軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

野営の知識。

ヴァイスにはああ言ったけど、レンは両親が応じるかという不安もあった。

だが、

(まさか快諾されるなんて)

ロイはおろか、ミレイユまで許可を出した。

屋敷に戻ったヴァイスに内容を聞かされ、それはもうあっさりと。

最初は驚いていた二人も、クラウゼル家が騎士団長ヴァイスが付きっ切りで教えると聞き、それならと応じたのだ。

「ツルギ岩といったか。その先に行ったところで夜を明かすための支度をしよう」

一歩先を歩くヴァイスが松明を片手に言った。

この季節の森は雪が降り積もり歩きにくいというのに、彼はその雪の影響を受けている様子がなく、力強い足取りで前へ前へ進んでいく。

(すごいな)

やはり膂力と体格の差だろうか。

しかも、

『ブルゥウウッ!』

飛び出してきたリトルボアのことだって、片手に持った剣であっさり切り伏せてしまう。

その際、彼の体幹は微塵もぶれず、早い剣筋も目で追えてる自信がなかった。

(この人はどれくらい強いんだろう)

後ろを歩くレンがヴァイスの背を見ながら考えていると、そのヴァイスがレンの視線に気が付いた様子で振り向く。

「む? どうした?」

「ヴァイス様はすごいなって思ってました」

「はははっ! 何かと思えば! 少年なら、すぐにでも私より強くなるだろうさ!」

ヴァイスはレンを讃えながら、切り伏せたばかりのリトルボアを担ぎ上げる。

一見すれば老騎士なのに、どれほどの膂力を身体に秘めているのだろう。

「では、この先の魔物たちは少年に任せるとしよう。少年は夜でも戦えるか?」

「大丈夫だと思います。一度経験してますが、その際もどうにかなりましたから」

とはいえ、現れたところでリトルボアだけである。

いくら夜だろうと、雪で動き辛かろうと敵じゃない。

レンはヴァイスが言ったツルギ岩の先を目指す最中に、数匹のリトルボアを難なく屠った。

まるで、呼吸をするように平然と。

「――――なるほど。お嬢様では相手にならんわけだ」

途中、ヴァイスがその戦いぶりを見て呟いた。

「相手はリトルボアですよ」

「しかしいずれも額を一突きだ。寸分たがわず頭部を貫いている。それに対応する速度も目を見張るものだった」

手元には腕輪を召喚し、木の魔剣だって腰に携えてあるが、今晩のレンは鉄製の武器を手にしている。

ただ、いまのように褒められるとどうにも気恥ずかしい。

褒められることに慣れることはないのかもしれない……、レンは野営を学ぶより先に、そのことを学んだ。

――――また、しばらくの時間が過ぎた。

ツルギ岩を超えてさらに時間が経ち、大岩が鎮座する開けた土地で二人の足が止まる。

リトルボアを担いだままのヴァイスはその大岩に近づくと、大きくくぼんだ空間まで進んでレンを手招いた。

そこに行くと、静かに振る雪の寒さから逃れることができた。

「まず、火を起こさねばならん」

方法はいくつかある。

騎士たちが使う主な方法は魔道具だそうだ。

しかし、魔道具がないときには火打石を用い、それもなければ最終手段として木を擦り合わせるのだとか。

「だが、木が湿っていたら火がつかん。だから、最終手段に至る前の準備を怠らず、その状況に陥らぬよう気を付けねばならん」

と言い、ヴァイスはレンに革製の鞘に入った短剣を渡す。

「それは私からの贈り物だ。石突きに特殊な鉱石を埋め込んである。同じく革製の鞘にも細工があってな、そこに火打石を使うように強くこすれば火花が生じる」

「いいんですか? 高価な品のようですが」

「そうでもない。クラウゼルでは1万G――――平民の日給ほどもあれば手に入る品だ」

だとしても安くはないだろう、とレンは思った

しかしヴァイスの言葉に素直に甘え、彼に促されるまま短剣を抜く。

そうしていると、ヴァイスは懐から一本の薪を取り出して地面に置いた。

「今日は訓練みたいなものだから、少年の屋敷から一本頂いてきた。さて、まずは私が手本を見せるから、つづけて少年にもやってもらおう」

するとヴァイスは手慣れた様子でナイフと鞘を擦った。

あっさりと火花が生じたのを見て、レンは「おお」と唸る。

隣ではヴァイスが頬を緩ませ懐を漁った。彼は懐から短い藁の束を取り出して、その上で再度火花を生じさせる。

数回繰り返すと、藁に微かな火が灯った。

「この種火を少年にも作ってもらう」

「わかりました。やってみます」

試すと、十何度目かの試行の末に火花が生じた。

その火花をヴァイスが新たに取り出した藁に与え、種火を作る。どうやら初心者でも火をおこしやすい造りのようだ。

薪に火を起こす方法も同時に教わり、レンは順調に火を起こす術を学んでいた。

「足りない薪は探しに行くんですね」

「それもまた訓練だが、今宵はそこまでしなくてもいい。ここから先は魔道具の炎で暖を取るとしよう」

懐に手を差し入れたヴァイスが小瓶を取り出す。

その小瓶のふたを開けて地面に置くと、数秒の間をおいて火を吐きはじめた。

「すぐに焚き火と同等の火力になる。それまでは別の火の起こし方と、魔物の解体について教えよう」

別の火の起こし方というのは、木を擦り合わせることで起こす方法だった。

まずはヴァイスが木を削って火を起こしやすい仕掛けを作る。

さらに彼はそれを擦り合わせて火を起こす見本を見せた。

その後からレンも試したが、今回は先ほどと比べて時間が掛かる。

結局、火を起こせたのは試行開始から三十分を過ぎてからだ。

やはり文明の利器は偉大なのだ、と心の底から理解した瞬間であった。

「少年は筋がいいな」

「……だいぶ時間が掛かったと思いますが」

「そうでもない。はじめてやる者は煙を立てることにも苦労することは少なくないぞ。では、つづけて解体だ」

ここまで運んできたリトルボアがその対象だ。

主に食料にするための加工方法を教えるのだという。

「まずは大概の魔物の可食部についてだが――――」

レンは屋敷でいつもミレイユがしていたから、新鮮な内臓を前にしても気後れせずに済んだ。

解体にはレンも途中から参加し、ヴァイスに教えてもらいながら取り組む。

血抜きの術や毛皮の処理など、多くのことを教わりながら小一時間かけて解体を終えた。

用意できた肉は拾った枝に突きさし、魔道具の炎で炙る。

焼けた肉は香ばしかったが、味付けをしてないから物足りなかった。

(まぁ、悪くないな)

雰囲気の影響を受けたからか、不思議と不味くは感じなかった。

「そういえば、一つお尋ねしたいのですが」

「ん? どうしたのた?」

「どうして日が変わる直前に屋敷を発ったんですか? 準備はできてたのに、出発まで間があったなと思いまして」

「…………お嬢様の耳に入れたくなかったのだ」

「あ、ああ……なるほど……」

リシアが知れば、必ずや自分も行くと言ったはずだ。

かといってレンが強く言えるはずもなく、ヴァイスも同じであることをレンはよく知っている。

だからこそ、ヴァイスが何かしてくれると言ったとき、彼女を連れてこないでくれとは言わなかった。

……そもそも、立場を鑑みればそのような言葉が口にするべきではない。

「明日もお嬢様が起きていない時間帯に屋敷に戻る。厳しい予定となるが……」

「シーフウルフェンと戦った日に比べたら軽いですし、大丈夫ですよ」

「ッ――――はっはっはっは! ああ、確かにその通りだ! 道理で少年は私の部下たちと違い、一切の弱音を吐かんわけだ!」

レンは肩をすくめ、苦笑した。

この後は寒い場所での野営の仕方や見張り方に加え、火の番の仕方や、こうした場所で身を潜める術に至る、様々なことを教わった。

一夜では付け焼き刃にすぎないが、 いつか役立つ日がくる(、、、、、、、、、、) かもしれない(、、、、、、) 。

そう思うと、今日という日の経験は貴重な財産にすら感じた。

◇ ◇ ◇ ◇

翌朝は日が昇る前に起きた。

普段の半分程度の短い睡眠だったが、意外にも目は冴えていた。

大岩を離れ、ツルギ岩を抜け、川に掛かった橋を過ぎる。

二人は予定通り早いうちに村まで戻り、雪が降り積もった畑道を歩いていた。

「早いうちに帰れましたね」

「うむ。これならお嬢様も起きていないはずだ」

歓談を交えて進む二人は、予定通り屋敷に到着した。

だが、レンが扉に手を掛けて開けた――――そのとき。

「あら、おかりなさい」

鈴を転がしたような軽やかな声でレンを迎えたリシアが、煌びやかな笑みを浮かべていた。

しかし、筆舌に尽くしがたい圧はどうしたものか。

……けれど、彼女は意外にも怒っていない。

「寒かったでしょ? ……あんな時間に行かなくてもよかったんじゃないかしら」

夜遅くに出た理由はリシアだから、どう説明したものか。

苦笑いを浮かべたレンは頬を掻くと、茶を濁した。

「もう……さすがの私も、深夜の森へ連れて行って、なんて無理は言わないわよ。そりゃ……内緒にされたのはちょっとムッとしたけど……」

「あはは……」

「でもいいわ。それと、今日の立ち合いもなしにするわ」

レンはその言葉に彼女が怒ったのかと思ったけど、実際は違う。

「疲れてるでしょ?」

「い、いえいえ! 少しくらいなら別に――――」

「いいの。無理をして体調を崩しちゃったら大変でしょ。ね?」

立ち合いを無しにした理由は、レンの疲れを考慮して。

彼との立ち合いを目当てに足を運んだのに、こうして自制したことにヴァイスが唖然としていた。

(……なんかこう、あれだ)

唐突に気を遣われると感覚が鈍る。

ただ、リシアの表情を見るに演技をしているようではない。

……先ほどの言葉は、間違いなく本心だろう。

「疲れてる貴方に勝っても、全然嬉しくないんだから」

そして、つづく言葉も本心であるはずだ。