作品タイトル不明
131話「砦を巡る攻防_08」
弩砲(バリスタ) を並べた外壁の上から見下ろす戦場は、戦については無知に等しいクラリス・トーシロ・グローリアから見ても「大勢は決した」と言える状況だった。
例の第二王子はどうやらさっさと撤退したらしく、その第二王子の撤退と入れ替わるように戦場へ立った例の女アールヴによる強烈な射撃は、獅子姫ラプス・クルーガの活躍によって阻止された。
女アールヴの方もあっさり退いたので、あちらにとっては『ここが分水嶺』というほどの戦いではないのだろう。
上から見るとよく判るが、敵の主戦力はあまり前へ出ることなく、むしろじりじりと後退しているようだった。こうなると戦力を分散させて砦を包囲される心配があったが、この砦は六角形状に外壁を建てており、六辺全てにバリスタは配備されている。鉄が取り放題である強みを生かしたわけだ。
「ここいらで敵が前に出ないようなら、そろそろ潮目だわね」
私の隣で戦場を見学していたグロリアスの女傑、ビアンテが言った。特に軍略に詳しいわけではないようだったが、戦闘民族だけあって戦いの呼吸みたいなものが判るのだろう。私にはまったく判らないが。
「かなり削った気はするが、全体の一割も損害は与えられてないだろうな。初戦は――厳密には二戦目だが――小手調べといったところか。ヴォルトの指揮は敵にも見せられただろうし、こちらには大した被害もない」
まあ上出来だろう、と私は言った。
ビアンテはそんなクラリス・ 元帥(マーシャル) ・グローリアを横目で眺めながら、やや皮肉っぽ笑みを浮かべて肩をすくめる。
「それにしては不満そうじゃないかい、クラリス」
「不満に決まってるだろ」
ふんっ、と鼻息を吐いて私は口からそれを垂れ流す。
「なんだってあんな連中にこっちが関わってやらなきゃならない? 損害は少ないにしても皆無じゃないんだ。あんな連中にわずかでも損なわせられるだなんて、ムカつくに決まっている。道理も正義も持たない利己主義の侵略者。他人の家を訪ねて挨拶のひとつもできないゴミクソ野蛮人共め」
私が初めて獣人の領域にやって来たときなんて、何度殺されようがしつこく妖狐セレナに挨拶をしたというのに。
これは本当に本心だが、別にセレナの居場所を奪うつもりなんて私にはなかったのだ。会ってみて、話してみて、隣にいてもいいか聞きたかっただけだ。
「あっはっは! あんたのそういうところを見るのは、初めてかもね!」
やたら上機嫌に笑いながら、ビアンテはちょっと乱暴に私の頭をぐりぐりと撫でてきた。そんなに悪い気はしなかったので、好きにさせてやる。
「知らないのか? 私が好きなのは平和と穏やかな時間と楽しい毎日で、欲しいものは尊敬すべき隣人だぞ」
過酷な窮地、不倶戴天の敵、不幸にも訪れる災厄、押し付けられる理不尽。
そんなものは、もう要らないのに。
口をへの字にして眉根を寄せる私の頭を、やっぱりビアンテはぐりぐりと撫でてきた。可憐で繊細な私の頭がぐらんぐらんと揺れるくらいに。
「っと、そろそろ連中が退いていくようだね。主戦力は温存、か。クラリス、面倒だけど夜襲に備えておいたほうがいい」
「当然だ。私が敵なら砦の破壊なんてさっさと諦める。補給線を断つ、どうにか砦の中に入って暴れる、もしくは毒の類を砦の中に放り込む――あるいは四方八方から梯子を掛けて無理矢理に侵入する」
補給線に関しては資材運搬の際にどうしても道を踏み均し、車輪が轍をつくっているので、どう考えても敵はそれを追って来る。なのでグロリアスの魔人種たちと妖狐セレナを待ち伏せさせている。おそらくそこまでの大軍を補給線潰しには向かわせないはずなので、こと足りるだろう。
砦への侵入に関しては、これはもう警戒するしかない。四方八方を取り囲むほどの大軍を持ってこられると終わりだが、カイラインの偵察によればそこまでの戦力は有していないはずだ。毒の類は……おそらく、ない。この世界の者は、魔法があるせいかそういう方面での研究が進んでいないのだ。
多少の毒なら治癒魔法で癒せるし、強烈な効果のある毒は高い。貴族王族のごたごたで使用されたことはあるらしい――学院で習った気がする――が、そういった毒は一人を暗殺するためのものだ。
なにしろ、人を殺すだけなら毒など不要だ。
剣で斬ればいい。魔法で撃ち抜けばいい。権力で裁けばいい。
……というようなことを考えていると、ビアンテが私の頭に乗せている手を大きく開いて、私の頭をむんずと掴むようにした。そしてぐいっと私のキュートな頭を回転させ、強引に目を合わせてくる。
「まったく。珍しく か(・) わ(・) い(・) げ(・) を見せたと思ったら、次の瞬間には恐ろしいことを言うんじゃないよ。いいかい、この砦はあたしが指揮して造らせたんだ。外からだろうが内からだろうが、落とさせてなんかやるものかい」
唇の両端をきゅっと釣り上げて微笑む女傑は、うっかりするとドキがムネムネしてしまいそうだった。やだ、この女、カッコイイじゃないの。
「頼りにしてるぞ、ビアンテ」
嬉しくなって思わずそう言えば、どういうわけかビアンテは驚いたふうに目を丸くして、わずかに頬を赤らめた。
なるほど、どうやら私の笑顔が可愛すぎたらしい。
せっかくなので少しからかっておこうかと思ったが、下からカタリナが駆け上がってくるのが見えたのでやめておく。
「クラリス様! その……ラプスが人を拐ってきました! それから、ユーノスたちが『聖女』を奪ってきました! あと、セレナやジェイドたちが敵の別働隊を殲滅したそうです。そのまま待機するって報告がありました!」
勢い込んで外壁の上まで辿り着いたカタリナが一息に捲し立てる。
私はなんとなくビアンテと目を合わせ、やれやれと嘆息した。
「ひとつを除けば概ね想定通りだ。成果は上々といったところだな」
実のところ、別になにも嬉しくないのだが。
それでも――やらなければ奪われるのだから仕方ない。
◇◇◇
ひとまず敵部隊が全軍撤退したらしい。ので、いくつかの部隊を森の入口がみえるあたりに待機させ、残りは砦の内側へ。
もちろんこっそり砦に入る方法はあるのだが、今回は門扉以外から砦に入るのを制限した。間違いなく偵察されているからだ。派手に侵入される分には仕方がないが、潜入されるのは好ましくない。
で。
門扉を開いてみれば、色々なあれこれがごっちゃになって流入したわけだ。
ラプスの拾ってきたロメオという少年。
ヴォルト・クラウスによる戦の報告。
セレナやジェイドに同行させたヤマト族の犬獣人からの報告。
そしてまんまと『癒やしの聖女』を強奪してきたユーノスたち。
少年――ロメオは割と早い段階でラプスに拾われたのだが、敵が撤退するまでの間、しばらく門の近くに転がされていたようだ。そのせいか砦の中に運ばれた時点で重病人みたいに具合が悪そうだった。
ゾンダ・パウガの突進を正面から盾で受けて吹っ飛ばされ、右腕をがっつり骨折したとのこと。たぶん時間が経ったせいで熱が出ているのだろう。
年齢は十五。黒に近い灰色の髪が特徴的な、痩せ型の少年だ。垂れ目気味なのに目付きが悪く、話を聞けば元は孤児だという。
「商会はオレみたいなガキを拾って育てて使うことがあるんすよ。傭兵を雇うより結果的には安上がりで、傭兵みたいに裏切ることがない」
めっちゃ痛いですと顔に書いてあるにも拘わらず、ロメオは話を聞けばきちんと答えてくれた。痛そうにはしているが、怪我人なのだから気遣われて当然、みたいな態度は一切ない。気遣われなくて当然の日々を送っていた証だ。
「なるほど。それで、ラプスはなんでこいつを拾ってきたんだ?」
「捕虜にしようと思ってな。クラリス、おまえがヴォルトを拾ったのと似たような理由だ。こいつは結構面白そうだと思ったんだ」
いや、別に私は面白そうだからヴォルト・クラウスを取り込んだわけではないのだが……まあ、いいや。
「えーっと、ロメオとかいったな。おまえ、ゴルト武装商会を裏切って、私たちの仲間になるか? 今のところ給金は出ないが、飯は出るぞ」
「なります。めっちゃなります。おなしゃす」
一瞬の迷いもない即答だった。
私はやや呆れてロメオを細目で睨むが、ロメオは特に表情を変えない。ただ、疑われているのは判ったようで、理由を口にしてくれた。
「いや、オレって別に商会の中で扱いが良かったわけじゃないすから。つーか、扱いは悪かったっす。大した給料も出ないし、あっちからこっち、こっちからそっち、仕事が終わったら次の仕事で、ずーっと扱き使われてたっすから」
だからどうしても戻りたいわけじゃない。
ゴルト武装商会に対する思い入れなどひとつもない。
あっけらかんとロメオは言う。
「まあいいか。ラプス、おまえが拾ってきたんだから、ちゃんとおまえが責任を持てよ。気楽にその辺に捨てるんじゃないぞ」
「もちろんだ。ウチが責任をもってこいつの面倒を見よう。ちょっと無理なときはロッパの爺さんを頼るとしよう。はっはっは! おいロメオ! ロメオ! ウチのことはラプ姉と呼ぶがいい! 今日からおまえはウチの身内だ!」
「えっ……あ、はい。ラプ姉さん」
などという遣り取りがあったが、こいつの腕をぶち折ったゾンダ・パウガはといえば、食事広場で仲間と飯を食っているので、この件に関しては完全にノータッチだった。たぶんロメオ個人を認識なんてしていないだろう。
――で。
レガロ、マイア、カイラインの三人に加えて、先行して潜伏していたユーノスという四人掛かりで拉致してきた『癒やしの聖女』はといえば。
すやすや眠っていた。
カイラインの妖術で眠らせたそうだが、妖術を解いた後もぐっすり眠ったままだそうだ。寝不足だったのではないか、とのこと。
ロイス王国では珍しくもない赤茶の髪は、少し長めのボブカット。僧衣と貴族服の中間みたいなゆったりした衣服を着ているが、もしかするとレオポルド・イルリウスが用意した『聖女』らしいユニフォームなのかも知れない。背は高くも低くもなく、割と美人だが、私のような絶世の美少女というわけでもない。
なんというか……普通の、少女だ。
そんな少女が『無才のクラリス』をミュラー家に捨てさせ、グローリア家へ借りをつくってまで得ることを望んだ『癒やしの聖女』というわけだ。
「例の凄腕の剣士だがな、本物だったぞ。父上を殺したというのも、おそらく本当だろう。『聖女』を人質に取らねば、かなり厄介なことになっていたはずだ」
ユーノスがそんなことを言った。
砦の外壁にランドールの『爪』に匹敵するような『剣撃』を撃ち込んできた、あの剣士の話だ。わざわざ付言するほどには厄ネタだったようで、レガロなんかは顔色がちょっと悪い。マイアに担がれて長距離を移動したせいでなければ、少年剣士のことを思い出して青褪めているのだろう。
「まともに遣り合ったら、負けるか?」
素直に気になったので、問うてみる。
これにユーノスはさしたる気負いを見せず、首を横に振った。
「まともに正面から遣り合えば、俺が勝つ」
「なるほど」
そもそも正面から正々堂々と戦う状況など、ほとんど有り得ないという話だ。今回だって不意を打ったのだから、ユーノスは少年剣士の大剣ではなく身体を両断していれば殺すことはできたのである。
しかし、それはできれば避けたかった。
優しさが理由では、もちろんない。
あ(・) ま(・) り(・) に(・) も(・) 強(・) 力(・) な(・) 一(・) 個(・) 人(・) が(・) 、 ブ(・) リ(・) ッ(・) ツ(・) 王(・) 子(・) の(・) 配(・) 下(・) で(・) は(・) な(・) い(・) という事実が重要なのだ。ユーノスやカイラインの感触からすると、少年剣士は本気で『聖女』を護ろうとしていたという。人質に取られてめちゃくちゃ悔しそうだった、とも。
「この先はどうする? おまえの狙い通り、『聖女』を人質に取った。だが例の王子は『聖女』が惜しいわけではないだろう」
それどころか、聖女の強奪は軍を差し向ける理由になる。これでますますブリッツ王子は遠慮する必要がなくなったわけだ。
もちろん、そうやってブリッツ王子が聖女を顧みなかった場合、少年剣士がどのように動くかは――なかなか興味深いところではあるが。
とはいえ、少年一人が喚いたところで、こちらとあちらが交渉のテーブルに着くとも思えない。何故なら最初からあっちには交渉なんぞするつもりがないからだ。ただ奪いに来ている。にも拘わらず、現状は損しかしていない。
まだ、駒が足りない。
盤上に出揃っていないのだ。
「ここから先は、しばらく我慢の時間になる。連中の散発的な攻撃を、あと何度かは耐えきる必要がある。覚悟しておけよ、かなりつまらん時間だぞ」
「今度は王子を人質に取るか、暗殺するのはどうだ?」
「それは駄目。ロイス王国が引くに引けなくなる。それに――」
放蕩王子、ブリッツ・オルス・ロイス。
このくだらない侵略戦争の黒幕。
「――私は結構ムカついている。ビアンテにも言ったがな、こんなことに時間も労力も使いまくりだ。私は春先の子熊みたいに暖かな草原をころころ転がっていたいのに、この有り様だぞ」
死んだり死なれたり殺したり殺されたり。
この世の何処にだって有り触れた光景とはいえ、眼前にあって欲しくはない。
「策士気取りで他人を踊らせて、特等席で物見遊山などさせてやるものか」
やることリストに追記。
ぎゃふんと言わせてやる――。