軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第11話 予算という名の約束

ゲルハルトの横領額が返還された。銅貨一万二千四百八十枚。

問題は、この金をどう使うかだ。

「フィーネ様。予算案を作りましょう」

「よ、よさん?」

「領地のお金の使い方を、あらかじめ決めておくことです」

フィーネが真剣な顔でメモ帳を取り出した。「よさん」と簡易文字で書き留める。

「今ある財源を整理します。まず、ゲルハルトから回収した銅貨一万二千四百八十枚は、全額被害に遭った住民に返還します。あれは住民の金ですから、領地の予算に組み込んではいけない」

「え! 全額返すんですか?」

「当然です。不正に取られた金を領地が使ったら、ゲルハルトと同じです」

フィーネがメモ帳に「ふせいなおかねはつかわない」と書いた。——それは正しい。

「では、領地として使える財源は。一、倉庫のダンジョン素材の売却益。二、未登録住民を加えたことでこれから増える正規の税収見込み。——この二つです」

数字を紙に書いた。フィーネが目を丸くした。

「こんなにあるんですか?」

「ゲルハルトが吸い上げていた分を住民に返すので、残る財源は素材売却と税収だけです。多くはありませんが——台帳のおかげで正規の課税ベースが広がったので、以前よりはましです」

「でも、今まではゼロだったんです。——使えるお金があるだけで、全然違います」

「そうです。だからこそ、計画的に使わなければいけない。これを無計画に使うと、またすぐゼロに戻ります」

俺は紙に三つの柱を書いた。

(予算編成の基本は、前世でもこの世界でも変わらない。古代エジプトですら、ファラオの税収記録と神殿建設の支出記録が残っている。「入り」と「出り」を記録する。それだけで、行政は機能する)

柱一、インフラ維持——排水溝の定期清掃、噴水のルーン石交換、光魔晶の補充。

柱二、民生——保健衛生、食糧安定化、住居修繕の補助。

柱三、予備費——想定外の事態に備える枠。全体の一割を確保。

「予備費? 使わないかもしれないお金を取っておくんですか?」

「使わないに越したことはありません。でも、何が起きるかわからない。嵐が来るかもしれない。疫病が出るかもしれない。——予備費は、未来への保険です」

「保険……」

フィーネがメモ帳に「よびひ=みらいへのほけん」と書いた。

(この子のメモは、教科書を書いてるみたいだな。——学校がないから、自分で教科書を作っているのか)

「フィーネ様。予算案は、住民への約束です」

「約束?」

「『このお金を、こう使います』と宣言することです。予算案が公開されれば、住民は領主が何にお金を使っているか確認できる。透明性が信頼を生むんです」

「透明性……」

「ゲルハルトがなぜ横領できたか。記録がなかったからです。予算案は、二度目のゲルハルトを生まないための仕組みです」

フィーネの目が、かすかに光った。

「わかりました。——予算案、私も一緒に作っていいですか」

「もちろんです。領主が自分で予算を理解していなければ、意味がありません」

フィーネは意気込んで筆を取ったが、すぐに壁にぶつかった。

「ナカムラさん。柱一のインフラ維持費なんですけど」

「はい」

「排水溝の定期清掃って、何回やるんですか」

「月に一回が理想です」

「月に一回を十二ヶ月で……えーと……」

フィーネが指折り数え始めた。両手を使っている。十を超えたあたりで指が足りなくなり、途方に暮れた顔をした。つま先まで動員しようとしたが、靴が邪魔だった。

「十二回です」

「あぅ」

(出た)

「一回あたり銅貨三十枚として、十二回で……」

「三百六十枚です」

「あぅぅ」

(強化版が出た)

「フィーネ様。九九ではなく、暗算の練習を先にしましょうか」

「くく?」

「前世の計算法です。——いえ、まずは筆算から教えます」

「筆算って、筆で計算するんですか?」

「まあ、そうです」

「指でもろくに数えられないのに、筆ならできるんですか……?」

「できます。ろくに数えられないというのは、繰り上がりと繰り下がりの回数が多いだけです。一の位ごとに足していけば、絶対に間違えません」

フィーネの目が少し光った。

フィーネがメモ帳に「ひっさん」と書いた。その横に「あんざん」「くく」と並べている。知らない言葉を片っ端から記録する。このメモ帳は、いつか辞書になるかもしれない。

フィーネは筆算の練習を始めた。最初の一時間は「繰り上がり」の概念でつまずいた。「なんで上に書くんですか!」と二度叫んだ。三度目には真剣な顔で「あぅ」と呻いた。

三日間の格闘の間、フィーネは「あぅ」と呻く回数が多すぎて、最終的に俺は数えることにした。三日間で三十二回。一日平均約十回。それを台帳に記録しようかと思ったが、さすがにやめた。

三日目の最後、フィーネはデスクに突っ伏して泣いていた。赤毛が紙の上に広がっている。インクが頬に付いている。もはや日常だ。

「フィーネ様。頬にインクが」

「もういいんです、インクは。顔の一部です」

(諦めた。——この子は、三日前までインクを気にしていたのに、予算案との格闘でそれどころではなくなったらしい)

二日目の夜遅く、フィーネが紙くずを量産していた。計算を間違えるたびに紙を丸めて捨てる。デスクの周りが紙くずの山になっている。

「フィーネ様。間違えた紙は裏を使ってください。紙も予算のうちです」

「あ……! 紙も予算……!」

フィーネがメモ帳に「かみもよさん」と書いた。涙目だったが、すぐに丸めた紙くずを全部拾い直して、裏面にまた計算を始めた。

(この子は、叩かれても止まらない。間違えるたびに少しずつ精度が上がっている)

そして三日目の夜。

「ナカムラさん。できました」

フィーネは両頬にインクを付け、前髪に紙くずを付けた状態で、予算案を差し出した。

差し出された予算案は、数字の桁が二箇所間違っていた。合計額も合っていなかった。

だが——項目の分け方は、ほぼ完璧だった。

「フィーネ様。計算は直しますが、この項目の立て方は見事です」

「え、本当ですか?」

「はい。何に使うべきかの判断が、正確です。——数字は後で覚えればいい。判断力のほうが、はるかに大切です」

フィーネの顔が、赤くなった。

メモ帳に「すうじはあとでおぼえる はんだんりょくがだいじ」と書いていた。

(今のを書くのはどうかと思うが)