作品タイトル不明
4-18
「ここまで使い倒されたなら不満の一つも口にしても良いと思いますが?」
レイメルの言葉に俺はただ黙って頷いた。
場所は食堂。
今回の詫びとばかりに豪勢な食事が用意されており、それを黙々と食べながら対面のレイメルの話を聞く。
前線を退いた話よりも先に俺のことについて話すことになったはいいのだが、俺とジョニーの扱いについてレイメルはいたく不満気の様子である。
「言いたいことはわかる。俺も不満がないわけではない」
「だったら……」と口を開いたレイメルを言葉を俺は手で制する。
「断ればいいだけの話だった。しかし俺は断らなかった」
それだけの話だ、と俺はまるで本物のような味と触感の人工肉を口にする。
(そもそもなー、拒否したとしても執拗にお願いされるだけなんだよ)
レイメルは恐らくこのエデンがどれほどの覚悟を持って、人類の未来を背負っているかをまだ見ていない。
例えば今回の件だが、扱いに不満を覚えた俺が激怒したとしよう。
するとどうなるか?
責任者……この場合、今回の第二都市のための橋頭保作成の責任者が自死という形で責任を取る。
英霊を使い倒すのだ。
その怒りを鎮めるためならば死をも厭わぬのがエデンの重役である。
忘れがちだが、エデンは自分たちがあらゆる世界の人類の未来を背負っていると認識している。
故に覚悟の仕方が想定を超えてくる可能性を否定できない。
非公式の情報だが、あのフィオラでさえ目の前で三名の重役が覚悟を見せつけたことで、エデンのやり方を認めるに至っている。
(文字通り責任者だろうがトップだろうが、エデンにとっては歯車なんだよ)
ジョニーはわかっているから黙って己の仕事を全うしている。
俺は知ってしまったから何も言えないでいる。
スコール1ならばどうするか?
その答えに確かなものはない。
だが彼らの覚悟を知っているならば、本家スコール1に成り代わろうとした彼は恐らくこう考える。
「人類の希望であるスコール1に近づくためならば仕方がない」
つくづくローガンのあの言葉が俺の言動を縛っている。
(彼が理想とするスコール1像と実態がかけ離れているのはわかっている。だが、それを理由とするのは間違っているんだよなぁ)
また理想像を追いかける者を演じる難易度の高さなど説明するまでもない。
幻想を現実へと変えようとしたが故の地獄を見て、それでも生き残ったからこそ、あれだけの強さを得るに至ったのがホープ3というプレイヤーの分身なのだ。
しかしそれでもまだ足りないとなったのが今である。
(自分で始めた物語だが、一体いつまで走り続けることができるやら……)
「これまでは上手くやってきた」という自負はあるが、これからもできる保証はない。
目の前にある本物にこれでもかと近づいたイミテーションの食事を前にして、偽物の俺はただ黙って料理を平らげる。
「それより、だ」
俺は最後の一口を終え、話をレイメルへと変える。
「以前から考えていたことですよ?」
レイメルがいずれ前線から退くつもりだったのは知っている。
しかし彼女が求めるものに必要なポイントに到達するにはまだ時間がかかるはずだ。
誰かに何か言われたか?
しかしレイメルがそんな俺の考えを見透かしたのか、その思考を否定するように首を振って続ける。
「ですので取引をしました」
そう言って対面に座るレイメルが立ち上がり、俺の方へと歩いてくる。
そして徐に俺の背後に回るや否やそのまま後ろから抱き着いてくる。
ふくよかな胸が押し潰れるほどに強く抱きしめられ、レイメルは「こういうことです」と僅かに笑う。
(つまり、レイメルは俺のご機嫌取りを条件にしたというわけだ)
その考えが頭を過った瞬間、最初にこみ上げてきたのは怒りである。
人類の希望であるスコール1がそんなことで喜ぶとでも?
いや、俺は喜ぶだろうし、そんな描写はない健全なゲームなので想像で語るしかない。
だが彼は違うはずだ。
ならば、俺が取るべき行動はただ一つ――そう思って動き出そうとする前に俺の頬を指でなぞるレイメルの手が視界を塞ぐ。
その瞬間に俺の動きが止まった。
「最初は見えないあなたとぶつからないように気を配っていた。いつしかそこにいるとわかるようになり、気づけば意味もなくその存在を探すようになった」
レイメルの告白めいた言葉を俺はただ黙って聞いている。
「ともに戦い、足を引っ張り、それでも戦場へ行けばあなたと会えた。理由は幾らでも作れた。私の願いを叶えるためには、あなたはとても有用だった」
雰囲気をぶち壊す一言に思わず突っ込みを入れそうになったが、それよりも早くレイメルが言葉を紡ぐ。
「生涯他者を守り続けた私が守られる側に回った。屈辱を感じた。どうして自分は力を取り戻すことができないのかと憤った。日々、力を取り戻すあなたを羨ましくも思った」
初めて聞くレイメルの本音。
恐らくは本心だろう。
生前、英雄と称えられた者が力なくお荷物に近しい扱いを受ける。
同じような境遇の者は他にもいたが、その中で俺だけがこの立場まで上り詰めた。
単純な感情だけで済むとは思えない。
「それでも、あの日、あの時に手を伸ばし、腕を引き寄せられた時は……」
守られる側も悪くないと思ってしまった、と座ったままの俺を背後から抱きしめた状態で体を預けてくる。
強化服のお陰で重いと感じることはない。
だが、その重みはゆっくりと離れていく。
「夜に会いに行きます」
そう言ってレイメルは去って行く。
一人残された俺が思い出すのはあの時、視界を塞いだ掌に書かれていた文字。
(「知られるな」ね……)
誰に?
いや「何に?」という方が正しいだろう。
では何に?
こんなことをしてまで伝えるならば決まっている。
エデン以外に何があるというのか?
新たな面倒事の予感に俺はただ静かに溜息を吐いた。
恐らくレイメルは何かを知った。
或いは何かに気づき、それをエデンに知らせることなく、俺に教える気でいる。
何故俺に?
そんな疑問はなくはないが、一応納得できる理由は思いつく。
一つ目はこれまで積み重ねてきた信頼。
スコール1としての言動は信用を得るには適していると思われる。
付き合いは決して長くはないが、そこに至るだけの信用を築いたのだろう。
二つ目は情報量。
規定外領域へと到達し、エデンの最高戦力の一人として認定されて俺は機械技術の取り扱いに馴染みがある。
そのためアクセスできる情報の質も量も同期の中では桁違いとなっている。
それ故に情報を託すのであれば、俺が真っ先に候補に挙がるのは間違っていないはずだ。
最後に第八期の中では最もトラブルが多い……つまりは何かあった場合の中心人物になりやすいということだ。
特にジャミトスが残した言葉を聞いており、その全てを報告しているかどうかは本人以外誰もわからないのだ。
エデンと英霊の見えない確執を把握していると思われていてもおかしくはない。
考えられる理由は他にもあるが、どれか一つくらいは当たっている自信はある。
なのでレイメルが訪れるのを黙って待つ。
とは言え、夜に自室で一人女性を待つというのは何だか落ち着かない。
(実質言ってることは「夜這いに行きます」だもんな)
そう思わせる理由が必要だったのも何となく説明できる。
要するにそういう口実で盗聴等を防ぐつもりなのだろう。
迫真の告白に一瞬でも心動かされたが、あれが全部演技だとしたら悲しい限りだ。
そんな風にあれこれと考えていると訪問者を知らせる音が部屋に響く。
端末を操作してドアを開けると入って来るのは一人の女性。
「こんばんは」
そう言って部屋に入って来るレイメルはいつもの服装だった。
つまり一人の英霊として話がしたい、ということだろう。
見えていないのに俺の視線に気づいたレイメルが自分の服を摘まんでみせる。
「ああ、こちらの方が脱がし甲斐があると思いまして」
くすりと笑うレイメルに俺はがくりと力が抜ける。
その反応で「自分で脱ぐ方がお好みですか?」と明らかにこちらをからかっているレイメル。
俺としてはこの状況は面白くない。
「本題に入ろう」
そう言ってベッドに腰かけ、机の椅子をレイメルに勧める。
頷くレイメルだが、何故か服を脱ぎだす。
まさか監視の目があるのか?
反射的に部屋の明かりを消し、レイメルに確認しようとするが、その前に下着姿の彼女が俺の肩を押す。
ベッドに押し倒そうとする力に抗うと頬を膨らませるレイメルの顔が迫る。
押してダメならば、と抱き着くレイメルを引きはがそうとするも、囁かれる言葉に彼女の腕を掴む手が止まる。
「万が一にも聞かれたくない。だからこうして近づいているんです」
耳元で小声で話すレイメルに俺も「わかった」と小さく返し、抱き着かれたままベッドに倒れ込む。
「……服を脱いでください」
「注文が多いな」
軍服に近い低ランク強化服でもダメらしい。
仕方なしに上着を脱ぎ、話を進めるために俺に重なるレイメルを抱きしめる。
すると向こうも仕方ないというように口を開く。
「……以前私は言いました。『この世界には私の信じる神はいない』と……」
「能力が使えない理由か」
俺の呟きにレイメルが胸の上で小さく頷く。
「私もそれが理由だと思っていました」
「でも違った」と言葉が続いた時、俺は思わずレイメルを見た。
「祈りは届いた。『繋がった』という確信を持てたのです。ですが、返って来るものは何もなく、祈りに応えるものは何もありませんでした」
祈りが通じても何も起こらない。
だから力が戻ることはなかったらしい。
「当初は時空を超えて祈りが通じたのかと自惚れもしました。でも違うんです。祈れば祈るほどにその近さがわかるんです」
レイメルはこう言っている「私が信じる神はこの世界にもいる」と――だが俺はこうも思う。
「神様なら何でもありなんじゃね?」
口にこそ出さないが、身も蓋もない言い方をすればそんな存在だからこそ「神」と呼ばれるのではなかろうか?
だが俺と違い深刻そうな声が続ける。
「この世界はどこかおかしい。ジャミトスは確かに言っていたのですね? 忘却していた……或いは喪失していると……それと関係しているかはわかりません。ですが無関係とも言い切れない」
いつからそうなのか?
それとも何かが起ころうとしているのか?
わかっているのはまたしても「何もわからない」ということだけ。
「気を付けて。あなたは間違いなく渦中にいる」
前例のない新たな世界からの来訪者とそれに伴う新たな脅威。
こんなことは今までになかった。
それはエデンの記録からも明らかである。
問題はその記録さえも怪しまなければならなくなりつつあることだ。
「あなたに伝えたいことはこれで全部です」
そう言ってそのまま眠ろうとするレイメル。
引き剝がそうとしたところ「ダメですよ」と止められた。
名目は男女の睦事。
なので朝までいた方が信用される。
理屈はわかるし納得もできる。
だがスコール1として手を出すのは間違っているので生殺しである。
(これはあれか? 手を出さないことへの意趣返しか何かか?)
長い夜が始まり、俺は頑張って明け方まで鉄の意志を貫き通した。
起き上がった下着姿のレイメルが眠った振りをする俺の胸を殴ってきたが、構わず寝たふりを継続。
大きな溜息を吐かれた後、服を着た彼女は俺の部屋から出て行った。
ドアが閉まるのを確認して俺は大きく息を吐く。
レイメルが語った内容を隠すならば、俺が口裏を合わせるのが最も効率的である。
それはつまり「やることをやった」ということになり、後は俺が今回の一件で文句を言わなければ、レイメルはエデンとの取引に成功したことになる。
レイメルが実は本気で抱かれに来ていた、という可能性を除けば、正に彼女の思い通りという結果だ。
(ちゃっかりしてるな……)
やはり年の功か?
いや、女性に年齢の話はまずい。
この話はこれでお終いだ。