軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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ロマーインズの砦に、新しい警護主任が就任し、なかなか良い働きをしているという報告が上がった数日後、ギルフォードとシャンティはフォルト邸に居た。

夏真っ盛りの午後は、日差しも強く、ガラス越しに見える景色がなんだか揺らめいて見える。

けれど風通しの良い北側の応接室は、その光景を楽しめるほど涼しく快適だった。

シャンティは、祖母が淹れてくれた冷たいお茶を一口飲む。ミントの香りが鼻に抜けて爽快感が体中に広がる。

お世辞抜きで、祖母が淹れるお茶はとても美味しい。母が淹れるお茶も美味しかったし、同じ味がする。きっとフォルト家秘伝の淹れ方があるのだろう。是非とも自分も習得したい。

そんなことを思っているが、シャンティは口を開くことはしない。他の2名が話をしているからだ。

ちなみにこの応接室には、シャンティを含め計4人がソファに腰かけて向かい合っている。シャンティの隣にはギルフォード。そして向かい側には、シャンティの祖父母が。

そして現在進行形で会話をしているのは、ギルフォードと祖父のルジリッドだった。

「まぁ……シャンティを屋敷にかくまうと言った時点で、なにかが起こると思っていたが。まさか結婚するなんていう報告を聞くとは思ってもみなかった」

「事後承諾となり本当に申し訳ございません」

「まぁ……仕方がない。それに私も孫の幸せが一番だ。シャンティが選んだ相手なら反対する気は無いし、あれこれと言うつもりもない」

「それは本当にありがとうございます」

「ところで……な、少佐」

「いえ、今はギルフォードとお呼びください」

「で、では、ギルフォード殿」

「なんでしょうか。 義爺(おじい) さま」

「……頼むから、こちらをそんなに威圧するのはやめてくれないか?」

「……そ、それは失礼いたしました」

ルジリッドに対し深々と頭を下げるギルフォードは、シャンティの目には自身の非を素直に認め、誠実な態度を取っているようにしか見えない。

けれどルジリッドは、そうは取れないようで額に浮いた汗をせっせと拭いている。多分、怖かったのだろう。

あとシャンティ同様に、無言のままソファに着席している祖母のモニータは、にこにこと柔らかい笑みを浮かべている。

言葉で聞かずとも、孫娘の結婚を心の底から喜んでいるようだった。そしてモニータは、こっそりギルフォードに向け意味ありげな視線を送る。

どんな意味かは言わずもがな。そして多分、式で交わした取引は、一生ギルフォードとモニータだけの秘密となるだろう。

……ということは置いておいて。

本日シャンティとギルフォードは、祖父母に結婚の報告の為にフォルト邸に足を運んだ。

ま、挨拶だけではなく、ずっと白紙のままだった結婚誓約書の証人欄を埋めてもらうというのが一番の目的なのだが。

ギルフォードは正直、ドキドキしていた。

こんなに緊張したのは生まれて初めてで、理不尽なことばかり言う上官を殴った後の尋問会ですら、ここまで手のひらに汗をかくことなんてなかった。

大切な孫───シャンティに対して不誠実なことをしてしまった自覚はある。別荘で、気持ちを確かめあった直後のアレだ。

本人に承諾を得た行為だとしても、後で保護者から袋叩きにされる覚悟でギルフォードはシャンティを抱いた。雄の欲求というより、気持ちの面でどうしてもそうしたかった。

そして身も心も満たされ、ギルフォードは改めてシャンティが自分にとって大切な存在なのだと認識した。シャンティが居なくては生きていけないと思うほど。

そんなふうに真剣な眼差しを向けるギルフォードだが、端から見るとそれは「早く証人欄にサインしろ」と恐喝しているようにしか見えない。

そして、微塵もそんなことを思っておらず、かつ、そんな怖い顔をしている自覚がないギルフォードは、汗を拭きまくっているルジリッドに対し急な報告で体調を崩してしまったのかと心配している。

笑ってしまいそうな状況なのだが、本人達は笑い事ではない。

ただ唯一この状況を冷静に受け止めているモニータは、くすくすと笑いながら、ルジリッドに早く署名をするようペンを手渡した。

───それから5分後。

無事、ルジリッドが署名を終え、お茶のお代わりが各自の前に置かれれば、やっとこの部屋の空気は和やかなものに変わった。

「ところでシャンティ、結局、ぐだぐだな式になってしまったが……おまえはそれで良いのか?なんならもう一度どこかで式を挙げ直してもいいんだぞ?」

お茶で喉を潤したルジリッドは、そんなことを唐突にシャンティに切り出した。

だが、シャンティは片手をひらひらと振って、ついでに首も左右に振りながら口を開く。

「あー……もう良いです。疲れますし」

「疲れるって......シャンティ、お前なぁ」

呆れた顔になるルジリッドから目を逸らし、シャンティはお茶をこくこくと飲む。

シャンティにとって結婚式は”二度とごめんだ”というカテゴリに含まれるもの。本気でもうやりたくない。ただ祖父の気持ちもわからなくは無い。

そんなわけで、無言を選ばせてもらっているのだが、ここでギルフォードがとんでもないことをのたまった。

「恐れ入りますが、来月の始めに軍の大規模な夜会にはシャンティも妻として出席してもらおうと思っています」

「ああ、そういえばその手があったな。確かに、今回は隣国との小戦から節目の年だから、列席者もかなりの数になる。まとめて紹介するのには丁度良い」

ギルフォードの申し出に、ルジリッドは顎に手を当て、うんうんと頷いた。

要するにルジリッドは、シャンティが日陰の身のような存在として扱われることに対して不満を持っていただけ。

だから、式ではなくとも正式にギルフォードの妻として紹介できる場があればそれで良いと思っている。モニータも同じ気持ちでいたようで「あらあら素敵」と手を叩いて喜んでいる。

だが、当の本人は顔色を無くしている。

「そんなの聞いてないですよ?!」

「ああ、今伝えたからな」

ぎょっと目を剥くシャンティに、ギルフォードはあっさりと答えた。

彼のことを自分勝手な奴だと思わないでほしい。

なぜなら、事前に夜会のことをシャンティに伝えたら、絶対に嫌だと言われることがわかっていたから。でも、ギルフォードは着飾ったシャンティを見たいし、見せびらかしたいのだ。......あれ、やっぱり自分勝手な男だったかもしれない。

ちなみにギルフォードは、自分勝手だというのは自覚しているし、シャンティを嵌めたことに対して罪悪感を覚えている。でも、やっぱりどうしても諦めたくはない。

なので、身体の向きを変え、シャンティに深く頭を下げた。

「頼む」

「……うう」

ギルフォードの懇願を無下にしたくはない。

でもこれまで華やかな場になど縁がなかったので気後れしてしまう。最悪、ギルフォードに恥をかかせてしまうかもしれない。

などということを頭の中で悶々と考えるシャンティは、なかなか頷くことができない。そしてギルフォードも、これ以上強く要求を口にすることはできない。

そんな中、穏やかではありが、芯のある声が部屋に響いた。

「シャンティ、夫を困らせてはいけませんよ」

モニータのそれは、まさに鶴の一声だった。

このフォルト家において影の支配者はモニータである。例え白いものでも彼女が黒と言えば、黒になる。

そんなわけでシャンティは、自分の気持ちとは裏腹に夜会に出席することが決定した。

───……だが、これが単なるお披露目で終わることはなかった。

どうやらこの夫婦、何かしらのイベントでは必ず厄介事に巻き込まれる星の下に生まれたらしい。