軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第38話 ツクヨの査定

夢を見ていた。

白い部屋。椅子が一つ。目の前に、見覚えのある人物が座っていた。

——ツクヨだ。とんがり帽子はまだかぶっている。だが、長衣が変わっていた。前回の簡素な長衣から、少し上質な仕立てになっている。胸元に小さな徽章がついていた。

「お久しぶりです、中村さん」

「ツクヨさん。衣装、また変わりましたね。胸の徽章は?」

「凡人枠推進室の室長に昇進しまして。——徽章は自費で作りました。公費では出ませんでした」

(自費で徽章。——前世の役所でも、名刺入れは自費だった。どこの世界でも公費は渋い)

「ようやく予算が通りまして。ウール混紡デラックスです。——第二百十六回目の要望書で勝ち取りました」

「二百十六回。前回から八十四回増えてますね」

「帽子の廃止は第三百一回で否決されました。理由は『とんがり帽子は転生窓口の公式ユニフォームである』だそうです」

(神界の制服問題は、前世の役所より根が深い)

「帽子は諦めたほうがいい気がします」

「わたしもそう思い始めてます。——では、本題に」

ツクヨが書類を取り出した。前回より分厚い。付箋がたくさん貼ってある。——色分けされている。黄色が実績、青が課題、赤が特記事項。前回は付箋すらなかった。

(ツクヨさんも帳簿管理が上達している。——俺の行政が神界に感染した結果だ)

「中村さん。一年半の業績査定です」

「はい」

「まず、数字から。赴任時人口五千六百人が、現在八千人を超えました。インフラ復旧率は九割五分。治安指数は王国平均を上回っています。農業生産高は、チートで荒らされる前の『かつての豊作の年』の水準をすでに上回っています。教育機関の設置により、次世代の識字率向上が見込まれます」

「やるべきことをやっただけです」

「前回もそう言いましたね」

「事実ですから」

ツクヨが微笑んだ。書類をめくった。

「中村さん。実は、重要なお知らせがあります」

「何でしょうか」

「凡人枠の投資対効果——わたしたちの用語では『ROI』ですが——あなたのケースが、A級チート転生者の平均値を超えました」

「……はい?」

「A級チート転生者が配置された領地の平均復旧速度と比較して、あなたの行政手法による復旧が、コストベースで上回ったということです」

「チートと比較するのは不公平では」

「いいえ。チート転生者は個人の戦闘力で危機を解決しますが、解決後の持続性に課題があります。強力な個人が去った後、仕組みが残らない。——あなたの行政手法は、仕組みそのものを作りました。持続性において、チートを凌駕しています」

(再現性。——前回ツクヨさんが言ったことだ。チートは引き継げない。行政は引き継げる)

「フィーネさんのことも報告させてください」

「どうぞ」

「彼女の成長は、当初の予測の三倍の速度です。予算案の独力作成、教育機関の設置、住民自治の促進。——すべてあなたの教育の結果です」

「教えたのは仕組みの考え方だけです。実行したのは彼女自身です」

「またその答えですか」

(また言ってしまった。——でも事実だ)

「ところで、別件なのですが」

「また別件ですか」

「はい。以前お話しした、戦後外交の案件ですが」

「ええ」

「あちらも好調です。前世で地方都市の国際交流課に勤めていた方を送ったのですが、異世界間の条約締結を成功させまして」

「……それは凡人枠の仕事なんですか」

「条約の文面を精査して、不平等条項を修正したそうです。『別紙第三条の文言が曖昧で、解釈によっては一方的な義務を負う可能性がある』と」

「完全に凡人の仕事ですね」

「でしょう? チートでは条約は結べません。——あ、それと」

「はい」

「レイガスさんのことですが」

「何かありましたか」

「いいえ。ただ、彼の日報を上層部に提出したところ、『チート転生者が行政文書を書いている事例は前代未聞だ』と言われまして」

「前代未聞ですか」

「はい。通常、A級転生者は報告書を提出しません。倒した敵の数と使った魔力量だけが記録されます。——レイガスさんが仕様書を書いて日報を提出しているという事実が、神界の人事部門で話題になっています」

(チート転生者に日報を書かせたことが、神界で話題になっている。——前世で「新人にメールの書き方を教えた」くらいの気持ちだったのだが)

「中村さん。最後に」

「はい」

「あなたは、この領地に、いつまでいたいですか」

「……仕組みが完成して、自分が不要になるまでです」

「『不要になるまで』ですか」

「はい。——自分がいなくても回る状態を作るのが、公務員の仕事です」

ツクヨが微笑んだ。少し寂しそうな微笑みだった。

「中村さん。あなたは、前世でも同じことを言っていたんでしょうね。——異動のたびに」

「……ええ」

「では、一つだけ。——あなたが『不要になった』と感じた時、もう一度考えてみてください。本当に不要なのか、それとも、ただ怖いだけなのか」

「怖い?」

「ここに居続けることが」

白い部屋が霞む。ツクヨの姿が薄れていく。

「中村さん。凡人枠の査定結果は——S評価です。全凡人枠中、過去最高の評価です。——おめでとうございます」

「Sは聞いたことがないんですが」

「ないです。今回のために新設しました。——稟議は一発で通りました」

(稟議が一発で通った。——神界の事務改革は、帽子の廃止より評価制度の方が早いらしい)

「ちなみに、S評価には特典があります」

「特典?」

「記念品です。——徽章のデザインを選べます」

「……徽章は自費でしたよね」

「記念品は公費です。稟議が通りました。——実はこちらも第二百十七回目の要望書で」

(徽章は自費、記念品は公費。——予算の線引きが独特だ。前世の役所でも、住民向けの粗品は予算が出るのに職員の名刺入れは自費だった。どこの世界も同じ仕組みだ)

「それで、記念品は何を選んだんですか」

「もちろん、ウール混紡デラックスの新しいマントです」

(結局マントか)

目が覚めた。

枕元に、フィーネのメモが置いてあった。

「ナカムラさんへ。おかゆ作りました。おなべの中です。——フィーネ」

おかゆを食べた。味付けが完璧だった。一年半前に初めて出された、塩味だけのおかゆとは別物だ。薬草園のハーブが少し入っている。エルザが教えたのか、自分で試したのか。どちらにせよ、この子のおかゆは行政と同じで、地道に改良されていく。

(この子のおかゆも成長している。——行政だけじゃない。この領地の全部が、成長している)