軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第55話 絶対の密室と、G4(臨時四ヶ国協調体制)の結成

スイス・アルプス山脈の奥深く。万年雪に覆われた険しい山肌にひっそりと佇む中世の古城、『シャトー・デ・エーデルワイス』。

窓一つない、分厚い石壁に囲まれた地下の円卓の間には、パチパチと薪が爆ぜる暖炉の火の音だけが不気味に響いていた。

部屋を照らすのは、あえて電球を排した数本の蝋燭と暖炉の明かりのみ。

軍事レベルの電磁波ジャミング装置が城の全域を覆い尽くし、壁には鉛と銅のメッシュシールドが張り巡らされている。スマートフォンや腕時計はおろか、録音機器の持ち込みすら許されない、現代において考え得る限りの『絶対の密室』だ。

その重厚なオーク材の円卓を囲むように、四人の男たちが座っていた。

アメリカの中央情報局(CIA)長官。中国の国家安全部(MSS)トップ。ロシアの連邦保安庁(FSB)高官。そして、欧州連合(EU)の安全保障理事会トップ。

本来ならば、イデオロギーも国家の利益も真っ向から対立し、互いに核ミサイルを突きつけ合っているはずの超大国の影の支配者たちである。

「――よもや、我々が同じテーブルでグラスを傾ける日が来るとはな」

アメリカのCIA長官が、皮肉げに琥珀色のスコッチを呷りながら口火を切った。

その声には、かつて世界を牛耳っていた大国のトップエリートとしての余裕は微塵もない。泥にまみれ、貨物船のコンテナに隠れ、命懸けでこのスイスの山奥まで辿り着いた疲労と屈辱が、その顔に色濃く刻まれていた。

「皮肉を言っている場合か。我々の国家の命運は、もはや風前の灯火だ」

ロシアのFSB高官が、忌々しそうにテーブルを叩く。

「イージス・イノベーションズ。極東の一民間企業が提供するクリーンエネルギーと次世代通信インフラに、我々の国家は完全に首根っこを掴まれている。このままでは、十年以内に我々大国は、あの神盾宗一という男の完全な奴隷になり下がるぞ」

「エネルギーだけではない。問題は『宇宙』だ」

中国の諜報トップが、低い声で唸る。

「三年前にアメリカの『ゼウス計画』が軌道上で自爆して以来、宇宙空間の覇権は完全にイージス社に掌握された。彼らが低軌道上に展開している数千基の衛星ネットワーク……あれはただの通信インフラではない。我々の軍事行動をすべて監視し、いざとなれば宇宙から地上を攻撃できる『何か』を隠し持っている可能性が極めて高い」

「……その通りだ」

欧州連合の安全保障トップも、重々しく頷いた。

「我が欧州も、表向きは彼らのクリーンエネルギーに依存して平穏を保っているが、国家のインフラをあの得体の知れない企業に握られている恐怖は計り知れない。彼らが資源のバルブを止め、通信を遮断すれば、欧州は数日で中世の暗黒時代に逆戻りするのだからな」

円卓を囲む四人の間に、重く、そしてどす黒い沈黙が落ちた。

彼らはそれぞれ、自国の覇権を信じて疑わなかった誇り高き権力者たちだ。だが、神盾宗一というたった一人の 特異点(バグ) の登場により、彼らの築き上げた『常識』は完全に破壊された。

サイバー空間での同時ハッキングによる国家中枢の掌握。

三十名以上の精鋭工作員を一瞬で蒸発させた、未知のプラズマ兵器。

そして、アメリカの最新鋭宇宙兵器を赤子のように自爆に追い込んだ圧倒的な技術力。

彼らは理解しているのだ。神盾宗一が、現代の地球上の科学技術を五十年は置き去りにしている、人類の理解を超えた『悪魔』であることを。

「……互いの腹の探り合いは、もう終わりにしよう」

CIA長官が、空になったグラスをテーブルに置き、三人の顔を真っ直ぐに見据えた。

「資本主義も、共産主義も、民主主義も、もはや関係ない。我々は今、人類史上最悪の独裁者の前に立たされている。奴をこのまま野放しにすれば、地球という星そのものが『イージス社』の私物となる。……これ以上の対立は、我々すべての滅亡を意味するのだ」

「同感だ。我がロシアも、これ以上の単独行動は無意味だと判断している」

FSB高官が、重々しく首を縦に振った。

「あの極東の悪魔を排除するためには、国家の枠組みを超えた、人類の総意としての『新しい力』が必要だ」

「我が国も異論はない。レアアースの禁輸もサイバー攻撃も通じなかった今、残された道はただ一つだ」

中国のMSSトップが、鋭い眼光を放つ。

「では、決議しよう」

CIA長官は立ち上がり、円卓の中央に自らの手を差し出した。

「これより、アメリカ、中国、ロシア、欧州連合の四極は、過去のすべての対立と制裁を一時的に凍結する。そして、イージス・イノベーションズおよび神盾宗一という『人類の脅威』を排除するための、非公式かつ絶対的な軍事・情報同盟――『G4(臨時四ヶ国協調体制)』を結成する」

「……異議なし」

「同意する」

「我が欧州も、共に歩もう」

ロシア、中国、欧州の代表たちも次々と立ち上がり、CIA長官の手に自らの手を重ねた。

それは、歴史の修正力が極まり、かつて敵対していた超大国たちがイデオロギーの壁すらも越えて『最終同盟』を結んだ歴史的な瞬間だった。

彼らの瞳には、覇権を取り戻すための強烈な狂気と、大国としての傲慢さが再び燃え上がり始めていた。

彼らは、自分たちが誰にも見られず、誰にも聞かれず、地球の命運を左右する重大な決断を下したと本気で信じ込んでいる。

デジタルを完全に排除したこの『絶対の密室』ならば、極東の悪魔の目からも逃れられると、そう確信して疑わなかった。

――彼らの頭上のアンティーク・シャンデリアの影に、数ミリの大きさしかない銀色の『羽虫』が張り付いていることにも気づかずに。

* * *

「――歴史が、ついに動きましたね。大国どもが、正面から手を取り合いました」

地球の裏側。東京、六本木ヒルズ。

イージス・イノベーションズ本社の地下深くに広がるサイバー・コントロールルームで、橘玲奈がモニターを見上げながら静かに呟いた。

私の目の前にある巨大なディスプレイからは、スイスの古城で手を重ね合い、『G4』の結成を誓い合う大国のトップたちの姿と会話が、極めてクリアな高音質で、一字一句違わずリアルタイムに流れ続けている。

『ヒャッハー! 俺の造ったナノ・ドローン『ベルゼブブ』の量子レーザー通信は完璧だぜ! 城のジャミングなんか完全に無視して、連中の吐息まで拾ってきてるぞ!』

分割画面の向こうで、南太平洋の要塞ニヴルヘイムにいるDr.クリス・ウォーカーが、誇らしげに鼻を鳴らした。

『しかしボス。連中、本気で我々に総力戦を挑む気ですよ』

もう一つの分割画面で、ヴィクトル・イワノフが火傷の痕が残る顔を歪め、冷徹な声で報告する。

『G4(臨時四ヶ国協調体制)の結成。……腐っても大国どもの正規軍と情報網の集合体です。彼らが国家の全リソースを投入して物理的な破壊行動に出てくれば、ご家族の警護に一瞬の隙も許されなくなります』

「わかっている」

私は、手元の冷めたコーヒーを口に運びながら、モニターに映る大国の権力者たちを氷のような視線で見下ろした。

「……ボス。彼らが『同盟』のハンコを押した今が、最大の好機ではありませんか?」

玲奈が、静かな、しかし確かな殺意を込めた瞳で私に提案する。

「これ以上、彼らに具体的な軍事作戦を立案させる前に……今すぐドローンに仕込んだ微小な毒針を使えば、証拠を残さずに四人の首を物理的に刎ねることが可能です。トップを失えば、G4は結成と同時に空中分解します」

暗殺。それは確かに最も効率的で、手っ取り早い解決策だ。

だが、私はゆっくりと首を横に振った。

「いや、暗殺はしない」

「よろしいのですか? 彼らを生かしておけば、必ず我々に牙を剥きます」

「玲奈。彼らがここまで泥を這い、アナログな移動手段で集まったのは、彼らの背後にある巨大な『国家としての憎悪』と『歴史の修正力』がそうさせているからだ。ここで四人の首を刎ねても、大国は彼らを『人類の殉教者』として神格化し、さらに狂信的で統制の取れない後任者を生み出すだけだ」

私はレザーチェアから立ち上がり、コントロールデスクに両手をついて画面の中の四人を睨みつけた。

「彼らがG4を結成した以上、大国どもの意思は完全に一つになった。……ならば、これほど都合の良い『標的』はない」

「都合が良い、ですか?」

「そうだ。ヴィクトル、クリス。彼らはこれから、地球の安全保障を担うG4として、我々イージス社を排除するための『最高の軍事シナリオ』をこの密室で立案するはずだ。……その会議の全容を、一字一句漏らさず記録しろ」

『はっ!』

『任せとけ、ボス!』

「彼らがどこから、どうやって我々を攻めるのか。どの部隊を動かし、どの兵器を投入するのか。……我々はそのすべての情報を事前に手に入れ、彼らが最も自信を持っている戦略を、その裏の裏をかいて完全に叩き潰す」

私の言葉に、ヴィクトルが狼のような獰猛な笑みを浮かべた。

『なるほど……。彼らの誇る国家の総力戦を、手も足も出ない状態で完膚なきまでにへし折るのですね』

「その通りだ。ただトップをすげ替えるのではない。大国どもの『国家としての心』を完全に折り、二度と私に逆らおうという気すら起きない絶対的な恐怖を刻み込んでやるのだ」

大国どもは、自分たちの同盟が極東の悪魔を追い詰めると信じて疑わないだろう。

だが実際には、彼らが知恵を絞って練り上げる作戦は、すべて私に対する『完璧な解答用紙』として提出されているに過ぎない。

「……滑稽ですね。彼らは自分たちの歴史的瞬間に、すっかり酔いしれているようです」

橘玲奈が、氷のような手つきでキーボードを叩き続ける。

彼女の目の前のモニターには、G4のトップたちが声高に語る国家機密が、リアルタイムでテキストデータへと変換され、イージス社のサーバーに自動でファイリングされていく。

絶対の密室でグラスを合わせる超大国の支配者たち。

だが、彼らの謀議はすべて、極東の地下室でタイピングされる「ただのテキストデータ」に過ぎなかった。

情報戦における完全な敗北が、そこにはあった。