軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第39話 モニタージャックと、不可視の悪魔による死刑宣告

アメリカ合衆国、ワシントンD.C.。ホワイトハウスの地下に位置する大統領危機管理センター(PEOC)は、怒号と悲鳴が入り混じる完全なパニック状態に陥っていた。

「大統領! ペンタゴンからの通信回線が完全にダウンしました! NORAD(北米防空司令部)のレーダー網もオフラインです。我々は今、アメリカ本土の上空を何が飛んでいるかさえ把握できません!」

「戦略原潜部隊との暗号通信も遮断されました! 指揮権が何者かに奪取されています!」

次々と上がる絶望的な報告に、合衆国大統領は血の気を失った顔で頭を抱えた。

隣に立つNSA(国家安全保障局)長官は、滝のような冷や汗を流しながら、震える手でコンソールを叩き続けている。だが、彼らの操作を受け付ける端末は、もはやこの部屋に一つとして存在しなかった。

同じ頃、ロシアのクレムリン、そして中国の中南海でも、各国の最高権力者たちが全く同じ絶望の淵に立たされていた。

世界を牛耳り、核のボタンを握り、何百万の軍隊を動かす彼らの権力は、サイバー空間という見えない戦場で、ただ一つの民間企業によって完全に無力化されたのだ。

「誰か、このハッキングを止めろ! 物理ケーブルを引き抜けと言っているだろうが!!」

アメリカ大統領が怒り狂って叫んだ、その時だった。

ピーーーーッ、という鋭い高周波音が、司令室のスピーカーから鳴り響いた。

直後、部屋中のあらゆるモニター――メインスクリーンから、職員の手元のタブレット、さらには大統領の個人的なスマートフォンに至るまで、すべての画面が同時に暗転した。

『――聞こえているか。自らが世界を支配していると錯覚している、哀れな老人たちよ』

暗転したモニターの向こうから、極低温の、金属が擦れ合うような無機質な声が響いた。

ボイスチェンジャーで加工されたその声は、言語の壁を越え、英語、ロシア語、中国語へと自動的に翻訳され、三ヶ国の最高中枢に同時に届けられていた。

画面が切り替わる。

そこに映し出されたのは、薄暗い部屋の特注のレザーチェアに深く腰掛け、顔の上半分を『漆黒の仮面』で覆い隠した一人の男の姿だった。

「き、貴様は何者だ!? イージス社の人間か! この国家に対するテロ行為、ただで済むと思うなよ!」

ホワイトハウスの大統領が、恐怖を隠すように画面に向かって怒鳴りつけた。

仮面の男――私、神盾宗一は、モニター越しに彼らの怯えきった顔を見下ろし、喉の奥で冷酷に笑った。

『テロ行為、だと? 笑わせるな』

私の声が響くと、画面の分割ウィンドウに、東京の廃倉庫街でドロドロに溶け落ちた黒塗りのバンと、黒い人型の染みがこびりついたアスファルトの映像が映し出された。

『他国の領土に無断で工作員やマフィアを送り込み、私の家族を拉致しようと企てたお前たちが、どの口でテロを語るのか。……お前たちが放った野犬どもは、我が組織『ヴァルハラ』の庭先で、一匹残らず炭の塊となった』

「ヴァルハラ……だと?」

モスクワのクレムリンで、FSB長官が呻くようにその名を反芻した。

『そうだ。そして今、お前たちが最も誇るサイバー部隊は、私の張った罠に見事にかかり、自らの手で自国の心臓部に猛毒を打ち込んだのだ』

私はタブレットを操作し、さらに残酷な『現実』を彼らの目の前に突きつけた。

画面には、アメリカの中東展開部隊の 無人機(ドローン) の制御コード、ロシアの戦略ロケット軍のミサイルサイロのロック解除シークエンス、そして中国の治安維持網のマスターキーが、無数のプログレスバーと共に表示されている。

それらのすべての 決定権(エンターキー) が、今、私の手元にあることを示す映像だった。

『お前たちの命殺与奪の権は、完全に私が握っている。理解できるか? お前たちが長年かけて築き上げた軍事力も、国家の威信も、今の私にとってはただのスイッチ一つでシャットダウンできる、脆いおもちゃに過ぎないということを』

「ば、馬鹿な……ハッタリだ! いくらなんでも、三大国のシステムを同時に掌握できるはずがない!」

中国の国家主席が、震える声で否定しようとした。

『ハッタリだと思うのなら、今この場で証明してやろう』

私は、仮面の奥の瞳を細め、極めて冷淡に宣告した。

『これより五分間。ペンタゴン、クレムリン、中南海。お前たちの中枢施設のあらゆる「電源」を、非常用ジェネレーターを含めて強制的に遮断する。……暗闇の中で、自らの無力さを骨の髄まで噛み締めるがいい』

私が手元のキーボードを叩いた瞬間。

バシュゥゥゥン……。

ホワイトハウスの地下司令室、クレムリンの対策本部、中南海の最高機密会議室。それらのすべての施設から、光と稼働音が完全に消え失せた。

「なっ……! 電気が!?」

「非常電源はどうした! 予備回線も立ち上がりません!!」

完全な暗闇。空調すら停止し、外の空気から完全に隔離された地下施設は、一瞬にして巨大な棺桶と化した。

暗闇の中で、世界を牛耳ってきた最高権力者たちが、パニックを起こして泣き叫び、壁にぶつかりながら逃げ惑う。彼らは今、自分たちが「神」に等しい存在の前に立たされていることを、視覚的かつ物理的に理解させられていた。

彼らが持っていた国家という名の鎧は、一介の民間企業の裏の顔によって、文字通り完全に剥ぎ取られたのだ。

……そして、地獄のような五分間が経過した。

ガァンッ! という音と共に、照明が再び点灯し、モニターに仮面の男――私の姿が再び映し出された。

「はぁっ、はぁっ……」

大統領も、国家主席も、みな床に這いつくばり、乱れた呼吸を繰り返している。彼らの顔は、もはや恐怖と屈辱で完全に青ざめ、一言の反論すら発する気力を失っていた。

『理解したか、愚か者ども』

私は、絶対的な強者として、這いつくばる彼らを見下ろした。

『これが、未来の力だ。お前たちの持っている石器時代の棍棒では、私の防壁に傷一つ付けることはできない。お前たちは、私の手のひらの上で踊らされていたピエロに過ぎないのだ』

誰も口を開かない。開けないのだ。

私が指を一本動かせば、自国の核ミサイルが自国の首都に落ちるかもしれないという恐怖が、彼らの喉を完全に塞いでいた。

『これは、最後通牒だ』

私は、ボイスチェンジャー越しでも伝わるほどの、凄絶な殺意を込めて言葉を放った。

『私の家族、イージス・イノベーションズ、そして、我々が活動する日本という領域に……二度と、一切の干渉をするな。物理的にも、情報空間においてもだ』

画面越しの首脳陣が、ビクッと肩を震わせる。

『極東の島国は、これより完全な『不可侵領域』となる。私の領域に一歩でも足を踏み入れた者、あるいは私の逆鱗に触れようとした者は、その瞬間に死を覚悟しろ』

私は立ち上がり、モニターの向こうの彼らに向けて、ゆっくりと、はっきりと死刑宣告を突きつけた。

『次に私の家族に牙を剥けば、警告はしない。お前たちの国家そのものを、物理的に、そして概念的に、地図から完全に消し去る。……肝に銘じておけ』

ブツンッ。

その言葉を最後に、私は通信を一方的に遮断し、彼らのシステムへのマスター権限を「手放すフリ」をして、サイバー攻撃の逆流を解除した。

もちろん、バックドア(裏口)は私がいつでも入れるように、未来のステルス・アルゴリズムで静かに残したままだ。

「……終わりましたね、ボス」

サイバー・コントロールルームで、チーフが深い安堵と興奮の入り混じった息を吐き出した。

「ええ。各国のネットワーク、徐々に正常化しています。ですが、彼らの心に植え付けた恐怖は、永遠に消えることはないでしょう」

「ご苦労だった。お前たちの仕事は完璧だ」

私は自席に深く腰掛け直し、顔を覆っていた漆黒の仮面をゆっくりと外した。

額に滲んだ汗を指で拭いながら、私は深く、長く息を吐き出した。

これで、終わった。

私の家族を、私の祖国を焼き払おうとした超大国どもは、自らの手で首に縄を巻き、私がその紐を握ることを受け入れた。

彼らはもう、極東の島国に手を出すことはできない。イージス社がどれほど資源を吸い上げようと、どれほど宇宙へ向けて不審なロケットを打ち上げようと、恐怖に縛られた彼らは指を咥えて見ていることしかできないのだ。

表の世界での経済的勝利。そして、裏の世界での圧倒的な武力とサイバーの支配。

極東の島国は、私の力によって、誰にも手出しのできない絶対的な『不可侵領域』として完成した。

私は立ち上がり、冷たいコントロールルームを後にした。

向かう先は、愛する妻と娘が眠る、温かい寝室だ。悪魔の仮面を脱ぎ捨て、再び『良き父親』へと戻るために。

歴史の分岐点は、完全に私の手によってねじ曲げられた。

地球上の暗闘はここに終結し、私の視線は、無限に広がる暗黒の『 宇宙(そら) 』へと向けられようとしていた。