軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

慄け! ディッペル城②

ダリオは呟いたきり、声も出なくなったらしい。ヒュウヒュウと風の音だけを、開けっ放しの口から漏らしていた。

アルフレッド・グラナド公爵――もといルイフォン様は、長髪のかつらをかぶっていた。ローラ様役はチュニカ。こちらも素晴らしいメイク技術で、貴婦人の姿に化けている。

二人の体は、ロープによって宙に浮かんでいた。それを操っているのはキュロス様だ。彼がその類まれな腕力を駆使して、人を吊り下げているという超簡単な仕組みだった。時々ゆらゆら揺らしているのも、遠目に見れば効果抜群だろう。

ダリオ侯爵は完全に絶句して、宙に浮かぶ義父母を呆然と見上げていた。

アルフレッドの霊が冷ややかに言い放つ。

「なぜ、おまえが、ここにいる……ダリオ……」

「ひ、ひっ……」

じりじりと後退しながらも、足が震えて逃げ出すこともできずにいる侯爵。

ここぞとばかりに霊達はダリオに呪詛を吐く。

「ああーこの城はぁー、夫の功績を謳うミュージアムぅー。それなら跡継ぎ、キュロス君の仕事ぉー。おーまーえーはーいーらーなーいー」

「うっ、そ、それはその、ただワタクシは、紹介をしただけで……!」

「グラナド家の跡継ぎは我が息子、キュロスだ。おまえは私から娘だけでなく、息子の幸せまで奪うのか……!」

「ち、ちが、違いますウッ」

「何が違うというのだ、言ってみろ!」

「さあー言ってみろぉー!」

「っ――ひ――ひいいいっ! ごめんなさいいい!」

侯爵は絶叫し、その場に這いつくばって泣き出した。顔中をびしょびしょにしながらぺこぺこと、何度も額を床にバンバン打ち付ける。

あああ……木板の床とはいえ、あんなに勢いよくぶつけたらたんこぶできちゃうんじゃないかな……。

「ごめんなさい、違うんです違うんです、ワタクシはそんな、キュロス君を殺す度胸も実力も無かったんです、本当ですごめんなさい!」

「ほう? では一体何のために、息子に嫌がらせを繰り返した?」

「それは、それはだから、キュロス殿が自ら公爵位を辞退してくれたらそれで、何よりだと思って」

「キュロスが辞退したところで、おまえが次期公爵にはなれない。息子にはもう妻子があるからな」

「は、はい。それは分かっています。だからその――妻子よりも、他に寄りべが出来れば。よその女に溺れて子まで出来れば、公爵位の行方などどうでもよくなって、ソフィアに回ってくるんじゃないかと――」

……ん?

わたしは眉をひそめた。ロープを握るキュロス様も怪訝な表情を浮かべている。

ダリオは、自分が次期公爵になりたいわけではなかったの?

「……では、自分の手の内にある女に子を産ませ、自分はその保護者として、公爵家の重鎮になろうという企みか」

ゴースト・アルフレッドことルイフォン様が問い詰める。

侯爵は首を振った。もう幽霊への恐怖よりも、諦めから脱力をして、白状をする。

「いえ……それはエラに話しただけの、虚偽です。もしもエラが子を孕んだら、産まないよう命じるつもりでした。要は今の妻子との間に亀裂を入れられたらいい。キュロス殿が公爵位を辞し娘も廃嫡すれば、我が家の男児に回ってくる。そうしたら妻も、グラナド城に帰ることができるから――!」

膝をついて頭を下げる侯爵。ローラ夫人が問う。

「あなたは、ソフィア様をグラナド城に帰したかったのですかぁ? 妻と離縁して、愛人と暮らすために……」

「まさか! エラなんか関係ないっ!」

ダリオは強い声で反論して来た。

「妻はもともとグラナド城の姫だ。あなた達、両親のことも敬愛していた。公爵邸にある墓も、自分が護りたいと願っていた――それなのに、ワタクシなんかと結婚をしたばっかりに、それができなくなってしまったんだ!」

「……では、むしろ妻の幸せのために……?」

「ええ、その通りです。それが、ワタクシがソフィアに出来る、唯一のことだったから……」

ダリオの声には、嘘偽りのない熱を感じさせられた。彼の口上を遮るものは誰も無く、彼は一人、聞かれてもいないことまで話始めた――まるで本当はずっと、誰かに語りたいのを我慢していたかのように。

その言葉のほとんどは、ソフィア嬢への 愛賛歌(セレナーデ) であったけど。

ソフィアという女性の人生は、不遇だった。

グラナド公爵家の長女に生まれながらも、女児であるがゆえに公爵家の後継にもなれず、のちに生まれた異母弟のせいで城を追われた。

なにより彼女の不幸は、自分、ダリオと結婚をしてしまったことにある。

親族から反対されても、駆け落ちのように嫁に来てくれた。それはもう、御伽話のようにロマンチックな結婚であった。

「お金も名誉も要らない。ただ家族で楽しく過ごしていきましょう」

ソフィアはそう言って、笑っていた。

しかし、現実は甘くない。結婚生活はすぐに楽しいものではなくなってしまった。

言語の壁、文化の壁、生まれ育ってきた家柄と経済力の壁で、アフォンソ家に馴染めなかったソフィア。持ち前の気丈さゆえ折れることはなかったが、ダリオや侍従達に強く当たるようになってきた。

男の子を生んだが、それでどうなるものでもない。どうせグラナド公爵位はキュロスが継ぐと決まっている。やがてソフィアは毎日のように、キュロス・グラナドへの恨み言を呟くようになっていった。

ダリオはソフィアを慰めたかった。だが、あちこちの景勝地に別荘を買ってもソフィアは興味を示さない。一念発起して事業を起こしても失敗してしまう。ローラの見立ては正しい。ダリオは、無能の男だった。

……自分ではソフィアを幸せに出来ない。だったら、彼女の実家を頼るしかない。

彼女の望むとおりに、グラナド家を、ソフィアの物に。

「……自分は三流男のままでいい。だが妻は……あの美しく気高く、輝いていた時代に、その人生を、取り戻させてあげたかったんだ……」

吐き出すようにそう言って、零れる涙をそのままに、膝から崩れるダリオ。床に這い、おうおうと泣き声を上げていた。

いつの間にか、霊――ルイフォン様とチュニカは地上に降り、二本の足を晒してダリオの前に立っている。

その横に、キュロス様が並んだ。霊たちに土下座をするような格好のダリオを見下ろし、尋ねる……。

「その作戦がうまくいったとして、エラはどうなる?」

キュロス様が問うと、ダリオは一瞬だけ目を泳がせた。だがやがて苦々しい表情になると、嘆息した。

「……エラは……可哀想な子です。人に尽くすことでのみ幸せを感じる女。ワタクシのために人生を費やしたなら、本望でしょう」

「そんな言葉を本当に信じているのか。彼女にとってそれでいいと、おまえは思うのか」

「さあ。なんにせよ、ワタクシにとってはただの手駒だ。姉の継子に、気まぐれに手を出したら思いのほか懐かれた。ソフィアのために使えると思った――それだけだった」

――キュロス様はダリオの襟首を掴み、高々と持ち上げた。キュロス・グラナドは背が高い。彼が、自身の頭より上まで手を上げたなら、ダリオの足は完全に宙を掻く。

ポルターガイストに逃げまどっていた彼だが、なぜかこれには悲鳴も上げなかった。ただうなだれて、何もかも諦めたように、苦笑していた。

「……言われるまでも無い。もう、わかった。ワタクシはやっぱり、何もかもダメな男だ……何も為せない、誰もシアワセに出来ない、どうしようもなくつまらない男だった」

ダリオ侯爵は静かに泣き出した。

「あなたがうらやましいよ……ワタクシだって、あなたのように強く、格好いい男になりたかった。もしもそうなれたらワタクシだって……愛する妻を、幸せにしてあげられたのに」

彼の泣き声が、廃墟の静寂の中に響き渡る。ダリオ侯爵はもう、幽霊への恐怖ではなく、己の人生への絶望で挫け、涙を流していた。

わたし達は、自分たちの計画が大成功に終わったことを理解した。期待していた以上に。

「あー良かった、雨が上がりましたね」

古城から出るなり、チュニカは大きく背伸びした。

「ちょっと予想外の展開はあったけど、作戦大成功ですねえ!」

「そうね。あれだけへこませておけばもうくだらない嫌がらせをしてくることはないでしょう」

わたしとチュニカ、トマスやウォルフガングも作戦成功を喜びながら歩きだした。けど、しばらく歩いていても、わたしの横にキュロス様が並んでくることがなかった。

「キュロス様?」

後ろを振り向いて、驚く。彼は古城を出てすぐの所でしゃがみこんでいた。気分が悪そうに口を押えている。隣にはルイフォン様が居て、彼の背中をさすっていた。

「キュロス様! ど、どうなさったの……!」

「ああ、大丈夫大丈夫」

キュロス様の顔を隠すように、ルイフォン様が立ちふさがった。わたしの前で手をパタパタ振って、飄々とした王子様スマイルである。

「ちょっとこう……怪談がよっぽど怖かったんだな! 脅かす側にいても、腰が抜けちゃったみたいだ。気にしないで、先に帰ってて」

「でも……」

「雨がまた降ってくるかもしれないし。キュロス君なら、自分の心配をしてもらうより妻子が風邪をひかないほうを喜ぶよ」

たしかに、それはそうだろうけど。

その時、ちょうどリサがお昼寝から目を覚ましたようで、抱っこ帯の中でもぞもぞと動き始めていた。起きてしまうとじっとしている子ではないので、早く降ろして遊ばせてやらなくてはいけない。

「では……お先にお屋敷へ戻っておりますね」

わたしはリサを抱え直し、前を歩くウォルフガングに続いて歩き出した。後ろをちらちらと気にしながら……。

キュロス様……ルイフォン様はただ、肝試しに腰が抜けただけと言っていたけれど、本当は違うのでは?

わたし達が仮装をしたアルフレッド・グラナドの亡霊は、つい先月亡くなった、彼の実父である。キュロス様の安全のためとはいえ、死者を冒涜するかの如く使うのは、彼にとってやはり不快だったのでは……。

いや、キュロス様は基本的に、自身の気持ちをちゃんと言葉にし、その場で抗議できる人間だ。だからきっと、不快とか、そういうことではなくて……。

……わたし達は、もしかしたらダリオのイタズラなんかよりもずっと深い傷を、彼につけてしまったのではないだろうか?

今更ながら後悔にさいなまれる。わたしは森を歩きながら、キュロス様が追ってきていないか気にして何度も振り向いた。しかしそこにキュロス様の姿はなく、ただ鬱蒼とした木々の隙間から、黒い古城がちらちらと見えるだけ。

わたしは胸の中で、死者を悼む祈りを捧げた。肝試しに利用したアルフレッド様やローラ夫人、そして古城の死者達に。

「……本当にごめんなさい。いつかわたしがそっちへ行ったら、きちんとお詫びいたしますね……」

そんなことを呟いた、次の瞬間。

わたしは背後から強い衝撃を受けた。両足が宙に浮く。

そして川の流れに全身を飲みこまれた。