軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

きっかけと恋心と

あっという間に時間は経ち、舞台「私だけの王子様♡」の公演最終日がやって来た。

初日、二日目共にわたしは目の前で喋り、動き、生きているミッチェルの眩しい姿に何度も死にかけた。ミッチェルのことを想うと、胸が締め付けられるように苦しいのだ。これが恋という感情なのかもしれないとさえ思った。

今日は野外ではないことが確定しているため、メイド達が気合を入れて支度してくれても、胸が痛むことはない。むしろ、間違って万が一にもミッチェルの視界に入ることを考えれば、万全の状態で行く必要がある。

いつも通り迎えに来てくださったフィリップ様と共に、馬車に乗り込むと、「今日は誘ってくれてありがとう」と丁寧にお礼を言われてしまった。こちらこそとお礼を言ったけれど、なんだか調子が狂ってしまう。

「君は今日で3回目なんだろう」

「はい。本当に本当に素晴らしいので、きっとフィルも楽しめると思います」

「そうか。どのシーンが特に良かったんだ?」

「ええと、ミッチェルが跪いて愛を伝えるシーンですね……って、フィルにはネタばらしになってしまいますよ」

「ああ、二巻の152ページ3行目のシーンか」

「えっ……?」

そんなことをさらりと言った彼に、わたしは言葉を失っていた。確かに彼の言う通り、二巻のその辺りだったはず。

呆然とするわたしに、彼は尚も続ける。

「確かに、あの時のミッチェルには感心するものがあった。キャロリンが過去を思い出し、涙するのもわかる。あのシーンには作者自身の実体験が織り交ぜられているらしいから、あんなにもリアルな描写なのだというのも納得した」

「ど、どうしてそれを……」

「少しだけ、勉強してきたんだ」

フィリップ様は当たり前のようにそう言った。

勉強のし過ぎにも程がある。なんと彼はこの短期間で、現在ある31巻全てを読んだらしい。そして作者自身の実体験だとかいうくだりは、わたしすら初耳で。

フィリップ様の謎の熱意と知識に、わたしは対抗心を覚え始めていた。こちとら10年近く「私だけの王子様♡」を愛読しているのだ。歴一週間の新参に負けてなどいられない。

それにしても、すごい記憶力だなんて思いながらじっと彼の顔を見つめていると、舞台に出ていた見目の良い俳優達よりもずっと、整った顔をしていることに改めて気が付く。

フィリップ様の顔は、本当に異次元の美しさだった。

一時期は周りの目が気になって、彼の隣に立つことすら恐ろしく、嫌になったこともあった。最近はもう慣れてきたせいか、そこまでではなくなっていたけれど。

「……フィルって、本当に綺麗な顔をしていますよね」

生まれた時から見ていても、彼の顔に慣れることなんてない。本当に、文句の一つもつけようがないのだ。

思わずそんなことをぽつりと呟けば、彼は虚を衝かれたような顔をした後、じっとわたしを見つめ返した。

「……君は俺の顔が、好きなのか」

「フィルの顔が嫌いな女性なんていませんよ」

「他はどうだっていい、君がどう思っているのか知りたい」

真剣な顔で、そう尋ねられて。

「えっ? それはまあ、好きですけれど……」

引け目はいつだってあったけれど、わたしはフィリップ様の顔自体はとても好きだ。口に出したことはないけれど。

けれどそれは、女性なら誰もがそう思う至極当然のことだという認識だったし、だからこそ恥ずかしげもなく、わたしはそう言ったのだけれど。

その言葉に照れたような表情を浮かべているフィリップ様を見た瞬間、こちらまで羞恥が込み上げてきて。

「……俺も、君の顔が好きだ」

その上、彼はそんなことを言い出した。

「顔だけじゃない、声も、性格も」

「あ、あの」

「ヴィオラの何もかもが好きだ」

彼のまっすぐな言葉に、視線に。わたしはやがて耐えられなくなると、慌ててフィリップ様から視線を逸らし俯いた。顔に熱が集まっていき、熱くなる。

「……あ、ありがとう、ございます」

「ああ」

やがてしばらくの沈黙の後、落ち着いたわたしは、ずっと気になっていたことを尋ねてみることにした。

「以前、物心がついた頃からと言っていましたが、その、何かきっかけとかあったんでしょうか」

そう尋ねると、フィリップ様はこくりと頷いた。

「……幼い頃からずっと、君のことを何よりも大切にしなければならない、運命の女性だと両親に言われて育った。だから君といるとなんとなく、そんな気持ちにはなっていた」

初めて聞くそんな話に、どくんと心臓が跳ねる。公爵家が我が家に恩義を感じているという話は聞いていたけれど、まさかそんな風に言われていたなんて、知りもしなかった。

「けれど俺自身がヴィオラを好きだと自覚したのは、初めて君が泣いているのを見た時だと思う」

「……わたしが泣いているとき、ですか?」

「ああ」

それは一体、いつのことだろう。

そもそも、わたしはあまり泣いた記憶がない。泣くことも、他人に泣く姿を見られることも好きではないからだ。

そんなことを考えていると、不意に馬車が停まって。

「フィリップ様、到着致しました」

そんな御者の声が聞こえ、「行こうか」とフィリップ様に手を差し出された。先程の話は気になるものの、舞台が始まってしまっては困る。わたしはすぐにその手を取った。

劇場の中へと移動する最中も、フィリップ様はすれ違う人全ての視線をかっさらっていた。すれ違った後、再び振り返っていた人も少なくない。

けれど彼はそんなことは気にならないといった様子で、わたしだけを見て、わたしだけのことを気にしてくれていた。

そしてそれからは二人で並んで座り、過去二回よりもステージに近い特等席から舞台を見た、けれど。

大好きなはずのミッチェルを間近で見ても、何故か昨日までほどわたしの胸が高鳴ることはなかった。