軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

二度目の誘い。

やがて、レンが生まれてから八度目の冬が終わった。

レンの村では例年に比べて食事や薪の消費に悩むことなく、すべての村民が十分な冬ごもりをすることができた。

――――そして春になり、レンは八歳の誕生日を迎える。

その日、レンは生まれ育った屋敷で、朝から皆から祝いの言葉を投げかけられていたのだが……。

同じ頃、遠く離れたクラウゼルにて。

領主・クラウゼル男爵は、自身の屋敷にある執務室で驚嘆していた。

「まさか これほどの大貴族(、、、、、、、、) が……」

クラウゼル男爵はつい先ほど届いた手紙を見て、驚きの声を漏らす。

手紙を運んだ騎士もまた、信じられないといった表情を浮かべている。

「間違いはないのだな?」

「もちろんでございます。……シーフウルフェンの素材は貴重な薬の原料ですから、もしかすると、送り主の方はその薬が欲しいのかもしれません」

「あ、ああ……確かここ最近、シーフウルフェンは市場に出回っていなかったからな」

「して、いかがなさいましょう?」

「無視はできん。早めの連絡を――――いや待て、この機会はもしや……」

ふと、クラウゼル男爵が思いついた。

彼はその思い付きを手紙の送り主に伝えるべく机に向かう。

すると、ペンを手に取ってすぐのことだ。

『お父様』

リシアが執務室を訪ねたことで、クラウゼル男爵の手が止まる。

彼がリシアを中に招き入れれば、リシアは「出発のご挨拶に参りました」と言った。

「リシア。分かっているだろうが――――」

「はい。これが仕事の一環であることは存じ上げております。これまで同様に領内を見回り、クラウゼル家のために勤めて参ります」

「そうしてくれ。リシアがレン・アシュトンと立ち合うことは、あくまでもクラウゼル家の者としての責務を果たしたことへの褒美であるのだ。このことをしかと肝に銘じるように。無論、レン・アシュトンへの礼も忘れてはならんぞ」

「ええ。 亡きお母様(、、、、、) に誓って」

「……そうだな。そのように頑張っていれば、想いはきっと届くはずだ」

このやり取りのあと、リシアは凛麗なカーテシーをして執務室を出る。

彼女は屋敷を出て、門の前にて一足先に来て待っていたヴァイスの下に足を運んだ。

「旦那様へのご挨拶はお済みですか?」

「終わったわ。――――さぁ、今回も頑張らないと」

「お嬢様はこの冬で更にご成長なさいました。きっと少年を相手にしても、良き剣技を披露できることでしょう」

「あら、私が勝つとは言ってくれないのね」

くすっと笑っていったリシアに対し、ヴァイスは返事に詰まった。

ヴァイスはこの一冬で徹底的にリシアを鍛え上げた。無論、彼女は勉学に加え男爵家の責務も立派に果たしたから、剣だけでなく人としても大きく成長している。

だが、それでも「勝てます」とは言えなかった。

(少年も大きく成長しているはずだ)

レンは心身ともに強く、努力を怠らぬ少年だ。

それがGランクのリトルボアの相手ばかりだといえ、油断すれば命を失う環境での生活に変わりはない。

それはリシアと違い、緊張感に満ちた日々とも言い換えられる。

その緊張感と、リシアが日ごろ受けている高度な教育。

いずれも稀有な経験に違いはないが、現状の実力差に関しては、やはり、レンの素養と努力の賜物……なのかもしれない。

「失礼。お嬢様なら……」

「ウソよ。別に気にしないでいいわ。立ち合ったらどうなるかを確かめに行くんだから、逆にいまから結果が分かったらつまらないじゃない」

気落ちすることなく、むしろ凛然とした態度で言ったリシアがヴァイスを横切る。

彼女は自分が同乗する女性騎士まで近寄り、さっさと馬に乗ってしまった。

「行きましょう。あの村までは遠――――ッ」

……ふと、リシアの視界に異変が訪れた。

視界がグラッと揺れて、身体の感覚が鈍くなった。

ほんの一瞬だけ全身から力が抜けた気もするし、外気が熱いのか寒いのか、それすらもあいまいに感じた気がする。

けど、それらの感覚はあっさり消える。

「お嬢様。どうかなさいましたか?」

リシアの背後から女性騎士の声が届いた。

まだ若干の違和感が残っていたが、少しの間をおいて返事をする。

「……なんでもないわ。ちょっと緊張したんだと思う」

「ご安心を。我らは日々、お嬢様が努力なさる姿を拝見して参りましたから。きっと、いい勝負ができますよ」

「……うん、ありがと」

その返事をしたときはまだ視界が揺れていた。

しかし、数十秒後にヴァイスが出発の合図を発した頃には落ち着いていた。

そのためリシアは気のせいと思い込み、レンが住まう村への旅路に意識を向けたのである。

◇ ◇ ◇ ◇

リシアが屋敷を発った翌日。

こちらでは、ここ最近になってロイがようやく狩りに復帰していた。

(やっぱり、この世界の薬は前世と別物だ)

隣を歩くロイが以前同様に笑っているのを見ればそれが分かる。

彼は間違いなく内臓に至る深手を負ったはずなのに、一年足らずで戦えるまで調子を取り戻したのだからレンは恐れ入った。

手術らしい手術もなく、薬草などに頼っての結果だから、特に。

夕方、森からの帰りに畑道を肩を並べて歩いていると、レンはこんなことを考えて止まなかった。

「ん? なんだ?」

「いえ、もう本当に元気になったんだなーって」

「当ったり前だろ! あんだけロンド草やら治療薬を使ってもらったんだから、むしろ時間が掛かったくらいだぞ」

それにしても、とロイが嘆息を交えて言う。

彼のやや思い口ぶりから、レンは何が話題になるか察した。

「近頃は明らかに森の様子がおかしいな。リトルボアの数が以前と比べて 多すぎる(、、、、) 」

「俺も冬の間から思ってました。先日、騎士の方々も同じく違和感があるって言ってましたし」

「だろうな。……実際、リトルボアは春から夏にかけて繁殖期だ。だから普段と違い興奮した個体ばかりで人前に姿を現すことも多いが、それにしても多すぎる」

「多く狩れるので収入は増えますけど、かといって手放しで喜べないのが何とも言えませんね」

レンの言葉にロイが頷く。

「いまは慎重に様子を見ながら狩りをつづけるしかないな」

ニカッとはにかんだロイの爽やかな横顔。

レンはロイの言葉に「ですね」と短く首肯すると、茜色に染まる空を見上げた。

(日の入りが遅くなってきたな)

冬が空け春になり、夏が近づいている証拠だ。

と、移り変わる季節を楽しんでいたレンの耳に、

「――――ッ!」

「ッ――――」

離れたところから、男たちが言い合う声が届いた。

隣を見ると、ロイも同じく気が付き頷いて、二人は担いでいたリトルボアをそのまま畑道に放り投げて駆け出した。

声がした方角は、アシュトン家の屋敷だ。

二人は数分と経たずにたどり着くと、そこにはクラウゼル家の騎士に加え、以前見たことのある騎士たちが居た。

……言うまでもないが、ギヴェン子爵に仕える騎士たちだった。

「騒々しいぞ! どうしたんだ!」

「も、申し訳ありません! 実はこの者らが――――」「おお、待っていたぞ! 我らは貴殿への手紙を持ってきたのだ!」「お、おい!」

すると、ギヴェン子爵の騎士が身を乗り出して言葉を挟んだ。

その騎士は以前、森で会ったレンに屋敷への案内を求めた騎士だった。

一応の礼儀として手紙を受けとったロイは、どうしたものかと思いながら手紙を眺める。

「屋敷の中で確認させてもらおう。しかしどのような用件でこの村に参った?」

「無論、アシュトン家への誘いである」

またか、レンが顔を隠しながらため息を吐いた。

またか、ロイが苦笑いにならぬよう笑みを繕う。

「子爵は依然として貴殿の実力を高く買っておいでなのだ。それにご子息のこともそうだぞ」

「レンを? ああ、前にも話していたんだったか」

「うむ。そのため此度は新たな話も持って参った」

「……新しい話だって?」

(嫌な予感がする)

こういうとき、基本的にその新しい話というのは張本人にとっていい話ではない。

傍から見れば格別の対応であろうと、本人が欲していないことであれば、ときに迷惑にしかならないからだ。

と、レンは心の内で一人呟く。

「子爵はレン・アシュトンに対して、 名門・帝国士官学院が(、、、、、、、、、、) 特待クラス(、、、、、) への入学を援助すると仰せだ」

レンの予感は的中し、彼の心に大きな衝撃を与えた。

(か……勘弁してくれ……)

嫌気がさしたレンと違い、ロイは大口を開けて驚いた。

当然、驚いていたのはクラウゼル家の騎士たちも。

その驚きを代表して、ロイが詰め寄るようにギヴェン子爵の騎士に尋ねる。

「な――――ッ!? 一般入学すら至難なのに、うちのレンが特待クラスに入れるはずが……ッ」

「確かに帝国士官学院の特待クラスは別格だ。七大英爵家や将軍家の跡取りに加え、幼い頃から帝都で揉まれた一握りの才能しか入れぬからな」

意気揚々と、自信満々に語るその騎士の顔にレンは煩わしさを覚えて止まない。

帝国士官学院とは、七英雄の伝説における主な舞台なのだ。

更に言えば、特待クラスは主人公たちが所属することになるクラスでもある。

つまるところ、入学すればゲームと同じ未来が近づくと言っても過言ではない。

リシアと出会うことを避けられなかったいま、帝国士官学院への入学はなんとしても避けねばならない。

「しかし子爵は、帝城にて法務大臣補佐を務めたことのあるお方だ。そのため、学院へ推薦状を送ることもできると仰せである」

恐らく、その中でも英雄派の貴族に話を通すつもりなのだろう。

容易に想像できたレンはまったく喜んでおらず、逆に内心で辟易とはじめていた。

「あり得な――――くはないが、それでうちのレンを推薦するのは難しいはずだ!」

「ああ、確かにそうかもしれなん。だが、子爵はレン・アシュトンに可能性を見出しておられるのだ」

「可能性……だと?」

きっと、ロイの反応が予想通りだったのだろう。

ギヴェン子爵の騎士が楽しそうに語る。

「これは子爵と友誼のある貴族も話しておられたのだが、アシュトン家はもしかすると、薄くとも勇者・ローレンの血が流れているのではないか……とな」

「は――――はぁ!?」

「一蹴するのは愚かだぞ。七大英爵家にほぼ同時に生まれた嫡子を思えば、ほぼ同時期に稀有な働きをした少年に対し、希望を見出さぬ方が嘘というものだ」

「そんなはずがないッ! うちはずっとこの村に居て……ッ」

「だが、誰にも真実はわからない。昔、傍系から更に枝分かれして生まれたのがアシュトン家かもしれん。だが、安心していい。仮に違ったとしても、レン・アシュトンが勇敢な少年であることに変わりはないからな」

話を聞いていたレンは思う。

つまるところ、ギヴェン子爵は自分を派閥争いに添える花にでもしたいのだ、と。

アシュトン家に勇者の血が混じっていると本気で思っているかは知らない。それこそ、ギヴェン子爵の騎士が言ったように違ってもいいのだ。

(俺が更に活躍したら担ぎ上げて、下手なことでもしたら勇者を騙った、とか言われそうだなー)

都合のいいコマ扱いされるとしか思えない。だからロイだって与太話を、と言いたそうにしている。

が、この場において重要なのは英雄派の勢いで、真実ではない。

(……どうしよう。主人公が居る村とかを教えればいいんだろうか)

で、教えてどうする。

信じてもらえるかどうかと言うと……正直、自分が相手の立場だったら信じないだろうと思った。

村から出たことのない少年が、あの村に勇者の末裔が居ますよ! と言ったところで誰が信じようか。

きっと、相手は調べることすらしない。

逆に正気を疑われるのが落ち。それが普通の反応なのだ。

「で、返事は? この際、細かなことは抜かしておこう。あの学院を卒業してしまえば、同時に要職に就くことは約束されるも同然だぞ? アシュトン家としても、この事実だけ鑑みればよいはずだ」

「ああ……それは俺も知ってるが……」

「であれば話が早い。父である貴殿にとっても、悪くない話と思うが」

しかし、ロイは口を噤んでしまった。

それを見て、ギヴェン子爵の騎士がレンに意識を向ける。

「少年、君も帝都で才能を開花させたいと思わないか?」

が、こう尋ねられても返事は決まっていた。

「――――いいえ」

「そう言ってくれると思っていたぞ。であれば是非とも子爵の下へ――――む? 待て、いま何と言った?」

聞き直したギヴェン子爵の騎士は目を見開き驚いた。

「私はこの村を離れるつもりはありません」

「な、何故だッ!?」

「申し訳ありません。私は森で狩りをして村を守る日々に充足感を覚えておりますので……」

「貴族になりたいとは思わぬのか!? 卒業と同時に男爵位を得ることも夢ではないのだぞ!?」

「重ねて申し訳ないのですが、私には荷が重すぎます」

すると、ギヴェン子爵の騎士は言いよどんだ。これまで攻勢をかけていたというのに、まさかといった表情で言葉を失った。

だがすぐにロイを見て言う。

「……貴殿はどう考えているのだ?」

言ってしまえばロイが頷いてしまえばそれでいい。

ただ、ロイもまたレンと同じくあっさりとした声で答える。

「すまない。ギヴェン子爵様には二度もこのような連絡をいただき光栄なんだが、今一度辞退させてほしい。俺には先祖代々、クラウゼル家に仕えてきたことへの誇りがある。それに、俺自身も村を離れる気がないんだ」

「む、息子を貴族にしてやりたいとは思わぬのか!?」

「そりゃしてやりたいさ。できれば帝都の学び舎に通わせて、俺がこの村で教えられないことを学んできてほしいとも思ってる。けどな、やっぱり大事なのはレン自身の意思なんだよ」

「少年は利口だ。遠慮してるやもしれん!」

「いーや、そりゃないな。確かにレンは気を遣える子だが、間違ったことは言わないんだ」

ギヴェン子爵の騎士は此の程の誘いも断られたことに激昂しかけた。顔色は僅かに赤くなり、両手の握り拳がふるふると揺れていたのだ。

だが、それ以上の無理は口にしなかった。

不満げに振舞いながらも、一欠片の礼節は保っていた。

「……残念だよ、アシュトン殿」

そう言うと、彼はロイに頭を下げた。

それからすぐ、近くに待たせていた他の騎士の下に向かい、自身の馬へ乗ってしまう。

「お、おい! 返事を書くから待ってくれ!」

「いや構わない。子爵には我らから返事を伝えさせてもらおう。――――では」

すると彼らはロイの返事を待たずに馬を走らせる。

残されたロイは頭を掻き、「ありゃ、呼んでも戻ってこないな」と呟いた。

「はぁ……失礼がないように俺が手紙を書きたかったんだが。俺が知らないところで、言ってないことをでっちあげられても面倒だしな」

「大丈夫じゃないですか? 二度の誘いを袖にした時点で大差ないですって」

ロイはレンの言葉を聞き、「そうだな」と肩をすくめて頷いた。