軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第40話 極東の不可侵領域と、宇宙(そら)への号砲(第2章完)

西暦2016年、冬。

私が仮面を被り、四大勢力の首脳陣へ向けて絶対的な『死刑宣告』を突きつけたあの日から、数ヶ月の歳月が流れていた。

世界は、奇妙なほどの静寂に包まれていた。

日本の『近海資源の商業採掘成功』という歴史的発表に端を発した世界市場の狂乱と、それに伴う超大国たちの水面下での暗躍。それらはまるで、冷水を浴びせられたかのようにピタリと鳴りを潜めたのだ。

ロシアの連邦保安庁(FSB)も、中国の国家安全部(MSS)も、そしてアメリカの中央情報局(CIA)や国家安全保障局(NSA)も、日本国内に潜伏させていたすべての非公認工作員に『即時撤退』の命令を下した。

彼らは今、イージス・イノベーションズの持つ未知の未来兵器と、国家の心臓部を容易く握り潰すサイバー攻撃の恐怖に震え上がり、自国のシステム防衛に莫大な予算とリソースを割く羽目になっている。他国の資源を強奪しようとする野心など、完全に消し飛んでいた。

『次に私の家族に牙を剥けば、お前たちの国家そのものを地図から消し去る』

あの『五分間の暗闇』の中で叩きつけられた私の言葉は、彼らの魂の奥底に呪いのように刻み込まれたのだ。

超大国という絶対的な権力を持った化石たちは、自らの命と国家の存亡を天秤にかけ、極東の島国から完全に手を引くという屈辱的な決断を下さざるを得なかった。

ここに、日本という国家は、いかなる大国も干渉することのできない事実上の『不可侵領域』として完全に確立されたのである。

* * *

「――ボス。今年度の最終四半期の決算予測がまとまりました」

東京、六本木ヒルズ。

イージス・イノベーションズ本社の社長室。防音ガラスの向こうで冷たい冬の雨が東京の街を濡らしている中、橘玲奈がタブレットを手に、淡々とした、しかし隠しきれない興奮を帯びた声で報告を始めた。

「伊豆諸島沖の『第一プラント』に加え、先月稼働を開始した『第二、第三プラント』がフル稼働状態に入りました。これにより、日本のエネルギー自給率は事実上百パーセントを達成。さらに、余剰分のメタンガスとレアアースの、世界市場への本格的な輸出が開始されています」

「欧州や新興国の反応は?」

「飢えた獣のように群がってきていますよ。ロシアや中国の不当な価格操作から解放された彼らにとって、我が社の提供する安価で安定した資源は救いの糸ですからね」

玲奈は美しい悪女の笑みを浮かべ、メインモニターに莫大な数字の羅列を表示させた。

「資源の輸出利益、特許ライセンスの収益、そして為替や先物市場での運用益を合算し……現在、イージス・イノベーションズが自由に動かせる流動資産の総額は、日本円にして『三百兆円』を突破しました。……もはや、米国や中国の国家予算すら軽く凌駕する、天文学的な領域です」

「そうか。……ご苦労だったな、玲奈」

私は最高級のレザーチェアに深く腰掛け、手元のコーヒーを口に運んだ。

三百兆円。一介の民間企業が到達していい数字ではない。表の世界の経済と政治を完全に支配したと言っても過言ではないだろう。

「……ボスは、あまり嬉しそうではありませんね」

玲奈が、少しだけ不満そうに首を傾げた。

「私が投資銀行のトップエリートだった頃、百億円を動かすだけで心臓が震えるような興奮を覚えたものです。それが今や、国家を買えるほどの富を動かしている。……これこそが資本主義の頂点、ビジネスの究極のゲームクリアではありませんか」

「ゲームクリア、か」

私は低く笑い、窓の外の灰色の空を見上げた。

「確かに、地球という小さな盤上で行う『金と権力の陣取りゲーム』は、これで完全にクリアだ。……だが玲奈、私は王様になりたくてこの富を築いたわけではないと言ったはずだ」

「ええ。あなたは、本当の『神』になると」

「そうだ。ここから先は、集めたこの三百兆円という『リソース』を使って、私の家族を永遠に守り抜くための、真の『盾』を宇宙に創る」

私はタブレットを操作し、暗号化通信のスイッチを入れた。

『ヒャッハー!! ボス、待ちくたびれたぜ!』

モニターの右半分に、南太平洋の無人島要塞『ニヴルヘイム』の地下プラントで指揮を執るDr.クリス・ウォーカーの、狂気に満ちた顔が映し出された。

「クリス。例の『運び屋』の進捗はどうなっている?」

『完璧だ! ボスからもらったプラズマ推進理論を組み込んだ新型ロケットエンジンの、燃焼テストが完了したぜ!』

クリスは血走った目で画面に顔を近づけ、一枚の設計図を押し付けてきた。

『NASAの時代遅れな化学ロケットなんざ目じゃない。コストは十分の一、ペイロード(積載量)は三倍以上だ。これなら、一回の打ち上げで、通信衛星に見せかけた『神の 雷(トール・ハンマー) 』のパーツ群を、何十基もまとめて軌道にぶん投げることができるぜ!』

「よし。ボディと電子基板に必要なレアアースは、日本から無尽蔵に供給できる。製造プラントを二十四時間フル稼働させ、ロケットと衛星パーツの初期量産体制を確立しろ」

『了解だ! 俺の芸術品が宇宙を埋め尽くす日が、今から待ち遠しくてたまらねえぜ!』

クリスとの通信を切り、私は次に、モニターの左半分に待機していたヴィクトル・イワノフへ視線を向けた。

「ヴィクトル。極東の狩り場の状況は?」

『――現在、日本国内に不審な外国籍のネズミは一匹たりとも存在しません』

ヴィクトルの声は、氷のように冷たく、絶対的な自信に満ちていた。

『四大勢力の諜報機関は完全に機能を停止しています。我が『シャドウ』の監視網は、イージス本社、ご家族の生活圏、および国内の資源インフラ周辺に、文字通り鉄壁の防衛線を構築し維持しています。……もはや、この国でボスを脅かすことができる存在は、地上には何一つありません』

「ご苦労。引き続き、一切の隙を見せるな」

『御意』

通信が切れ、社長室に再び静寂が戻った。

圧倒的な資金力。狂気の天才が作り上げた未来の兵器とロケット。そして、冷徹な狼が率いる完璧な防衛網。

表と裏、二つの巨大な軍団が、私の手足となって完璧に機能している。

「……玲奈」

「はい、ボス」

「明日、全世界へ向けて大々的に発表しろ。イージス・イノベーションズは、今後十年間で数千基の次世代通信衛星を低軌道上に展開し、全人類に無料の 超高速通信網(ネットワーク) を提供する……『民間宇宙開発』への本格的な進出をな」

玲奈は、私の瞳の奥に宿る暗い炎を正面から受け止め、深く一礼した。

「了解いたしました。……世界の視線を、宇宙へと釘付けにしてみせましょう」

* * *

その日の夜。

私は仕事を終え、都内のタワーマンションの最上階へと帰宅した。

深夜に近い時間だったため、リビングの照明は落とされており、静まり返っている。

私はそっと寝室のドアを開けた。

キングサイズのベッドで、結衣とサチコが身を寄せ合うようにして、スヤスヤと穏やかな寝息を立てていた。

四歳になったサチコの寝顔は、天使のように無垢で、何の憂いも知らない。結衣の表情も、病魔の影など一切ない健康そのものだ。

私はベッドの傍らに膝をつき、二人の髪をそっと撫でた。

この温もり。この静かな寝息。

前世で、私が守り切れなかったもの。私のエゴと、大国の傲慢さによって、一瞬の閃光の中に消し飛ばされてしまった命。

今世では、私の未来知識と冷酷な暴力によって、この世界で最も安全な『不可侵領域』の揺り籠の中で、確実に守り抜いている。

「……パパぁ……かけっこ、いっとうしょう……」

サチコが寝言を呟き、私の手に自分の小さな手を重ねてきた。

その温かい感触に、私の冷え切った魂がじんわりと溶かされていくのを感じた。

「ああ。サチは一番だ。……パパが、ずっと守ってやるからな」

私はそっと立ち上がり、寝室の大きな窓から、冬の澄み切った夜空を見上げた。

東京の眩いネオンの上には、無数の星々が瞬いている。

地球上の盤上ゲームは終わった。四大勢力は恐怖で沈黙し、表の経済も裏の武力も、完全に私が制圧した。

……だが、私の心から、あの『恐怖』が完全に消え去ることはない。

地上の防壁をいかに分厚くしようとも、私の脳裏には、前世のあの日、 宇宙(そら) から降ってきた青白い絶望の光が焼き付いている。

もし、アメリカが、あるいは他の大国が、いずれ私の技術に追いつき、再び宇宙から理不尽な暴力を振るってきたら……地上の『盾』など何の意味も持たない。

空から撃ち下ろされる絶対的な暴力の前には、どれほど強固な地下シェルターも、無敵の傭兵部隊も、ただの紙切れ同然なのだ。

「だからこそ、私は昇る。誰にも手の届かない、絶対的な高みへと」

私は窓ガラスに手を触れ、星空の向こう側に広がる暗黒の宇宙空間を思い描いた。

愛する家族を永遠に守り抜くための、真の絶対防壁。

それは、私の家族の命が脅かされた瞬間に自動で起動し、四大勢力の首都を道連れにして世界を終わらせる究極の抑止力――『絶対報復システム(デッドマンズ・スイッチ)』としての『神の雷』だ。

「待っていろ、四大勢力」

私は暗闇の空へ向けて、静かに誓った。

「お前たちに、二度と私の家族を奪わせはしない。……私が神となり、宇宙からお前たちの頭上へ、絶対的な裁きの 雷(いかずち) を突きつけてやる」

極東の悪魔による壮大な反逆劇は、地球という重力の枷を外れ。

星空という無限のキャンバスへと、その真の舞台を移そうとしていた。

【第2章:暗闘と影の軍団 完】