軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

少し時間が経って。

レンは七歳になるまで特筆すべき訓練を積むことができなかった。

騎士の子なのに意外だが、両親はそれを急がず、レンの身体が成長するのを待ったのだ。

だが幸いなことに、レンが七歳になり身体を動かしやすくなったところで、父のロイが「剣を振ってみるか?」と提案した。

季節は春、レンが七歳になった日の翌朝のことである。

「というわけで、家の外に出ることも解禁する。今日からはこの屋敷の庭に限ってなら一人で出ても構わない。だが、柵の外に出たらゲンコツだぞ」

「それはわかりましたけど……あの柵もいい加減直しませんか? リグ婆(、、) も危ないって言ってましたよ」

「むっ、リグ婆に言われたら仕方ないな。今年中には直すようにしよう」

会話に出てきたリグ婆と言うのは、レンがこの世界に生を受けた際、ミレイユと共に居た老成した声の主である。

リグ婆はこの村でたった一人の産婆で、ここ数十年は彼女の手を介さずに生まれた赤ん坊は存在しない。それゆえ、貧乏貴族のアシュトン家も頭が上がらなかった。

「――――訓練は午後からはじめる。訓練用の木剣は倉庫にたくさんあるから、好きなものを選んでおいてくれ」

ロイはそう言い、ロングソードを背に土間の傍にある扉に向かった。

「行ってらっしゃい、父さん!」

「あなた、気を付けてね!」

「おう! 待ってろよ! 今日も頑張って魔物を狩ってくるからな!」

一応は騎士の爵位を持つロイだが、貴族らしい仕事は特にない。それらしい仕事と言えば、年に数回、仕える男爵に提出する書類を用意するくらいだ。

このときばかりは、いつも快活なロイも机の前でうんうん唸っている。それ以外の日は今日のように魔物を狩ることに勤めており、書類仕事のときと違い生き生きとしていた。

(安全のためでもあり、収入のため。一石二鳥の仕事だ)

以前ミレイユも口にしていたことだが、ロイが魔物を狩ることで、この貧乏な村の収入を増やすことにも一役買っている。

農業だけでは、アシュトン家もこの村も生活が厳しいのだ。

(だったら移住すればって感じもしたけど)

人間、そう簡単に生まれた土地は離れられない。理屈だけではどうしようもないことがあるということで、生きるために頑張るしかないわけだ。

「ごちそうさまでした! 俺は書庫に行って勉強してきます!」

「あらあら、今日もいい子ね」

可憐な笑みに見送られたレンはキッチンを後にして、最近は特に軋むようになってきた木の床を踏みしめて屋敷の中を進む。

足を進めた先にある書庫だが、書庫と呼ばれているが蔵書量は大したものではない。

ただ、レンにとっては数少ない情報源である。そのため三歳を過ぎてからは、毎日のように通っていた。

「さて」

今日も今日とて書庫の前まで足を運び、古臭い扉を開け放ち中に入った。

アシュトン家の屋敷にある書庫は決して広くない。一人用のベッドを三つも並べれば、他に物を置けなくなるくらいの広さだ。

調度品は片側の壁一面の本棚が一つと、窓際におかれた机だけ。

レンはその机に向かい、脚がぐらぐらする丸椅子に腰を下ろした。

「今日は何を読もうかな」

机の上には、レンが今日まで文字の読み書きの勉強に使った本が並んでいた。

転生したレンは口語こそ問題なかったが、この世界の文字を書くことはできなかったし、読めなかった。最初の頃はミレイユに教わりながら本を読み、字を書く練習をした。一人で本を読めるようになったのも、ここ一年の間のことだ。

このことを思い出したレンは懐かしみながら一冊の本を開く。

「それにしても、本当にでっかい大陸だなー……」

この本に書かれているのは、ゲーム時代と変わらぬ地理に関する事柄だ。レンは食休みがてらこの本を読みはじめる。

最初のページに書かれているのは、この世界にある大陸についてだ。

中でも、レンが住む国がある大陸からはじまっている。

この大陸の名はエルフェンと言い、主神エルフェンの名を冠する大陸だ。

大地は一部を除いて湛えんばかりに肥沃。さらに鉱山資源や海産資源に恵まれたこともあって、主神に祝福された大陸と呼ばれている世界の忠心である。

ただ、祝福されていると言っても長い歴史の中では人々の争いがあって、魔王をはじめ、魔物による被害もある。それ故、多くの国が現代まで存続できていない。ほとんどの国は他の国に吸収されるか、滅びを迎えるかのどちらかだった。

しかし、中には例外の国が一つだけ存在する。

――――それが、レンが生まれた国。

エルフェン大陸西方の雄にして、七英雄の伝説の舞台であるレオメル帝国だ。

レオメルは獅子王と呼ばれる祖がおよそ千年前に興して以来、数多の戦争において不敗を誇ってきた大国である。

軍事力が他の国々の比ではないこともあり、レオメルに戦争を仕掛ける国は皆無だった。

加えて、七英雄と呼ばれるレオメル人たちが魔王を討伐したことで、戦争を仕掛ける国はゼロになった。多くの国々がレオメルに恩義を感じ、手出しすることをよしとしなかったのだ。

…………と、ここまでが、七英雄の伝説における世界の基本情報となっている。

「それで俺たちの村は――――」

レンは世界地図の中でも、レオメル帝国が北西の隅に目を向けた。ここには黒い印がつけられている。これこそが、レンが住んでいる村の場所だ。帝都までは馬車で二か月と少しを要するほどの辺境である。主君たる男爵が住む都市までだって、馬で東に十日前後を要する。

一応、 北東に進めばさらに大(、、、、、、、、、、) きな都市もある(、、、、、、、) 。

だがその都市を統べる子爵は、アシュトン家と何らかかわりがない。だから足を運ぶこともなさそうだ。

「……そろそろ勉強するか」

もう食休みも十分だ。

頬を軽く叩いて意気込んだレンは手ごろな本を開くも、今日はいつもと違い、集中力が欠けていた。

わかっている。

午後の訓練が楽しみで勉強が手に着かないのだ。

「駄目だコレ」

その後も何度か集中することに努めるも、結果は変わらず。

諦めたレンは立ち上がると、訓練用の装備がある倉庫に向けて足を進めたのだった。

◇ ◇ ◇ ◇

午後になり、ロイが屋敷に帰ってきた。

彼はリトルボアを五匹も肩に担いで屋敷に戻ったのだが、その姿を見たレンはロイの剛腕に目を見開いて驚いた。

ロイはそれらの魔物をキッチンにある土間に置くと、レンが待つ庭に戻ってきた。

「ん? そんな木剣なんてあったか?」

そう言ったロイの視線の先には、木の魔剣を手にしたレンが立つ。

「これじゃダメですか?」

「いや、別にいいぞ。よくそんな小さいのがあったなって驚いただけだ」

レンが倉庫に行った際、彼は幾本もの木剣を確認した。

中には木の魔剣と同等の長さの木剣もあったから、それなら――――と思い、堂々と木の魔剣を手にしていた。だから腕輪も装備しているが、訓練のために革製の防具を纏っているため、ロイに見られることはない。

「似合うじゃないか」

「この装備、父さんが作ってくれたって本当ですか?」

「ああ。俺も使うから革を縫うのは得意なんだ」

「ありがとうございます。おかげで色々と助かりました」

実際のところ、レンは『魔剣召喚』のスキルを隠すべきか迷っていた。

ただ、子供がスキルを用いることが普通なのかわからなかったため、しばらくの間は隠しておく方が収まりが良いと思い、今に至る。

「それで訓練だが――――」

ロイが口を開き、レンがはじめての経験に心を躍らせた。

「打ち込んで来い」

「――――へ?」

「悪いが、俺に指導力を期待するんじゃないぞ。いくらアシュトン家が騎士とはいえ、こんな辺境で生まれ育った俺は誰かに剣を教えたことなんてないからな」

「……すごい説得力ですね」

「俺も死んだ親父と同じような訓練をしてたぞ」

「なるほど。それで魔物と戦えるようになったのだから、俺も大丈夫ってことですか」

「さすがレンだ。理解が早いな」

良く言えば実戦主義といったところか。

剣の扱いを学ぶのに何が正しいのかはレンにもわからないが、ロイがそうして育ったのなら、教え方が悪かったとも言い切れない。

「ほら、遠慮しなくていいぞ」

以外にも、高揚した心はそのままだった。

レンは木の魔剣を握る手に自然と力を込めると、腰を低くして――――。

「――――わかりました!」

身体を前に押し出すように踏み込んだ。

軽い。まるで自分の身体ではないみたいだ。

転生してからというもの、これほど力を込めて身体を動かしたことはなかった。ここにきて、自身の身体能力に驚かされる。

「いい踏み込みだッ!」

レンはロイの声を聞きながら、木の魔剣を大きく振りあげた。

さすがに自然魔法(小)を試すつもりはなく、ただ全力でロイに向けて振り下ろすのみ。

「ぐっ……!?」

が、当たり前のように受け止められる。

ロイが真横に構えた木剣とレンの木の魔剣が重なると同時に、強い衝撃がレンの手元を駆け巡った。

「身体が動かなくなるまでつづけるぞ!」

「は……はいっ!」

気丈に答えたレンは手元が若干痺れていることに気が付く。

これは先ほどの強い衝撃による余波だった。

「――――はぁああッ!」

二度、三度と踏み込んだ。

待ち受けるロイに向けて何度も何度も木の魔剣を振り、彼の防御を崩すことを試みる。

しかし、圧倒的な膂力の差と体格差のせいで、崩せる気配は皆無だった。

それでも――――。

(なんだろ、楽しいな)

レンは楽しさを見出し、諦めることなく立ち向かう。

やってることといえば待ち受けるロイに対し剣を振るだけの単純作業だったのに、楽しくてたまらなかったのだ。

(楽しいのはきっと、これが俺にとってのレベル上げだから――――ッ!)

努力したその先には、スキルレベルの上昇が待っているはず。

そう思うと、レンは全身を襲う疲れにも耐えられた。

「はぁ……はぁ……ッ」

息が切れても、

「ぐっ……!?」

ロイの膂力を前に弾き飛ばされても、

「まだいけますッ!」

その先に待つレベルアップのため、諦めずに身体を酷使することができた。

……しかし、いくら志が高くともレンはまだ七歳児だ。

特別なスキルを手にファンタジー世界に転生したところで、これまで訓練らしい訓練をしたことのない七歳児には、いままでの動きを何十分もつづけることはできない。

レンは訓練を開始してから三十分と経たぬうちに全身から力が失われていき、最後はあっけなく地面に倒れ込んだ。

「…………か、身体が動かなくなりました」

「お疲れさん。また急に倒れたな」

大の字になったレンがロイを見上げて言った。

「ま、今日はここまでにしとくか」

「……面目ありません」

「馬鹿言うな。我が子ながら七歳とは思えない動きだったぞ。――――ってなわけで、俺は汗を流すために湯を沸かしてくるが、レンはどうする? もう少し涼んでるか?」

「ですね――――そうします」

「ああ。それじゃちょっとしたら迎えに来る」

そう言ったロイが立ち去っていく。

レンはその姿が屋敷の中に消えるのを確認すると、腕の防具を外し、隠していた腕輪に目を向け、

・魔剣召喚術(レベル1:2/100)

「よしっ!」

熟練度が確かに増えていたのを見て、屈託のない笑みを浮かべて喜んだ。