軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

98.紡がれる想い

リチャード殿下は南の方の庭園にいた。

「殿下」

風にのせて声をかければ殿下は振り向く。

「終わったの?」

「はい」

頷いて、距離を詰める。ヴォルデ侯爵はエレーナの後ろに付いてきていた。

すうっと息を吸って、吐いて、心を落ち着かせた。

「──私、今の今まで誰かと婚約を結ぼうと思わなかったんです」

唐突に話し始めたエレーナをリチャード殿下は黙って見つめている。

その真摯な瞳に居心地の悪さを感じながらも続ける。

「色んな理由があるのですが、もう17歳ですし、こんな私でも公爵令嬢だから……いつかは結婚しないといけない。──なので決めました」

ここまで語ってエレーナは後ろにいるはずのヴォルデ侯爵の腕を掴んで引っ張った。

突然のことに驚いたのか、目を瞬いているリチャード殿下を余所に、エレーナは彼の表情を見るのが怖くて、前かがみになった。

「私、エレーナ・ルイスはアーネスト様と婚約することになりました!!!」

ギュッとヴォルデ侯爵の腕に縋り付く。

(言った! まだ肝心の条件満たせてないけど!)

達成感で紅潮するエレーナと反対にその場に流れる雰囲気は冷たく、落ち込んでいる。

「────話はそれだけかい? なら、そいつを貸してもらおうかな」

エレーナが何も言わないリチャード殿下を不思議に思い始めた頃、いつにも増して低い声が放たれた。

「え? あっあの」

(それは困る。まだあるのに)

慌て始めたエレーナ。リチャードはその横を通り過ぎて、アーネストの襟首を掴んだ。

「あー、やっぱりこうなるかー」

アーネストは自身が想定していた通りの展開になり、苦笑した。

「まっまだ終わってませんっ!」

止めに入れば、乱暴ではないもののやんわりと拒絶される。

「なら、これ以上何を聞けばいい? それとも祝言? 馴れ初め? ごめん。今は求められても何も出来なさそうだ」

向けられたことのない氷のような視線。頭から足元まで悪寒が走る。

ありえないのに、周りに咲いている花々も枯れていくように感じた。

だが、今にもヴォルデ侯爵が連れていかれそうだ。何とかしなければならない。

(ああ、こんなことになるはずじゃなかったのに。リチャード殿下何故か怒ってる)

喜んで貰えると思っていた。自分の周りの人達は全員伴侶を見つけていたから。ようやく、エレーナも見つけられて、安心してくれると思った。

怒るなんて想定していない。

どうすればいいのかわからなくて涙目になり、両手を神に祈るように握っているエレーナを見て、リチャードは少しだけ冷静さを取り戻す。だが、身体から滲み出ている不愉快な感情は隠しきれていない。

エレーナは、本当だったらこの後にもう1つ言わなければならないことがあった。しかし今、言おうとしていることはこの場には合わない。また日を改めて言った方がいいのだろうか。

及び腰になりながら口を閉ざしたエレーナとヴォルデ侯爵は視線が合う。

ヴォルデ侯爵は抵抗する気もないようで、リチャード殿下のされるがままだったが、ひと言、音を伴わずにエレーナに送った。

『──言って』

それを受け取ると、勝手に口が動いた。

(どうにでもなってしまえ! どうせ全部今日で終わるのだから。昨日許してくださいって言ったし)

「──リーさま、ずっとずぅぅっと小さい頃から好きでしたっ!!!」

そう勢いに任せて言いながら彼の袖を引っ張り、こちらに傾いたリチャード殿下の頬に背伸びをしつつチュッとキスした。

耳に入った言葉とエレーナの行動が理解できないとばかりに、これみよがしに殿下の頭が横に傾く。

それはそうだろう。他の人と婚約すると言ったそばから貴方が好きですと告白しているのだから。

何故かよくやった! みたいな感じでエレーナを見守っているヴォルデ侯爵。その呑気さにエレーナは少しだけ腹が立ち、リチャード殿下の反応が怖くて心臓がギュッと縮む。

(──無理だ涙が出てくる)

こんな、もっとちゃんとして、言おうと思ったのに。

泣かないで伝えるはずだったのに。

だから着飾って、夜も眠れなくなるくらい緊張していたのに。

理想とは程遠い状況だ。

何度も伝える言葉、文章を考えて、暗記してきたが今ので全部吹っ飛んでしまった。

視界がじわりと滲む。

(全部、ぜんぶ、ぜーんぶリチャード殿下のせいだ)

心の中で八つ当たりする。

「きっ気づいたのは数年前なのです。そっその時っは、リーさまの理想とは程遠くて、もう無理だって、気づくの遅かったって、なって……」

段々声が萎んでいき、鍵を付けて蓋をした感情を解き放して紡ぐごとに、情けなさと怖さで涙が溢れる。

ヴォルデ侯爵との婚約の条件その二は、『エレーナがリチャード殿下に告白すること』だったのだ。彼には言った方がスッキリするし、ケジメをつけられると説得された。

最初、提案された時はエレーナが聞き間違えたのかと思った。それを行う意義が理解できなかったから。

振られるのが確定しているのに告白するのは心のダメージが大きい。でも、告白しないと婚約しないと言われてしまったのだ。

──だから渋々承諾した。

狩猟大会までは忙しいからとその後に侯爵に付き添ってもらって、婚約する報告とともに想いを伝える算段。それが今日。予定よりは怪我等もあり遅れてしまったが……。

伝える前にリチャード殿下が不機嫌になるなんて誰が想像していただろうか。見たこともないほど怒っていてエレーナは正直怖い。

「でも、殿下は慕う方がいると聞いて、ああ自分も前に進まなきゃと思って、それでアーネスト様と婚約を結ぼうと…………」

頭の中がぐちゃぐちゃだ。多分今の自分の顔は涙で汚れ、化粧は落ちて、酷いことになっている。

「だからっ、そのっ、あのっ、兄みたいだと最近は思ってないのです。1人の男性として、リーさまのことが、好きで、お慕い申しておりましたっ!!!」

息を切らしながら言い切ると、羞恥心がエレーナを襲う。

(振られる……もういいかしら? 言ったからいいわよね。好きな人がいるからごめんねって……そんなの聞きたくないし。アーネスト様との約束は想いを伝えるのみだから)

頭はパンクしていて、まともなことを考えられそうになかった。

「本日はおいとましますっ! お時間を頂きありがとうございましたっ!」

顔を見れない。勝手に振られることを想像して、悲しくなって、ポロポロと次から次へと涙が零れる。

ヴォルデ侯爵が捕まっていることを忘れ、エレーナは踵を返し全速力でその場を離れた。

走る後ろ姿からは髪に挿されていた花々が落ち、芝生に置き去りにされていったのだった。