軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

129話「砦を巡る攻防_06」

レガロが最も得意とする『爆圧』の魔術は、任意の空間上に爆発を起こすという、それだけの魔術だ。多少の指向性を持たせることも可能で、その爆圧によって自分自身を吹っ飛ばして緊急回避的に使用することもあった。

この魔術を 魔(・) 石(・) に(・) 封(・) 入(・) し(・) た(・) ら(・) どうか――なんてことを言い出したのは、当然クラリス・グローリアである。

「爆発に熱量が伴わないってことは、急激な燃焼による圧力差を利用してるわけじゃないってことだな。だからおまえの魔術は『爆発』じゃなくて『爆圧』なんだろ?」

私は魔術なんてさっぱりだけどな――なんて笑うくせに、正鵠を射ていた。

いわゆる属性魔法の才がレガロにはあまりない。だから炎の術式を応用して爆発を生むより、単に魔力の作用で圧縮空気を出現させて解き放つ方がレガロには簡単なのだ。火や水の魔術が使えないわけではないが、魔術師団で一線を張るにはあまりにも心許なかった。

例えば農村の作物を狙って魔物が出る、なんて報告があれば、騎士団と共にレガロも出張ることがあった。

そういうときに必要なのは即時発動でき、相応に威力があり、そして周囲に被害を与えない魔術だ。多くの魔術師は『火線』だったり『風刃』を使用するが、レガロの場合は『爆圧』の魔術が、最も即時性に優れていた。

「圧縮して、解き放つ。この『解き放つ』工程を、後から任意で起動させればいいんじゃないか?」

モール族が魔鉱石を加工し、純度の高い魔石を用意した。

クラリスが思考の取っ掛かりをつくってくれた。

そうして魔石に『爆圧』の魔術を込めることに成功した。思っていたよりもはるかに簡単だったが、問題がひとつ残った。

結局のところ、起爆はレガロがやらねばならなかったのだ。

「まあ、とりあえずは仕方ないか。呑気に改良してる暇もなさそうだ。これを量産して罠と武器にしよう。地雷と違って不発弾の心配もなさそうだしな」

科白の後半はレガロには意味不明だったが、皮肉っぽく笑うクラリスの表情に、背筋が冷える感覚を味わった。

きっと彼女は、自分には判らないナニカが視えている。

その上で、おそらくは誰にもそれを語っていない。

理解されようと思っていないからだ。理解して欲しいと願っていないからだ。心を、気持ちを――『私』を―― 理解(わか) ってくれと、望んでいないからだ。

グロリアスの連中は、ほとんど彼女に助けられている。レガロだって例外じゃない。クラリスには冷笑的な態度を取ることの多い妖狐セレナも、結局のところは彼女に気を配っている。グロリアスの少女カタリナや、セレナの義娘であるキリナなど言うまでもないだろう。

だが、一体誰がクラリス・グローリアを理解してやれるのか。

あのきらきらと輝く美しい少女は、いつだって楽しそうだ。いつだって楽しそうに笑いながら――独りで立っている。

そのことは、レガロの胸を少しだけ傷ませた。

◇◇◇

とはいえ、戦場における感傷はろくな結果を生まない。

九尾の妖狐カイラインに『姿隠し』の妖術を継続させたまま、彼にくっつくようにしてレガロとマイアは魔境を進んでいた。

目的地は、敵の陣所。

もちろん敵がつくった『道』を堂々と通るわけにはいかず、生い茂る草木を縫って掻き分けながらの移動になるが、既に何度もカイラインが単独で偵察している場所だ。どうせ道など覚えられないので、レガロは黙ってカイラインの先導に従うだけだった。

三名の中ではレガロが最も体力に欠けているので、胡散臭い九尾の妖狐もかなり加減して足取りを調整しているようだった。

「帰りは、あんたを担いで走ったほうが早いわね」

気楽そうに呟くマイアだったが、否定する材料も元気もなかった。

「そう気落ちすることもありませんよ。例の『魔榴弾』でしたか。極薄の鉄の容器に鉄屑をたっぷり詰めて『爆圧』を起動させることで鉄屑を撒き散らす――飛来する鉄屑は魔力攻撃ではない以上、物理的な防御が必要になる。例えば魔法効果を散らすような防御などは無意味です。さすがはクラリス様」

かなり悪辣ですよ、とカイラインは嬉しそうに呟く。

そこに関してはレガロも同感だった。

「魔石に込めてある『爆圧』の魔術は、ほとんど外部に魔力を洩らしていない。起爆の魔力を感知しないかぎり、仕込まれた『榴弾』に気付けるような軍勢はいねぇよ。突出した個人なら判らんが。それに起爆の魔力を感知したとしても、よほどの手練れでなければ咄嗟に魔力防御を選択するはずだ」

そしてそれでは飛来する鉄屑を防げない。

かなり至近距離でなければ致命傷にはならないだろうが、しかし負傷を防ぐことはあまりにも困難だろう。

「なんにせよ、今のところはレガロ師の『起爆』が必要になります。目下最重要人物と評しても過言ではありませんねぇ」

にやぁり、と厭らしく口端を吊り上げる。

この狐人のこういうところにも、レガロはそろそろ慣れてきた。

「んなこと言ったら、あんたの『姿隠し』がなけりゃ敵の陣所に潜入なんざ不可能だ。マイアの姐さんがいなけりゃ不測の事態に対応できないし、脱出時に俺を担いでくれるやつがいない。全員が最重要人物ってわけだ」

「まっ、本当の最重要人物はとっくに潜伏してるけど……っと、そろそろ陣所ね。手持ちの『榴弾』を仕込んでおきましょ」

ほら、と手を出してくるマイアに、レガロは革袋に包んである『榴弾』を間違わないようにいくつか取り出し、手渡してやる。

それをマイアは無造作に放り投げた。『榴弾』は陣所の出口――とでも表現すべきか――あたりの草むらに、きちんと転がっていったようだ。

「はい、次。寄越しなさい」

調理場の料理人が下っ端に材料を求めるような調子で、マイアはまたレガロに手を差し伸べる。あれだけの槍捌きを見せる達人だというのに、あまりごつごつしていない、細い手だ。魔人種なので肌は薄紫色だが、レガロにはもう嫌悪感がまるで湧かなかった。

「いいっすか、さっき投げたのとは逆側っすよ。かといって陣所の真ん中に落とすのも拙い。できるだけ入口側だ」

「判ってるわよ、うるさいわね」

レガロが小言と一緒に大きめの『榴弾』を渡してみれば、マイアはどういうわけか優しげな微笑を見せながら文句を口にした。

「さてさて――それでは、出たとこ勝負といきましょう」

ひどく嬉しそうな九尾の狐に、呆れるべきか苛立つべきか。

どちらもレガロは選ばなかったが。

◇◇◇

極薄の鉄板を球形に加工した『榴弾』の外殻は、実際は半球をふたつ接続させたものだ。巧妙にくぼみをつくって半球同士をひねることで固定されるわけだが、この加工技術はかなり凄い、とレガロは思う。

たまたまそこにいたというドワーフの鍛冶士ドゥビル・ガノンがいなければ、はたして自分たちはどうなっていたのか――などと言い出せば、今のこの状況は誰が欠けていてもこうなっていない気もするが。

とにかく、だ。

手で持つにはやや大きい『榴弾』を、マイアは思いっきり放り投げた。遠距離への投擲攻撃と説明されたら納得してしまいそうな、見事な遠投だ。

が、見惚れている場合ではない。

レガロは胸の内で、数字を数える。

ひとつ、ふたつ、みっつ――むっつ、で、起爆。

爆発音。

でかい音を出す、それだけの『榴弾』だった。

音の感覚からして、かなり遠い位置まで投擲できたようだ。

陣所の中がざわつくのが森に潜んでいるレガロにもはっきり判った。かなりの人数が残っている様子で、指揮官らしき人物がなにかを叫んでいる。

「くふふ……さぁ、ここからは命懸けですよ」

楽しみにしていた芝居でも見に行くみたいにカイラインが歩を踏み出す。『姿隠し』の妖術は維持したままなので、レガロもマイアも一定以上離れるわけにはいかず、仕方なしについて行く。

陣所は、ほとんど町のような規模になっていた。それはカイラインの報告通りではあるが、魔境の中に町ひとつ分をあっさり切り拓き、簡易的とはいえ家屋がいくつも建っているのは、違和感と既視感を同時に覚える光景だった。

まるで――グロリアスだ。

敵兵がぞろぞろと爆発音の元へと駆けていく。指揮官らしき人物の怒号が、何種類か。同じ階級の部隊長がいる、というような感じだろうか。であれば上位の指揮官は戦場に出ているのか、指揮系統が洗練されていないのか。

建物の影、建物同士の隙間を進むうちはまだよかったが、やや大きい通りを抜ける際などは生きた心地がしなかった。目と鼻の先を五人ほどの小隊が駆けて行ったときなど、息を呑む音ですら伝わってしまいそうな気がした。

が、誰も『姿隠し』の違和感には気付かぬまま、目的地へ辿り着く。

一見して他の家屋と区別のつかない、真四角に近い木造の家。

窓がある。板を降ろして閉める類の窓だ。今は閉まっておらず、外から内が窺える。ちらりと一瞥してみれば、女が一人、男が一人。

――バンッ、と。

派手な音と共に、家屋の戸が内側から開かれた。ビクリと無意識に身をすくめてしまったが、まだバレていない。

「ミゼッタ姉ちゃん、絶対に外に出るなよ。ヴィクターは自分の身を守ってろ」

少年のものらしい声が響く。戸を開けた人物だ。

間違いなく、『癒やしの聖女』の護衛、凄腕の少年剣士だろう。溢れんばかりの魔力を感知できる。単純に、身に纏っている魔力だけでレガロの『爆圧』を防がれてしまうだろう。そのくらいの強者だ。

とんっ、と肩を叩かれる。

さすがに緊張感を隠せないマイアが、それでもにやりと笑んでレガロへ手を差し伸べていた。もちろん、怖いから握ってくれという意味ではない。

レガロもどうにか笑みを返し、革袋から取り出した『榴弾』をマイアの手の平へ乗せてやる。聖女と剣士が離れているのは、かなり好都合だ。『破片魔榴弾』は全周囲へ鉄屑を撒き散らしてしまう。聖女を傷つけるわけには……いや、傷は構わないが、殺してしまうわけにはいかない。

ほんの一呼吸だけ、心の準備。

それから三人同時に頷き、マイアが『榴弾』を投擲する。

機は間違えない。

地面と並行の放物線を描いて飛んでいく『榴弾』が、少年剣士のすぐ目の前に到達した瞬間に――起爆!

爆発音が響くのは、もう仕方ない。

鉄屑の飛来は魔力攻撃ではないので、少年剣士が身に纏う魔力での防御は、無意味ではないにしろ、そこまで役に立たない。

が、少年剣士は『榴弾』が目の前に到達した瞬間には、どういうわけか背中の大剣を抜いて盾がわりにかざしていた。

そして次の瞬間には、もうレガロたちへ接近している。呼吸ひとつ分の時間もない。ほとんど反射みたいな動作だ。

大剣による一撃――を、マイアが槍で弾いた。

剣戟の音が響いてからレガロはその事実に気付いたが、この領域の白兵戦では端からできることなどありはしない。下手に身を守るなんてことはせず、距離を取って逃げることもせず、レガロは窓の内へ『爆圧』の魔術を放った。

聞き慣れた爆音。

室内の二人が衝撃波にぶっ飛ばされて壁に激突したのが判った。一応、わずかに指向性を持たせて男の方を強めに吹っ飛ばすようにしたが、正直言って誤差だ。精密な魔術を組み上げる余裕がなかった。

「魔族に、獣人に、人族……!?」

一息で何合か打ち合い、わずかに後退した少年剣士が戸惑いを見せる。同時に、ちらりと家屋へ視線を向けるのも見えた。レガロにも見えたということは、マイアとカイラインに見えなかったわけがない。

マイアが少年剣士へ突っ込み、カイラインが風系の妖術で家屋を切り裂いた。人が通るには十分以上の穴が開く。黒い九尾の一本が、まるで魔術師の持つ杖のように魔力を纏っている。かなり複雑な妖術を速射するための、いわば魔術媒介なのか、と場違いな思考をしてしまう。

槍と大剣が搗ち合って火花を散らす。

が、今度は相克しなかった。

「――っぜぇんだよ!」

レガロでは視認すら難しいようなマイアの突きを無造作に大剣で受け流した少年剣士は、その場でぐるりと身体を 螺子(ねじ) らせ、下から上へと大剣を振り上げた。足元から溶岩が噴き上がったかのような魔力衝撃。

そんなものを避ける術もなく、マイアが真上に吹き飛ばされた。

と思ったときには、カイラインが弾き飛ばされていた。マイアが吹っ飛ばされ始めた頃にはもう動き出しており、カイラインへ撃ち込んでいて――両断されなかったということは、どうにか防御したのだろう。それでも威力が高すぎて吹っ飛ばされてしまったということだ。

ならば、次の順番は、

―― カ(・) ィ(・) ィ(・) ン(・) !

やけに甲高い音が響き、レガロの眼前に黒いモノが現れた。

それは、黒い魔剣だった。

それは、グロリアスの代表だった。

わずかに遅れて、どすっ、という重い音と共に、切断された大剣の剣身が地面へ突き刺さる。

「対魔族戦の英雄だったか。父上の仇というわけだな」

すらりと魔剣の切っ先を少年剣士へ向けたユーノスが、不敵に笑んだ。

笑って進む――その宣言通りに。