作品タイトル不明
1★
光があれば、影がある。
それは当然のことで、自然の摂理である。
ここヨルシャ国の王都ユリンシアとて例外ではない。
天高くそびえる白亜の王城が花嫁衣裳だとしたら、それを取り囲む街は、さながらヴェールのようなもの。花嫁衣裳を彩るために、清潔で控えめな美しさを持っている。
けれど、やはり影はある。
王都に住まう者が皆、裕福な人たちとは限らない。
貧しさ故に仕事を求めて地方から来たが、結局貧困から抜け出せ無い者もいれば、王都で職を失い、でも、故郷へ戻ることができずここに留まるしかない者だっている。
そんな人達は、王都のとある一か所で身を寄せ合い、何とか今日を生き延びる生活を送っている。そこには独自の掟があり、自警団も軍人たちもある程度は黙認している。
その場所を、王都の人々は貧民街と呼んでいる。
そして、この場に似つかわしくない高位の軍人服を着て、ギルフォードは貧民街を歩いている─── とある人に会うために。
ある種独特な空気と、すえた匂いが充満するここに、過去何度か足を運んだことがある。
そして、死が身近に感じられるここは、戦場によく似ているともギルフォードは足を運ぶたびに思ってしまう。
軍人であるギルフォードは、過去隣国との小競り合いの為、戦場に赴いた経験がある。生還できたことが奇跡だと思えるような経験も何度もした。
だから、ここは個人的な感情として、あまり足を運びたくない場所。かつての血なまぐさい過去を鮮明に思い出してしまう所。
そして死んでしまった戦友たちが、ひょっこり顔を覗かせてくれるような恐怖と郷愁を感じさせられるところでもあるから。
「……いかん、気持ちが持っていかれるな」
ギルフォードは深く息を吐いた。次いで、鋭くなってしまう眼光を押さえる為に、両の目頭を揉んだ。
今日はここに任務で来たわけではない。
軍が動かなければならないような大きな事件が起こったわけでもない。
ギルフォードは完全なる二つの私用で、自分の意思でここに来た。自分自身のけじめをつける為と、愛する人の願いを叶える為に。
ただ、長々と居たい場所ではないのでギルフォードは、速度を上げて歩を進める。
ギルフォードが探している人間はこの近くで働いている。かつては光が差す方の王都で華やかな職に就いており、将来を約束された人物だ。
ただ今は、かつての職を自ら放棄して、この貧民街で鉄くず拾いをして日銭を稼いでいる。
そうなった経緯はギルフォードは誰よりも詳しく知っている。ただ憐れとも思わないし、同情する気も無い。
冷たい言い方だが、自業自得だ。その男は、自分からこうなることを選んだのだ。
「……それなのに、なぁ」
ギルフォードは再び独り言ちた。
複雑な心境を誤魔化すように、がしがしと後頭部をかく。本当に、参ったものだと、また呟いて。
でも、足は止まらない。目的地は既に目前だった。
そして王都のゴミというゴミが集められている一角に、その人はいた。
裕福な人間からしたら、ただのゴミでしかないここは、貧困にあえぐ者にとっては宝の山に見えるようだ。
ゴミを漁る連中は、思いのほか多かった。
そして一度はゴミとして捨てられたものは、彼らの手によって磨かれたり、修復されたりして、市場に並んだり、商人などが引き取ったりするのだろう。
経済に対してそこまで詳しくは無いギルフォードだが、なかなか良くできているなどと冷静に考えながら、さらに歩む速度を上げる。
対してゴミの山にいる連中は、突然現れた軍人に対して不審者の目を向ける。中には違法行為を行っている者もいるのだろう。あからさまに、怯えた表情を浮かべる者もちらほらいる。
そしてその中で、一人だけ招かれざる客に見向きもしない男がいた。
法など犯していないという自覚があるのか、それとも、他人のことなどどうでも良いと思っているのか必死に作業に集中している。
ただ長い間、貴族として生きてきたせいで動きが洗練されており、それが妙に哀愁を誘う。そしてかつては、ここを取り締まる立場にいた人物だ。
ここでの作業はさぞかしやりにくいだろうとも、ついギルフォードは思ってしまう。そして、さらに居心地悪い思いをさせることになるだろうとも。
だがギルフォードは、そんな感情を捨て、その男に向かい口を開いた。
「─── 君はアルフォンス・ロッセで間違いないか?」
名を呼ばれたその男は、身に付いてしまった習慣で高位の軍人と知るや否や、背筋を伸ばした。
次いで指先を揃えて、それを額に当てようとした。が、寸前のところで留まり、中途半端に浮いた手をそのまま首に巻いているタオルへと持っていき乱暴に汗をぬぐう。
その仕草をギルフォードはじっと見つめている。返答を急かすつもりはない。
だが、相手にとってそれは無言の圧力に近いもの。そして、それに長々と耐えられる精神力は持ち合わせていなかった。
「......そうです。私がアルフォンスです」
小さく頷いたその男は、まるで犯罪が見つかったかのように観念した表情を浮かべ俯いた。