軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【4巻発売御礼】特別番外編:海の上のバカップル

某月某日。大海原を劈くように進む、グラナド商会の貨物船上にて。

艶やかな黒髪を潮風になびかせて、キュロス様はぼそりとつぶやいた。

「……退屈だな」

「そうですか?」

私も同じ景色を見ながら聞き返す。彼はフワァと大きくあくびをした。

「視界が暇だ。外海に出てしまうと、何日も視界が変わらない」

「わたしはまだ、この青い海原と白い波を見ているだけでずっと楽しいですよ」

本当にそうなの。デッキから見える海の色も波の高さも、日ごと全然違うのよ。わたし、青という色にこんなにも種類があるって知らなかった。この大きな海が、天気によってぜんぶ別物に変わってしまうことも。

「まだ 王国(くに) を出て二週間……それでこんなに変わるんだもの。東部大陸が近づいたら風まで変わってくるのかしら」

「ああ、気温や湿度が違うからな。これから先、季節は冬に近づくが今よりも暖かくなっていくぞ」

「なんだか不思議……本当、魔法の世界にいるみたい」

彼は苦笑い。あくびのついでににじんだ涙を指で拭いながら、

「俺はもう飽きるほど観た景色だ。とはいえ、今回の航海は退屈なばかりではないが」

「今回は? 何か、いつもの海とは違うのですか?」

わたしの言葉に、彼はハハハッと大きな声で笑った。

すぐそばにいたわたしにさらに近づき、肩を抱いて。

「隣にマリーがいる。俺にとっては退屈な景色でも、君がそれを楽しんでいる笑顔はバラ色の光景だよ」

「……まあっ」

としか言いようがない。赤面したわたしをヨシヨシ撫でて、頬にキスをするキュロス様。その様子は真実、とても機嫌がよさそうだったけど……。

顔をまた海面に向けるとすぐに、彼はまた、大きなあくびをしていた。

……そうよね。わたしにとっては初めての海、初めての航海だけど、貿易商であるキュロス様にとっては見慣れた海原。彼の言う通り、楽しめる景色ではないのだろう。もちろんずっとやることがないってわけではなく、彼は色々と仕事をしているけど……グラナド城のように面白おかしい侍従がいるわけでなし。それこそ、わたしくらいしかおしゃべりの相手がいないんだもの。

わたしが何か、彼を楽しませることが出来ればいいんだけど……うーん。こんなことならもっと、キュロス様が聞いて笑えるような小噺や、素人芸の手品でも勉強しておけばよかったわ。

それかまた、しりとりやかくれんぼ……だめだ、わたしが楽しいばっかりだわ……。

そこでわたしはアッと声を上げた。

「そうだわキュロス様、わたしに何か、願い事をして!」

「うん?」

「あの、かくれんぼ勝負の賞品。まだあなたの願いを叶えていなかったわ」

「ああそれなら、『もう一回やる』ってリクエストをして――」

「いいえやっぱりキュロス様が勝ったのにその賞品がわたしを喜ばせるものばかりなのって、良くないと思うのです」

「……別に俺も楽しんでなかったわけじゃないが……」

キュロス様は少し困ったように、後ろ頭を掻いた。それから口元を指で押さえる。真剣に考えているときの彼のクセだった。

「そうだな。改めて、俺の言うことをなんでもひとつ聞いてくれるというなら」

「はい! どうぞ、なんでも!」

キュロス様の目がギラリと光った。王国では禍々しいと評される緑の目が、まさに魔性の輝きを放ち、わたしを穿つ。

「…………なんでも。本当に?」

「え、ええ……」

「 な(・) ん(・) で(・) も(・) だな?」

「はい、 な(・) ん(・) で(・) も(・) …………」

……正直、もうすでにちょっと後悔してたりするけど……いいえキュロス様のことだから、そんなにわたしが嫌がることを望むとは思えないのだけど――。

「じゃあとりあえず、船室に戻ろう」

「えっ。こ、ここでは駄目なのですか?」

「人目があるからな。二人きりになれる場所へ移動する」

「ふ、二人きりでないと……できないこと……っ!?」

「さすがに俺にも恥じらいというものがある。人目を偲ぶべきことだし、なにより、その時のマリーの姿をあまり他人に見せたくない」

そ、そのとき? わたしの姿?

……その『なんでも』をされると、わたしの姿がどうにかなってしまうの!?

二人きりで、人目を偲んでする恥ずかしいことで――それって。それってどういう――。

その瞬間、少し大きな波に当たったのか、船全体が大きく揺れた。思考に気を取られていたのでバランスを崩し、わたしは前のめりに倒れこむ。

「おっと、危ない」

倒れた先にはキュロス様がいて、わたしの全身を受け止めてくれる。大きな胸に顔を埋めると、彼のにおいがする。それだけでわたしは全身の力が抜けてしまった。

ふにゃふにゃになったわたしを、キュロス様は横抱きに持ち上げた。揺れる船上、長身で体重だって決して軽くはないわたし。それでも彼はぐらりともせずに、わたしを抱いたまま、船室への階段を下りて行った。

そして……貨物船の船室。

この船はキュロス・グラナドの率いるグラナド商会のものだ。従来、一番広く豪奢な部屋は船長が使うものだけど、この大型貿易船ではキュロス様の私室になっている。

キュロス様は先に入ると、造り付けのカウチに胡坐をかいた。そこでわたしを手招きする。そばに腰かけると、にっこり笑って自分の足をポンポン叩いた。

……ええと。そこに……乗ればいいのかしら。わたしは彼の腿に手を置き、身を乗り出した。これで何をされるのかとドキドキしたのだけど、彼は首を振った。

「ここに、仰向けになってくれ」

仰向け――ええと……つまり彼の腿を枕に寝転がればいいのね。言われた通りに上を向くと、ニコニコしているキュロス様が間近に見えた。なんとなく、嫌な予感。

「あの……キュロス様がわたしにしたいことって、なんですか」

彼はさらに笑みを深くして。

「君の、そばかすを数える」

わたしは目を点にした。

「……そ……そばかす?」

「そう、そばかす!!」

思わず顔をひきつらせたわたしに、キュロス様は手をにぎにぎさせて、

「マリーの顔にあるそばかすを、一度きっちり数えてみたいと思っていたんだ、ずっと前から! いやなんなら初めて出会ったときからっ!」

「な、なんでですかあっ!?」

「可愛いからだ!!」

かつて聞いたことのないほど大きくハリのある声で、キュロス様は即答した。わたしはぶんぶん首を振って、

「かかかっ可愛くないですよそばかすなんて! こ、これはわたしがネガティブだからとかじゃなくて世間一般世界的常識として、そばかすは短所です!」

「全世界がなんと言おうとも俺は可愛いと思う!!」

わたし以上の速度でぶんぶん首を振り、キュロス様は断言する。血管が浮いて見えるほどかたくこぶしを握り締めて、

「もちろん、君が気にしていることは知っているし、隠したい気持ちは否定しない。というか俺だって、別にそばかす 性癖(フェチ) というわけではないぞ。そばかすがあるからマリーを見初めたわけじゃなく、マリーを可愛いと思うからこそそこにあるそばかすも愛おしくて数えたい」

「なぜ! 数えるのっ!?」

「可愛いからだ!! ふだんなかなかじっくりは見せてくれないし!」

確かに、キュロス様と顔を合わせるとき、わたしはだいたい化粧もドレスもフルメイクしていた。当たり前だ、自宅とはいえ、グラナド城の女主人が 素顔(すっぴん) でうろつくわけにもいかない。

「いやもちろん、フルメイクのマリーもすこぶる可愛い。最近はお洒落も楽しそうにしているし、化粧をするなとは言わない。君の気持ちを尊重する。だが! たまには見たい! 無性にすっぴんそばかすマリーが恋しくなる時がある! その透き通るような素肌や柔らかな頬を眺めて摘まんで頬ずりをしてそばかすを数えたい」

「だから、なんでそばかすを数えるんですか!」

「可愛いからだ!!!」

そう断言されてしまうともう反論の余地もない。なんでもしたいことをしていい、と約束した手前、これ以上ごねることはできず――なによりキュロス様に「どうしても駄目か?」と、捨てられた子犬みたいに悲しそうな顔をされると、わたしも弱くて……。

「……うう……っ……わ、わかりましたぁ……」

キュロス様の顔がパアッと輝く。目を閉じ、寝転がったわたしをヨシヨシ撫でてから、髪を避ける。ああもう、どうにでもして。

顔のすぐそばで、キュロス様の機嫌のいい声がする。

「……いちかわいい、にかわいい、さんかわいい」

「ちょちょちょちょっと待ってっ!?」

わたしは再び身を起こした。きょとん、とした顔のキュロス様。指差しながら数えていたのだろう、人差し指を下向きにした姿勢のままで、首を傾げる。

「どうしたマリー」

「単位っ! 今、なんだかカウントの仕方がおかしくありませんでした!? そばかすの単位が『かわいい』だなんて、聞いたことないですよ!?」

「ん、そうかな。増えるごとに可愛さがアップするのだから、単位は可愛いで合ってると思う」

「絶対に違うと思います、おかしいと思います!」

「そう言われても……ではほかに何を使えば?」

……そう聞かれると困る。な、なんだろう。そばかすの単位なんて考えたこともなかったわ。『個』? 『箇所』? 『粒』ってことはないと思うけど……ああっ確かに、正解が分からなくてきっちり訂正できない!

わたしが黙ってしまったのを見て、キュロス様は満面の笑み。

「正解がないなら、俺の思う単位でいいだろう。マリー、続きを」

うう……。ううううう。

「えーと、左から数えてさんかわいい所で中断したな。ではここから続けて、よんかわいい、ごかわいい」

うううううううう。

「ろくかわいい、ななかわいい――」

ひううううううううううう。

「――きゅうかわいい、じゅうかわいい。おおっさすがマリー、かわいいの大台に入ったぞっ」

ふぐうううううううううううううう。

……そうして。キュロス様はすっかり日が暮れるまで、わたしのそばかすを堪能し――。

「ああ、充実した一日だった!」

「……それは……良かったです……」

「明日はマリーの『どこかわいい』を数えようかな。 旋毛(つむじ) とか、寝起きで外ハネしてる毛先とか、自分にはほとんど無いので大好きなのだが」

「もうっ、勘弁してくださいーっ!」

悶絶するわたしを膝に乗せ、航海の日々を過ごされたのだった。

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