軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十八話 魔王城のある谷IV 『戦い、終わって』

『わたくしは、全部……覚えていますー』

その言葉が、いやに響いた。

アスタルテという名の暴風がこの峡谷を去ってから、少し。

大量の魔族の死体をレックルスがどこかに送り込み続ける作業中。

久々の再会だからか、助けてもらったからか、それとも……記憶が混線しているのか。それでも嬉しそうにシャノアールに抱きついて泣きわめくユリーカを、シュテンとヴェローチェの二人はぼんやり眺めていた。

「……不思議な、感じですー」

「あん?」

シュテンがヴェローチェを見れば、彼女はシャノアールとユリーカのじゃれあいを眺めているままだ。しかし、どうしてだろうか。あんなに嫌っていたはずのユリーカを見つめているはずなのに、口元はとても穏やかで。

「記憶が、二つある……っていうんですかー? あれだけこう、嫌な気分だったのに……お爺さまと過ごしたあったかい記憶もあって。車輪、と呼んで敵対していたはずの彼女に、偉そうに姉として世話された記憶も。……まあ、どっちみち嫌いですけどー」

「おい」

「……でも、嫌いだけど、嫌いじゃないんですー。……なんでですかねー。何れ殺す敵だと思ってたのに……ムカつく姉になってるというかー……周囲の環境も結構違うというかー……さすがお爺さまというかー……。わたくしの怒りってこんなもんだったっけ……なんて、思ったりしてー……」

こつん、と転がっていた石ころを軽く蹴る。ころころと転がって、しかしその石は何かを起こすこともなく。今なら無防備なユリーカの背中を第三宇宙速度で貫くことも出来るというのに。

「ちゃんと覚えてるんですー。ユリーカとの間にあった確執も、全部、全部。けど……一緒に過ごした記憶が、言うんっすよ。誤解、ばっかりだったんだって……。アホですねー、わたくしも……あのポンコツ堕天使もー……」

ふ、と自嘲の笑み。なんでかそんな表情が似合ってしまうヴェローチェは、ゆっくりとシュテンの方に向き直った。

「……全部、シュテンがやってくれたんですねー」

「いや、どーだろうな。ユリーカも必死だったし、ヴェローチェさんの魔力がなきゃ土台無理だったし、バーガー屋が居なきゃ実現出来なかった。それに、過去でシャノアールたちも……必死だったしな」

「……変なとこで謙虚ですねー。過去に行く、なんてシュテンが言い出すことがなければ……今頃わたくしはきっと……もう、壊れていたかもしれないのに」

「んー」

シュテンが、目を空に向けた。

相変わらずの暗い空は、地下帝国に戻ってきたことを教えてくれる。星の瞬きがあっただけ、魔大陸の方が幾分かまともだったのかもしれない。

「シャノアールぅ……もう……会えないかと……!!」

「おいおいシャノアールお兄さんだろう。というかもう会えないってなんだ。全く、シュテンくんが来ているというのなら呼んでくれてもいいだろうに、このボクをね」

「へっ……? あ、あれ? あれれ? な、なんで……あたし、だって……でも……」

「ん? どうしたんだい?」

シャノアールとユリーカの会話は、平和そうだ。

シュテンには"書き換えられたあと"の世界の記憶がない。己が最初からたどってきた記憶が全てだ。だからこそ、シャノアールが居ることにも驚いたし、ヴェローチェが記憶を二つ所有しているというのも、新鮮だ。

これが、女神の言っていた記憶のダブりだとすれば。

干渉を受けずに済んだのは、ヴェローチェという人間だから、なのではないだろうか。ユリーカも、どうも記憶に混乱があるらしいが。

「壊れてなんか、なかったんじゃねえか?」

「え?」

「あれだけの試練を乗り越えて、おまえさんは今も両足で立ってる。ユリーカとの仲違いに気づくのも、遅いか早いかだけだった。俺はたまたまそれを手っとり早くする方法を見つけた。……それだけだろ」

「……もし、シュテンにとってそう見えるのであれば……本当はそうだったのかもしれません……けどー」

「けど?」

「視界が全部真っ暗な中、手探りでたった一人だったわたくしの前から、一瞬でありとあらゆる闇が消え去った。消し去ってくれた存在ですー……だから……だから……」

アメジスト色の瞳が、揺れる。それは動揺にあらず。ただただ瞳に溢れだしてきてしまった何かが目元を潤ませて、そのせいで、今の弱い彼女の表情が殊更弱々しく見えて。それでもその弱さは、間違った弱さではなくて。

「……ありがとう、ございました……。こんなっ……返しきれないような……恩を……大好きな……家族を……わたくしは……わたくしは……」

たった一人で生きてきた。

誰からの干渉も阻害して。

それでも、自らの仲間に飢えて。

祖父なんて知らなかった。姉なんて知らなかった。家族なんて知らなかった。

だから、ヴェローチェ・ヴィエ・アトモスフィアは。

ヴェローチェ・ヴィエ・アトモスフィアは。

こんな無条件に愛されて、周囲の魔族たちから慕われて、まっすぐに生きた"記憶"がどうしようもなく愛おしかった。

暖かかった。幸せだった。

十五年、生きてきて。

初めて貰ったプレゼントは、幸せな十五年間と、きっと自分が笑顔で居られる未来だから。

「だから……だから……ありがとう……シュテン……」

「あ、はは。いやぁ、なんというか。十五年がプレゼントになるってんならそりゃぁこれも一つの」

ふぅ、と鬼殺しを担ぎ直した。

周囲を見れば、丸く収まった最高のエンディング。

なれば、これは、そう。

「浪漫、なんじゃねえの」

珍しくシュテンは、心から穏やかな笑みを浮かべた。

「それじゃあ、最高の友人との再会を記念して……乾杯!!」

「うぇーい」

「かんぱーいっ!!」

「かんぱーい」

「か、乾杯! い、いいんですかね俺まで招かれちゃって……!!」

ぐるりと五人で囲む、大きな円卓。並べられる料理はどれも暖かく美味しそうで、かち合わせた酒からこぼれ落ちる滴が料理の上に落ちないようにと五人ともが必死だった。

上座に、シャノアールとシュテン。その両サイドにヴェローチェとユリーカが座り、男二人の正面にはレックルスが正座している。

なんと、アトモスフィア家の食卓はちゃぶ台であった。

シュテンはぐいっと粟酒をのどに流し込みながら、シャノアール宅に案内された時の衝撃を思い出す。生け垣に囲まれた、古き良き和風家屋。下がっている表札に『あともすふぃあ』と書かれていた時は思わずシュテンも「嘘だろおい」と声を漏らした。

靴やら下駄やらを脱いで上がったその家の、広いリビングに敷かれた絨毯とちゃぶ台。今日は宴会だ、とテンションをあげるシャノアールをさしおいて絶句していたシュテンだが、それはもうすぎたことだと肩を竦める。

座卓に似合わない豪勢なシャンデリアが下がるリビングルームは、五人で座っても尚広さにかなりの余裕があり。居心地はとても良かったからもうそれでいい。

「あ、シュテン。それあたしが作ったんだ」

「マジ? じゃあ不味い訳ねーな」

「取ってあげるね。これと……これ。はい。この煮っ転がしもおいしいよ」

「和風すぎねえかアトモスフィア家!?」

隣に女の子座りしたユリーカが、シュテンの取り皿に一つずつ料理を乗せていく。

シュテンの右隣に居る癖に右手を伸ばして料理を取ろうとするせいで、シュテンの肩に彼女が否応なく触れて。柔らかい感触に、改めて女の子だと思うと同時、若干の気恥ずかしさがこみ上げて酒で誤魔化すダメ妖鬼。

「つーかユリーカ近すぎませんかねー……なんですかあれべったりしちゃってー」

「二百年前もこんな光景を目にしていた気がするよ。……いや、もっとべったりだね。あの時よりもね」

「へー……ほーん……ふーん……?」

「なんだか怖いよヴェローチェ?」

「気のせいですー……」

じと、というよりはぶわりと巻き起こった殺気に、一番びくついたのはレックルスだ。状況は傍目にも一目瞭然。どうしようもないあの妖鬼に何とか気づかせられはしないかと思考を凝らし、ふと正面のシャノアールに目をやった。

「そ、そうそう。導師とシュテンの二百年前の話とか、聞いてみたいなと」

「そうかい? あれはなかなかおもしろい出会いだったよ。このボクにとってもね。……本当に、再会出来て良かったよ」

「全くだ。命救われたこともそうだが……お前とまた現代で会えるなんて、思わなかった」

こつん、と拳をぶつけ合う二人。

結局どんな出会いだったのかは聞けず仕舞いで、シュテンとシャノアールの会話に華が咲く。やれ今までどうして居たんだの、やれあのあとの状況はだの、二人ともとても楽しそうだ。

ユリーカも彼ら二人の久々の会話に思うところがあるのか嬉しそうに彼らの言葉を聞いているし、ヴェローチェもぽけっとしながら、興味ありげに耳を傾けている。

悪くないなぁ、とレックルスは一人バーガーをかじる。

どうしてそう思ったのかはわからない。だって、日常にシュテンという客が招かれただけなのだから。それでもどうしてか、この暖かい光景がとても良いものに思えて。

「ところで、シュテンくん今いくつだい?」

「二十三か四か」

「え!? あたしよりそんなに年下だったの!?」

「んぁ? ああ、まあそうだな」

魔族で二十三にしてはずいぶんと出来た男だ、とシャノアールは楽しげに笑う。

しかし何故だろう。

ここに来てレックルスは、死ぬほど嫌な予感がした。

「二十三か、その頃だったよ。このボクもね」

「なにが?」

「結婚。まあ一度目は子供も作らずに別れたんだけどねえ……シュテンくん、そういう相手居ないのかい?」

「そういう相手ねぇ……」

粟酒のジョッキをあけながら、酔った勢いで進む会話。

シュテンの脳内にまず浮かび上がった女性は、何故か全力でパワームーブをしていた。

「いや居ねえな」

「そうか。あっさりしてるね。じゃあ聞くけどさ」

やばい、とレックルスの脳が警鐘を鳴らす。

だが、時すでに遅しといえた。

一気に、部屋の温度が五度下がる。

「このボクの孫娘二人だったらどっちがタイプ?」

瞬間、凄まじい覇気が周囲を埋め尽くした。

もうそれアスタルテ戦でやってたらあの魔導司書も逃げてくれたのではないかと錯覚するほどに強烈な温度変化。どうしようもなく冷えきった部屋で、全く動じないのはシャノアールただ一人。

「あ、あー、あんまりこうほら、どっちがタイプとかそういうのするのいくないとおもうんだ」

「なんでカタコトになってるんだい。夢想したものだよ、きみがこのボクの家族となるような未来もね」

「ちょ、待って。ほんとに待って」

ストップをかけるシュテンに、きょとんとするシャノアール。

敢えて見ないようにしていた方角からかかる、声。

「ユリーカとヴェローチェ"さん"だもん。聞かなくてもわかるんじゃない? シャノアールおにいさんもあんまり意地悪言わないであげて。ね、シュテン?」

「くっつきすぎてうざいですねー、そこの貞操観念すっからかんの堕天使は。だから堕天使なんじゃないっすかー」

「なっ……な、て、ていそっ……!」

シュテンの背中にくっついて、気持ちよさそうにのんびりしていたところにヴェローチェからの爆弾投下。顔を真っ赤にして口をぱくぱくと動かすも、なかなか声が出せない様子のユリーカ。

ここに来て、ようやく事態のヤバさを察して乾いた笑いを見せるシャノアール。

そんな彼らをさしおいて、ヴェローチェはじとっとした目をシュテンに向ける。

「っていうかなんでわたくしは"さん"付けなんですかー?」

「なんでだろうな? バーガー屋がバーガー屋みてえなもんだろ」

「だからいい加減そのふざけたあだ名辞めろよテメエこの野郎!!」

外野が何か言っているようだが、取り合う気はシュテンにもヴェローチェにもない。

そこで、ふむと一つシャノアールが頷いた。

「まあヴェローチェの雰囲気だとさん付けしてみたい気持ちも分かるんだけど。そういえば、きみが"さん"付けしているヴェローチェは唯一の年下なんじゃないかい?」

「……そういや、そうかもしれねえな」

ふと、思い出す。

たとえばヒイラギ、たとえばヤタノ、たとえば女神、隣のユリーカ、そしてオカンに、その他諸々。年下メンバーも居ると言えば居るが、共に旅した仲間や密接に関わった人物は大半が年上で……何故か年下のヴェローチェだけをさん付けで呼ぶなんだこれ状態。

「……でもさー、そうなるとさー、ヴェローチェがシュテン呼び捨てにしてんのもおかしーんじゃないのー」

「なに俺の背後に隠れてんだお前」

「ぶーぶー」

シュテンの肩からひょっこりと顔をだし、未だ赤い頬を隠しつつヴェローチェにブーイングをかますユリーカ。そんな彼女を一睨みして、ヴェローチェはシュテンに向き直る。

「ということで、呼び方の変更を要求しますー。ここまでしておいて他人行儀はちょっとあんまりだと思いますー」

「ヴェロっち」

「殺しますよー」

「え、ダメ!? わりかしハマったと思ったんだけど!?」

「シュテンセンスないですねー。レックルスのあだ名は秀逸でしたが」

「それは無いぜヴェローチェの嬢ちゃん!?」

愕然とするレックルス。

「いやまぁ、別に呼び捨てするのは俺もいっこうに構わないんだが――」

「じゃあさ」

シュテンとしては、別に呼び捨てにしようがなにをしようが特に思うところはなく。むしろ他人行儀な印象を与えていたことに少し申し訳なくなるくらいではあったのだが。そこに、しばらく黙っていたシャノアールがふと呟く。

「ヴェローチェの方から歩み寄ってみよう。いつも受け身なのはヴェローチェの美徳でもあるが、積極的になってみるのも一興だろう?」

「ちょっと待てなにを吹き込んでやがるシャノアール」

「いやなに、そんなに難しいことではないさ」

ニヤリと笑って、シャノアールは隣に座るヴェローチェの元へと近寄ると、何事か耳打ちした。徐々に、あの無表情なヴェローチェの頬が赤くなるのを見て、シュテンは「ろくなことじゃねえな」とどこか達観にも似た感情を抱く。

それから、文句を言わないからと言って肩にそのまま顔を置いて抱きついたままのユリーカのこともそろそろどうにかしたい。頬が触れる。

「さあ、頑張ろうヴェローチェ」

「……ぇ、と……」

「酔っぱらって絶対よけいなこと言ったろおっさん!!」

「誰がおっさんだ!!」

「シャノアールがね!!」

「アイデンティティを利用するんじゃないよ、このボクのね!!」

好き勝手にぎゃーぎゃーと騒ぎ立てるシャノアールとシュテンの二人組。

と、膝の上で両手を握りしめたヴェローチェが、呟く。

「あの」

「あん?」

「わたくしと……その、歳近いじゃないですかー……一番……」

「ま、そうだが」

はて。唐突なその発言に首を傾げつつも、様子のおかしいヴェローチェを見るシュテン。彼女はまっすぐに向けられたシュテンの視線を、若干逸らす。それはもう、すいー、といつものように無表情を装って。でも頬は赤い。

「だ、だから……呼び捨てに、して貰いたいというかー……ええっと……」

本当になにを吹き込んだのかと横目でシャノアールを睨みつければ、かわいい孫娘の恥ずかしそうな反応に両拳を握りしめている。ダメだこの爺バカ。

「だ、だからこう、わたくしも……呼び方変えようかなと……そのー……」

「え、そうなの」

視線が泳ぐどころか、顔が完全に横を向いてしまったヴェローチェが、そっと目だけをこちらに向ける。半顔で、若干口を尖らせながら。

「……兄さん、とか」

「シャノアアアアアアアアアアル!!」

「な、なんだいいきなり大声出して」

「お前本格的になにを吹き込んでんだバカが!」

「最初から伏線は張っていたよ、きみを家族のように思いたいとね!!」

「誇らしげにサムズアップしてんじゃねえよ見ろ顔真っ赤にしてうつむいちゃったじゃねえか!」

「可愛いだろう、孫娘だ。このボクのね!!」

「うるっっっっっせえよちょっとこっぱずかしいわ!!」

いい笑顔のシャノアール。シュテンがここまで良いようにあしらわれること自体が珍しく、さすがは二百年越しの友情だぜと数時間前の熱さを全て台無しにするような発言。

「……えっと、ダメ……ですかー……?」

「や、むしろ本当にそれでいいの?」

「……わ、わたくしは別に……なんか……悪くないかな……って……」

「……あー」

ぼりぼりと後頭部を掻いて。

シュテンは諦めたように、一度シャノアールのわき腹に拳をたたき込んでから、

「じゃ、これからよろしくなヴェローチェ」

「ごふっ」

「……はいっ……兄さん……。ちょ、ちょっと恥ずかしいですー……」

よし、一段落だ。

そうほっと胸をなで下ろして、何の気なしに右を見ると。

「むぅ」

「うのぁ!?」

ユリーカのむくれ顔がドアップ。

「じゃーあたしシュテンのことダーリンって呼ぼうかなー」

「もう勘弁してくれえええ!!」

あのシュテンが、根を上げる叫び。

こんな珍しいことはない、とまずシャノアールが指をさして笑いはじめて。

ヴェローチェも照れ隠しに声を上げ、ついでレックルスも苦笑い。

むくれていたユリーカも吹き出して、リビングは笑いに満ち溢れて。

魔王城近くの、『あともすふぃあ』の表札が下がった一つの屋敷。

全てが終結したその場所の明かりは、夜遅くまでずっと灯ったままであった。

「出番なかったわねー、あたしたち」

「ま、ユリーカが幸せならそれでいいのさ」