作品タイトル不明
第十二話 魔王城V 『アイゼンハルト・K・ファンギーニ』
――魔王城内部最奥、玉座の間。
テツは身に迫った危険を感じ、勢いよく自らの鎗をルノアールから引き抜いた。
同時にバックジャンプで後方のクレインに並び立ち、ルノアールを睨み据える。
魔王はテツの初撃を受けて付着した埃を軽く払うと、愉快気に口を緩めた。
「さあ、詠唱を始めよ」
「ぐぶっ……ちょ、ワターシはもう残り一人……」
「むしろ、残り一人になってしまった貴様に最早利用価値などないだろう――人間」
「そんなぁ――あああああああああああああああああああああ!!」
その瞬間だった。
ルノアールの身体に、上空から強力な魔素が降り注いだのは。
その密度にシャノアールが目を見張る。
「これはっ」
「説明が必要か、シャノアールよ」
挑発的な魔王の笑みに、シャノアールは首を振る。
「超高密度不定形魔素結晶。その魔素を十全に行使した術式――そうか、語らない聖典に」
「その通り。語らない聖典を通じ魔神降臨の儀式へ至る。その魔導は既に、ヤタノ・フソウ・アークライトを使役した実験で可能としていた。ならば、もはや我らの野望を止める者はない」
おどろおどろしい色の、まるで"泥"だ。
"泥"が、ルノアールを中心とした周辺一帯を、円柱のように包み込む。
強烈な魔素の力に、テツは鎗を構えて神蝕現象を唱え直そうと――
「おっとそうは行かない」
――古代呪法・蒼天餐滅――
テツの動きが一瞬止まり、そして動き出す。
自らの身体に起きた異変に、テツは魔王を見据えた。
「なるほど。そういうことで」
「テツさん!?」
「なぁに、心配は無用でさぁ。ぼかぁ今、この状態で"固定"されたってぇだけのこと」
青虹、偉天を握りしめ、テツは魔王と相対する。
「術者が死ぬまで、このままでさぁ。壁越えした神蝕現象を解除することが出来ない以上、国士無双を繰り出すこともできない。となると……」
思考するよりも早く、背後から響いてくる声。
――来たれ。生命の神秘・豊穣の恵み・蒼穹の使者。統べるは知慧、総べるは叡智。混沌も秩序もその手に在りて、ただ啓示を得たり。第三の神オモイカネよ、御手に創造せし万魔を欲す。
「おいおい、ルノアールめ、案外余裕じゃああらんせんか」
「いや、そうでもない。あの状態で詠唱しなければ、魔素に溺れ死ぬだけだからな。あの場の魔素を使いきるくらいの魔導と言えば、やはり魔神降臨しかあり得まい」
「……魔王」
ふははは、と軽く笑う魔王を睨んだテツだったが、あれを止める手段はない。
そして。
「きゃ!?」
「なに、これ!!」
「ちっ、防ぐしかないか!」
魔素の矢、のようなものだろうか。
ルノアールの居るあの円柱状の何かしらから放たれたそれを、
ハルナは防壁で、ジュスタはステップで回避し、グリンドルは神蝕現象で耐えきった。
が、重い。ただの純魔力のはずが、予想以上の威力を孕んでいてそれぞれの表情が苦悶に染まる。
「そうか。溢れ出る魔素に指向性を持たせて攻撃に変えているのか」
「ルノアールってぇのは、自分のものでもない魔素を上手く使う男で、まったく」
納得したように、防壁を張りながら頷くシャノアール。
呆れたように鎗で攻撃を弾いていくテツ。
二人は軽く近づいて、二言三言言葉を交わす。
「……導師、頼んでも?」
「無論。クレインくんは?」
「だけで十分でさぁ」
「よし」
同時、テツは駆けだしシャノアールは声を張る。
「クレインくんはアイゼンハルトの援護を! それ以外の全員で、ルノアールの詠唱を阻止するよ!!」
「行きましょう、クレインくん」
「は、はい!!」
ルノアールを仲間たちに任せ、並び駆ける二人。
魔導司書元第二席アイゼンハルト・K・ファンギーニと、今代光の神子クレイン・ファーブニル。
向かう敵は、魔王。
大剣を手に楽し気に笑う魔王の指先はかかってこいとばかりに挑発を一つ。
クレインは自らの持つ棒を構え、魔王へと立ち向かう。
先ほどは、何も出来ずに倒されてしまった。
たった一撃の純魔力をぶつけられた、ただそれだけで。
「僕には、使命がある」
なのに、果たすことが出来なくなるところだった。
今まで多くの人たちに触れて生きてきて、皆の不安と期待を背負って自分は今ここに居る。
グリンドルが賞賛してくれた。『筋が良い。きっと魔王にも勝てるさ』なんてあっさりと。
ジュスタは厳しかった。『頑張れるだけ頑張る。それしか出来ないんだからそれだけは』と。
ハルナはいつでも笑顔だ。『あたしたち皆で頑張れば、悪いようにはならないよ!』
そして、いつも背中を預けていたリュディウスは。
ただ頷き、そしてクレインが走る道をその大剣で切り開いてくれる。何度失敗しても、毎回同じように。
だから、頑張れる。
テツは双槍をいつものように自然に携え、魔王の背後に回った。
三年前、自らの力及ばず仲間を守り切れなかった後悔を想起する。
正面を見れば、魔王越しに棒を構える"光の神子"の姿。
この状況を見れば、五英雄は何と言うだろうか。
決まっている。思わず口元を緩めた。
アレイアなら、『今度こそ少しは真面目に戦いなさいよヘタクソ』と、笑うだろう。
ヴォルフガングなら、『……いけ。やれる』と寡黙にサムズアップするはずだ。
カテジナは頭を掻きながら『二度やったら流石に貴様が勝つだろう』と根拠なく言うだろうし、
ランドルフ・ザナルガンドはきっと、結果を見もしない。
戦いが終わった後にあくびを一つかまして、『終わった? ならとっととミネリナんとこ戻ってやれよ面倒くせえ、だいたいテメエがミスったからケツ拭きにこれだけの人数が駆り出されてんだマジ今代くんまだ修練の途中だろうにかわいそー』と一息に言い退けてしまう。
ほんとうに。
いまだに未練が強すぎる。
だから、頑張れる。
クレインは目を合わせると、何かを察したのか頷いた。
勝利条件は最終的に光の神子が一撃を入れること、ただそれだけ。
ならば是非もない。
テツは青虹と偉天を振るい、魔王を遠慮なく背後から急襲した。
「舐めるな、アイゼンハルト!!」
魔王の魔導と魔王の武技。
それは、圧倒的覇者としての力の証。
人間限界も現人神も、上から圧殺するほどの力。
故に。
あのテツと、国士無双を持ってしても互角の戦いを演じる覇者の王。
「おおおおおおおおおおおお!!」
ぶつかり合う槍と大剣。放たれる魔導は全て身のこなしで回避しつつ、ただ双槍を振るうテツ・クレハ。
しかし、たとえどれだけの力を持っていようと。
二合、三合と合わさるうちに、魔王の膂力が増してくる。
「魔素という力は魔族の証。貴様の力で沈殿されようものなら、確かに力は落ちるだろう。だが見よこの制圧力を。貴様がどれだけ早く、どれだけ強くなろうとも……我が膂力は魔の王のそれよ!!」
「おおおおおおお!!」
クレイン・ファーブニルはテツと魔王の戦いに参戦することすら許されないでいた。
時折思い出したように魔王から放たれる魔導を回避するので精一杯だ。
テツが彼を庇い、テツが魔導を弾き、魔王から自由を奪いこそすれ。
その隙をクレインが埋められることは、絶対に無かった。
けれど。
けれどそれでもクレイン・ファーブニルは光の神子だ。
棒を構えて、死地へ自ら飛び込んでいく。
「思うに」
魔王の瞳がクレインを穿った。
「棒という得物は敵を屠るに向いていない。それでも貴様がその棒を持ち続けた理由を教えてやろう。……光の神子らしく飾られて、ただ人々の光の中に生きてこられたからだ」
先の戦いまでは。
リュディウスが大剣を封じてくれていた。
ジュスタが余裕を奪っていてくれた。
ハルナが戦線を支えてくれていたし、
グリンドルが居たからこそそれぞれが自由な動きを出来ていた。
けれど今は、テツとクレインのただ二人。
テツは魔王を封じこめるのに精いっぱい。
なによりも、魔王へのトドメはクレインが刺さなければならないのがこの戦い。
「戦いの中に貴様は何を求める。光の神子。ただ不殺を願い平和を嘱望していれば、魔の無い世が現れるとでも思ったか」
小馬鹿にしたように鼻を鳴らし、クレインの棒を素手でつかみ取る。
そのまま大きく投げられて、天井に身体をぶつけてクレインは転落した。
「クレインくん!」
「……大丈夫です、テツさん」
へらっと笑って、棒を支えに立ち上がった。
呼吸は出来る。足も動く。なら問題ない、戦おう。
そんなへこたれないクレインに魔王の眉が小さく動く。
「頑張ればきっとうまくいく。とでも思っているのか?」
「そんな、魔族の一人も殺せないような軽い棒で」
「貴様は我を、魔王を滅ぼす刃になる覚悟はどこに置いてきた」
魔王の言葉一つ一つがクレインの心に楔を穿つ。
だが。
だが。
だが、それでもクレインは棒で持って魔王にとびかかった。
「訂正しろ、魔王!!」
「ほう、何をだ」
「確かにこの棒は、魔族の一人も殺せない。戦闘不能にして気絶させるのが限界だ」
「そうだな、その程度の代物だ。何を訂正しろという」
「簡単だ!!」
僕の棒は決して!!
「軽いものじゃあない!!」
そう吼えて棒を振るう。けれどそれを、魔王は酷く冷めた目で見ていた。
「否、決して。貴様の棒は軽い。血の一つも吸っていない棒術など、笑わせる」
大剣でもって棒を弾く。
その瞬間にはテツがカバーに入っており、クレインは追撃を免れた。
「アイゼンハルトッ……!!」
「ああ、ぼかぁここに居る。魔王、貴様を倒すために……クレインくんと共に」
「今のが見えなかったのかアイゼンハルト・K・ファンギーニ! 所詮光の神子の力などたかが知れている。たかが人の限界も迎えられないような蒙昧に我が割く思考の余地はない。敵は貴様だアイゼンハルト。貴様が我を倒し、そのトドメを光の神子に任せるならそれもよし。だが、そうでなければ貴様の負けだ!!」
国士無双の壁越えによる、魔族も人間も同格に引きずり降ろす鎗の衝撃。
だがその全てを受けてなお、魔王はテツと互角にある。
それはつまり、彼の研鑽が、彼の力が、魔王の純粋な、魔素を排除した身体能力と技術の粋が、テツと互角の域にあればこそ――!!
「おおおおおおおおおおおおお!! 行くぞアイゼンハルト!!」
「はっ……なめるなよ、魔王!!!」
その剣戟の中で。
魔王はふと、クレイン・ファーブニルの存在を思い出した。
周囲のどこにもその影は見えない。
だが、どこに居ようと関係がない。
目の前のアイゼンハルト・K・ファンギーニは本物の猛者。
魔界の魔族にもそうは目にかかれない生粋の強者。
即ち、魔王が歓迎する強き生物。
であるが故に、最高のもてなしで遇そう。だが今代光の神子はその限りではない。
ただそれだけの話だった。
だから、意識の脇からクレインが棒を振りかぶり、大きく襲撃を仕掛けてきた時も。
当たり前のように振り払った。
「うわあああああああああああ!!」
クレインの手から棒が弾かれた。
その程度だと魔王は鼻で笑い、すぐさまテツに目を戻す。魔王の眼前に、顔を貫かんと伸びてきたその青の鎗に目を奪われた。
美しい一矢。これこそが武技の猛者の証。
「死ね、アイゼンハルト!!」
「こちらの台詞でさぁ」
その時。
テツは魔王の視界の端で何かを行った。
その一瞬の交錯。けれど、詮無きことだと魔王は嗤う。
魔王、最強の魔、万魔の王を倒すに値するのは、アイゼンハルトだけなのだから。
「光の神子よ、貴様が何をしようとも、その全ては無駄になると知れ!!」
それでも、クレインの棒による攻撃は受ければ重く、身体を鈍らせる。
その一瞬の隙が命取りになる相手と、今魔王は相対しているのだ。
「おおおおおおおおおお!!」
「……魔王」
アイゼンハルトが瞑目する。それを隙だと認識し、魔王は大剣を振りかぶった。
「なんだ、アイゼンハルト!!」
「なめるなよとぼかぁ言った。なめるなと言った、それはぼくのことじゃああらんせん」
アイゼンハルトが目を見開く。その細い瞳が、初めて開かれた。
「人間を!!! 光の神子を舐めるな、魔王!!!」
ふと、その時魔王は幻視した。
史上最強と謳われた光の神子ランドルフ・ザナルガンドを。
彼ならば確かに強者に値する。だが、そうではない。
今目の前に居るのは、たかが人の子の光の神子。クレイン・ファーブニルだ。
だから、少しの注意だけを働かせ、アイゼンハルトに全戦力を注ぐのだ。
クレイン・ファーブニルが背後に回ったのを感じた。
だが、関係はない。
関係は、ない。
「おおおおおおおおおおおおおおお!!」
魔王の振りかぶった大剣を、テツは。静かに構えた棒で受けとめた。
右手に持っていた"棒"で。
「なにっ!?」
「なにと言えば棒でしょうや。クレインくんが握りしめ、これまで己の熱を溜め込んできた技術の粋。そして、不殺の証」
つまり。それは。
テツの偉天は。
「まさかッ……!!」
振り返るよりも、最後の台詞を吐くよりも早く、魔王の胸から突き出た"赤の鎗"。
クレイン・ファーブニルは光の神子だ。
其は魔王を滅ぼす絶対の刃。決して殺めることに終始せず、ただ魔王を滅ぼす勇者。
魔王の動きが止まる。
視界をゆっくり下に下げる。
自らの心臓を穿つ……光の神子が貫いた鎗。
……ああ。
「僕らの勝ちだ、魔王」
「……あぁ。我の敗北だ」
寂しげな顔さえ浮かべ、魔王はテツを見据えた。
「いつからだ。いつから――入れ替わっていた」
「魔王がクレインくんの棒を弾き、ぼくの偉天から目を離した一瞬。よく、彼も気づいてくれたもんで」
「……そうか。そうか。侮るなと吼えておきながら。真に侮っていたのは我の方だったというわけか」
テツと、そしてクレインに目をやって、魔王は諦めたように目を閉じる。
「……さらばだ、人の子。貴様らは……強者であった」
それだけ言って。
魔王は、指の端からさらさらと、砂になって消えていく。
最早、前回のテツとの戦いで身体の魔素は使い切っていた。
故に。魔王の死は必定だった。
たたかい に しょうり した !▼