作品タイトル不明
第十一話 魔王城IV 『テツ・クレハ』
――三年前。"五英雄"総突撃後。公国農村付近森林内部。吸血皇女の隠れ家。
『……あ。目が覚めたかい?』
『ここは?』
鉄の心。アイゼンハルト・K・ファンギーニが目覚めた時、目の前にあったのは久々に見た顔だった。赤髪を二つに結ったあどけない顔立ちの少女。魔王軍の戦線を離脱して行方知れずになっていたはずの、吸血皇女。
『ここは、わたしが少しの間過ごしていた場所……というのも説明としては良くないね。公国のはずれにある森の中さ』
『……そうか、ぼかぁ』
ゆらりと上体を起こす。
木造の邸宅は簡素でありながら魔素が満ちていて、窓の外は爽やかに木々が揺らいでいた。
草木の風になびく音だけが静かに染み渡る落ち着く家。
――ああ。
心配そうにアイゼンハルトを見やる赤髪の少女の先に、外と屋内を繋ぐ出口が見えて。
彼は立ち上がる。
『ちょ、どこへ行こうと言うんだい』
『ぼかぁ行かなきゃならない。ランドルフたちが、まだッ……』
『ちょっと待ちたまえアイゼンハルト。きみは今殆ど身体が』
その華奢な矮躯で持って、覆いかぶさるように彼女はアイゼンハルトを押さえつけた。
けれど、当然"世界最強"に対して彼女の非力では僅かももたないのが現実だ。
あっさりと脇を抱えられて横に避けられて、そんな自然な動作なのに全く身体が動かない。
『ランドルフやアレイアはまだ戦ってる。魔王を倒した確証もない、ぼかぁまだ……"世界を救えちゃいない"。だから、行かなきゃならない』
ベッドの下に、丁寧にそろえられていた魔導司書のブーツを履いて。
まともに言うことを聞いてくれない身体を無理に動かして、一歩一歩部屋を進む。
『アスタルテが何故あんなことをしたのか。ランドルフはまだ生きていた。なら、ぼくが、ぼくさえ生きていると分かれば、まだ』
『公国なら船が出ているはずだ。そこから魔大陸に向かえば、あと』
五日もあれば辿り着ける。己の足があれば、まだ間に合う。
――間に合う、わけがない。
身体は既にがたがた。ランドルフたちがなまじ生きていたとしても一刻を争う。
あの場に居たのは魔族を除けば帝国書院だけ。その彼らは、"五英雄"の排除を望んでいた。
選ばれなかった聖剣使いカテジナ・アーデルハイドは、その身と引き換えに剣を放った。
突然変異のハルバ―ディアヴォルフガング・ドルイドは、皆を守るために一人散った。
それでも。それでも。
アレイア・フォン・ガリューシアと、ランドルフ・ザナルガンドの二人は生きていたんだ。
『お前は、生きろ』
その一言を覚えている。
ランドルフが死に体で放った転移術式の座標が、どうしてここに繋がっていたのかは分からない。おそらくは適当だったのだろう。だからこそ、中途半端に魔大陸に近い場所に飛ばされたのだ。
なれば、現実がどう絶望的でも。
感情が動けと吠え立てる。
だから。
ベッドの脇で立ち尽くしていた少女の抱く感情になど気づくはずもなく。
ようやくドアノブに手をかけた時に、癇癪のように叫んだ彼女の声に、思わず固まったのだ。
『もう終わったんだ!!!』
重い鉛を肺一杯にため込んで、吐き出そうにも吐き出せないような苦しさの中。
ミネリナがそれでも必死に声を張り上げて、アイゼンハルトの歩みを引き留めた。
本意ではない、行かせてあげたい、叶うことなら彼の願いの通りに世界が優しく収まればいい。けれど現実は非情なのだ。
それは、誰よりも彼女の抱える境遇が物語っている。
だからたとえ胸が張り裂けそうになろうと、アイゼンハルトを行かせてはならない。
『終わってしまったんだよ……』
『ミネリナ嬢……?』
終わった。それは、確かにそうだ。
魔王を打倒した手応えはこの手の中にある。五英雄の成すべきことは終わったかもしれない。だが、違う。五英雄の成すべきことは終わっても、五英雄が英雄でなくなったその後は。
彼らの約束されざるこの先は。
強いからと招集され、無理やり戦わされた彼らの末路がこんなザマでは。
あまりにも、あまりにもやるせないではないか。
『もう終わったんだ、アイゼンハルト』
『終わった……? たしかにそうでしょうや。ぼかぁ確かに魔王を倒した。けれど、そうじゃな』
振り向いた瞬間。アイゼンハルトは言葉を失った。
少女の握りしめていたスクロール。それはよく見ればただのカレンダーで。
涙を目元にため込みながら叫ぶ少女の慟哭は、静寂の中に嫌に響いた。
『魔王が倒れて三つの月が経った!! 世界は変わり、魔界は沈み、人間は勝利した!! 英雄アイゼンハルト・K・ファンギーニが、魔王と刺し違えたという結果によってだ!!』
草木がざわめいた。
握った拳を震わせて、手を伸ばすことも出来ずに立ち尽くしている少女。
もう終わったという言葉と、続いて放たれた現実。
ようやく目が覚めた彼が"手遅れ"であったと突き付けるには十分すぎる情報が手元にあった。
『……そうか』
『そうだ』
『ランドルフは。アレイアは』
『亡くなった。五英雄はみんな死んだ』
『そうか』
天井を、仰いだ。木々で作られた屋根は真新しく、そしてこの場に似つかわしくないほどに爽やかで温かい。
『……そうか』
手遅れか。
ランドルフも、アレイアも。
カテジナもヴォルフガングもみんな死んだ。
共に二年を過ごした仲間はみんなみんな。
魔王は倒れ、五英雄は祭り上げられ、自分たちの成したことは偉業と化して過去に散った。
『…………そうか』
枯れ果てたような、小さな吐露。
思いのほか、感情が表に出ることは無かった。
やるせなさ、行き場のない怒り、復讐心、喪失感、ないまぜになった哀しい想い。
どれもいっぱいいっぱいで、もはや感覚として実感するのも億劫で。
『ミネリナ嬢。助けてくれたんで?』
『……すまない。わたしに出来ることは、このくらいしかなかったんだ』
『謝られるようなことじゃあ、あらんせん。ただ、一つだけ』
なんだい、と顔を上げた彼女の頬は上気して、瞳は潤んで目元は赤く。
鼻をすする小さな音と混じった上がった声色で、彼女は問うた。
『ぼくのことは、テツと。そう、呼んでください』
『え……』
『アイゼンハルトの名を背負うには、少々傷つきすぎました』
その瞬間の、ミネリナの沈痛と落涙を堪えるような表情を覚えている。
――魔界六丁目。アトモスフィア邸にテツが合流する直前のこと。
「あの日」
拠点にする宿屋の一室で、忙しなく情報をスクロールに書き込んでいたミネリナが、ふと顔を上げて口にした。
備え付けのデスクに散らかった紙を纏めながら、入り口の扉の方を見て。
装備の確認を終えたテツが、今にも出かけようとするタイミングだった。
「わたしは、テツに隠していたことがあるんだ」
「……あの日っていうと、いつの日でしょうや。ぼかぁ、ミネリナ嬢に隠し事されたのは一度や二度ではないはずで」
「そりゃあ、色々あったけれども。でも、わたしが隠れて住んでいた家に、きみを運び込んだ時の話だよ」
「っ……」
そう言われて、テツは少し固まった。
目と目を合わせれば、ミネリナは照れ臭げにはにかんで立ち上がる。
せいぜいテツの胸元くらいまでしかない身長は出会った時からまるで変わらず、生まれてから五年経ったというのに少しの成長も見せやしない。
この世界に生を受けて、五英雄と対峙して。
テツと知り合って、絆を深めて。
まさかこんなことになるなんて、お互いに思っても居なかった。
てっきりテツは、アレイアと結ばれるものだと諦めていたから。
「わたしは、"語らない聖典"に至った。そして、今までに語らない聖典に至ったことのある人物とその記録を全て参照する権利を得た。だからこそ、ヤタノやシャノアールがどんな契約をしたのかも知っていた」
「……それは、知ってる話でさぁ。なんでまた」
「世界にたった一人だけ、対価も支払わず、魔導の粋に至ったわけでもないのに語らない聖典から術式を簒奪した人物が居るんだ」
「ルノアールのことで?」
「いや? もっときみがよく知っている人物だよ」
語らない聖典。
それは、古代呪法を溜め込んだ魔獣の一種。神オモイカネの戯れによって生まれた知識欲の権化。そんな化け物から術式を奪う、等価交換の理を無視することが出来るような者。
見当がつかずに困り顔のテツは、そもそもこの話の終着点が見えずに眉尻を下げた。
いったい、何の話なのだと。
「語らない聖典から古代呪法を簒奪した日付は三年ほど前。奪ったのは、特殊な転移術式だ」
「っ……」
「その転移術式は追跡を妨害し、そして特定の座標へ単体を送り込むことを可能とする魔導」
三年前に、転移術式。
ミネリナがわざわざ隠していたともなれば、誰が魔導を簒奪したかなど自明の理。
『僕が最強で、お前がその次。証明してやりたかったんだが、ああくそ』
『お前は僕のマブダチだ。信じてやっから、背中は僕に任せとけ』
『――お前は、生きろ』
肩を並べて戦った、おしなべて最もテツと実力が伯仲した五英雄。
ただ、友として笑いあった 親友(マブダチ) 。
ランドルフ・ザナルガンド。
「なんで、そんな話を?」
「葬魂幻影でランドルフと会ったって話は聞いたからさ。いや、もっと別の理由はあるんだけど」
少しためらいがちに頬を染めて、咳払い。
「その特殊な術式にわたしが気づけたのは、語らない聖典を参照したからだ。突然テツが目の前に降ってきた時はもう、びっくりしたんだけれどね。それも含めて――嬉しかった」
「もう少し分かりやすく簡潔に話を進めていただけると」
「懐中時計を取り出すんじゃないよ! わ、わたしだっていざ話そうとすると恥ずかしいんだ。少しくらい耳を傾けてくれたっていいじゃないか」
「……まあ、そういうことでしたら」
いいかい?
「その術式は、追跡を妨害するほかに、もう一つ機能がついていた。決して、ランダムに転移するわけじゃないんだよ」
「それは初耳で。……ん? ちょぉ待ってくだされや。そもそもぼかぁ森に倒れてたってだけで、ミネリナ嬢の目の前って話は聞いたことが無かったんですが」
「恥ずかしかったものだからね」
「だから何が」
「――転移対象は単体。転移座標も単体。ランドルフの放った転移術式は、対象を一番大事に想っている単体へ飛ぶように出来ていたんだ」
テツは一瞬、言葉を失った。
それはつまり、ミネリナが誰よりもテツを想っていたということに他ならない証左で。
だからこそ彼女は若干恥ずかしげに。半ば告白のようなものだからこそ、照れ臭げに言ったのだと。ことここに至ってテツは気が付いた。
そして。フラッシュバックするのは末期のランドルフの台詞。
『なんだよ、あれだろ。あの子だろ、ミネリナちゃん。やー、ヒロインレースなんて呼ぶとアレイアに殺されそうになるんだが、もう僕ら死んでるしいいか。誰がテメエとくっつくのか色々考えていたんだが、まさかミネリナちゃんたあ大穴だな』
何故、あの時。ランドルフがミネリナとテツの関係を理解しているのか。
あの時は、クラス:エンシェントロードの力か、現人神としての権能か、光の神子の天啓か法術師として得た知啓か十字軍の長としての観察眼かその他もろもろが合わさった結果かと軽くスルーしていたが。
きっと、転移先を知っていたからなのだろうとようやく理解した。
「それは」
「嬉しかったんだ、テツ。戦いから脱落したわたしは、一人で森に隠れ住んでいた。もう 貴方(・・) と会えることはないだろうって思っていたんだ。吸血皇女としても半端者、戦闘者としても半端者、そんなわたしは、貴方を諦めていたはずだったんだ。けれど」
吹っ切れたように笑いかけて、ミネリナは言った。
「けれど、きみを誰より想っていたよ。独りできみの旅の終わりを願っていた。寂しくなんてなかった。悔しくなんてなかった。きみが幸福な終わりを迎えられるなら、隣にいるのが誰だって良いって。ひっそりどこからか見守って居られればって」
だが現実は残酷だった。
ミネリナの想いなど無意味だとでも言いたげに、五英雄は末路ともいうべき最期を迎えた。
たった一つの救いこそが、ミネリナの元にテツが送られてきたこと。
「だからね、テツ。これから、魔王と戦うんだ。旅の終わりがまた貴方を待ってる」
「……ああ」
そっと正面からミネリナはテツを抱きすくめて、その胸に顔を埋めると。
「今だから言う。今だから言える。自信を持って。だから聞いて欲しいんだ」
「なんなりと」
テツはその華奢な背中に手を回して、落ち着かせるように優しく撫でて頷いた。
「帰ってきてね、テツ。わたしは誰よりもきみを待っているよ」
――魔王城最奥、玉座の間。
総崩れもかくやという状況から立ち直り、光の神子一行は闘志を胸に立ち上がった。
たとえ魔素が尽きかけて、その心が陰り身体は満身創痍であったとしても。
それでも世界を守るために魔王と相対するその気概。
浪漫だと吼えた剣士が居た。
そして、その言葉に応えるように。
現れたのは双槍を握る 過去の英雄(前作主人公) 。
赤と青に塗られた二本の短鎗の握りは軽く、ただの旅装でありながら、存在感は誰よりも強く。
アイゼンハルト・K・ファンギーニは。
人類最強はここに居た。
(専用BGM『国に 士(もののふ) ありて天下万民、彼即ち双び立つ者無き武の極地』)
「久しぶりじゃあ、あらんせんか。この子らだけに任せるわけにゃいきません。ちぃと混ぜちゃくれませんかね。――魔王」
「……ははっ。ひさしいな。ひさしい、ひさしいぞアイゼンハルト!! 中々どうして面構えは真っ当だ。自らの信ずる者に裏切られ、絆を得た全てを失い、感情さえ枯れ果てた貴様の末路。骸の中に残った意識の残滓と共に見届けたつもりになっていたが。よくも人間の悪意からああも立ち上がったものだ」
「そりゃまあ、良き出会いがあったもので」
ふむ、と魔王は顎を撫でる。
しかし、今までこの場に居た面々は魔王に切り込むことが出来ないでいた。
テツがこの場に現れた瞬間、魔王から隙と呼べるようなものが一切合切立ち消えたのだ。
かろうじてシャノアールがテツを一瞥し、問いかける。
「他のメンバーはどうなっているんだい?」
「フレアリール嬢、ヤタノ嬢、ベネッタ嬢はヒイラギ嬢の援護に扉の向こうへ戻ってきてまさぁ。ぼくらを追って魔族の殆どがこっち来てるもんで、纏めて倒す算段ですわ」
「よし、理想的な展開だね」
うんうん、と鷹揚に頷いたシャノアールは、そっと隣に立っていたミランダの肩に手を乗せる。
「きみはあちらの援護へ。今の状態で守り切れるほど、魔王というのは安い相手じゃない」
「…………べつに、わたしは」
「死んだっていいヤツなんかいないさ。このタイミングでどれだけ味方が残っているかで勝負は変わる。……頼んだよ」
橙の髪。それ以外はミネリナと瓜二つである、むしろミネリナのオリジナルである彼女。
死に体と言っても過言ではない姿で今まで戦ってきたのだろう。他のメンバーに比べて、遥かに傷の量が多い。ハルナの癒した痕跡も見られるが、それでも疲弊は相当だろう。
そっとテツは、ミランダの退場に合わせて魔王との軌道を遮るように立つ。
特に魔王も彼女が離脱するのを妨害するつもりはないようで、静かに見守っていた。
「……ちぇ」
「ありがとう、ミランダ」
「お礼を言われるようなことはしてないよー。お節介だと思うにゃ」
「ふむ。可愛らしくて良い返事だ」
「……くたばれ爺」
ミランダは少し頬を染めてそれだけ吐き捨てると、自らの血に包まれるようにして地面へ溶け、気配を遠ざけていった。
「導師も随分と丸くなったようで」
「本来こんなもんだよ。五英雄の相手をする時は、今みたいに余裕がなかっただけさ、このボクにはね!」
「――ほう、それは我の前では余裕があるということか」
シャノアールとテツの軽口に、魔王も愉快気な表情を見せる。
なまじ挑発的な内容を孕んでいたからこその台詞。
シャノアールは応えるように頷いて、親指を突き出した。
「もちろん、これだけ仲間が居ればね!」
呼応するように、クレインもリュディウスも武器を構えた。
ハルナは嬉しそうにニコニコしているし、グリンドルはやはり同じ魔導司書として"魔王に認められている"アイゼンハルトに思うところがあるようだ。
ジュスタだけは静かに成り行きを見守っていたが、それも魔王の隙を狙っているが故。
「そうか。ならば是非もない。双槍無双の魔導司書が現れたとなっては確かに百人力だろう。……こちらも、余剰の魔素は全てつぎ込まねば無謀か」
周囲に魔王の放つ魔素の波動が満ち満ちる。
張りつめた緊迫感の中に、しかし一縷の希望があった。
「導師。あのミランダってえ嬢ちゃんは何で逃がしたんで?」
「もう戦えるほどの魔素が残ってないからだね。それがどうかしたかい?」
「……使い潰そうって心情は?」
「皆無だね。魔界六丁目を作った人間だよ、このボクはね」
「……さいで」
小さくテツはため息を吐いた。
導師とことを構えたことも、一度や二度ではない。
ランドルフやアレイアと共に、カテジナやヴォルフガングと共に、何度も何度も戦った。
けれど、なんだ。
やっていることは、誰かを守りたいっていうそれだけで。
形にしてくれた今。それがミネリナとどこか重なる相手だった今。
やはり対話の道はあったのだと思い知らされる。
『正直、ここまで一生懸命に誰かのために、格上相手に挑める子ぉだったとは。尊敬します、ベネッタ嬢』
『……ふん。うらやましいなあ。これで 壁越え(ブレイクスルー) すらしてない化け物は』
テツは小さく笑った。
魔王の眉が少し上がる。
「さあ、再開といきましょうや。リュディウスくん、合わせますんでガンガン行ってください」
「……あ、ああ」
「来い、人間ども!!」
魔王が吼えた。
呼応するように、この場に居る全ての"人間"が動き出す。
魔王の魔導円陣が周囲に展開したその瞬間、シャノアールは 手を降ろした(・・・・・・) 。
―― 神蝕現象(フェイズスキル) 【 国士無双(ナラビタツモノナシ) 】――
一瞬で全ての魔素が掻き消え、魔王の力が最低まで引きずり降ろされる。
しかし当然、他の面々も魔導が使えない状態になる。現にハルナは若干不満顔だ。
だがそれも一瞬のこと。
口元を緩ませたテツは、鎗を構えて魔王に突撃する。
「そもそも神蝕現象に先があるなんて、アスタルテは教えてくれなかったんで知らなかったんですが」
「けれどなるほど、意識してみりゃ簡単だ。なんたって、感じればそこにある」
そんなバカな話があるか、とグリンドルが呆れた顔でテツを見やった。
壁越えは神蝕現象を極めた者の証。それ故に才ある者でさえ習得するには修練が必須となるものだ。
知らなかった、知ったら出来た、で済まされるのは一重に――
神蝕現象どころか、 人間限界(レベル) を極めたアイゼンハルトなればこそ。
必ず勝利をもたらして、大切な場所に帰るために。
今度こそは自分の足で、彼女に「ただいま」を言うために。
「始めようか、魔王」
―― 神蝕現象(フェイズスキル) 【 其龍往門聚散十春(そのりゅうゆくかどしゅうさんじっしゅん) 、 三千世界国士無双(さんぜんせかいにならびたつものなし) 】――
周囲に広がっていた魔素停止結界が。
吸収し収束されるように、テツの身体へと引き戻った。
「……これは」
魔王が目を剥き、魔導を放つ。
その全てを、テツは払うことすらせずに突貫した。
彼に触れた瞬間、全ての魔導が消え去った。
「ふむ、ハルナくん。アイゼンハルトにバフをかけるのは無理だ。他のメンバーの補佐に当たるといい」
「あ、はーい!」
魔王の表情が引きつる。
「なるほど、なるほどなるほどなるほど!! 貴様の国士無双は、全て貴様の中にあるということか!! 貴様に対して魔導は無意味、だが――魔の力は我が膂力でもあるのだぞ!!」
「それは――どうでしょうや」
テツの姿が消える。次の瞬間、魔王の背後に現れる。
分かっていたとばかりに大剣で応じる魔王だが、偉天が大剣に触れたその刹那。
魔王が、吹き飛ばされた。
「なっ!?」
「リュディウスくん、追撃です!!」
「お、おう!」
リュディウスの跳躍。
そこにハルナのブレイク・アップが乗っかって、膂力が増した一撃が魔王へ襲い掛かる。
「なめるな!」
「お、おおおお!!」
魔王の大剣一振りを、正面から受け止める。
受け流すことも出来た。だが、今は。
自分の他にも前衛は居るのだ。
「そこだ」
魔王の背後から伸びてきた黒足が、魔王の横腹に突き刺さる。
空中に浮かんだところを赤い鎗が襲ってきて、それを魔王は回転することで回避した。
そのまま魔導を拡散すれば、その全てはグリンドルの神蝕現象によって防がれる。
「……なるほど、なかなかにきびしくなってきたな」
不機嫌そうに魔王は唸った。
たった一人、アイゼンハルト・K・ファンギーニが加わっただけでここまで趨勢は変わるのだ。
三年前も殺されかけた目の前の男は、さらに鎗に磨きをかけてここに居る。
「魔素停止結界を自らに敷き、貴様の魔素に触れた瞬間停止結界が作動する、と。なるほどなるほど、とんでもない能力だ」
「だから仕舞でさぁ、魔王!!」
青鎗の一撃が、知らず背後に伸びてきていた。
魔王の回避は間に合わない。だが、魔王の表情に余裕が戻る。
何が起きたと瞠目すると同時。魔王は笑った。
「浪漫だと言ったな。なれば我もその下らぬ余興、乗ってみるとしようか」
リュディウスの顔が怪訝に染まるのと、その声が響き渡るのは同時だった。
「んっんー!! 鬼神を片づけてきて見ればぁ……魔王様も随分と苦戦のご様子ですが。ワターシの助力は必要ですかな?」
「貴様のは要らん。貴様の力で援軍をよこせ」
「……御意」
黒い渦の向こうから、全ての元凶が現れた。
そこで驚きに染まるのが、本来の道筋。
しかしむべなるかな、この場に居るのは"英雄"だ。
「ちょうどいいってぇ奴でさあ。 ミネリナ(・・・・) を傷つけたお前は、どこかで倒すと決めていた」
「かひゅっ……!?」
現れた瞬間、既に青虹がルノアールの胸に突き刺さっている。
しかし魔王は動じない。
「お前が死のうと関係ない。払暁の団の本懐を遂げるがいい、ルノアール」
「そんな、殺生なっ」
「なんなら貴様の身体に魔神を降臨させるのも一興か。神を味方に付け、人間と相対する。どうだ、剣士」
ちらりとリュディウスを一瞥して、魔王は嗤った。
口から赤い泡を吹くルノアールに対し、魔導の気配をちらつかせながら。
「貴様はこれを乗り越えることを、浪漫と呼べるか?」