軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十九話 鎮めの樹海II 『遠雷』

――王国南東。鎮めの樹海南部、旧火山。

「――っ?」

「どうしたの、デジレ」

鎮めの樹海の南部にある旧火山。既に火山としての活動を終えた死火山であるこの場所は、今となっては特に重要性も皆無で、王国からは放置されている山の一つに過ぎなかった。

ついでに言えば王国内での山の大きさで言えばせいぜい五番目か六番目。

岩肌がむき出しになったまま、植生も殆ど無いことから登山を目的としてやって来る者もいない。

そういう意味では豪鬼族にとって過ごしやすい場所ではあったのかもしれない。

ふと、鎮めの樹海を抜けようかというところでデジレが背後を振り向いた。

何か、魔素の強い流れのようなものを感じたのだ。強力な魔族の力、爪痕のように残された凄まじい暴威。今の己でも勝てるかどうかわからない、といったレベルだった。

「いや、何でもねえよ」

「そ?」

流石にジュスタには分からなかったらしい。

が、彼女が気にする必要はないだろう。警戒を密にしておけばいいのは己の方だ。

デジレはそう考えて、ようやく旧火山の麓にまでやってきた。

「で、お出ましみたいだよ?」

「そっちは気にしなくていい。ザコの群れでしかねえ」

山の入り口は、なだらかな傾斜を持った岩の大道だった。

ごつごつと膝に負担がかかりそうなその山道はしかして幅広く、二十人くらいが横一列に並んでも通れそうなほどだ。鬱蒼とした森から出た解放感からかのんびりとジュスタが歩みを進めていると、だんだんと濃密な気配を感じる。

デジレにとっては"ザコの群れ"らしいそれらは、ほどなくして目の前に姿を現したのだった。

鋭く光る一本角と、浅黒い肌。揃いも揃って強面で威圧感のある彼らは、胡乱げな顔を浮かべながら一様にジュスタとデジレの二人を見ると。

「……なんだてめえら?」

「わざわざ人間がこんなところに何の用だ?」

怪訝な表情は、童女と青年というちぐはぐなコンビを眺め、次第に嘲笑に変わっていく。

「ガキの御守りにクソメガネ。悪ぃがてめえらみてぇな連中が来るとこじゃねえぞ」

「ちょうど大旦那がこれから動き出すって時だ、ちょうどいい。開戦前の血祭にでもなって貰うか?」

「そりゃいいな、おい」

手前勝手なことを並べて、十数人の豪鬼がげらげらと笑う。

……或いは、あと半年ほど前であれば。ジュスタはここで、勝てるかどうかも分からない戦いに、食って掛かるように飛び込んだかもしれない。

誇りある忍に対して、侮辱など言語道断。その一心、誰に植え付けられたかすら曖昧なその"誰かにとっての正義"。泡沫のようなものに操られるがまま、歯車の一つとして無様に踊っていたかもしれない。

だが、今の彼女にそんなしがらみは無い。

ただ嘲りと罵詈雑言を繰り返す彼らをぼんやりと眺め、ついで横のデジレを見て。

あー、良い感じにキレてんなー、とか思いながら。

「その大旦那ってどこに居るの?」

と、あっけらかんと問いかけた。

瞬間、爆発的に広がる哄笑の波。

「ぶ、はははは!! ガキが、何を当たり前のように!!」

「対等のつもりか!? わざわざ教えてやる理由なんざねぇだろぉがよぉ!!」

「もういいじゃん、殺っちまおうぜ」

先ほどまでのような侮蔑に加え、愚弄でもされたかのように憤懣まで載せて豪鬼たちは吼える。

うーん、やっぱりボクには威厳が足りないのかな。と、しかしジュスタはどこ吹く風。

いい加減、こけにされているように感じたのだろう。

豪鬼の一人が武装らしき金剛杵を振り上げたその瞬間だった。

―― 神蝕現象(フェイズスキル) 【 清廉老驥(せいれんろうき) 振るう 頭椎大刀(かぶつちのたち) 】

ぞる、と何かがごっそり削られたような妙な音。

何が起きたのかまったくわからないままに、その金剛杵を振り上げた男は、己の上半身が下半身とずれたのを感じると同時。ずるり、と地面に倒れ伏した。

「……っ!?」

「て、てめえナニモンだ!!」

「よくもオオタのヤツを!」

「あ? 先にクソガキに手ぇ出そうとしたのはテメエらだろうがクソ共が」

それよりも。

大薙刀を担ぎなおして、デジレは周囲を睨んだ。

「良いからとっとと、テメエらの親玉呼んでこい。呼ばねえなら、皆殺しにして進むまでだ」

「お、大旦那を呼んでこい!! 早く!!」

「は、はいいい!!」

ばたばたと数人の豪鬼が、尻尾を巻いて逃げていくのを見送って。

デジレは、「最初からそうすればいいモノを」と嘆息し。

ジュスタはそんなデジレを眺めながら、ぼんやりとこれからのことを考えていた。

「ねえ、デジレ。やっぱりここの豪鬼たちが……」

「さてな。その大旦那とやらを拝めばわかるだろうよ」

遠巻きに距離を取り、デジレとジュスタを囲む豪鬼たち。

しばらく無言で待っていると。

山の上の方から、からからと下駄を鳴らして降りてきた男が一人。

「よぉ、テメエらか。大事な子分を真っ分たつにしやがった野郎ってのは」

「……」

ああ。

ジュスタは数歩、デジレから離れた。

見るからに。いや、見なくても分かる。

あの男を見た瞬間に、はじけるような覇気の嵐が周囲を吹き荒れた。

デジレの仇というのは、今目の前に立ちふさがったあの男なのだと。ジュスタは、否応なしに直感する。

「……紫色の鍵を、持っているな?」

「はっ、なんでテメエなんぞに答えなきゃならねえ。俺ァな、子分を殺されてトサカに来てるんだ。少し考えてものを――」

「持ってるのか持ってねえのか、答えろ」

「あ?」

「そうでなきゃ、死ね」

「おうおうおうおう。テメエ、黙って聞いてりゃ随分と調子に乗ってんじゃねえの」

苛立たしげに、男は両腕に握った鐗を振るう。

舞い上がる風がジュスタとデジレの頬を撫でた。

「テメエがどういう了見で来てんのか知らねえが、立場ってものを弁えろ。テメエらは余所者で、ここは俺のホームだ。子分切っておいて、偉そうに交渉を進められるような状況だと思ってんじゃねえぞ、ああ?」

そうだそうだと周囲の配下が囃し立てる。

よくもオオタを、とヤジが飛ぶ。殺せ殺せとコールがかかる。

これは確かにアウェーだなあ、と他人事のようにジュスタは思い。

そのまま、そっとデジレに行動を預けた。

「……ホーム、か。ここが、テメエの、ホームと言ったか」

「そうだが? 見て分かんだろうが。これだけの豪鬼が、俺の味方だ。余所者のテメエがデカい顔を出来る道理が、どこにある」

「そうか。ここがお前のホームか」

その、瞬間だった。

ジュスタも思わず目を閉じるほどの噴煙。

同時、広範囲から響く断末魔の叫び。それが周囲を取り囲んでいた全ての豪鬼のものだと気づいたのは、ようやく土煙が晴れた頃のことだった。

残されたのは、目の前の鐗を持った男一人。

「なっ――」

誰もいない。

血臭にまみれて、無造作に多くの豪鬼が倒れ伏しているのを。

男は呆然と眺めているのみだった。

「どうだ、気分は」

「……な。……は?」

「なに。ホームだとか言うからな。あまりにも苛立ったもので。オレがかつてされたことを再現してみたんだが。少々、あっさりとし過ぎただろうか」

「て、てめえ!! なんの恨みがあってこんなことを!!」

「……は。何の恨み、か。面白ぇことを聞くもんだ」

デジレの瞳は、まるで鮮血のように赤く染まっていた。

睨み据えられた男が、まるでカエルのように竦み上がる。

なんだ。こんな化け物に、こんな恨みを買うようなことを俺はいつ。

「……オレは、あの時から八年間。何度貴様を殺す夢を見たか分からない」

「――八年? 待て、なんの話だ。オレはこの八年、テメエのようなヤツを……ちょっと待て、八年前? 鍵? まさか、まさかテメエっ」

何かに思い至ったように、口角泡を飛ばして男は叫ぶ。

「――精霊ッ、精霊族ッ!! そうだ思い出した、あの時のガキ!! 帝国書院に邪魔されなければ完遂していた仕事……そうだ、テメエのせいで俺は昇進を逃した!! 四天王だって有力視されてたってのに、精霊のガキ、それも雑種の出来損ない一匹逃したせいで俺はッ!!」

「……もう、黙れ。あの時の続きだ。テメエとオレで。殺し合おうじゃねえか、クソが」

「ああやってやらァ!! 魔王様に軽く見られたのだって元はと言えばテメエの――」

「オレの大切な刹那を奪っておいて、何の罪もないあの街の人々の命を奪っておいて、テメエの口から出るのは反吐のような妄言だけ、とは。いよいよもって、精霊族は浮かばれねえよ」

「精霊の祝福すら与えられねえガキ一人逃したせいで俺の人生は――!!」

「知ったことか、クソが」

男が鐗を振り上げた。

同時、身体をひねったデジレは己の神蝕現象を解放する。

―― 神蝕現象(フェイズスキル) 【清廉老驥振るう頭椎大刀】――

「おああああああああああああああ!!」

「この一刀は……あいつの……ッ、あの時の一刀と知れ!!!!!!!!」

あの日半分に叩き折られた、彼女の薙刀。

それを、目の前の男が覚えているなどとは、到底思えない。

分かっていても、叫ばずにはいられなかった。

「うぉらあああああああ!!」

その気迫、その常人離れした速度は、先ほど纏めて豪鬼たちを両断したものと同じ。

脳天に炸裂させるつもりだった鐗を、男は慌てて引き戻し、己の胴を守る盾へと――

その、鐗ごと。

デジレは、男を両断した。

あの時スミレがそうされたように。

「ぐ。……ぁ」

ぶしゅ、と鈍い、水のはじけるような音。

ぐずぐずと崩れ落ちる、男の上半身。

この場に居る全ての豪鬼を横一閃に仕留めたデジレは。

そこでようやく復讐が終わったことに気が付いて。

……やってきたのは、歓喜でも安堵でもなく、虚しさだった。

――鎮めの樹海南部。旧火山近郊。

「……」

しばらく、紫色の鍵を眺めていた。

デジレの目に映るその鍵は、小さくて、握りつぶしたらすぐに折れてしまいそうで。

『ああああああああああああああああああああああああああああああ!!』

『やめろおおおおおおおおおおおおおお!!』

『ぇ……な……』

『よし、仕事は完了だ』

『……か、ぎ?』

『さ、良い見世物も見られたし、お前を殺して終わりってことよ』

『クソ……クソ、クソ、クソ、クソ!! クソがああああああああああああああああ!!』

……豪鬼の死は、あっけない、ものだった。

ただの一合すら、デジレと合わせることが出来ず。ばっさりと頭椎大刀に力技で切り捨てられて。

それだけ。

たったそれだけで、八年間殺してやりたいと思っていた復讐相手は、あっさり死んだ。

たった一年にも満たない間ひたすらやり合っている妖鬼とは、えらい違いで。

達成感も、多幸感もまるでない。

両断した手には、いつもの仕事と何ら変わりない肉を切った手ごたえだけ。それ以上のものは、ただの一つとして存在しない。

なあ、スミレ。

これで、オレは。仇を討ったと、言えるのだろうか。

軽く風に揺れる紫の鍵を見つめて、デジレは小さく呟く。

しかしその問いかけに、当然ながら"意識の消滅した"鍵では応えようもなく。

嘆息して、デジレは立ち上がる。

「……骸が、答えられるはずもねえか」

「――おめでとう」

「……あ?」

振り向くと。

手持無沙汰に佇んでいたはずのジュスタが、この場に似つかわしくないような、にへらとだらしない笑みを浮かべてデジレを見ていた。

……わざと、なのだろう。そのふざけた表情は。

なんのつもりかは分からない。だが、彼女はまるで、デジレ以上に彼の行いを喜んでいるような。賞賛しているような気がして。

小さく、目を細めてデジレは彼女を見やる。

「どういう意味だ?」

「そのままだよ。おめでとう。復讐、お疲れ様」

「……クソガキ」

「難しいことじゃないよ。そんなに怒らなくてもいいじゃんか」

しょーがないな、とジュスタは続けて。

「ボクがもし、あの時の気持ちが拭えずにずっとずっと生きていたら。きっと仇討てた時、今のデジレみたいになると思ったんだ。……誰も、もう周りには残ってないから。でも、だから、ボクはさ。おめでとうって、言うんだ」

そこまで言ってから、改めてまただらしのない笑みを浮かべて「おめでとう」と言った。

……ああ、そうか。

そう、だな。

誰も、居ない。もう、誰もいない。

「……そうか」

「そうだよ」

その一言だけが、なんだかもどかしくて。

気づけば自分の心の奥底に燻っていた火種のようなものが、ゆっくりと灰になっていったような気がしていた。

その瞬間だった。

鎮めの樹海の東部方面で、けたたましい爆発音が響き渡ったのは。