作品タイトル不明
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ギルフォードは言葉ではなく、態度でコラッリオに示した。「自分が選んだのはお前ではない、シャンティだ」と。
コラッリオは、何も言えなかった。いや、何か訴えたくても、きっとギルフォードは耳を傾けてくれないだろうとわかっているから。
ふてぶてしさなら一級品のコラッリオがそう思うほど、ギルフォードは現在自身の膝の上にいる女性と戯れるのに忙しそうだった。
「シャンティ、もっとこちらに身を寄せたまえ」
「いやいや、無理無理っ。ギルさん、あのっちょっとこれは───」
「こら、シャンティ。動くな、危ないから。まったく、いい加減これに慣れてくれ」
「慣れませんっ」
まさかギルフォードが椅子替わりになるなど思っていなかったシャンティは、顔を真っ赤にしながら、そこから逃げ出そうとワタワタと暴れている。
対してギルフォードは、困ったように笑いながらシャンティを優しく背後から抱きしめる。
でもその表情は思い通りにならないことすら楽しんでいるよう。
そしてどうやらこのやりとりは今日始まったことではなく、以前から何度もされているというのが容易に想像できた。
……はっ、馬鹿じゃないの?
コラッリオは、人前でイチャイチャしだした元婚約者に対して、そう言いたげに呆れた表情を作った。
でも、ヒリヒリと胸が痛み、悔しさで腸は煮えくり返っている。
ギルフォードの膝の上にいる女性は、ブサイクではない。認めたくは無いが、愛嬌のある顔立ちだ。だが、言葉遣いや所作はどう見たって平民だ。
つまり、コラッリオは平民に負けたのだ。
爵位と美貌があればどうとでもなるという考えを否定されたのだ。完膚無きまでに。
それは彼女にとって晴天の霹靂であった。
何が正しくて、何が有利で、何が強いのか。
コラッリオはこれまでの価値観が音を立てて崩れていくのを、ただ茫然と受け入れることしかできなかった。
そんな彼女に、ギルフォードは更に追い込みをかける。
「さて、コラッリオ殿、君の謝罪の言葉は受け取った。わざわざ御足労いただき手間をかけたな。馬車が必要ならこちらで用意するが?」
シャンティを膝に乗せたまま、ギルフォードは言った。
口調はずいぶんと穏やかなものになったけれど、これ以上話をする気は無いとありありと告げている。もっというなら、邪魔だからもう帰れと、遠回しに言っている。
もちろんこれにも言い返すことはできない。
そして、コラッリオはギルフォードとの復縁に完敗したのだから、これ以上、ここに留まる理由は見つからない。
「結構ですわ」
淡々とした口調でコラッリオは、ギルフォードの最後の気遣いを跳ね除けた。次いで視線を横に向けた。
惨めな顔をギルフォードに見られたくなかったからではない。少し離れた場所に、この屋敷の執事───ダリスがこちらの様子を心配そうに窺っているから。
そしてコラッリオの視線に気づいたダリスは、素早くテーブルへと近づくと、慇懃に礼を取り椅子を引く。
「出口までご案内させていただきます」
再び一礼した執事に、コラッリオはわずかに顎を引いた。
次いで席を立ち、優雅に歩き出す。
せめて立ち姿だけでも美しく見えるよう、コラッリオはいつもよりゆっくりと左右の足を動かした。
爵位を持つ以上、どんな状況であっても俯くのは恥でしかない。だから凛と顔を上げて、まっすぐ進行方向だけを見つめる。
それは貴族令嬢であるコラッリオの、なけなしの矜持であった。
季節外れの嵐を運んできたコラッリオが姿を消して、小鳥たちが再び菓子の欠片をよこせと集まってきて。
ピッピッ、ピチチッと小鳥の鳴き声を15回数えた後、シャンティはおもむろに口を開いた。
「……ギルさん」
「なんだい?シャンティ、もっとお菓子を取ろうか?」
「いえ、まだお皿に残っていますので大丈夫です」
「なら、お茶のお代わりを淹れようか?」
「お気遣いいただきありがとうございます。でも、それも大丈夫です」
「なら、他に……」
視線をさ迷わしながら、世話を焼こうとするギルフォードに、シャンティはきっぱりと自分の主張を口にした。
「降ろしてください」
「このままでは駄目か?」
間髪入れずにそう問われて、シャンティの眉はハの字になる。でも、迷わず首を横に振る。
「駄目ではないですが、できることなら降ろして欲しいです」
「……そうか」
心底残念だと言いだけにギルフォードは息を吐いた後、シャンティのお腹に回していた手を解いた。
そうすればシャンティはすぐさま立ち上がり、ギルフォードに向かって頭を下げた。
「お二人の大切な話し合いだったのに、勝手に口を挟んでしまって……ごめんなさい。あと、コラッリオさん……お見送りしなくて」
───良かったんですか?
そう言おうとしたけれど、大きくて温かいものが頭に乗って、シャンティは最後まで言い切ることができなかった。
驚いて顔を上げれば、ギルフォードが目を細めて笑っていた。大きくて温かいものは、ギルフォードの手のひらで。
その手は、何の躊躇もなく、シャンティの髪をクシャリと撫でた。
「あの時のシャンティは、とても勇ましかったな」
「……はぁ」
「思わず見惚れてしまった」
「そんなまさかっ」
「そういう謙虚なところが愛らしいな」
「へぇ?!」
さらりと紡いだギルフォードの言葉に、シャンティは頭で考えるよりも身体が先に反応した。
でも、ビクンと跳ねて後退しようとした華奢な体は、再びギルフォードに捕まえられてしまう。
「だが、少々予想外だったな」
「……それはどういう意味ですか?」
すっぽりとギルフォードの腕の中に収納されてしまったシャンティは、そおっと上目遣いで問いかける。
すると、彼は困ったように視線を彷徨わせた。
けれどすぐに口を開く。でも、それはシャンティへの誠実な返答ではなく、ちょっとズルい時間稼ぎのもの。
「まぁ、とにかく食堂へ行って、朝食を食べよう。といっても、昼食に近いがな。付き合ってくれるか?シャンティ」
琥珀色の瞳の中に、僅かな誤魔化しを感じ取ってしまったシャンティだったけれど、彼女もまた同じ気持ちだった。
「もちろんです」
がっつり菓子を食べ続けていたけれど、甘いものは別腹。
そんな言い訳を自分にして、シャンティはギルフォードの提案に大きく是と頷いた。
───これが、二人で食べる最後の朝食になるかもしれないから。