軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【閑話 僕はやっぱり怖いことは人に任せたい】➀

関所を越えて、平原をのんびり進んでいくと、少しずつ土が均された感じになってきた。もう少し進むと、轍の跡がいくつも付き始める。さらに小一時間進むと道らしきものができてきて、その先には小ぢんまりとした街が見えてきた。

最も国境に近い街だ。宿場町として賑わっているらしく、一般家屋よりも店や宿のほうが多く建っている。

僕は車室のミオ様を振り返った。

「今日はここで宿を取りますよね? 僕もう野宿は嫌ですよ。手足を伸ばして寝たいです」

すると返事はすぐに来た。

「同感です。ただし、宿を決めるより先にどこか食堂へ」

「食堂? ご飯なら大体の宿屋で出してくれるのでは」

「先にちょっと、聞き込みをしたいことがあるので」

あ、嫌な予感。関所での問答に続いて、また何かやらされるような気が……。

「ご心配なく、穏便に行きますから」

「ほんとですかあ?」

「はい。なので店に入る前に、あなたも着替えてくださいね」

「……やっぱり何かやらされるんですね……」

御者台で振動しながら、僕は大きく溜息をついた。

そこは、小さな居酒屋だった。

夕食には少し時間が早いせいか、席は二、三か所埋まっているだけだった。

カウンターではちょび髭の中年男が退屈そうな表情で、夜の仕込みらしい、棒チーズを輪切りにしている。

ミオ様は迷わずカウンターに向かって進み、ちょび髭男の真正面に腰かけた。

「すみませーん。この店にディルツ料理ってありますかー?」

ディルツ語で話しかける、と、ちょび髭男は顔を上げた。目の前に座るミオ様を見て、おっと声を上げた。

「なんだお嬢ちゃんたち、学生かい」

ディルツ語だ。それもかなり流暢である。驚いている僕に、ミオ様はニコニコと愛想よくしていた。

「はい、兄妹で、昨年からオラクルの科学技術を学びに留学してます」

そう、今の僕たちの格好は、オラクルの学生風の衣装だった。

特定の学園の制服というわけではないが、シックなデザインに質の良い生地で仕立てられた、いかにも両家の子女という感じである。

正直、昼間の貴婦人風衣装よりも似合っている。しかしさすがに 仮装(コスプレ) が過ぎる。また僕のこと兄とか言ってるけど、姉弟の設定にしない理由がわからない。たしかミオ様、実年齢は僕より十歳以上年上で……。

「ぎゃ!」

「失礼なことを考えないでください」

「人の考えてること読んで足を踏まないでくださいっ」

お決まりのやりとりを小声でやってから、ミオ様は改めてちょび髭男に向き合った。

「今、学期末の休暇なんです。久しぶりに里帰りをするつもりだったんですが、先日、地元のほうでちょっとした災害があって、今年は帰ってくるなと連絡があって……」

「なんとまぁ、それはお気の毒に。ご家族は無事だったのかい?」

店主はうまく同情してくれたらしい、ふさふさの眉毛を垂れさせて、ミオ様の顔を覗き込む。ミオ様は「それは大丈夫」と言いながらも、どこか寂しそうな、哀愁漂う 表情(かお) をした。

「それで私、故郷が恋しくなってしまって……せめてディルツ料理のメニューがあればって、こんな国境近くの街まで、お店を探しに来たんです」

「ああなるほど……そうだよなあ、おふくろの味は特別なもんだよなあ……」

髭を指先で撫でながら、ちょび髭男は目を潤ませていた。

どうやらこの男が店主らしい。メニュー表を僕とミオ様と前に広げて、

「正式なメニューではないが、リクエストしてくれたら作ってあげるよ。お母さんには敵わないだろうけどね」

「おじさま、ディルツ料理を習ったことがあるんですか?」

「簡単なものだけね。このあたりの店ならどこも作れると思うよ」

「……それ、ディルツからの観光客や移民を見込んでたってことです?」

ミオ様が訪ねると、にこにこしながら頷く店主。

「ああ、もう何年も前だけど、領主様からお達しが出たのさ。ここ、イルダーナフ領とディルツ王都は姉妹都市になったから、観光客に備えておくようにって」

「……王都と姉妹都市に?」

ミオ様の眉がピクリと動く。

店主は、自分が奇妙なことを言ったのに気付いていないらしい。当たり前のように「ああそうさ」と頷いた。

「このへん一帯はダッチマン公爵の領になるんだがね。なんでも公爵家の娘さんが、ディルツのライオネル様と婚約をしたんだって!」

――こ――婚約っ⁉

オラクルの公爵家と、ディルツのライオネルが⁉

僕は慌てて、隣のミオ様を振り向いた。

「ライオネルって、誰でしたっけ! なんか聞いたことあるんですけど!」

ガタずるドサッ――ミオ様は脱力し、椅子から崩れ落ちて行った。

僕もいったん椅子から降りて、床に這いつくばるミオ様のそばにしゃがみこむ。

「ミオ様ー、どうかしましたかー?」

僕が呼びかけると、ミオ様は突っ伏したまま辛抱強く震える声で言った。

「お、王子、ですよ……王子。ライオネル・イルダーナフ・ディルツっ……!」

「……あっ。ああ、ハイハイ思い出しました、ルイフォン様のお兄さんですね!」

「それ以前に、自分が住んでいる国の元王太子です。というかあなたを含めてグラナド家ともひと悶着あったのに、よく忘れられますね……」

「そのことはちゃんと覚えてますよ、僕もがっつり巻き込まれてましたし。ただ王太子様の名前だけうっかりド忘れしただけです」

……本当は忘れたわけじゃなくて、覚えたことが無かったんだけど。言ったら余計に怒られそうだから黙っていようっと。

なんとか膝を立てて立ち上がろうとしているミオ様に、店主には聞こえないようそっと耳打ちする。

「なんでこのひとの名が出てくるんです?」

「それはもちろん、今回の黒幕があのライオネルだからでしょうね」

ものすごくシレッと簡単に、ミオ様はそう言った。

僕はしばらく言葉を失ってから、眉を顰める。

「あのひとってたしか、どこか遠い国に追放されたんですよね? 二年前の時……」

「ええ、なので脱走して来たということになりますね」

「そんなこと出来るんでしょうか。その家から逃げ出すところまではなんとかなっても、海を越えて、こんな遠い国に潜伏をするなんて」

「それはおそらく、ヤンかハドウェルの手引きがあってのことでしょう。兵を飼うのにも大金がかかりますし」

「えっと、つまりまとめると……今回の件、黒幕はライオネル。グラナド商会を狙ったのは私怨、商人達は、なんらか狙いがあってライオネルと協力関係にある?」

「あるいは主従関係かもしれません。金や地位はすべて失ったはずですが……あの男は、人の上に立つことが約束されていた人間。カリスマ性とでも言いましょうか――人の心を支配することに、あの男は長けていましたから」

ミオ様の言葉に、僕は「確かに」と頷いた。

……僕があのライオネルと対面したのは、ほんの少しの時間だけ。だから名前も覚えていなかったけど 、あの鋭く冷たい、青い瞳を覚えていた。自分以外の人間は家畜に過ぎないと思っているような、そんな『絶対的支配者』の目。

お世辞にも好感を持てる人物では無かった。だけどその強さには少し、憧れるものがある。僕も男として、あれくらい自信満々に、自分は最強って思い込めたらいいなあって……。

僕達が未だ、カウンターの下にしゃがみ込んだままなのを、店主は心配そうに見下ろしてきた。手では食器を磨きながら、首を伸ばして覗き込んでくる。

「どうかしたのかいお嬢ちゃん、お坊ちゃん」

「……いいえなにも。ただ……ああだから店主さんはそんなにディルツ語がお上手なのねって、納得しました。すごいねえって、兄と二人で話していたんです」

「そりゃあもう二十年も、住人同士で喋ってるからね。この街と、離島のイルダーナフ島の住人なら大体みんな話せると思うよ」

ミオ様は少しだけ表情を曇らせた。

僕達は今、『ディルツ語が話せる』を特徴とした男達の後を追っている。ディルツ語が珍しくないなら、追跡のアテが外れてしまったのだ。

ちょっと、どうしたものだろうか……。

僕達の悩みなど知らないちょび髭店主は、上機嫌で皿を磨いている。

「まあ残念ながら、令嬢が事故で亡くなってしまって、破談になったらしいんだだがね。おかげでディルツとの姉妹都市計画も、実施されたのかしてないのか……」

これは僕達にもわからなかった。ディルツ王都に住む僕らが聞いたことないってことは、多分頓挫したんだろう。それにしても、王太子と異国の公爵令嬢との婚約ならばもっとニュースになっているはずなんだけどな……。

だめだ、謎を解くつもりで情報収集をするほどに大きな謎が増えていく。

国民に隠されていた婚約のニュース、そしてあの王太子がこの街と姉妹都市関係を結んだ理由とは。

王太子が、交流の無い異国の辺鄙な土地に目を付けた理由。あの男にとって、この地は何の価値があったのか……?

疑問ばかり、思考がグルグルしてまとまらない。ミオ様も僕と同じく混乱しているはずだけど、そんなことはみじんも感じさせない明るい笑顔で、店主と雑談を続けていた。

「とりあえず、縁を繋いでくれた王太子殿下に感謝ですね。それじゃあ芋とお肉の料理を、兄と私にひとつずつ」

「あいよッ、承知」

「それとオラクルの料理も少し……ヒュッツポットとエルテンスープ、それからクロケットとボーレンコールを、それぞれ十人前ずつ」

「あいよ――え? あとから同級生みんな来るの?」

ニコニコしながら首を振るミオ様。店主は首を傾げながら、厨房へ引っ込んでいった。

『ディルツから来た若き留学生』の真似事をしなくてよくなった瞬間、ミオ様は表情を消した。それきり、黙り込んでしまう。どうやら一人で思案に耽ることにしたらしい。

なんとなく気まずい沈黙の時間、僕はサーブのナッツをぽりぽり齧って過ごした。

やがて店主が料理を持ってきてくれた。ディルツの伝統的な料理、芋と肉をたっぷりのスパイスで焼いたものだ。空腹だったのでありがたくいただく。

店主はしばらくの間、隣のミオ様がものすごい速度で皿を空にしていくのに目を丸くしていたけど、しだいに僕のほうを眺めて目を細めていた。

「美味しいかい?」

「はい、すごく美味しいです」

僕は素直に頷いた。少しだけディルツ本国の味付けとは違っていたけど、問題ない。僕ももともと移民だしね。パクパク食べ続けていると、店主は本当に嬉しそうな顔をした。

「そう言ってくれて嬉しいよ。この間は、ディルツはクヌーセルにニンジンなんか混ぜないだの、胡椒が足りないだのと散々ダメ出しされちまったからねえ」

「私達以外にも、ディルツ料理を頼むひとがいたんですか?」

ミオ様はにこやかに問いかけた。

店主は肩をすくめる。

「ああ、もう一年くらい前から常連だよ。文句ばかりだし酒に酔ってバカ騒ぎするしで、あんまりいい客とは言えないがね」

「全員――大勢でのグループだったんですね」

「ああだな。オラクル人っぽい服装だったけど、連中、ディルツ語しか話せなくてさ」

「そいつらの中に、ひとり異様な男は居ませんでしたか。金髪で、見たことないほど妙な服装をした、三十過ぎくらいの……」

ミオ様の問いに、店主は少し驚いてから、頷いた。

「ああ、いたよ。俺も興味持って、ちょっと話しかけてみた。ミズホっていう、えらく遠い国から来たんだってさ」

「……そうですか。なるほど……」

ミオ様は呟きながら頷いて、皿の上にひとつだけ残った芋に、フォークをブッ刺した。

食事を終え店を出ると、宿場町はすっかり暗くなっていた。

ちょうど今が飯時だから、居酒屋にはこれからの客が入っていく。僕は店先で背伸びをして、

「あーお腹いっぱい。じゃあ今日の所はこれで、あとは体を休めるだけですね」

「……いえ、もう一軒行きます」

「ええっ⁉ まだ食べるんですか!」

信じられないことを言い出したミオ様を振り返る。まあ彼女の食欲ならありえないことじゃないけど、さすがに宿を取るのを先にした方がいいと思う。ミオ様はとんでもない大食いだけど、何よりも食欲を優先するひとでもなかったし。

驚いている僕を置いて、ミオ様はすでに歩き始めていた。

「宿探しだけは先にしておきましょう。あなたは部屋で休んでいてください。飲食店には私が回ります」

「いや、それなら僕も付き合います。宿場町の夜って結構治安悪いですよ。あんまり一人でうろつかないほうがいいですよ」

「お気遣いなく。私はあなたより強いですから」

僕より早く歩きながら、ミオ様はあっさりと言い捨てる。僕はムッと口を尖らせた。

「見た目の話です。それに僕だって門番の業務の一環として、鍛錬は毎日欠かさずやってるんですよ」

「しかし実戦経験は無いでしょう?」

「……それは、そうですけど」

僕は俯き、思わず、腰元の剣を撫でた。

戦後五十四年、泰平の世。 殺し合いはもちろん、喧嘩だって、スポーツ以外では犯罪だ。

それに、かつて城塞だったグラナド城も、今は貿易商キュロス様の私邸である。門番の僕が剣を振るうような機会など今まで一度も無かった。

いや、機会としては一度――つい最近……。

僕は拳を握った。

「今度こそ、護りますよ。自分の身はもちろん、ミオ様のことだって」

「それが要らぬと言っているのですよ、トマス」

ミオ様は振り返りもせずにそう言った。

「言ったでしょう、あなたは 護衛(おもり) ではなくではなく御守り。この作戦がうまく言うよう、願掛けのために連れてきただけだと」

「そ、それが一番よくわかんないんですけど。なんですかそれ」

「あなたを馬鹿にしているわけではありませんよ。今回の敵は、私も勝てませんから」

何を、趣味の悪い冗談を――と、言いかけた口を噤む。ミオ様の背中に、何か――重たいものが乗っかっているような、そんな気がして。

ミオ様は歩き続ける。

「……あちらの陣営に、とんでもなく強い男がいます。この旅の目的は彼への『復讐』ではなく、旦那様やマリー様の暮らしを守るため、トラブルを解決すること。悔しさは残りますが、彼との遭遇自体を全力で避けるつもりでいます」

「で、でも……それ、本当に会わないようにするの無理じゃないです? もし遭遇して、戦わざるを得なくなったらどうするんですか?」

「殺されるでしょうね、あなたも私も」

ミオ様は即答した。僕は絶句し、いよいよその場に立ち尽くしてしまった。

ミオ様は、僕を置いてけぼりにしていることに気付いているのかいないのか、歩みを止めない。ただまっすぐに夜道を進んでいく。

「相手は刃物の使い手、それも今まで見たことが無いほど手練れです。そんな男とまともにやり合えるのは、同じく日々の鍛錬と実戦を重ねてきた戦士――それも剣の天才と称賛されるほど、国一番の――」

と……その時だった。

「――あれ? 知った顔だね。どうしてこんなところにいるんだい?」

大衆居酒屋の並ぶ夜の街に、およそふさわしくない、涼やかな声。

……こ、この声は。

ミオ様と同時に、声の聴こえたほう……斜め前方あたりを目で探すと、一か所、白っぽく光っている所があった。

きらきら輝く白銀色の髪、全身白色の豪奢な衣装。

ランタンよりも光り輝く人間が、僕らに向かってヒラヒラと手を振っていた。