作品タイトル不明
第56話 G4の軍事シナリオと、傲慢なる皮算用
スイス・アルプス山脈の奥深く。『シャトー・デ・エーデルワイス』の地下に設けられた円卓の間。
分厚い石の壁と強力な電磁波ジャミングに守られた絶対の密室で、アメリカ、中国、ロシア、欧州連合の影の支配者たちによる『G4(臨時四ヶ国協調体制)』の結成が誓われた直後。彼らは間髪を入れず、極東の悪魔を排除するための具体的な軍事シナリオの構築へと移行していた。
「――では、作戦の具体的なフェーズについて協議しよう」
アメリカのCIA長官が、円卓の中央に世界地図の羊皮紙を広げた。デジタル機器が一切使えないこの空間では、彼らのような超大国のトップでさえ、アナログなペンと地図を使って作戦を練るしかなかった。
「最大の障害は、イージス社が宇宙空間に展開している 次世代通信衛星網(イージス・リンク) だ。彼らはあれを使い、地球上のあらゆる情報と我々の軍事通信を傍受・監視している。……奴らを狩るには、まずあの『神の目』を物理的に塞ぐ必要がある」
「どうやって塞ぐつもりだ? 奴らの衛星は光学迷彩で姿を隠していると推測されているぞ」
ロシアのFSB高官が眉をひそめて尋ねた。
「だからこそ、『地球安全保障同盟』という大義名分を使うのだ」
CIA長官は、地図上の太平洋――日本近海の空域を赤いペンで大きく囲んだ。
「三ヶ月後、我々G4はテロ対策を名目としたかつてない規模の『合同軍事演習』を決行する。アメリカの空母打撃群、ロシアのミサイル巡洋艦、中国の最新鋭駆逐艦、そして欧州の合同艦隊を太平洋上に集結させる。……そして、演習のカリキュラムとして、高高度に展開するイージス社の衛星軌道へ向けて、各国の対衛星ミサイル(ASAT)の火器管制レーダーを一斉に 照射(ロックオン) する」
「なるほど」
欧州連合の安全保障トップが、深く頷いた。
「奴らのインフラをいつでも宇宙から叩き落とせるぞという、強烈な物理的威嚇。それと同時に、各国の最新鋭電子戦機(EA-18Gなど)を総動員して極東の空域に強烈な広域ジャミングをかけ、イージス・リンクの通信帯域を強制的に遮断・飽和させるのだな」
「その通りだ。いくら未知の量子通信技術を持っていようと、我々四ヶ国の総電力を注ぎ込んだノイズの海の中では、必ず通信に遅延と『死角』が生じる。……その混乱の数時間が、勝負だ」
CIA長官は、赤いペンを東京の六本木、そして伊豆諸島沖へと突き立てた。
「宇宙の目を塞いだ瞬間に、我が国のアメリカ 海軍特殊部隊(ネイビーシールズ) 、ロシアのスペツナズ、中国の国家安全部の精鋭たちからなる数千人規模の『G4合同暗殺部隊』を、潜水艦とステルス輸送機を使って日本へ上陸・降下させる」
「目標は、伊豆諸島沖の深海プラント制圧と、六本木のイージス・イノベーションズ本社ビルか」
中国の諜報トップが、残酷な笑みを浮かべて言葉を継ぐ。
「そうだ。……そして、最も重要な最終目標である『神盾宗一と、その家族』の物理的な確保だ」
CIA長官は、声を潜めて断言した。
「奴がどれほど優秀な 防諜網(シャドウ) を敷いていようと、数千人の正規軍による同時多発的な飽和攻撃を防ぎ切ることは不可能だ。警備部隊が分散した隙を突き、確実に神盾の妻か娘の身柄を押さえる。……人質さえ取れば、あの男からすべての技術データと制御コードを引きずり出すことができる」
「……しかし、日本政府はどうする?」
ロシアのFSB高官が懸念を口にする。
「他国の領土で数千人規模の軍事作戦を展開すれば、それは明確な侵略行為だ。自衛隊が動くぞ」
「問題ない」
CIA長官は鼻で笑い飛ばした。
「日本の官僚どもも、イージス社に国のエネルギーの首根っこを掴まれている現状に腹の底では辟易しているはずだ。我々G4が『イージスの独裁から世界と日本を解放する』という大義名分を突きつければ、彼らは及び腰になり、介入をためらう。……それに、事が終わった後の『甘い汁』を約束すれば、彼らは喜んで目を瞑るだろう」
「甘い汁、か」
中国の諜報トップが、貪欲な光を瞳に宿して円卓を見渡した。
「神盾宗一を排除し、イージス社を解体した暁には……あの深海プラントの採掘権と、莫大な海底資源。そして奴らが抱え込んでいる次世代技術の特許群は、我々G4で『平等に四分割』し、 共同管理下(シェア) に置くということで相違ないな?」
「当然だ。我々大国が、世界の秩序をあるべき姿に戻すのだ。資源も技術も、正当な力を持つ我々が管理してこそ、真の平和が訪れる」
欧州のトップが重々しく頷き、四人はグラスを掲げて、血に塗れた「平和」と「利益の分割」を祝う乾杯を交わした。
彼らの瞳には、恐怖を乗り越えた大国としての傲慢さと、世界を再び自分たちの手で切り分けるという野蛮な皮算用が満ち溢れていた。
* * *
「――聞いての通りだ。連中は、他人の家の庭で勝手に財産分与の相談を始めているぞ」
地球の裏側。東京、六本木ヒルズ。
イージス・イノベーションズ本社の地下に広がるサイバー・コントロールルームで、私は特注のレザーチェアに深く腰掛けたまま、極低温の嘲笑を漏らした。
壁面の巨大モニターには、シャンデリアの裏に張り付いたナノ・ドローン『ベルゼブブ』が捉えた、G4の首脳陣たちの生々しい密談の全容が映し出されている。彼らが広げた地図の赤いマーカーまで、完璧に読み取ることができた。
「驚くほど古典的で、暴力的な作戦ですね」
隣に立つ橘玲奈が、呆れたようにため息をつく。
「宇宙の目を電波妨害で塞ぎ、その隙に数千人の特殊部隊を送り込んで物理的な飽和攻撃を仕掛ける……。知略も何もない、圧倒的な物量で我々を押し潰そうという、いかにも大国らしい傲慢なシナリオです」
『しかしボス、これは侮れない脅威です』
暗号化通信の分割画面で、ヴィクトル・イワノフが険しい顔つきで口を開いた。
『我がシャドウの防衛網は、暗殺者やスパイといった「点」の攻撃を排除することには絶対の自信を持っています。ですが、正規軍の特殊部隊が数千人規模で、しかも陸海空から「面」で同時多発的に侵攻してくれば、物理的な弾幕を完全に防ぎ切ることは難しくなります。万が一、流れ弾の一発でもご家族の元へ届いてしまえば……』
「わかっている」
私は、ヴィクトルの懸念を遮り、冷たく言い放った。
「だからこそ、彼らのシナリオの第一歩目……『宇宙の目を塞ぐ』という彼らの最大の拠り所を、根本から叩き潰す必要がある」
私はレザーチェアから立ち上がり、コントロールデスクに両手をついて、モニターに映る大国のトップたちを睨みつけた。
「……それにしても、見事なまでの『歴史の再現』だな」
私の声は、静かな、しかし確かな怒りに震えていた。
「歴史の、再現ですか?」
玲奈が小首を傾げる。
「ああ。……『日本を制圧し、その資源と技術を四分割して大国で共同管理する』。奴らは先ほど、そう言ったな」
私の脳裏に、前世の2065年の光景が、悪夢のように鮮明にフラッシュバックする。
日本の近海資源を強奪するために結託した四大勢力が、私が創った『神の雷』を使って日本を火の海に変え、無政府状態に陥れた後に行ったこと。
それはまさに、国土の四分割と、資源の徹底的な 略奪(シェア) だった。
「前世でも今世でも、大国どもの考える『世界の秩序』とは、自分たちが安全な場所から富を搾取し、弱者を分割統治することなのだ。彼らは一ミリも進化していない。ただ自らの欲望と傲慢さを満たすためだけに、私の家族の命を天秤にかけ、極東の島国を戦場に変えようとしている」
私はギリッと奥歯を噛み締め、拳を固く握りしめた。
彼らが結託するという『歴史の修正力』は、私がどれほど未来の技術で防壁を築こうとも、やはり抗いようのない運命として立ち塞がった。
ならば、答えは一つしかない。
「ヴィクトル。クリス」
私の絶対零度の呼びかけに、画面越しの二人が瞬時に居住まいを正した。
『はっ』
『おう、ボス! 命令を待ってたぜ!』
「作戦の全容は完全に把握した。……彼らは三ヶ月後、私の通信衛星網を無力化し、防衛網に穴を開けられると信じて、太平洋上にG4の全航空戦力と艦隊を集結させる。つまり、彼ら自身が、自らの最大の戦力を『一つの狩り場』に一極集中させてくれるということだ」
私は、冷酷な死神の笑みを浮かべた。
「連中が、太平洋上で『G4合同軍事演習』という名目で対衛星ミサイルのレーダーを照射し、 通信妨害(ジャミング) を開始した、まさにその瞬間に……」
私は、軌道上で完成している悪魔の兵器、『神の雷』の威容を思い描いた。
「宇宙から、彼らのすべての航空戦力と電子制御システムを完全に無力化する。……クリス、軌道上の『神の雷』のプラズマジャミング機能(EMP照射プロトコル)の最終調整を急げ」
『ヒャッハー!! 任せとけボス! タングステン弾を使わなくたって、ジェネレーターの出力を極限まで絞った指向性EMPなら、地上の最新鋭兵器の電子回路なんて一瞬で黒焦げの鉄屑にできるぜ!』
「ヴィクトルは、日本国内の防衛線の再構築だ。万が一、EMP攻撃の網を潜り抜けて上陸してくる残党がいた場合に備え、ご家族とイージス関連施設周辺に、シャドウの全戦力を再配置しろ。……アリ一匹、私の領域には入れさせるな」
『御意。ボスの絶対的な『盾』として、一歩も引かずに防ぎ切ってみせます』
通信を切り、私は深く、長く息を吐き出した。
モニターの中では、G4のトップたちがまだ得意げにグラスを傾け、日本の分割統治という甘い皮算用に酔いしれている。
「玲奈、彼らの作戦データをすべてメインフレームに回せ。クリスとヴィクトルの迎撃システムと連動させる」
「了解しました。……G4合同作戦の予測ベクトル、すべて抽出完了」
コントロールルームの巨大モニターに、大国が数ヶ月かけて実行するはずの軍事シナリオが、無数の赤い矢印となって日本へ向かう映像が展開される。そして数秒後、イージス社のAIがそれをすべて叩き潰すための『迎撃アルゴリズム』を完成させた。
――『カウンター・プロトコル、構築率100%』
無機質な電子音だけが、静まり返った部屋に冷たく響き渡った。