軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

強くなるために必要なこと。

数週間が過ぎた。

ベッドの上から窓の外を見れば、外に植えられていた木の葉が落ち切っていた。

レンが『魔剣召喚』を試したのが生後半年だったから、今は生後およそ七か月か八か月といったところだろう。

逆算すると、レンが生まれたのは四月になる。

ところで、この世界はプレイヤーに分かりやすいよう現実世界を元に造られているから、一年は十二か月で一日は二十四時間である。

だからレンの誕生月も間違えていないはずだ。

(わかってきたぞ)

レンは召喚した木の魔剣を手に、満足げに頬を緩ませた。

実は『魔剣召喚』を試した日以来、翌日を除き毎日のように木の魔剣を召喚していた。翌日を除くと言うのは、例の頭痛が怖くて忌避してしまったから。

――――でも諦めなかった。

諦めきれずに試すと、二度目の召喚は一度目ほど辛くなかった。

そして三度、四度と繰り返していくごとに、レンは頭痛と身体の重さが以前と比較にならないくらい軽くなったことに気が付いた。

(最初のあれは魔力切れのせいだったのか)

七英雄の伝説においても、魔力切れを起こしたキャラクターは一時的にステータスが低下する。

レンも同じ状況に陥っていたのだ。

(きっと、この世界はゲームと違って、ステータスにはレベルの概念がないんだ。じゃないと俺が成長したことの説明がつかない)

たとえば体力、それこそ攻撃力だってレベルに依存しない。

個人差はあるが身体の成長に伴って体力などが成長する。あるいはレンのように、限界まで魔力を消費して成長させるかのいずれかだろう。

攻撃力を上げたいなら、それこそ限界まで身体を酷使するとか……。

つまり、努力しろという話である。

(それにしても……計画が一つ破綻した……)

あくまでも七英雄の伝説の世界と同じであることが前提となるが、レンは効率がいいレベルのあげ方を知っていた。

それで楽をして平和に生きようと思っていたのだが、残念なことに駄目らしい。

最近ではこのくらいなら大丈夫……という魔力がどの程度持つかの感覚も掴めていたから、この調子で努力を重ねる他ないのだ。

「あう……」

とは言え、思うように身体が動かない。

何度も何度も『魔剣召喚』を使って魔力は成長したようだが、これ以上のことはできていなかった。

早いうちに剣の振り方を覚えたかったのに、まだ赤ん坊の身体がそれを許さない。

(いまは諦めて魔力を伸ばすしかないか)

――――と、レンは深々とため息をついたそのときのことだった。

「レン! 起きてるかー?」

部屋の扉が開かれて、体格のいい男が足を運んだ。

慌てたレンは消えろと念じて魔剣と腕輪を消す。これも最近覚えたことだった。

「お、起きてるじゃないか。また外を見ていたのか?」

「あう!」

「よしよし! それじゃお父さんがもっと近くで見せてやるからな!」

この男は自分で口にしたように、レンの父だ。

名をロイ・アシュトンと言い、ミレイユと同い年のまだ若い男だ。

(相変わらずすごい筋肉だ)

ロイの顔立ちは精悍で、ミレイユの隣に立つとよく似合う。

彼の腕に抱き上げあげられたレンがその顔立ちを見上げていると、ロイは爽やかな笑みを浮かべ、白い歯を見せて言う。

「ほら見てみろ。我が名もなき村は今日も立派に辺境してるぞ!」

辺境を動詞に使ったロイは窓を開け、少し肌寒い風で短めの金髪を揺らす。

(うん。今日も今日とて辺境だ)

七英雄の伝説では明らかにされていなかったが、レン・アシュトンの生まれ故郷は田舎も田舎、それはもうド田舎で、人口は二百人に満たない小さな村だ。

窓の外に広がる田園地帯には、素朴な家々が点在している。

「見えるか? あっちにあるのが森だぞ」

ロイが指さした方角には木々が鬱蒼と生い茂る森が広がっていた。一見すれば何の変哲もない森だが、一つだけ存在感のある岩がそびえ立っている。

「だう?」

それをレンが指さすとロイが言う。

「あの岩が気になるのか? あれは ツルギ岩(、、、、) って言ってな、見ての通り剣みたいに尖った岩だ。森に入ってから一時間半も歩けばつくぞ」

その高さは十数階建てのビルほどもありそうだ。

何の気なしにそのツルギ岩を眺めていると、不意に少し強い風がレンの頬を撫でた。

「だう!」

寒くなってきたことをレンが訴えかけるも、ロイは勘違いした様子で言う。

「そうかそうか! 外を見るのは楽しいか!」

これはもう駄目だと悟ったレンは遠い目をした。

もはや、ロイの気が済むまで田園地帯を眺めるしかなさそうだ。と、半ばあきらめかけたところで、

「でも覚えておけよ。ここから見える畑の奥にある森には絶対に行っちゃ駄目だ。この辺りの魔物は弱いとは言え、レンを見たら襲い掛かってくるからな」

ロイはレンの興味を引く言葉を口にした。

(魔物……?)

「ま、弱いおかげでこの村もどうにかなってる。倒せば肉を食えるし、魔石なんかも売れば金になるからな。だから俺一人でもなんとかなるわけだ」

(魔石! そうだ! 魔石だよ!)

魔剣召喚を繰り返して魔力を成長させるほかに、まだできることがあったじゃないか。

そう、魔石を使って熟練度をあげなくてはいけないのだ。

(魔石……見せてくれないかなー……)

レンが期待に満ちた瞳でロイを見上げると、ロイは視線に気が付いてレンを見下ろした。

「もしかして魔物が見たいのか?」

レンが首を横に振る。

「んー……ってことは、魔石が気になるのか?」

今度は首を縦に振った。

先ほどの勘違いした様子から打って変わって、ロイはすぐに気が付いて窓を閉めた。

「よっし! なら父さんが見せてやろう!」

そしてレンを抱いたまま、部屋の外へ連れ出した。

レンがはじめてみた自室の外は、レンの部屋に劣らず中々にぼろい。

廊下に使われた木材は暗い茶色をしていたが、ところどころ色が抜けて古臭い。飾りっ気の一つでもあればまた違っただろうが、調度品なんてものは一つも見当たらなかった。

(そういえば、アシュトン家って爵位は騎士だったっけ)

これはあくまでも七英雄の伝説における知識だ。

「むむっ……この屋敷もそろそろ直さないとな……」

唐突に床板が大きくきしんだことで、苦笑いを浮かべたロイが口を開いた。

彼はゲームの知識を覚える最中だったレンを見て、語り聞かせるように言う。

「……親から受け継いだこの屋敷には思い入れがあるが、いい加減限界らしい。ま、修繕は村が儲かることでもあれば考えるか。――――レンもよく覚えておけよ。貧乏騎士には金の余裕がないってことだ」

都合のいいことにすべてロイが説明してくれた。

(父さん、赤ん坊に聞かせる話じゃないよ)

ひと先ずまとめると、アシュトン家は辺境の騎士の家系で、現当主のロイ・アシュトンは父から屋敷と爵位を受け継いだようだ。

爵位における騎士とは一代限りと思っていたが、この世界では違うらしい。

(あ、いい匂いがしてきた)

レンの鼻孔を肉が焼ける匂いがくすぐった。

ロイはその匂いが漂ってきた方角に歩いていき、その先にあった扉を開け放った。

「ミレイユ! レンを連れてきたぞ!」

扉の奥はキッチンだった。

スペースの半分以上が土間になっていて、外に通じる扉が備え付けられた、どこか古風なキッチンだ。

「あ、あなた!? 急にレンを連れて来てどうしたの!?」

「いやな、レンが魔石を見たいっていうもんだから」

「そんなこと言うはずないでしょ! もう!」

レンは「それがあるんです」と心の中で言った。

そのままロイに抱かれるままに、ミレイユが居た土間の方へ向かっていく。そこには石造りの水場と、煤が目立つ小さな かまど(、、、) があった。

驚きの表情を浮かべたミレイユはそのかまどの前に立っている。

「もーっ! レンをお部屋から出す時期はちゃんと考えてたのに! あなたっていつもそう! 思い立ったら自分ひとりでやっちゃうんだから!」

「い、いつもって……別にそんなことないだろ!」

「いーえ! いつもよ! 私たちが五歳のときだってそうだったじゃない! はじめて一緒に外に出て、畑に行ってみようって話してたのに! あなた一人で行っちゃったでしょ!」

「ぐっ……」

思いがけず二人の過去を知ったレンは傍から、二人の姿に和やかさを覚えた。

この世界とこの暮らしに愛着を抱きつつあったレンにしてみれば、両親の仲が良いならそれにこしたことはない。

ロイが若干尻に敷かれ気味だが、些細なことだろう。

「……それで、本当にレンに魔石を見せにきただけなの?」

「ああ! もちろん!」

「はぁー……そうね、そうだったわ。あなたってば昔からずっと剣馬鹿だったものね。昔からいつもいつも魔物と戦ってばっかりで、魔石を集めるのも好きだったもの。だからレンが魔石を見たいって言う幻聴を聞いたのよ」

レンは密かに喜んだ。

これは都合が良い。父が剣の使い手で、更に魔石を集めることが好きなのなら、これからの成長に力を貸してくれそうだ。

「げ、幻聴かどうかは試してみればわかるだろ! じゃあほら、俺が今朝狩ってきたばかりのやつの魔石を貸してくれよ!」

「はいはい。もう 捌き終わってる(、、、、、、、) からお好きにどうぞ」

その言葉を聞いたロイはレンのことをミレイユに預け、土間の片隅に向かっていく。そこにはまだ泥の汚れが残った毛皮と、その上に置かれた半透明の石があった。

(あれ、 リトルボア(、、、、、) の毛皮かな)

レンの脳裏をその名前が掠めた。

それはゲーム七英雄の伝説にて、主人公が最初に戦う魔物の名前だ。見てくれはイノシシに似た魔物である。

「お父さんが魔物を討伐してくれるおかげでお金が入るし、お肉も村の皆で分け合えてるのよ。だからお母さんもたくさん尊敬しているの。……でも、レンは剣と魔石にばっかり目が行くような男の子にはならないでね。いい?」

(――――ハハッ)

約束はできなかった。

なので乾いた笑みを浮かべて返したが、ミレイユはそれでも喜んでくれた。

「戻ったぞ! さぁレン、これが魔石だ!」

意気揚々と戻ったロイの手元には、先ほどレンが見た半透明の石があった。近くで見ると、若干緑色が混じっている。磨けば宝石に似た美しさを湛えそうだ。

大きさは大人の手のひらに収まる程度だ。ロイはそれをレンの手に握らせた。

(お……おぉ……これが魔石かッ!)

両手に掴んだ魔石を見ながら、レンはこれまで以上に頬を緩ませた。

さっきはそんなはずない、幻聴だ、とロイの言葉を疑ってかかっていたミレイユも、その様子を見て驚くと同時に、短いため息を漏らした。

「間違いなくあなたの子みたい」

「なんだよ、ため息なんかついて」

「……夫につづいて、愛息子まで魔石と剣に傾倒するんだなーって思って。あーもう、レン! あんまり動くと危ないわよ。魔石を見たいのなら、テーブルに乗せてあげるから!」

ミレイユにそう言わせてしまったことにレンは心の内で謝罪した。その間にもレンの身体は傍にあったテーブルの上に置かれた。

もちろん、レンが動きすぎて落ちないようミレイユがじっとその背を見つめている。

「でも――――」

「ん? なんだ?」

「レンが魔石に興味を持つのは、アシュトン家としてよかったのかも……って。いつか、あなたみたいに勇敢に魔物を倒して、この村を守ってくれるかもしれないから」

口では色々言いつつ、最後には夫の振る舞いを讃えたミレイユに、その夫たるロイは豪快に笑いながら、頬を僅かに上気させていた。

だが、レンにはその会話があまり耳に入ってきていない。

(ふっふっふ……これで熟練度ゲットだ)

密かに腕輪を召喚していたレンはほくそ笑んだ。

だが一向に、魔石がどうにかなってしまう気配がない。

(てっきり腕輪に魔石が吸い込まれるんだと思ってたけど……)

その気配が訪れないことに、嫌な予感が募りはじめた。

恐る恐る腕輪の水晶玉を見てみると。

『この魔石は使用できません』

――――レンを落胆させるメッセージが浮かんでいた。

(もしかして……)

思い当たる理由は二つ。

一つ目は、特定の魔石でないと、熟練度を上げるために使用することができない。

二つ目は、自分で倒した魔物の魔石でないと、熟練度を上げるために使用することができない。

(前者は……違う気がする)

転生する前に見たスキルの説明には、特定の条件を達成することで魔剣の種類を増やすことができるとあった。

レンは今日まで、その特定の条件に特定の魔石が関係すると考えていた。

たとえばボスモンスターがドロップする魔石によっては、魔剣を増やすことが可能となるものもある……と言った感じに。

(だとすれば後者か)

後者の方がしっくり来た。

魔石なら何でもいいとなってしまうと、実は魔石を買うだけで熟練度を上げることが可能となってしまう。

それができない仕組みにするには、自分で討伐した魔物の魔石にすればいいのだ。

(とことん楽をさせてくれないなんて……)

最近も思ったが、簡単には成長させてくれないらしい。

レンは召喚していた腕輪を消し去ると、魔石を手から放してテーブルにコロン、と転がした。彼はそのままテーブルの上に大の字に倒れ込んで、不満げな顔で「あう」と呟いたのである。