軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第17話 逆探知された殺意と、休日のピクニック

「――ネズミどもは、そう結論づけたようです」

六本木の社長室。

防音機能が完全に作動した空間で、私は暗号化された回線を通じ、南太平洋の孤島から届くヴィクトル・イワノフの報告を聞いていた。

「……そうか」

私は手元の万年筆を置き、ゆっくりと背もたれに寄りかかった。

声のトーンは至って平坦だった。だが、私の内側では、絶対零度の吹雪のような凄絶な殺意が渦巻いていた。

「ご苦労だったな、ヴィクトル。私の家族に近づくダニどもの洗い出しと、監視網の構築は完璧だ」

『恐縮です、ボス。奴らがイージス社のサーバーにハッキングを仕掛けてきた瞬間から、逆探知でアジトの特定は完了しています。私の部下である 暗殺部隊(シャドウ) が、すでに奴らが潜伏する雑居ビルを包囲しています。いつでも「処理」可能です』

ヴィクトルの声もまた、感情のない冷酷な響きを帯びていた。

彼がロシアから連れてきた旧KGB上がりの傭兵たちは、今や私の莫大な資金力によって、世界最高の装備を持った最強の私兵部隊として完成しつつあった。たかがCIAの工作員三人など、ヴィクトルの部下からすれば寝首を掻くよりも容易いだろう。

「……いや。雑居ビルでの始末は待て。死体が出れば、日本の警察が煩い」

『では、どうされますか?』

「今週末、結衣とサチコを連れて代々木公園へピクニックへ行く予定だ」

『……泳がせる、ということですか? しかし、奥様やサチコお嬢様に万が一のことがあれば』

「その『万が一』を完全にゼロにするための、お前たちだろう?」

私の言葉に、ヴィクトルは微かに息を呑んだ。

「奴らに、世界最強の超大国の諜報員としてのプライドを持たせたまま、私の家族の背後まで迫らせろ。そして、獲物に手をかけようとしたその瞬間に――最も残酷な形で、恐怖と絶望のどん底に叩き落としてやる」

私は、前世で四大勢力の連中が日本を見下していた、あの傲慢な顔を思い出していた。

私からすべてを奪った奴らが、今世でも再び、私の最も大切なものに泥靴で踏み込もうとしている。

そんな連中を、ただ弾丸一発で楽に死なせてやる義理などない。

「ヴィクトル。クリスの開発チームが先月ロールアウトした『アレ』は、実戦投入可能だな?」

『……はい。小型のトランクに偽装し、すでに東京の部隊に配備済みです。クリスも実戦データが欲しかったところかと』

「よろしい。『実験』の許可を出す。CIAのプロのエージェントなら、未来の兵器のモルモットには最適だろう」

私の冷酷な命令に、通信越しのヴィクトルは、獰猛な狼の笑みを漏らした。

『了解しました、ボス。奴らに、神盾宗一の恐ろしさを骨の髄まで叩き込んでやります』

* * *

数日後、週末の代々木公園。

雲一つない青空が広がり、初夏の日差しが木漏れ日となって芝生に落ちていた。

「あー、うー!」

「ふふっ、サチ、お外が気持ちいいねえ。ほら、パパだよー」

レジャーシートの上で、結衣が生後八ヶ月になるサチコをあやしている。

私は買ってきたばかりのアイスコーヒーを片手に、その尊い光景に目を細めていた。

「宗一くん、はい、サンドイッチ。朝から頑張って作ったんだから」

「ああ、ありがとう。結衣のサンドイッチは世界一だ」

「もう、適当なんだから。……でも、たまにはこうして三人でのんびりするのも良いね」

結衣の優しい笑顔と、私の指を小さな手で握りしめるサチコの温もり。

平和だ。この国は、まだ何も奪われていない。

私は満ち足りた思いでサンドイッチを口に運びながら、サングラスの奥の視線を、周囲の『風景』へと巡らせた。

――公園の入り口付近、アイスクリームワゴンの影。

――西側の遊歩道、ベンチで新聞を読んでいる男。

――そして、我々の斜め後方、雑木林の入り口付近に立つ観光客風の男。

(……三匹、か)

私の網膜にコンタクトレンズ型デバイスを通じて投影されているAR(拡張現実)ディスプレイには、三人の男たちの生体反応と、彼らの衣服の下に隠し持っている銃器のシルエットが赤くハイライトされていた。

CIAの非公認工作員たち。

彼らは絶妙な距離感を保ちながら、我が愛する家族を拉致するためのタイミングを窺っている。

「……結衣、少し冷たい飲み物を追加で買ってくるよ。サチコはどうする?」

「あっ、じゃあ麦茶をお願い! 私たちはここで待ってるね」

「分かった。すぐ戻る」

私は立ち上がり、あえて人通りの少ない、公園の外周を覆う深い雑木林の遊歩道へと歩き出した。

私の動きを見た瞬間、三人の工作員たちが微かにフォーメーションを変えた。

ターゲットである私が一人になったことで、「妻と娘を拉致する前に、邪魔なCEOを人知れず拘束、あるいは始末する」というプランに切り替えたのだ。

完全に、私の誘導通りだった。