作品タイトル不明
13★
ポロポロと涙を流すシャンティを見て、ギルフォードは驚愕した。
なぜ、君が涙を流すんだ?!
泣きたいのはこっちのほうだ、と。
ギルフォードはシャンティの一挙一動の全てがわからなかった。
逃げた花婿の行方を伝えたら、てっきり憤慨するか泣き崩れるかと思いきや、穏やかな笑みを浮かべるし、こっちが報復を提案すれば、自分の事をコケにしたのだから幸せになって欲しいとあり得ない願いを口にするし。
まったくもって意味が分からなかった。
しかも挙句の果てには、この生活を締めくくる言葉を紡いだ途端、泣き出すし。
シャンティが何かしらに悲しんで涙を流しているのはわかるが、ギルフォードの心だって満身創痍の状態だ。
あまりに心が痛み過ぎて、ぶっちゃけ、泣くタイミング違くね?!と、部下のエリアスみたいな口調で叫んでしまいたかった。
でも、気付けばシャンティを優しく抱き寄せていた。
「シャンティ、泣かないでくれ」
「ぅうっ、ひぃっく……だ、だっでぇ゛」
「だって、なんだい?」
「ギルさんがぁ、何にも言ってぐれ゛ないがらぁ」
「……す、すまない」
咄嗟に謝っては見たものの、正直、どんな言葉を返せば良いのかと、逆に聞きたくなる。
まさかのまさかだが、「こちらこそ、ありがとう」という言葉が欲しかったのだろうか。もしそうなら、自分の心は即死する。
そんなことを考えながら、ギルフォードは深い息を吐く。
すぐに、シャンティの泣き声が大きくなる。どして?
ギルフォードはますます混乱を深めていた。
ただシャンティの身体から甘い香りがして、ついつい髪に顔をうずめてしまう。可愛い。
こんなに可愛らしく愛おしいのに、そして全身全霊でそれを伝えているのに、どうして彼女の元にだけ届かないのだろうと苦い気持ちになる。
これが神様の悪戯というなら、今すぐシメる。
と、ギルフォードは本気の殺意を、全知全能の敬うべき存在に向けた。
もちろんこれが偽りの結婚生活で、互いの結婚相手だった人間が見つかるまでの期間限定のものだということをギルフォードは忘れたわけではない。
ただ、例外……という言葉は、シャンティの頭の中には無いのだろうか。
「シャンティ、聞いてくれ」
「もう、ずっと聞いでま゛ずぅ」
「……そうだな。これもすまない」
謝れば、シャンティの号泣再び。
ギルフォードは頭を抱えたくなった。
いや、実際にはシャンティの頭を抱えている。そして今度は、頬を摺り寄せている。しつこいが、可愛い。
ただシャンティの涙に動揺しすぎたギルフォードは、本当に本当に、人として最低な発想であるが、手っ取り早くこのまま彼女をベッドに押し倒して、身体でこの気持ちを伝えたくなってしまう。
だがギルフォードは理性を総動員して、再び口を開いた。
「……ええと、シャンティ。質問だが、私達は期間限定の夫婦だったね?」
「ばい゛」
「だが、私は終わらせたくはない」
「な゛ん゛でですがぁ?」
「……君を本当の妻にしたいからだ」
「へ?」
ああ、なんという悲しい返事なのだろう。
なし崩しとはいえ勇気を振り絞って自分の気持ちを伝えた結果、たった一文字の疑問詞だけ返ってくるなんて……。
ギルフォードは時間を巻き戻したくなった。
ただよく見れば、シャンティの頬はうっすらと赤い。
それは泣きすぎて火照っているわけではない。涙に濡れたスミレ色の瞳は、探るようにこちらを窺っている。
言葉にこそしていないが『え?嘘?マジで?』と、その瞳が雄弁に語っている。そして、拒絶の色はなかった。
それを見た途端、ギルフォードは空に羽ばたいていた青い鳥が、脅すことも弓矢を使うこともしないのに、手のひらに落ちてきてくれたような気持ちになった。
知らず知らずのうちに口元に笑みが浮かぶ。
ぎゅっと抱え込んでいたシャンティから、片腕だけを離して、その頬に手を伸ばす。
指先で拭いきれない程、シャンティの顔は涙でぐしゃぐしゃだったけれど、ギルフォードは構わずその額に口づけを落とした。
それからポケットを探りハンカチを取り出すと、シャンティの濡れた頬や目元を拭う。
─── ああ……やっと彼女の涙を拭うことができた。
遅れて気付いたその事実に、ギルフォードは、あの日のやり直しができたことを知る。
「……私は、ずっとこうしたかったんだ」
「へ?」
きょとんと眼を丸くするシャンティに、ギルフォードはもう一度、額に口づけを落とした。
そうだ。気持ちを伝える前に、彼女にきちんと話さなければならないことがあった。
あんなにも準備立てていたのに、予想外の出来事で、諸々をすっ飛ばしてしまったとは情けない。
ギルフォードはそんなことを考え反省しながら、シャンティの目尻に残った涙を舌でふき取る。
シャンティはくすぐったそうに身をよじる。でも、ギルフォードは優しく腕の力を込めてそれを阻止する。そして、そのまま耳元に唇を寄せこんな言葉を落とした。
「突然だがシャンティ、私の昔話に付き合ってくれないか?」
ずずっと鼻をすすったシャンティは、何も聞かずこくりと頷いてくれた。