爵家はありません」

「カリムさんは、貴族ですか?」

「自分は貴族ではありませんね」

「ふぅん……それじゃ、有能な人なんですね」

少女の大きな瞳が、真っ直ぐにカリムを射貫く。

ぞわりと背筋に冷たいものが奔る感覚。

親しげに話しかけてきたのは、クラリスたちの話し合いが理解できなかったからではないのだ、と気づく。この少女は、判らないなら判らないなりに聞き続けて、後から咀嚼するなり、誰かに聞くなりするだろう。

そうではなく、カリム・カラベルという人物を観察することを優先したのだ。

こんな少女まで油断ならないのかよ――と、カリムは笑ってしまいそうになる。

「それは、どうしてそう思うのです?」

せめてもの抵抗、とばかりに水を向けてみる。

そんなカリムに獣人の少女はにっこりと無邪気な笑みを見せる。

「だって貴方は、あのレオポルドさんが連れて来た人です。クラリス様と真正面から対等に話をしていたレオポルドさんが、まさかわけも判らない無能な人を、私たちの案内役になんて、するわけがありません」

そういうことだ。

クラリス一行を『砦』まで送り、ティアント領へ戻った頃にはすでにレオポルド自身は大半の黒甲騎士団と共にイルリウス領へ引き返しているだろうが、今回の『案内』でカリムが見聞きしたことは、あますところなくヴィクターに伝達することになるはずだ。どんな情報であろうが、今のヴィクターは欲しがっている。

「なるほど。そういえば、お嬢さんの名を訊いていなかったな。私はカリム・カラベルと申します。名を教えていただけますか?」

「キリナといいます。妖狐セレナの娘で、クラリス様の仲間です」

そのことが、こんなにも誇らしい――そう言わんばかりの、輝くような微笑。

カリムはそこまで誇れるモノなどひとつとして持ち合わせていなかったが、しかし、だからといって卑屈になるつもりもなかった。

身の丈に合った分の仕事をして、満足のいく金をもらっている。

それの、なにが悪い?