軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第42話 宇宙の暗闘と、歴史が求める悪魔の兵器

アメリカ合衆国カリフォルニア州、ヴァンデンバーグ宇宙軍基地。

薄暗いコントロールルームの正面に設置された巨大なメインスクリーンには、高度四百キロメートルの地球低軌道を漂う、漆黒の宇宙空間が映し出されていた。

「――ターゲット『イージス・サテライト84番』まで、距離五千。相対速度同調。光学迷彩システム、正常に稼働中。各国の監視レーダーに当機の反応はありません」

オペレーターの報告に、司令官の顔に傲慢な笑みが浮かんだ。

彼らが操作しているのは、アメリカ宇宙軍(USSF)が極秘裏に打ち上げた最新鋭の対衛星兵器(キラー衛星)である。

表向きの軍事力や経済力では、もはや極東のイージス・イノベーションズには手出しができない。九年前、世界中の軍事ネットワークを同時にジャックされたあの『五分間の暗闇』の恐怖は、ペンタゴンの中枢にいまだ深いトラウマを植え付けていた。

だが、宇宙空間ならば話は別だ。

地球上の法律も、監視カメラの目も届かない絶対の暗黒。光学迷彩で完全に姿を消したキラー衛星を接近させ、物理的なハッキング用アームを接続してデータを抜き取る。あるいは、事故に見せかけて対象の衛星を破壊する。

アメリカは、イージス社が展開する通信衛星網の『異常な質量』に疑念を抱いていた。ただの通信衛星にしては、重すぎるのだ。軌道上に何かとてつもないものを隠しているのではないかという疑念を晴らすため、彼らは宇宙という密室での隠密作戦を決行したのである。

「よし、アームを展開しろ。極東のIT成金が宇宙に何を隠しているのか、その化けの皮を剥がしてやる」

司令官の命令を受け、キラー衛星のカメラが目標であるイージスの衛星をズームアップする。

だが、次の瞬間、モニターを見たオペレーターが息を呑んだ。

「し、司令官! 対象の衛星の形状が……おかしいです! これは、通信衛星じゃありません! 巨大な……巨大な砲身のようなパーツと、大出力のジェネレーターの結合体です!!」

「なんだと!?」

司令官がモニターを凝視する。

そこに映っていたのは、アンテナでも太陽光パネルでもない。強靭な超電導チタン合金で覆われた、どう見ても『兵器』としか思えない巨大な構造物の一部だった。

「奴ら、宇宙空間に大量破壊兵器を配備しようとしているのか……!? 今すぐ映像データをペンタゴンへ暗号送信しろ! アームを接続し、内部システムを根こそぎ――」

司令官が叫んだ、まさにその時だった。

『――警告。メインシステムに外部からの不正アクセス。ファイアウォール、第一から第五まで一瞬で突破されました!』

「何だと!? こちらから接続する前だぞ! どこから侵入された!」

『わかりません! 相手は……相手は、当機の光学迷彩を最初から完全に見破り、逆に当機の通信アンテナを通じてバックドアをこじ開けてきました! システム権限、掌握されていきます!』

コントロールルームに、けたたましいレッドアラートが鳴り響いた。

「物理的に回線を切れ! 衛星をスリープモードへ移行させろ!!」

『不可能です! コマンドを受け付けません! 相手のアルゴリズムは、我々のシステムを内側から完全に書き換えています……! キ、キラー衛星、スラスターが勝手に起動しました!』

メインモニターの映像が、大きくブレる。

最新鋭のアメリカのキラー衛星は、コントロールを完全に失い、イージス社の衛星に背を向けるようにして姿勢を反転させた。

そして、メインスラスターが最大出力で火を噴いた。

「馬鹿な……その角度で噴射すれば、大気圏に……ッ!!」

司令官が絶叫した。

映像は、急速に青い地球へと向かって降下していく。

やがてカメラに大気との激しい摩擦による赤い炎が映り込み――ブツンッ、というノイズと共に、すべての信号が完全にロスト(消失)した。

アメリカが何百億円という国家予算を投じて開発した最新鋭のキラー衛星は、相手に触れることすら許されず、自らのスラスターを暴走させられ、大気圏に突入してただの燃えカスと化したのだ。

司令室には、死のような絶望的な静寂だけが残された。

* * *

「――アメリカのキラー衛星、大気圏内での完全な燃焼・ロストを確認しました」

東京、六本木ヒルズ。

イージス本社地下のサイバー・コントロールルームで、チーフが深い安堵と歓喜の入り混じった声で報告した。

「我が社の量子レーダーは、奴らが光学迷彩を展開して基地を飛び立った瞬間から、その軌道を完全に捕捉していました。相手がデータを送信する直前にシステムを乗っ取り、自爆コマンドを送信。……こちらの機密データは、一バイトたりとも漏洩していません」

「ご苦労。見事な手際だった」

私は特注のレザーチェアに深く腰掛けたまま、冷めたコーヒーを口に運んだ。

九年前の教訓を忘れ、またしても宇宙という『見えない場所』なら出し抜けると錯覚したアメリカ軍。その驕りを、私は物理的な破壊をもって粉砕した。

「ですが、ボス」

チーフが少しだけ眉をひそめて、タブレットを操作する。

「先ほど、キラー衛星を乗っ取る際に使用した通信の 逆流(リフレクション) ルートを通じて、アメリカの国防高等研究計画局(DARPA)の極秘データベースの深層へアクセスし、いくつかのファイルを引き抜きました。……少し、気になるデータがあります」

「ほう。何だ?」

「これをご覧ください。プロジェクト名『ゼウス』。……アメリカ宇宙軍とDARPAが、三年前から極秘裏に立ち上げた、衛星軌道上の新型兵器構想の初期ファイルです」

チーフの言葉に、私はモニターを見上げた。

そこに映し出されたのは、数式の羅列と、未完成ながらもどこか見覚えのある兵器の概略図だった。

大気圏外から、プラズマの爆圧を利用して超質量のタングステン弾を地上へ撃ち下ろすという、理論構想。

「…………ッ!!」

私は、その図面を見た瞬間、心臓を直接鷲掴みにされたような強烈な衝撃を受け、息を呑んだ。

間違いない。

それは、私が前世で設計し、完成させた悪魔の兵器『神の 雷(トール・ハンマー) 』の、初期段階の理論と完全に一致していたのだ。

「……ボス?」

「……チーフ。このデータの解析レベルは、今どこまで進んでいる?」

「まだ理論の実証段階ですね。我々の技術から見れば半世紀は遅れていますが、アメリカの資金力と残された優秀な頭脳が束になれば、十年……遅くとも二十年後には、プロトタイプを軌道上に打ち上げてくる可能性があります」

私は、ギリッと奥歯を噛み締めた。

前世で『神の雷』の基本理論を構築したのは、間違いなくこの私自身だった。

だからこそ私は、自分がその開発に関わらなければ、この世にあの悪魔の兵器は二度と誕生しないと、心のどこかで信じ込んでいたのだ。

だが、現実は違った。

私が設計図を描かなくとも、アメリカ軍の狂気と科学の探求心は、いずれ必ず『大気圏外からの絶対的な破壊兵器』という同じ答えに辿り着く。

歴史は、人類の闘争本能は、どうあってもあの悪魔の兵器を生み出そうとしているのだ。

ゾッとするような恐怖と、強烈な焦燥感が私の背筋を駆け上がった。

現在のイージス社は、ヴィクトル率いる『シャドウ』の鉄壁の護衛網と、最強のサイバー防壁によって、地上のあらゆる脅威から家族を完全に守り抜いている。

だが、もし二十年後。アメリカが『神の 雷(ゼウス) 』を完成させ、宇宙空間に配備してしまったらどうなる?

地上の護衛が何万人いようと、サイバー防壁がどれほど強固であろうと、宇宙から光の速度で撃ち下ろされるプラズマの業火を防ぐことは絶対にできない。

前世で、ホログラム越しに見たあの光景。サチコとユウキが、声を発する間もなく一瞬で消し炭となったあの悪夢が、今世でも確実に現実のものとなるのだ。

「……逃れられないというのか。歴史の修正力からは」

私は、誰もいないモニターに向かって低く呻いた。

家族を守り抜くためには、地上の安全だけでは圧倒的に足りない。

他国が絶対的な兵器を完成させる前に、私が誰よりも早く、本物の『神の雷』を宇宙空間に完成させなければならない。

そして、そのシステムの引き 金(トリガー) を、私自身の脳波と心肺機能に直結させた『絶対報復システム(デッドマンズ・スイッチ)』として構築するのだ。

――もし、私や私の家族の命が失われた瞬間。あるいは、日本という国家に核や衛星兵器が撃ち込まれた瞬間。

自動的に軌道上の『神の雷』が起動し、ワシントン、モスクワ、北京、ブリュッセル……四大勢力のすべての首都へ、無慈悲なプラズマの雨を降らせる。

国家を丸ごと消し飛ばす『相互確証破壊』の恐怖。それこそが、国家権力の理不尽な暴力から愛する者を永遠に守り抜くための、真の、そして究極の『 盾(イージス) 』なのだ。

「……チーフ」

私は、極低温の、だが確かな狂気と決意を帯びた声で命じた。

「はい、ボス」

「アメリカの『ゼウス計画』に関わる研究データは、今後も継続的に監視・妨害しろ。奴らの開発の足を引っ張り、絶対に完成を遅らせるんだ」

「了解いたしました」

「そして、クリスに伝えろ。……『神の雷』の建造スケジュールを、さらに前倒しにする。コストは度外視だ。十五年以内に完全なシステムを軌道上で稼働させる。これ以上の遅れは、絶対に許されない」

私は、デスクの上に置かれた家族の写真――先日、中学生になったばかりのサチコが、少し照れくさそうに笑っている写真を見つめた。

彼女は今日、私に「過保護すぎる」と反抗的な態度を取った。

その健やかで当たり前の成長を、私は絶対に失うわけにはいかない。

私が宇宙に悪魔の兵器を造るのは、単なる前世の私怨や狂気ではない。

それは、歴史という名の残酷な運命から愛する者を守り抜くための、明確で絶対的な『必然』だった。

私は、窓の外に広がる東京の夜空を、その向こうの暗黒の宇宙を見据えた。

アメリカが独自開発を始めたという事実が、私の心に燻っていたわずかな油断を完全に焼き尽くした。

「私以外の誰にも、神の座には座らせない」

極東の悪魔による、宇宙の覇権を懸けた本当の戦争が、今、決定的なタイムリミットと共に火蓋を切ったのだった。