作品タイトル不明
133話「癒やしの聖女④_02」
最初に治癒することになったのは、ゴルト武装商会の下っ端だったロメオという名の少年。黒に近い灰色の髪と、軽い態度が特徴的な少年である。
彼を連れて部屋に入って来たのは獅子獣人の若い女性で、ラプス・クルーガと名乗った。聞けば現獣王プラド・クルーガの妹だという。
もっとも、ミゼッタは獣王のことを知らないのだけど。
「貴様が『癒やしの聖女』か。こいつは前回の戦いでゾンダ・パウガという 猪獣人(ボア・オーク) に吹っ飛ばされた際に腕を折ったそうだ。以前は敵だったが、今はウチの仲間で手下になった。治せるか?」
胸の前で腕組みしながらふんぞり返り、からからと笑いながら言う。全く心配そうではなかったが、かといってロメオを虐げようという気配もない。
治せるならそれでいいけど、治らなくても仕方ない――そんな感じ。
最初からアテになどしていないのだ。
「たぶん、治癒できます。包帯を解いて腕を見せてください」
言って、患部を診察する。骨折の治癒に関しては、変に治してしまうと骨がおかしなくっつき方をしてしまうので、こうして時間があるときは慎重に治した方がいい。緊急時は無理矢理に治癒することになるが、それは今じゃない。
診ればロメオの骨折はそれなりにひどいものだった。
が、ミゼッタの治癒魔法であれば難なく癒せる程度だ。
さっと治してみせれば、ロメオもラプスも目を丸くして驚いていた。
「マジすげぇっすね……」
「こりゃあびっくりだな。モール族が川で剣を創ったときも驚いたが、これもびっくりだ。クラリスがどういうつもりで拐ったのかは知らんが、敵の中におまえがいたら面倒で仕方ないだろうな」
「マジあざっす!」
ぴしりと直立してから丁寧に頭を下げるロメオに、ミゼッタは奇妙な違和感を覚えた。こんなふうに感謝をされるのが、ひどく久しぶりに思えたのだ。
ヴィクターの案内でロイス王国中の貴族を癒やして回り、その際には何度も感謝を伝えられているのに……どうしてだろうか?
「ウチからも感謝を伝えよう。なんか便宜を図れることがあれば、図ってやるぞ。といっても、大したことはできんがな」
はっはっはっ! と大きな声で笑うラプスに、ミゼッタは半ば反射的に問いを口にしてしまう。
「あの――クラリス様のことを、どう思っていますか?」
◇◇◇
その後、次々と訪れる負傷者を片っ端から治癒していけば、あっという間に砦の中から怪我人はいなくなってしまった。
数えていたので判るが、最初のロメオはそもそもゴルト武装商会の者だったので除くとして、三十二人が負傷していて、その内の一人として重傷者はいなかった。
つまりクラリス陣営は、ゴルト武装商会とティアント領騎士団の連合軍を相手にして死者を一人も出さずに撃退した、ということになる。
ミゼッタが治療したのは猪獣人が数名、豚獣人がそれより少し多く、牛獣人、犬獣人、珍しいところでは狒々獣人なんかがいた。ちなみに牛獣人の女性が一人、指を怪我していたが、これは調理場で野菜を切るときにうっかりしていたそうだ。
数の話をするのであれば、人数という意味では人族側が圧倒的に多い。
ブリッツ第二王子殿下が集めたゴルト武装商会の戦闘員だけでも四百人ほどいたはずで、ティアント領騎士団と合わせて六百以上になっていたはずだ。
対するクラリス陣営。こちらは戦闘員に限るなら、もしかすると二百人もいないのではないか。とてもではないが勝負にならないように、一見すれば思う。
しかし――死者を出さず、緒戦を終えている。
そしておそらく、ブリッツ陣営にはかなりの死者が出ているはずだ。
この調子で何度か戦いを繰り返せば、それだけで勝敗が決するだろう。だからこそ、ブリッツ陣営が同じように攻めてくることは絶対にないと考えられるが……ミゼッタの頭では、これ以上のことは判らない。
はぁ、と溜息。
すると――、
「さすがに疲れたか? そろそろ食事の用意ができているはずだが、先に一眠りしたいのであれば、後で持って来るよう伝えるが」
部屋の出入口近くの扉に背中を預けたままずっと黙って立っていた男が、ミゼッタの溜息に反応して、ようやく口を開いた。
ユーノス・グロリアス。
エスカードの魔族戦において、エスカードを攻めていた魔族たちの生き残り。彼らは、あの月明かりの夜に丘を下りていったクラリスに出会い、残って戦う者と逃げ去るものに分かれたそうだ。
元々はユーノフェリザ氏族だった、らしい。
今はクラリス・グローリアが照らす道を歩く―― 栄光(グロリアス) の氏族。
「……いえ。皆さん、体力的には消耗していませんでしたから、治癒魔法の制御もそこまで大変ではありませんでした。疲れは、それほどでもありません」
同じような怪我人であれば、あと百人を癒やしたって問題ないだろう。時間がなければまとめて範囲魔法で治癒してしまうが、今回は時間があったので個別に診ていただけだ。
「凄まじいの一言だ。さすがは『癒やしの聖女』。クラリスよりもおまえを選んだ貴族というのも、判断としてはあながち間違ってもいないのだろうな」
感情を込めずにユーノスは言う。
魔族――魔人種の薄紫色の肌さえ気にしなければ、長身でかなり美形の戦士といった風貌だが、ロイスの貴族には美形が多いので、そのことはミゼッタの心境を動かさない。ただ、ユーノスにはこれまでミゼッタが出会ったほとんどの人物と異なる雰囲気があった。
強いて言うなら――レオポルド・イルリウス侯爵が近い。
ちょっとやそっとでは揺らがない、芯のようなもの。迂闊に触れることを躊躇わせるような、ある種の貴さ……とでもいうべきか。
例えばミゼッタが知る限り、最も位の高い貴人はブリッツ・オルス・ロイスだが、彼の前に困難を配置したとすれば、おそらくブリッツはさっと身を躱したり、迂回路を進んだりするだろう。
だが、レオポルドなら――配置された困難など、眉ひとつ動かすことなく粉微塵にする気がする。あらゆる手段を厭わず、あらゆる方策を用いて。
ユーノス・グロリアスなら、どうだろう。
きっと一刀両断して、真っ直ぐに歩くのではないか。
譲れないナニカがあり、それを譲るつもりが一切なく、譲らずに進む覚悟を秘めている……ような、感じ。
「ユーノス様は、クラリス様を……どう思っているのですか?」
不躾だと判る疑問符を、ミゼッタは意識して投げつけた。
ユーノスは気分を害したふうもなく、むしろ少し楽しげに唇の端を持ち上げた。
「あのクソふてぶてしいガキをどう思っているか? 決まっている。アレは、俺たちの 導(しるべ) で、 縁(よすが) で、最愛の友だ」
これ以上に誇れることなど、この世にあるものか。
そんな言い方をして、ユーノスは笑んだまま続ける。
「残念だったな。 人族(おまえたち) があいつを捨てたんだ。そうして奇跡的に俺たちの前へ転がって来た。あいつの前に俺たちが転がっていた。俺たちがクラリスを捨てることなど有り得ない。あいつは、二度と人族の元には戻らない」
ひやり、と――冷たい手に、胸の内を直接握られたような。
魂を凍らせるような寒気を感じて、ミゼッタは息をすることもできなかった。
ずっと黙ってミゼッタの治療を眺めていて、なんの反応も見せず、不機嫌でも上機嫌でもなくそこにいたから、今の今まで気付かなかった。
ユーノス・グロリアスは、人族を嫌悪しているのだ。
ユーノフェリザ氏族を殺されたから……ではない。おそらくそのことには、一定の納得があるのだろうし、割り切れてもいるのだろう。
そうじゃない。
クラリス・グローリアに理不尽を強いた人族を、ユーノスはまるで許すつもりがないのだ。憎悪というよりは、やはり嫌悪。大きめの石をひっくり返したら わ(・) ら(・) わ(・) ら(・) と虫の群が動いているのを見たときみたいに。あるいは沼に突っ込んでしまった脚に大量の 蛭(ひる) が纏わりついていたみたいに。
悍(・) ま(・) し(・) い(・) 。
憎むでもなく、恨むでもなく、呪うでもなく、嫌っている。そんな嫌いなモノが、愛すべき友人に近づくことを、許す気が一切ない。
――あぁ、そうか。
ミゼッタは場違いに微笑んでしまう。凍った手に握り締められた胸の内から、意味不明な喜びが湧き出すのを抑えられずに。
「そう……ですね。人族には、クラリス様は、もったいないと思います」
流されるしかなくて、流されるままに流されて、ここにいる。
きっとこの先も、流されるだけだ。
誰だって癒やしてみせる。どんな傷だって治してみせる。それが私の価値だ。それだけが私の意味だ。私の意思なんてひとつも関係ない、無価値な価値。
癒やした人がなにをするかなんて、知らない。
治した人が誰を殺すかなんて、知らない。
ミゼッタが救った命が、その生を使ってなにを貶めるかなんて。
クラリス・グローリアは、気にも留めていなかった。
彼女の運命を変えたミゼッタという存在を。
でも、この人は。薄紫の肌の、クラリスの友達は。
―― 私(・) を(・) 赦(・) さ(・) な(・) い(・) で(・) い(・) て(・) く(・) れ(・) る(・) 。
ありがとう。
どうかこれからも、私を赦さないで。